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「何処行った?」「大丈夫か?」「はい。ちょっと刺さっただけで大したことはありません」
殺せたのは不意打ちの一人だけで、投げたナイフは腕で防がれ、槍は避けられた。
「裏に回れ!」
私が逃げ込んだ藪は、生垣のようにびっしりと小さな枝葉が張り巡らされた手を突っ込むことも出来ない強固な藪で、その周囲を指示を受けた二人が別々の方向に駆けていく。
「逃がすなよ!」
裏に回れと言った奴とは違う奴が怒鳴った。たぶん、私が投げたナイフで腕を怪我した奴の声だと思う。
「見えるか?」
人間の目は動くものを見つけるのは得意だが、じっと動かないものを見つけるのは苦手だ。
これぞ忍法ナナフシ。
「殺してやる。聞こえてるか!捕まえたら生きたまま体中の皮を剥いでやる!」
ビビらせて、見つかる前に逃げなきゃと不用意な動きをさせたいんだろう。
ダナヘトラ様の常闇の神殿で同じことをされて非常に痛い目に遭ったのでよーく覚えています。
「火を着けてじわじわと焼き殺すのもいいな!」
水分をたっぷりと含んだ青々とした生木を燃やすのは簡単な事じゃない。やれるものならやってみろ、バーカ。
ガサゴゾと槍を突き込もうとするが、びっしりと絡まる様に伸びている枝葉に邪魔されて奥まで刺さらない。ならばと片手剣で枝葉を切り落とそうとするが、弾力性に富んだ枝葉は全くと言っていいほどに斬れない。
「くそ」
悪態をついた男ともう一人の男がひそひそと会話を交わす。
——どうします?時間をかけている暇はありませんよ。
私の耳は地獄で鍛えられた本物の地獄耳だ。数メートルの距離で交わされるひそひそ話を聞きとることなど造作もないことよ。
——もし逃したら俺たち全員解雇ですよ。
解雇?
——だからと言ってこいつを見逃すわけにはいかんだろ。
私の他にも追っている人間がいるのか?
——こんな所に一人でいるような女ですよ。逃がしたって問題ありませんよ。
そうだそうだ。こんな所に一人で……いいだろ!一人でいても。
——荷物を奪えばそう遠くへは逃げられません。だからこいつは後でも始末できます。
——…………。
——失敗したら俺達は仕事を失うんですよ?
——……そうだな。
仕事……解雇。盗賊が使う言葉じゃない。使うとしたら、私兵か傭兵か。
「お前は仲間を殺した。だからどんな手段を使っても必ず見つけ出してもっとも苦しい方法で殺してやる」
嗚呼。そんな事を言われたら、不安で不安で一時も安心できないじゃないか。お前らを一人残らずこの世から消さないと。
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生まれた時から知っている子だ。情が無いわけじゃない。でも俺達に報酬を払ってくれているのはあの子じゃない。
――正統な後継者はクルト様だ!
でもそのクルト様は、成人するまで銅貨一枚だって自分の好きには出来ないし、自分の命を狙っている後見人の叔父を追い出すことも出来ない。
――御当主様から受けた恩を忘れたのか?!
忘れていない。でも受けた恩は仕事で返してきたし、今恩を受けているのは死んだ御当主様じゃない。クルト様の後見人で当主代理のフロスト様だ。
「隊長、荷物の回収が終わりました」
「よし。先を急ぐぞ」
こんな下らない事で仲間を失うなんて……人生最大の失態だ。
放っておいても問題なかったのに、相手が女と分かった途端、つい余計な欲をかいてしまった。
こんな所に一人でいる女の容姿なんて、場末の化け物みたいな顔をした売春婦と大差ないというのに。
「あの女、流れの職人みたいですね。バッグの中にそれっぽい道具が入ってました」
「顔を見た奴は居るか?」
「いえ。後ろ姿しか見ていません」
俺も見た。髪は肩までと女にしては短く、服装は男物だった。
「普段は男の振りをしているのかもな」
女の、それも流れの職人となると雇ってくれる工房は皆無と言っていいだろう。
「それも道具があればの話です」
男の振りをしても、手に職のない男に出来る仕事はそう多くない上に、ほとんどがその日の腹を満たす程度の稼ぎしかもらえない。
「金も水も食う物も無いとなると、次の村か次の町に居つくしかない」
「盗賊に襲われたと騒がれたら面倒な事になるな」
「被害に遭ったのがそいつ一人ならすぐに納まる程度の騒ぎですよ」
「顔を見られている可能性もある」
「ちゃんとした身分証を持っている俺達より、何処の誰か分からん女の言うことを信じるバカが何処にいるって言うんです?とにかく、あの女のことは任務を終えてから考えましょう」
「……そうだな」
気が進まない任務だが、今の生活を守るためにはやるしかない。でなきゃ俺たち全員お払い箱だ。
「護衛は老いぼれ一人だが、ロングソードの達人だ。侮ると一瞬で殺されるぞ」
俺達の元隊長で俺達を一人前の兵士に育ててくれた恩人だ。
「街道を行くぞ」
人目につかないように街道から外れた場所を歩いてきたが、そろそろいいだろう。
「おい。テムはどうした?」
草木の生い茂る斜面を登って一番最初に街道まで登った副長のウーノがこちらを振り返って言った。
俺は足を止めて背後を振り返った。
「テム!何処にいる。返事をしろ」
最後尾を歩いていたテムの姿が見えなかったから俺も声をかけてみたが、返事どころか物音一つしなかった。
「マッティ。テムはどうした?」
テムの前を歩いていたマッティに聞いたが、マッティも分からないと首を横に振った。
「テムを最後に見たのはいつだ?」
俺が街道に出ると言った時にはいたか……?
嫌な予感がした。
馬鹿な。そんなはずはない。
俺は頭をよぎった可能性を否定した。
誰にも気付かれずに殺すなんて、そんな事が出来る女がこの世にどれだけいる?そんな女が何でこんな所に一人でいる?
そう思った瞬間、最後尾にいたマッティのふくらはぎに矢が刺さった。
「あああー!」
マッティの悲鳴が上がって、姿勢を崩したマッティの体が斜面に生える草の中に消えた。
「何処だ?!何処にいる!」
俺は剣を抜いて矢が飛んできた辺りを探したが何処にも人の姿は見えなかった。
「ミロ!マッティを街道まで連れて行け」
草木が生い茂って視界が悪い斜面に居続けるのはまずい。
俺も手を貸そうと斜面を駆け下りていると、マッティを起こそうとしたミロの足に矢が刺さった。
「くそ!」
「隊長!隠れろ!」
街道にいるウーノの指示に従って、俺は斜面を駆け下りながら矢が飛んできた方向とは反対の藪の中に飛び込んで身を隠した。




