第9話 飛行場の滝
「滝い! 滝、いんの!?」
昭和四十年。八月二十一日。土曜日。
好一がヘリコからぴょんと跳び降りて、薄汚れた手袋を外しながら、事務所入り口の前で、見学の高校生の目も気にしないで叫んでいる木村晴彦という職員に向かっていくと、その方に手袋の一つを投げた。
「ウオ、ト、ト!」
「みんな見てるぜ。なにかしら?」
「お嬢さんが来てるよ」
「なにっ?」
好一の机を見てみると、椅子に十三歳ほどの少女が座っていて、切ったリンゴを食っているのがわかった。
小走りになって、その少女に声をかける。
「小雪。ママや姉ちゃんはどうした?」
「え? 今日はアタシひとりだよ。あのね、ツカイにきたんだよ。お姉ちゃんに頼まれたの。『ヨシィお兄ちゃんにお弁当持たすの忘れてたから持ってってあげて』って!」
「世田谷の家からひとりでか? 無茶だよそれは」
「馬鹿にしないで、私だってもう十三歳だもの」
二十四歳の感性で言ってみると、十三歳というのはじゅうぶんに子どもで、下手すりゃあ去年まで黄色い帽子をかぶっていたようなものだ。
桃色の包みの弁当箱を受け取りながら、好一は立派なコだなあ、と感心しながら「ありがとう」と感謝の言葉を述べた。
「じゃあ私もう帰んね! 今日の夕飯はカレー! ライスカレー!」
「ほんとうかい? そりゃあうれしいな」
「残業とかってのやっちゃいけないよ!」
「わかったよ。今日本当に、弁当ありがとうね!」
小雪を見送ると、たまたま珈琲を飲みに来ていた通信士の葛城真理が微笑む。
「小雪ちゃん、立派ね」
「ほんとうにそうさ。驚いたな、もう電車なんて乗れんの?」
「乗れないの、滝さんくらいよ」
からかわれると、好一は顔を青くさせて。
「冗談でいけない‥‥‥」
そう拗ねた。
自分の机に向かって弁当を食い始めていると二十人ほどの学生が事務所のなかに入ってきた。
村瀬朋美という職員が、ここ萩岡航空の業務についての説明なんかをしている。
萩岡航空はヘリコプターやセスナ機をつかい、荷物の運送やバナー牽引、山林等で遭難者が出たりした場合は出向くこともあった。
「うちは小さな会社ですが、操縦士が三人います。一人は今はいませんが、神田川喜多郎さん。気難しい人です。もう一人はジャック・ケーキーさん。愉快な人。そしてあそこでお弁当を食べてる滝好一さん。彼はもともと刑事さんだったんだよ。ね! そうでしょ?」
「はは、その通り」
学生のひとりが手をあげた。
「何故、刑事さんをやめてパイロットに?」
「ン‥‥‥!」
好一は少し考えた。
朋美が「聞いたことないなあ」と笑っていた。
「そうだな、昔から空が好きだったからかな」
好一の父は、「空」という字が名に入る。
そして、彼はそのように、空の如きとても清らかな心を持った善良な男だったのだと言う。
生きていりゃあ、話をしてみたかったり、するのに。
「空に憧れてたんだ」




