第1話 はじまり
大正十二年八月十二日は日曜日であった。
天気も良く、そんな日に物部幸代は子を生んでいた。
生まれた子は陸夫と名付けられ、山梨県の山辺の集落で育てられた。
幼い頃は安らかに育てられた陸夫だが、幸代の気が狂うと、幸代は宗教系団体「神喜」にのめり込むようになり、借金も増していき、陸夫はとうとうやくざに預けられた。
陸夫は自分の母の頭のおかしいのをわかっていたから、母親から離れられたのを真っ先に喜んでいた。
ある日のこと、幸代は神喜の集会で突然立ち上がり「いまから神の名を汚すものを粛清します」と宣言し、二年かけて溜め込んだ糞と小便を入れたものを信者たちに叩きつけた。
どうやら、幸代はほかの信者たちにいじめられていたらしい。
これは陸夫が十二歳になったばかりのことであった。幸代は鮮やかな手つきで神喜の教祖だった秋山天国の首をおとすと、それを持ってやくざの家まで押しかけた。
陸夫は血が滴る風呂敷をすいかのように抱えてニコニコ笑みを浮かべる自分の母親だった女を恐れて、押し入れに隠れた。
やくざたちは「こいつヤバすぎるね」と思い、取り押さえようとしたが、幸代は恐るべき身体性でやくざたちを返り討ちにして、陸夫を探した。
「りくおー、りくお、おかあさん一緒に暮らす、たのしみー」
陸夫は親代わり・兄姉の代わりになってくれたやくざたちが死んでしまったのを理解していた。
物音が全くなく、かわりに幸代の声と足音がトポントポンと近づいてくるのを脳の内側で感じていた。
昭和十年七月二十四日。水曜日。朝六時半の事だった。




