あかとんぼ
私は卑弥呼、小学五年生。
正確に言うと、卑弥呼の生まれ変わりなだけなんだけどね。
卑弥呼はいまから随分と昔にこの国を治めていたある意味女王様だ。
卑弥呼という名前は、海の向こうにあった魏という国に使いを送った際に魏王に我国の説明をしたとき使った私の呼び名を向こうの人が勝手に漢字に直してできた通称だ。
だから卑弥呼なんていう、役職+尊称みたいな呼び名になっちゃったんだけどね。
卑弥呼の本当の名は、それは言えません。容易く他人に名を教えることなど、できよう筈がない。
高貴な女の名前は尚更秘密なのだ。
結婚する時に夫になる人にこっそり名前を教えるものなんだけど、生涯独り者の卑弥呼は誰にも名前を教えることなくその人生の幕を閉じた。
あの頃は、日がな一日ご祈祷ばっかりやっていたなぁ。
私のところに各国の王たちが月イチで集まって殆ど宴会みたいな会議をする。
篝火の前に名だたる男等が車座になって、胡座をかいた膝の上に若い娘を乗っけてお酒を飲みながらグダグダと仕事の話をする。その時に私がいろんなお告げをして、王たちはそれに従って国を治める。
いま思えば、私はドラマとかによく出てくる〝銀座の高級クラブのママ〟だよね。お会計は毎年の貢物。それで丸く収まってたんだから男社会は単純なものだ。
そんな卑弥呼が突然令和の世に生まれ変わったのは、私の名前が卑弥呼の本当の名前と同じだったからに違いない。
「女の子はお嫁さんになったら苗字が変わっちゃうから、大事な気持ちは名前に詰め込まないとね」という両親の熱い思いが籠った私の名前。
言いたいことは分かるけど、うちの両親は夫婦別姓が叫ばれるジェンダーレスの時代に昭和の生き残りがいたって感じの存在だ。両親ともに平成生まれのくせしてさ。
そもそもその思いが籠った名前自体がヘンテコですから。
長い長い日本の歴史の中で、その名前を本名として付けた女の子は卑弥呼以来私が初めてだったということだ。
可愛い名前だね、と言う人もいるが、これは人の名前ではない。多分、出生届を受け取った市役所の人は親の顔を二度見しただろう。きっと「ダメとは言わないけどコレでいいの?」的な感じだったんじゃないだろうか。
私は卑弥呼の記憶と能力の全てを受け継いだ小学生なのだ。
卑弥呼Q&A 1
Q:邪馬台国はどこにあったのですか?
A:三本松の丘の東側。美味しい木乃子が沢山採れました。
「あかねちゃん!」
クラスメイトの篠原若菜ちゃんが二時間目が終わった二十分休みで、慌てたように声を掛けてきた。
クラスのみんなは私のことを〝あかね〟って名前を略したニックネームで呼んでいる。もちろん先生だって出席を取る時も略称〝あかね〟で済ましてる。
私はぐったりと机に伏せていた身体を起こして若菜ちゃんの方に顔を上げた。
「ねえ、お願い。〝失せ物探索〟してよ」
若菜ちゃんは切羽詰まった顔だった。
朝イチからプールの授業のあった日は、それで既に一日が終わってしまった感じがする。
あの時代の山間の国の女の子が泳ぎを覚える必要なんかなかったからだ。けど、疲れてたって友達のお願いは放って置けない。
卑弥呼の生まれ変わりの私はいろんな呪術が使える。泳ぎはカナヅチだけど気合いは十分。
失せ物探索は呪術の基本の基本。
失くし物は、それが思い入れが強い物や身近にあった物ほど簡単に見つけること事ができる。
私は若菜ちゃんから詳しく話を聞いて、気探法を試すことにした。
やり方はシンプルだ。失せ物から出る持ち主の微弱な残留思念を探し出すだけ。百歩以内の距離にあればすぐに分かる。遠いところだとオーストラリアにホームステイしてる友達のお姉さんがエアーズロックに行った時に失くした彼氏からもらったピアスを砂漠の真ん中からGPS以上の正確さでピンポイントで発見してあげたこともある。
若菜ちゃんの場合は……、おっ、えっ、近っ!
私は教室の後ろを振り返った。もう見つかった。
私はこうやって、たいていあっという間に見つけてしまう。何しろ卑弥呼なのだから仕方ない。
でも、あまりに簡単に見つけてしまうと、「知ってたんじゃないか?」とか「お前が隠してたんじゃないか?」なんて疑われかねない。
実際、過去に友達と揉めに揉めた経緯がある。
だから私は見つけてもすぐに言わずにそれらしく推理したり探し回ったりすることにしている。
「うーん、どうやら人目につかないような場所に入り込んでるみたい」
顎に手を当てて、ものすごぉく考え込んでる名探偵の振りをする。
私は筆箱の中から一寸五分に切った和紙を取り出すと、そこにうさぎの絵を書いた。
「詳しい場所を調べるね」そう言って、和紙を左の手のひらに乗せた。
「ももしな、探せ」
和紙のうさぎに指令を出して、それを右手でぽんと叩くと、手の中からうさぎを書いた和紙が消えてなくなった。
若菜ちゃんはそれを見て、まるで奇跡を見るように「わぁ」っと驚いた。
「ももしなが見つけてくるから、それまで待っててね」
和紙が消えたのは叩いた方の手の中に隠す雑な手品の真似事で、絵を書いた和紙は陰陽師の映画を見て式神という技から思い付いた。
風水とか陰陽道とか式神とか、あれぐらいのことをあんなのを使って力入れてやらないと上手くいかないなんて、安倍のナントカも大したことないと思うけど、そういうのはオマジナイ好きの小学生女子には効果抜群なのだ。
私は若菜ちゃんに「必ず見つかる」と言って安心させて、動きやすい放課後を待つことにした。
午後の授業中、手の中に隠してたうさぎの絵を見て、ももしなのことを思った。
「ももしな、探せ、か……」
卑弥呼Q&A 2
Q:魏から贈られた鏡について教えて下さい。
A:磨きが甘いとももしながボヤいていました。
卑弥呼Q&A 3
Q:魏に使者を送った理由を教えて下さい。
A:我国を纏めたので魏も仲間になるように誘ってあげました。
百科は私の一番の友達だった。同じ郷で生まれて幼くして一緒に宮に上がった。
私が女王に選ばれた時、ももしなは私の身の回りの世話をするようになった。いざという時に代理の王になるためだ。
呪い事しか能がない私に対して、ももしなはなんでもできる娘だった。
読み書き算術、暦も読んで、歌もできる。
頭が良くて気の付く子で、見栄えも良いから男が絶えず、毎年のように子を成していた。三十人子を産んで、我の国の記録になった。三十人目を産んだのは五十八の時で、それも我の国の大記録だ。
でも、八十過ぎまで男を知らず新品未開封のままこの世を去った私も自由恋愛で結婚が当たり前の当時としてはとてつもない大記録だと思う。
今世こそは、私も呪い事ばっかに構ってないで、バンバン男をつくってモテモテの人生を歩みたいものだ。
そういえば、ももしなが初めて子を生したのは十三のときだったっけ。
えっ、数え年で十三ってことは、ひぇぇ、もう今頃はやっちゃってたってこと?
ヤバっ、私も急がなきゃ……って、まだ小五だよ、いくらなんでも早くね?
だいたい私のこんな平らな胸で赤ちゃん育てるなんて絶対に無理だよ。
てか、小学生女子がこんなこと考えてる方が余程大問題だよね。
卑弥呼Q&A 4
Q:箸墓古墳は卑弥呼の墓ですか?
A:死んでたので分かりません。
卑弥呼Q&A 5
Q:生涯独身で寂しくありませんでしたか?
A:それ、ハラスメントですよ。
卑弥呼Q&A 6
Q:せっかく生まれ変わったのに役に立たないですね。
A:言い過ぎだと思います。
放課後、私は終わりの会がすんですぐに近くの席に飛んで行ってまさおくんを呼び止めた。
きっと早く帰りたかったに違いないだろうからだ。
梨目大夫くんは頭が良くて割かし可愛い顔立ちをしている、大人しくて普段は目立たない子だけど、すごく背の低い私と比べてとてつもなく背が高いところだけは目立ってる。
「ねぇ、まさおくん、ちょっと付き合ってよ」
滅多に話しなんかしない私が声を掛けると、彼ははるか上空でキョトンとしてた。
「ごめん、僕、あかねちゃんとは友達だと思ってたから……」
こんどは私がキョトンとする番だった。
「げっ、あかねがまさおに告った」
「わわっ、すげー」
途端に周りにいた連中が騒ぎ出した。
「積極的ぃ」
「肉食系じゃん」
「エッろ!」
いや、告ったぐらいじゃエロくない、てか違うって!
「話があるってだけだから」
まさおくんと周りをなだめて彼を私の机に釘付けにしておく。
「あぁ、これから告るの」
「あかねちゃん、ガンバッ!」
みんな、口々に勝手なことを言って、真剣に告るなんて思ってない。ただこういうシチュエーションをからかいたいだけだ。
他の子達がこっちを見てニヤニヤしながら教室を出ていくのをしばらく待たなきゃならない。
「あかねじゃ罰ゲームじゃん」
「まさお、お気の毒」
「エッろ!」
こら、誰が罰ゲームでお気の毒じゃ、卑弥呼様に告られたら普通光栄でしょお、てか、告ったぐらいじゃエロくないって、エロいのは告ってから、いや告らんし、まるっきり違うから!
まさおくんも戸惑ってる感がありありとしてる。
「あの、ほんとごめん、ムリだから。告られたこととか、みんなには内緒にしとくからさ」
先に謝られてしまうと、告ってもないのに撃沈した感が半端ない。
私はため息で、もう一度周りを見回した。もう大丈夫だろう。
「まさおくん、正直に答えてよ。何か隠してない?」
いきなり事実を突きつけるより、自ら罪を認める発言をして欲しい。
まさおくんは嘘はつけないって渋い顔で、耳の横を指先で掻いた。
「まあ、ホントはね、あかねちゃんって、ちっちゃくて可愛いし、なんて言うか……、そんな、ちょっと、アレな感じはしてたんだけどね」
「あ、ありがと……」
私は一瞬ドキッとした。アレな感じって、まさか逆告白かと思った。いや、逆って、正の方もないんだってば!
「けど、付き合うとかは絶対ないから。性格キツそうだし、それに浮気とかすぐにバレそうだし」
「えーっ!」
さらにさらに、告ってもないのに敗北感が押し寄せてくる。
そもそも付き合う前から浮気前提ってなんなんだこのバカチンが!
「もう、容赦しないから!」
私は首が痛くなるほど上空にあるバカ男子の顔を睨み上げた。
「若菜ちゃん!」
私が大声で呼ぶと、帰ったふりをしてた若菜ちゃんが真っ青な顔して廊下から教室に戻ってきた。
「ね、ね、いま廊下で聞いたんだけど、あかねちゃん、まさおくんに告ったってホント!?」
私は頭がもげそうなぐらいブンブン首を振った。
気を取り直して深呼吸をひとつ。
「私、若菜ちゃんから失せ物探索頼まれたんだけど、まさおくん、何か心当たりがあるんじゃないの」
そして、こんどは頭がもげそうなぐらい天井を見上げた。
そこには色をなくしたまさおくんの驚きの顔があった。
もう、逃げられないことを悟ったのだろうか。
何しろ卑弥呼の生まれ変わりであるこの私の追求なのだから。
「若菜ちゃん、ごめん、僕が……、盗ったんだよ……」
まさおくんの絞り出すような苦しげな告白だった。
「えっ、ええっ、まさおくんが盗った、の……?」
若菜ちゃんも信じられないといった表情を浮かべた。
きょうの二十分休みに、私は若菜ちゃんから失せ物探索を頼まれた。
若菜ちゃんの失せ物は『京都に家族で旅行に行ったときに買った西陣織の匂い袋』だった。
それは美しく華やかでいい香りがしてて、若菜ちゃんのお気に入りの物で、クラスのみんなも見せてもらったことがあった。
私はそれがまさおくんのランドセルの中にあることをすぐに突き止めていたのだった。
おそらく朝イチのプールの授業のときの更衣のどさくさに紛れて手を伸ばしたに違いなかった。
探しに行かせたももしなにも、戻ってきたら〝ランドセル・まさお〟と記されて――もちろん自分で書いたんだけど――いた。
「どうして、若菜ちゃんの大切なものを盗ったりしたの」
どうせ性格がキツと思われてるんだからと、私はまさおくんに詰め寄った。
「どうしてって、匂いを嗅ぐに決まってるじゃん、アレは若菜ちゃんの匂いがするんだ」
まあ、匂い袋ならそりゃそうだろう。私もバカな質問をしたもんだ。
「つい、盗っちゃったんだよ、どうしても欲しくて。プールの授業でチャンスと思ったんだ。そいつを嗅いだり眺めたりして、若菜ちゃんをいつもそばに置いときたかったんだ」
それって、まさおくんは若菜ちゃんのことが好きだってことだ。ちょっと変態ぽいっけど。
「そんな……」
若菜ちゃんはまだ信じられないってふうに小さく首を振っている。
「まさおくん、若菜ちゃんのことが好きなの?」
まさおくんがはるか宇宙空間に近い場所で大きく頷く。
「私より?」
つい聞いてしまった自分にも呆れてしまうが、その質問をまさおくんが顔を顰めただけでスルーしたことになおさら打ちのめされる。
「若菜ちゃんは」
仕方なく見やすい高さにある若菜ちゃんの顔を伺った。
「私も、まさおくんのこと好きだけど……」
若菜ちゃんも驚きに満ち満ちている。これは両思いだ。こんな奇跡ってあるんだ。
しかし、若菜ちゃんはあまりにも驚きすぎている。戸惑っている。動揺もしている。
私は気になって、禁断の技である〝心象探査〟をやってしまった。
つまり、人の心を読むのである。
『えっ、盗ったって、どゆこと? あの匂い袋はまさおくんのランドセルに私が入れたのに』
私は若菜ちゃんの心象に愕然とした。
私はさらに読んだ。
それによると、若菜ちゃんはまさおくんのことが好きで彼の気を引こうとしてあの匂い袋をランドセルに自ら放り込んだのだ。そしてそれを私に見つけさせた。
つまり仲良くなるきっかけを作りたかったってわけだ。
いや、まるで子供じゃんか。
アホか……、この作戦、上手くいくと思ってたのか?
いや、そりゃま確かに子供なんだろうけど。意外と上手くいってるけど……。
おそらく、まさおくんは若菜ちゃんがこっそり匂い袋をランドセルに忍ばせたことを知っていたんだ。そりゃあんなにたっぷり匂いの成分を放出してる袋が自分のランドセルに入ってたら満員電車で香水付け過ぎたオバサンがそばに立ってるぐらいすぐに気付いてしまうだろう。
それで、大好きな女の子の気持ちを汲んで自分が手を汚したことにしてしまったんだろう。
女の子に恥をかかせてはならないという、倭男子の鏡のような子だ。ちょっと変態ぽいっけど。
まさおくんは諦めともとれる仕方ないといった表情で、私の席の机の上でランドセルのかぶせを開いた。
途端に辺り一面が平安貴族の館の姫君様の部屋のような雅な香りに包まれた。
そして、ランドセルの中から錦に煌めくロボロフスキーハムスター程の大きさの小さな袋が見つかった。
「あー…………、ぁ?」
それを掴みあげたまさおくんは思い切り俯きながら首を傾げて、視線だけを器用に上目遣いにして若菜ちゃんを見つめた。
若菜ちゃんはそれをサッと奪うとグイッと顎を上げて上空に浮かぶ顔に向かって頬っぺたを膨らまして可愛く睨みつけた。
まさおくんは軽い感じで「ごめんごめん」とヘラヘラ謝って、若菜ちゃんは「男子ってホント、しょうがねぇなぁ」なんて冗談めかして許してしまってる。
呆れたことだが、これで丸く収まると思った。
帰りに、家族が誰もいないというまさおくんの家で二人っきりで遊ぼうなんて語り合ってしまってる。
おいおい、それでいいのか、おい?
けれど、さっきのまさおくんの言葉の〝ぁ?〟がまるで喉元にチクチク刺さる魚の小骨のように胸に引っかかっていた。
私はついつい好奇心に負けてまさおくんの心象に意識を向けてしまった。
――!?
「ちょっと待ったぁ、まさおくん!」
私はまさおくんが閉じようとしたランドセルのかぶせを弾くように手で押さえた。
驚くふたりを無視して、私はまだ若菜ちゃんの匂いの残るまさおくんのランドセルの奥底に手を突っ込んだ。
「これはなに」
私が取り出した淡いピンク色の柔らかな小さな布地にふたりは息を飲んだ。
その途端、ふたりの心象が止める間もなくどっと私の意識の中に飛び込んできた。
ああ、なんてこと!
まさおくんは最初から匂い袋のことなんか知らなかったのだ。
まさおくんが本当に盗っていたのは、プールの授業で着替えた若菜ちゃんの……、ピンクの、あぁ、このピンク色の、柔らかな、愛らしい……、小さな赤いリボン飾りの付いた……、あ、あ、あわわわわっ……。
若菜ちゃんはそれをそっと私から取って、隠すように手の中に丸めた。
「ごめんごめん」
「男子ってホント、しょうがねぇなぁ」
若菜ちゃんは丸めた布を目の前のランドセルの中の隙間にグイッと押し込んで、かぶせを閉じると「はい」とまさおくんに背負わせた。
それで、ふたりして悪い顔でニヤリと顔を歪め見つめあうと、連れ立って教室を出ていこうとする。
私は壊れた蛇口みたいにドカドカ頭の中に流れ込むふたりの心象にあたふたするだけだった。
えっ、えっ、ええっ、えええっ!
ちょっと、あんたたち、まだ小五だよ、いくらなんでも早くね?
教室の出口で若菜ちゃんがこちらに振り返った。
「あかねちゃん、ありがとう、バイバイ」
パッと見たところお似合いのカップルがその心象とは裏腹に爽やかな笑顔で手を振ってくる。
それで、彼女は愛らしくくるりとスカートを翻して廊下にぴょこんと飛び出して行った。
あっ、若菜ちゃんって今日はスカートだった!?
じゃあ、ひょっとして、いま、そのスカートの中って!?
Mission complete ?
卑弥呼Q&A 7
Q:せめてあなたの本当の名前を教えてください。
A:それって、妻問い……、つまり求愛ってことですか?
Q:そう受けとってもらってもいいですよ、とにかく有用な情報が欲しいので。
A:えっ、私、まだ小五ですよ。変質者ですか、警察呼びますよ。
Q:ったく、クソ生意気な……。




