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君はマウイを信じますか

作者: 有間 卓夫
掲載日:2025/09/21

神戸で大震災に会い、歩けなくなった中学3年生の久美。

その後の厳しい現実と車いす生活に耐え切れずに死を決意した彼女。

そこにマウイの神が奇跡の出会いを.......


































エレベーターが一階に付きドア―が開くと180センチと長身で浅黒くがっちりとした体格の西日明は早速、携帯をポケットから取り出しプッシュしたが話し中である。

仕方なく貿易センタービル入り口横の長椅子に腰をおろして時間待ちすることにした。

タバコに火をつけてプレゼン後の質疑応答に思いのほか時間がかかったことを少し反省しながら外を見ると前のホール入り口付近に大勢の着飾った若者達が集まっている。

どうもダンスパーテイらしい。「なるほどそれで」と納得し、時計をみると6時である。

そこで再度かけてみたがつながらない。

こんなことは珍しい事ではないのだが

「なにやっているんだろう」と愚痴をこぼしながら今度は反対側の奥まった薄暗い所に目をやった。

そこにはホールの入り口付近をじっと見ている車椅子の女の子がいた、多分ダンスの相手でも待っているのだろう。

明はその後も三度、四度と携帯をかけたが話し中で次第にいらいらした。

それもあって、やっとのことでつながった時

「どうしたの?何度もかけたのに」と、自分なりに気持ちを押さえて話し始めたものの彼女との話はまるで押し問答のようですれ違った。そして最後に

「じゃー分かったよ、一人で行けば良いのだろう、行くよ、でも、君とはもう付き合っていられないよ」と言い終えるや否や携帯を切った。

そして座りなおすと、その少し興奮した手でタバコに火をつけ深く吸い込んだ。

肺中に煙が充満するとなんともいえない苦しさと満足感が広がり

「失恋」の二文字を消すことは出来なかったが少し気持ちは落ちついた。

しかし、外に出るドアのガラスには情けない顔のしょぼくれた自分が映っていた。表はもう薄暗くてあれだけたむろしていた若者達も会場に入ってしまったのだろう、もう誰もいない。

彼らに「こんなところを見られなくて」良かったと思いながら、何かを思い出すように右側に目をやるとまだ車椅子の女の子は居た。

「かわいそうに待ち合わせした人間がこなかったのか」と気になった。

「秋深まった今日もう少しで真っ暗になると言うのに、どうするのだろう」と思い、しばらく立ち止まって凝視するとどうも様子がおかしい。震えている。

「まずいな!これは」と瞬間的に判断すると迷わずに彼女の方に向かった。


その車椅子の彼女の方はと言うと、自分がこんな体になってからのことを思い出していた。忘れもしないあれは二年前、中学三年生の冬1月17日の早朝だった。

寝ていた彼女は自分の家が巨大な怪獣に襲われているのではないかと一瞬思った。

「ゴー、ドスン!ガチャン!ミッシ、ミッシ、ガチャン、ゴー」と、ものすごい音とともに家が上下左右にふられる。何がなんだかわからずに目を覚ました後、動くことなども出来ず必死でベッドにつかまり隣の部屋で寝ているはずの両親に「キャー助けて―」とそう叫んだことだけは覚えているが、今、思い出しても身震いする。気がついたときは病院のベッドの上だった。


まだ意識が朦朧としていて夢を見ているようだったが横を見ると母が居た。

「お母さん」と呼ぶと、握っていた手に力をこめて

「良かった、気がついた!」とだけ言うと涙を流してベッドに泣き伏してしまった。

周りが余りにそうぞうしいので首を左右に振って見るとベッドと言わず床のそこかしこにも包帯を巻きつけた人達が横たわっている。


そして救急車のサイレンの音がひっきりなしに鳴り、廊下でも人々の叫び合う声が飛び交っていた。

あの神戸阪神淡路大震災だったのである。

結局この未曾有の天災で6000名以上の人々が亡くなったしかし、彼女のように傷を負った人数もその10倍以上居たにもかかわらず新聞などで報道されることはほとんどなかったしこの時点ではまさか何十万人もの人が避難を余儀なくされ又、その後建った仮設で200名以上の人々がこの豊かな日本で心の糧を失い生きる希望を見つけ出せずに孤独死するとは考えられていなかった。


彼女の苦しみも目がさめたこの日から始まったといえる。起き上がろうとしたが足に力が入らない。

「お母さん、足どうなったのか力が入らないの」と言うとそれには答えず、母は涙をぬぐいながら再び手を強く握り締めて一言、一言、時間経過に沿って話してくれたがそれは次のような話しで彼女を驚かせた。

「神戸で信じられないほど大きな地震が起こったのよ、大勢の人が亡くなったりケガをして今も救出活動が続いているけれど助け出す道具も足らないし、水も食料も手に入らなくなっていてケガをした人を治療出来る病院どころか何もかも不足していて一歩表に出るとまるで戦争直後のようなのよ」と、それがいかにひどい状態なのかを伝えた。

「あのね 久美、家も全壊したのよ、そう、もうつぶれてしまって無いのよ、幸い北区の叔父さん達が直ぐに助けに来てくれて貴方は、何とかここ北区の病院まで運ばれて、治療も受けることが出来ているのよ」とも言った。

しかし足のことは話さない、そして「今は非常事態だから我慢しておとなしく寝ていてね、お願いだから」とだけ言うと部屋を出て行った。

確かに周囲の状況は母の言う通りで自分がこうして寝ていられるだけでも幸せなことはよく理解が出来た。

でも、大勢の患者達が居る場所でオマルを使っておトイレをするということがまだ15歳の女の子にとってどんなに恥ずかしくつらいことだったか、久美は今思い出しても顔を手で覆いたくなる。

でもその彼女の排泄物を処理する母親がろくに飲食も出来ず自分自身が使うトイレにさえ無い、いやあったのだがあっという間に汚れてしまってトイレでするより屋外でするほうがはるかに清潔で気持ちが良いと言う状態だった。

加えて食べるものさえ自給せねばならなかったのであるがそれを知ったのは1週間もたった有る日の事だった。付き添い人と入院患者が大声で喧嘩をし始め、それが聞こえた。

「私の方が入院したいわよ、貴方は寝ていれば良いけれど、私、何を食べてい生活しているのか知ってて トイレだって」と泣きながら訴える。多分入院していたのはご主人だったのだろう。

一ヶ月後の有る日、彼女は両親の兄弟が住む市街地の病院に搬送され個室に入院して正式に検査が始まった。

結果は、地震で崩れた自宅の部材で脊髄などが圧迫されたことから動かなくなったと診断されリハビリしても動くようになるかどうか分からない、でも努力しましようと言う残酷なものだった。

このことを告げられた時、それまでは周囲状況が余りにすごくて自分は生きているだけでも幸せなのだと自分を納得させてきたけれどさすがに部屋に戻ると廊下に居る人まではっきりと聞こえるほど大声で泣きわめいた。

「なぜ私なの!私が何を悪いことをしたの!ねーお母さん、」などと母の服をゆすりながら、誰が悪いのでもないとは分かっていたが最後には「死んだほうがましよ!」と物を投げ両親に食ってかかっていた。

両親は、ただなされるままに

「ごめんね、ごめんね 私達が代われたらいいのにね!ごめんね」と娘を抱え後は、いっしょに泣くだけだった。

追い討ちをかけるように最初こそ見舞いに来てくれて

「いっしょに又遊ぼう」と言ってくれたクラスメート達も交通機関が回復したのにもかかわらず、誰も来なくなった。

病院には友達も居ないので一番仲の良かった由妃ちゃんにその後一度だけ以前のように話しでもしようと一人でベッドから一生懸命不自由な体を使って車椅子に乗りまだ慣れないそれを操って待合まで行き彼女の家に電話をしたが今までの反応が全く違っていて直ぐに「ううん!何でもないの ちょっと、でもいいのよ、忙しいのに邪魔をしてしまってごめん」と謝って受話器を置いてしまった。

余りにも改まった感じで、もはや今までのような長話が出来る雰囲気ではなかったし聞こえてきたのだ。

そう遠くで話す彼女の母親の

「電話 久美ちゃんなの あの子だったらもう二度と歩けないのだから付き合わないほうがいいわよ」と言う言葉が、ショックだったみんなに迷惑がられている自分がそこには居た。かかわりたくないそんな風であったし、そしてその後も世間の風は、おりにふれてそれ以後も遠慮なく彼女につらく吹き荒れていった。

そのことも有ってかリハビリも半年後一人で院内ならどこにでも行け車椅子でなら大概の日常生活が出来るようになると身も入らず全くと言っていいほどそれ以上進歩も見られないことからやめてしまった。そしていくら先生や看護婦さん達それに両親が口をそろえて「ねえーがんばろう ね!がんばろう!」といくら言ってもガンとして言うことを聞かず「無駄なのよ、何をやってもそうでしょう、違う!分かっているのでしょう、もうほっておいてよ、私のことなんか」などと言って反対にどんどん自分の世界に閉じこもって行きみんなを困らせたのである。


変化が現れたのは一年後自宅が再築され病院から戻ってからだった。

それはやはり自宅と言う安息の場所であったのもあるし両親が彼女の為に車椅子でも生活がし易いように通路も広く段差の無いバリアフリー仕様で再築してくれていたのも有ったが、毎日、庭に出て草木をいじることが出来たのが大きい、まだ寒い二月の初めなのに母に手伝ってもらいながら一生懸命プランターに土や肥料を入れてチューリップの球根を植えていった。


こうしていると何もかも忘れることが出来、風や土の匂いも心をなぐさめてくれたが何と言っても太陽の光と暖かさである。自分を包んでくれるあの陽光に不思議な力を感じていた。

三月になり朝、庭に出ていっせいにチュ―リップ花が咲居ているのを見つけると久しぶり大きな明るい声で両親を呼び

「ねえーきれいでしょう見て、見てこのピンクちゃんなんてすごいでしょ」と自慢げ説明を繰り返すほど元気になっていった彼女は、そして今度は有る日突然、花に関する本を読んでいて

「私、大検合格して、大学に進学するわ 絶対!」と意欲さえも見せるまでに、同じような境遇の女性が大学の農学部で研究し新種の開発に成功したと言う記事を見つけ何かを感じたのかもしれない、ただ一方で同級生だった皆に負けたくないと言う気持ちがむらむらと湧き上がってきていたのは事実だった。


それからの久美は?と言うと目標が出来て大検に合格するまでの一時期は確かに勉強に熱中したので良かったが合格してしまった最近では前にも増して何かいらいらして居て何かと言えば母に当る毎日が続いていた。

その直後には必ずそして「もうしない」と後悔し誓うのだが、又、繰り返してしまう。

久美は心の中で言っていたのである。

「私だってお母さん良く分かっているのよ、私はまだ幸せで今回の地震で両親ともなくした幼い子供や経営していた店がつぶれて仮設に入ってから苦労し結局親子心中したり孤独死で人知れず既にこの時までで100人以上が亡くなったりしていることなど、でも時間とともに私のようにケガをした人間のことはどんどん忘れ去られていって邪魔者扱い。

納得がいかないし腹が立ってくるのよ そして神様にも、

「なぜ私を?って」。本来持っていた負けん気の強さがテレビ番組などで彼氏の話しなどをしている健丈な同年齢の女の子を見るとなぜか腹が立った。

又、車椅子生活では必ず出くわす他の人に助けてもらう時が有る、たとえば階段などでは二人の人に車椅子ごとかかえて上げてもらうために声をかけなければならないがこれが出来なかった。

17歳の誕生日の今日も、母が「皆さんに助けてもらってもいいじゃないの」と言ったことから、この話しがもとで母とけんかをしてしまった。

売り言葉に買い言葉である、最後は又「お母さんなんかには分からないのよ。私の気持ちが!私なんか生まなきゃ良かったのに!」と言ってしまった。


母はそれを聞くと泣いて奥の部屋に行ってしまった。

「あーあ又言っちゃった」ポツリと奥に消えた母に向かって言うと久実は本当に自分自身がいやで嫌いになった。

「死のう」そう頭に浮かんだ「死ねばこの苦しみからも開放されるし、お母さんにももう辛い思いをさせなくてすむ、そうよ!」思い立つと、自分の一番お気に入りのかわいい下着と、外出用の上品な上着に着替え普段はしたことが無いのにお化粧までもした。


それからコートを手に取り相当に思いつめた様子で

「私なんか居ないほうが良いんだよね」と自分に二度、三度言い聞かせると家を出た。一度玄関の方をチラット振り向いたが、その後はまっすぐ車椅子を操って最寄の乗降になれた駅に向かった。

当ては何もない、ただにぎやかな所に行こうとふと思ってJRで三宮に行き降りたもののその後どこに行けば死ねるかと考えたが思いつかない。

ただ自然と段差、階段の無い南側に向かって進み国道を越えると貿易センタービルが高くそびえているのが見えた。

「そうだ死ぬならエレベーターで高いところに昇れば」と単純に思いつきで今度はそれに向かって進んだ。

ようやく着いてビルの一階に続くスロープをあがるとにぎやかな音楽が横のサンボーホールの中から聞こえてくるし高いビルに続く踊り場のところには着飾った若い男女で一杯だった。

何が有るのかも分からずただ隠れるようにして様子を見るよりほかなかった。

それが大学主催のダンスパーテイ―の会場だと分かると今度は興味が沸いてきて男女の待ち合わせの様子などをじっと見ては自分の境遇と照らし合わせ、そしてため息をつき又、今までのことを思い出していたのであった。

ところが会場がオープンしたのかその場に居たみんなが三々五々入り口に消え軽快な音楽が始まりそして日が西に沈み薄暗くなってしまい、その場に自分だけがポツンと取り残されているのに気がつくと一気に孤独感に襲われ死という言葉が頭に浮かんで身震いした。


車椅子の自分を助けてくれる人間が誰もいない真っ暗なところに居るその恐怖である。

「どうしょう?私どうしょう?お母さん」心臓がどきどきしてきて脈も早くなり急に弱気の虫に襲われた。そんな時であった、誰かが自分の方に向かってきて前に立ったのである。

「踊りに行こう!」と言う声が上からした。

一瞬顔を上げて見上げると少し不良っぽいが背が高くどちらかと言えば自分好みの男性が立っていた。

「いいえ、結構です!」と考えもせず怖さが先にたって言った。しかし本当は

「助けてお願い!」と心で叫んでいた。それを知ってか彼は彼女の目線までしゃがみこんできて「君の顔に死相が見えたのだ、死ぬ気だったのだろう?」

彼女は「今は違うの、怖いのよ 助けて」と言う代わりに首を横に振って彼の目を見た。

目と目が合った。その目の奥に吸い込まれるように自分が居た。

「じゃ僕と付き合ってくれるの」

久美は驚いてすぐには返事が出来なかったが

首を縦に振ってうなずいてから

「どうして私の心が分かったの?」と聞いた。

しかし彼は、それに答える代わりに

「さあー行こうか、いいね」というなり会場の入り口に向けて車椅子を後ろから押していった。入り口で

「やっぱりだめよ」「やめる」と言ったものの聞こえなかったのか彼はチケットを買い求め自分のコートを脱ぎクロークに預けると彼女の横に来て自分の両手で彼女をすくうように持っていき軽がると抱き上げ

「この車椅子もたのむ」と言って預けてしまった。

そしてそのままの格好でさらに奥のドア―に後ろ向きに持たれるようにして押し開けると二人が抱き合う格好にしてからゆっくりと壁にもたれかけらせた。

「なれているこの人」久美は思った。経験がないと車椅子の私をこんな風にはなかなか扱えない。

ホール内はすごい迫力の生演奏がガンガン鳴っていて、それに合わせて隙間もないほど混んだ場所でみんなが踊りその熱気でむんむんとしていた。


もちろん久美はこんな場所に来るのもはじめてで初めで最初は大きさの音に耳をふさいぎたかった。

でも、直ぐになれて、今度は逆に軽快なリズムで体が自然と音楽につれて動いていく

「生演奏って迫力、すごい」そう感じながら2曲ほどロック的な音楽を聞いてその場所の雰囲気にもなれた頃に「ブルースです」と案内があった。


それが何なのか知らなかったが一転して静かなハワイアンが聞こえるとそれまで横で肩を抱いていた男性が、真正面に来て右手を腰にやり左手は久美の右手を持ってそのリズムに合わせて左右に動き出した。抱かれて恥ずかしさもあり

「あの!私、足が動かないし踊れないの!」と言っても相手にしない。

気がつくと自然と自分の右手は彼の背中に回りしっかりと彼にしがみついていた。

彼の背中に回した手がしっかりと久美を自分に密着させていたので足が不自由なことさえ分からない。

彼は言った「見てごらんほれ!ちゃんと立って踊っているじゃないか」と。

久美も本当に驚いた周りのカップルと何も変わらない。そして徐々に彼の体のぬくもりが直接伝わってくるすごく刺激的だった、男女が抱き合うってこんなことなのだ。


恥ずかしい気持ちも有るが違う、なんとも説明できない心温まる幸せなものだった。

3曲目になるころには「久美、このままこうしていたいなあー」と考えるようにまでなっていた。

4曲目が始まると突然薄暗くてもう周囲が見えないほどになった

「これ何なの?どうしたの?」と尋ねたのに対して彼は

「僕の首に手を回してさあ!」と命令して自分も彼女の背中に両手を回して二人はぴったりと抱き合う恥ずかしい格好になり踊りは続いた。

「これがチークダンス、見てごらん近くのカップルを」目がなれて見てみると本当にみんな同じ格好、いやキスをしながら踊っているカップルも居る。顔が赤くなるのが分かった。


少し上を向くと目の前に彼の顔が有った。そしておでこにキスをされた。

もう何がなんだか分からない!幸せ一杯でとろけてしまって ぼ―とした自分がそこにいた。チークダンスは1曲だけで終わると再び明るくなった。

手も背中も汗でもうびっしゃりだった。

「暑いな、出ようか」と言うと入ってきたのと反対の方法で車椅子に戻った。手や顔、首周りの汗をふくと外に出た涼しい夜風が気持ち良い

「ありがとうございました楽しかったです」そうお礼を言うと、無視するかのように

「お腹減ったね!食べに行こう」といって今度は列をして待っていた先頭のタクシーの運転手に車椅子をまかせると久美を抱いて後ろに並んで座った。

本当は、うれしかった。

「じゃあこれでなどと言われたらどうしょう?」と内心ひやひやだったのである。

彼の手が久美の肩に回されてきて引き付けた、一瞬びくっとしたが

「こんな体の自分を本気で付き合ってくれる男性なんか居るはずがない、どうせ遊ばれポイされるに決まってるだろうし地獄が待っているかもしれないのよ久美」と言う声よりも

「どうせ死のうとした私、だまされても地獄に落ちても良いから今は彼にやさしくされていたい!」と言う気持ちが圧倒的に強く久美は自分から彼の肩にもたれかかっていった。

二人を乗せたタクシーは三宮を通り過ぎさらに山手を目指して走る。

さらに北野町にまで来て最後に急な坂を登りきった所で止まった。

そこで久美は日明に抱かれて降りると再び車椅子に乗せられ豪華な建物の入り口から中に入った。

日明が内ポケットからチケットを出すと蝶ネクタイ姿の紳士は、それを慇懃に受け取り先導してクロークへそこでコートなどを預けると少し薄暗い中に案内していった。


真中に舞台が有り二人はその直ぐ前の席に案内された。

テーブルの上にはキャンドルサービスの灯がともっている

「あの、ここってどこなの?私初めて」と久美はきょろきょろと周りを見ながら聞いた。「ここはね、ナイトクラブ」と言う明の説明に

「ええ!ナイトクラブ?って あの大人の人達が来る?」一瞬日明は言葉に詰まってから

「何言っているの!君はもう大学生だろう!だったら大人じゃないか!何か具合が悪い?」「私、大学生」と思われている!それが分かると久美は

「うふ」と、そしてニヤニヤしながら

「ううん、そうよね!そうよ」と首をかしげる明を見ながら自分に言い聞かせるように言ったそして、続いて

「アー忘れてた。 私、山本久美って言います」と自己紹介した。

「ぼくは西日明よろしく」少し改まって明も挨拶を返した。

久美はすこし前の自分と全く違ってきているのに驚き、そしてこれから何が起こってくるのかとワクワクしてきた。

ウエイターが来て彼がマテイニを注文し

「君は何にする?」と言うや否や

「じゃ私も同じ物」と久美は注文をした。

それがジンとベルモットで作った強い酒であることも知らずに。

「へえ君もやるじゃないか?」と言う明に

「まあね!」と得意げに答えた久美だった。

二人でその透明な液体の入ったグラスをチンと合わせて乾杯をして飲むとき久美はなんとも言えないその大人びた雰囲気に浸っていた。

しかしグラスを口に持っていって一口飲んだ瞬間咳き込んだ。

「ゴホ、ゴホ何なのこれ、こんなのを本当に飲むの?」苦しいの、何のってたまらなかった。明はというとそんな彼女にやさしくするでもなく

「君ヘミングウェイとかチャーチルと言う人の名前知っているだろう、彼らが好んで飲んだのがこれさ!男が好む強い酒なのに君もって注文するからすごいなーと思っていたけれどやっぱしな」と言った。


憎たらしい人!と思ったが口から出たのは、

「ごめんなさい私本当はお酒の飲むのは初めてなの。背伸びして注文してしまって」と久美は謝った。彼はそれを聞くとにこにこして

「さあ!食事だ、食べよう」と誘った。

サラダから始まってメインは神戸ビーフ、お腹が減っていることもあってか

「おいしいわ!ここのお料理」と

「そうだろう、この料理はね同じ経営者の隣の有名なフランス料理店からきているんだ」と久美の言葉を取って日明が説明をした。

「そうなんだ!」と久美は言ったが顔を上げることもなく平らげるともうデザートのケーキに手が行っていた。とにかく食べるわ食べる。

つい先ほどまでの死神の姿はもうそこにはなく花より団子の明るくて活発な昔の久美に戻っていた。


そんな久美を見て微笑みながら明は今夜、本当は、彼女とは余りにも違いすぎるここにいっしょに来ていたはずのガールフレンド富田みどりのことを思い浮かべ比較をしてしまった。

「どうしてこんなに純真無垢で素直な子が居るんだろう。何て素直な子なのだろう」足が不自由で明も大変だったはず、でも違った。ちっとも苦にならなかったどころか自然と出来たしそのようにしたかった。最初は同情の気持ちだったけれど今は明らかに恋愛感情に代わろうとしていた。自分が必要とされて僕にも彼女が必要、決して手離してはいけない大切な人、そう頭の中で誰かが言っているのが聞こえた」。

「あーあ、おいしかった」と久美が言ったころ周りは自分達のようなカップルで埋まっていてそれぞれが食事をとっていた。

しばらくすると場内が暗くなりライトが直ぐ前の舞場を照らすと生演奏が始まった。

明が誘うと久美自身が

「あれ!」と思ったほど積極的に協力する形で二人は踊り場に出ていって踊り始めた。

アルコール少々、おいしい食事、ムード有る音楽、雰囲気それになんといっても格好の良い彼に抱かれてダンス

「もう、久美はメロメロ」言うことがない幸せで楽しくて涙が出てきてしまった。

「どうした?」

「ううん幸せ過ぎて」と答えながらしがみついてきた。

明もまけずに抱く手に力をこめていったダンスが終わると明に小さな声で

「あの!おトイレ」それを聞いて

「ああー気がつかなくて」と車椅子にのせアシスタントの女性を呼ぶと

「いくら僕でも一緒には」といって見送った。明るい洗面所の鏡で自分を見るともう真っ赤。

「わあー、どうしょう」と言ったものの、でも綺麗だった。自分で言うのも変だけれどキレイ、生き生きした顔がそこにはあった。

「どうするの、久美このあと誘われたら、彼相当のプレイボーイよ」そう語りかけたのも一瞬で目はもうハート形で心はとっくに決まっていた。

トイレから戻ると彼が花束を用意していて「ある人に君から渡してもらいたいんだ」と明に言われた。知らない歌手が「横浜たそがれ」ほか三曲ほど歌った後拍手で送られてバックに消えると再び司会者が出てきて冗談混じりに観客を沸かせると「雪野いずみさんです」と紹介した。


両親と同年齢の人達が良く知っている歌手で確か一人お嬢さんがいたその程度の知識しか久美は持って居なかった。

「うまい」初めて聞いたが歌唱力があり声が良く通っていて心に染みとおる。

3曲が終わろうとするころ自分達の方に歌いながら近づいてきた。

明の「久美、花束」と言う声とともに手渡されるともう目の前に来ていて直ぐに彼女に差し出した。

曲が終わり拍手の中彼女は花束を右手で受け取ると「きれいなお花ありがとう」と言い久美とあいた左手で握手をして

「足が、お悪いみたいだけれどがんばってね」と付け加えた後久美の耳元にきてさらに

「格好良い彼ね、逃がしちゃだめよ、いい幸せにね!」とささやくと再び舞台に戻っていき「花束をいただいたかわいいお嬢さんが車椅子でがんばっています皆さん拍手」といった。すると会場中から一斉に久美にあったかい声援の言葉と盛大な拍手が送られた」そして

「最後に私の一番好きな曲マイウエイを送ります」と言って歌っていった。久美は感動また感動だった。


知らない人達からの声援も盛大な拍手ももちろん初めてでうれしかったが雪野さんの励ましとその歌「マイウエイ」昔から聞いて曲は知っていたが終わるとあるフレーズが頭から離れなかった。

とくに「信じたこの道を私は行くだけ、全ては心の決めたままに」というところが。

ショウが終わり

「さあ行こうか!」言う明の声にも上の空でポートアイランドのポートホテルにタクシーが到着するまで、ずーと繰り返し、繰り返しマイウエイを口ずさんでいた。

そしてまさか久美がトイレに行っている間に明が自殺さえ考えている彼女のことをレストランのママに話して協力を頼み込んだ結果などということを知る由もなかった。


ホテルに入ると右奥のエレベーターで30階のラウンジに行き北側の窓際の二人席に案内された。

「何注文する?久美」知らない間に私のことを久美って呼んでる。と気がつくと

「私、もうお酒はよすわ、コーラお願い“あきら”」って注文をした。

彼は横で立って待っていたウエイターに自分の分も注文をして彼が去ると。

にこにこしながら

「久美、今、“あきら”って言った?」彼女はニヤニヤとしながら少し下を向いて知らぬ顔。「久美」と又呼んだ。

「何!あきら」と彼女。それから始まった二人の会話は普通の若いカップル達なら普段じゃれあいながら話して居る普通のもので有ったが。久美にとっては初めてで新鮮な経験だった。

明が、「部屋の方に行こうか」と誘い26階の彼の部屋の前に立った時。

久美の心臓はドキドキと彼にも聞こえるかと思うほど大きく高鳴った。

でも明は意に介せずに久美にキイを渡し彼女にドアを開けさせ押して中に入った。

そして久美を車椅子からテーブル前の椅子に座らせると

「ゆっくりしてよ」と言いながらコートを受け取りクローゼットに自分のものもかけながら

「僕コーヒー飲みたいな、君は?」

「私は紅茶」

「じゃーそこに用意があるだろう」

「これ?」

「あーあ、それ、じゃいれてくれる!」

「分かった!」入り口で考えたのとは違って何て言うことはなかった。

サイドテーブルのドリップタイプのコーヒを入れながら自分の好きなアールグレイを見つけるとテイカップににいれて沸かしたテイポットか湯を注いでいく。

「出来たわよ」取りに来て。

もう、まるで恋人のよう。

アールグレイの香りを楽しみながら一口飲んだ後。

久美は決心して、正直に自分のことを打ち明けていった。

「ふーん、そうだったのか?」とあいずちを打ち終わってからも何も彼は言わずにただ

「風呂の準備をしてくるからいっしょに入ろう!その間にお母さん心配しているから電話で正直に連絡して!いいね 久美」と言うと急に彼女の前にかがんできてあごを少し上げるとキスをしてバスルームに消えた。

バスルームからは明の口ずさむマイウエイが聞こえてきた。

久美はと言うと突然のキスに「何、今のは」心臓がパクパクして止まらない。

暫くして、我に返ると自分に言い聞かせながら受話器を取りボタンをプッシュした。

受話器からツルルと一回なっただけであの母の声が聞こえてきた。

「久美なの久美でしょう。今どこに居るの、大丈夫、ねえー 久美ったら、何とか言ってよ」だんだん泣きそうな声に代わってきて本当に久美のことを心配している様である。

「お母さん私大丈夫だから、今ホテル、ううん一人じゃなくて彼と一緒」

「ええ?彼って誰?」

「素敵な人、私しね 今日自殺しようとしたの、それを助けてくれた人なの」母の声が途切れた。

さすがに自殺と聞いて言葉を失ったのだった。

久美はそれをさっして

「大丈夫よ、母さん今の久美は死んだりしないから、とても幸せなのよ、本当なのよ 信じて、久美は自分自身で歩きはじめようとしているの、自分の意思で」

「あの!久美とにかく一旦家に帰ってきて話しましょう!ね」

「ううん、今から彼とお風呂に入るの」それを聞いて絶句する母。

そして、再度、母は久美に帰るように言ったが意思が固いことを悟ると

「久美後悔しないのね?いいのねこの後どんなことになっても?」

「うん、逆に、今家に帰ったら私きっと後悔するわ!きっと、明日には必ず帰るから」娘と母の真剣勝負、そしてその会話から初めて女どうしの理解があった。

母親は最後に

「分かった、久美もうお母さん何も言わないわ、信じているから久美のこと」と言った。

それを聞いて久美は

「お母さんありがとう。あのね、ここはポートホテルの2618号室なの、彼がお母さんには正直に言いなさいって!」

「そうなの良い彼じゃない安心したお母さん」

この言葉を最後に、電話は終わったが久美は日明が来て肩をだき寄せるまで呆然としていた。

そして自分から日明の首に腕を回すと最初はおでこをひっつけ、して涙を流しながら目を瞑ると彼のキスに無我夢中で応じていった。

初めての本当のキス、涙にまみれてのキス何もかもが頭の中から消えていった。

体が離れ久美が涙をぬぐうと明は

「お母さんに話したのだね、正直に!」と言い黙ってうなじを下げた久美に今度は

「良かった、さあ風呂に入ろうお湯はばっちりだから」と誘った。

久美は自分で裸になり同じく既に裸になっていた明に抱かれると浴室に運ばれバスに張られたお湯の中にいっしょに入っていった。

その間、ずーと震えながら目をつむっていたが明に言われ目を恐る恐るあけた。

すると直ぐ目の前に微笑んでいる明が居てシャワーを手に持ってこちらに向けていた。「ひょっとして、だめよ、だめ」言ったか言わないうちにシャワーのお湯が頭の上からかけられると今度は手に持った容器からシャンプーを手に出すと久美の頭に両手でこすりつけるようにして洗っていった」そして

「どこか痒いところは御座いませんかお嬢さん?」と聞いたそれまで、我慢して明のなすがままにしていた久美は

「そうね、そこじゃないの もう少し右、いや違った左、もっとやさしく洗ってよ!」などと言っては仕返しを楽しんでいった。

もう緊張感はなくなっていて泡だらけの二人がそこに居たりシャワーを掛け合う二人が居た。

風呂場はまるで子供の遊び場のようになっていった。

足が悪くてもお風呂の中ではその不便さを全く感じるこがとなく悪いことさえ忘れてはしゃいでいた。

体を拭いてタオルを巻きつけると

「お風呂をこんなにしちゃって怒られるから知らないからね」と言う久美の言葉が口をキスされてふさがれるとそのまま抱かれてベッドに運ばれた。

若干抵抗があったものの彼を自分に招き入れた時はうれしかった、彼を直接感じることが出来二人は一緒になったと実感することが出来た。

終わった後彼の胸元に顔をうずめ幸せをかみ締めていると涙が止めどもなくあふれてきた。「どうしたの?」と抱く手に少し力を加え心配そうに聞いた彼に

「ううん違うの、幸せすぎて」と答え涙をぬぐった。

その晩二人は幾度と愛し合い、少しだけうとうととしただけで翌朝を迎えた。

眼の下にクマを作っていては恥ずかしくてレストランには行けないと言うことで二人はルームサービスで朝食をとった。

ルームサービスが来た時久美は顔を見られるのが恥ずかしいとバスルームに隠れてしまった。

二人は向かい合って朝ごはんを食べたがその時もお互いに何か気恥ずかしく照れてしまって昨日のお風呂ではしゃいだ時のあれは何だったのかと思うほど全く逆のおかしな雰囲気だった。

無口の二人のままホテルからタクシーで久美の家に来て一旦は、明の手押しで玄関までは来たが彼は自分の首に巻いていたペンダントをはずし久美の首にかけると

「ここで別れるけれどいいね、言ったとおり3年後の今日、君と出会ったあの場所で時間に再び会おう、それまでお互いにがんばろうな」と言うと後ろ手にふりながら家の近くに待たせていたタクシーに向かい乗りこむとそのまま走り去っていった。


チャイムが鳴り母親がドア―を開けたときには既に明の影は消えていた。

キョロキョロと表を探す両親に

「彼ならもう帰ってしまったわよ」と久美が言う言葉で少しがっかりしながら中に入った。

少し改まって

「昨日はごめんなさい」と謝るとゆっくりと見られることへの恥ずかしさも有って

「着替えたいから」と直ぐに母親と自分の部屋に行った。

二人きりになると

「あのね、昨日ね、彼と結ばれたの」とテレながら告白をした。

「そうなの、結ばれたのね、良かったね!心配していたのよ、そうなの」と言うと涙を浮かべながら娘を抱きしめた。

そして抱かれながら久美は

「お母さん、これからも相談するからいろいろ教えてね」と言った。新たな母と娘の関係がこの時生まれたことを母は強く意識にすると同時に今までの自分が不憫な子供と思い男の子の話しなどはむしろ避け隠し押さえつけてきたことが間違っていたと気がついた。

昨日電話をして来た時もふと自分がはじめて男の人を好きになり、デートをし、キスされ、抱かれた時のことを昨日のことのように思い出した。

あの時の気持ち、そう不安と期待の入り混じった甘くて切ないあの気持ちのことを。

「どんなに久美不安だったろう、女の子として、しかも不自由な体それを全て好きな人に見せまかせるって言うことがどんなことなのか」しかし子供と思っていた我が子久美は勇気を振るってしっかりと自分の意思で決め行動していた。

そして帰ってきて聞いた話しでは住所も電話番号も知らないと言う、でも彼のことを信じきっているし、たとえこれで振られても仕方ないじゃないって言う。

なんと強くていじらしい我が子ですばらしい女性になっていたことか。

母親は未だ見ずの西日明という男性に感謝せずには居られなかった。

久美は久美で、もし自殺する気で着替えていかなければ、そして、したことがなかったお化粧をして行かなければ昨晩のことはなかったと思い何かしら運命的な日明との出会いを感じていた。


その日以降の久美は変った、確かに変わった。

翌日からはリハビリに行くって一人で出かける、買い物も行くそして家の掃除もするし料理も母親に教えてとせがみ忙しい忙しいと言いながらいつも明るく例のマイウエーを口ずさんでいた。

家の中は一変に明るくなった、何一つ自分達自身はしていない両親はただただ驚くばかりである。

あれだけ気を使って息苦しく暗かった家が西日明という男性の出現で一夜にして全く変わってしまった。

うれしい話しはその半年後久美が出かけていた夕方にもたらされた。

電話が鳴り対応した母親は話しが進むと途中で受話器を持ったまま立ち尽くし「あな!あなた!」といっている。

不景気で早く帰ってきていた父親がそれを見ていて

「どうしたお前!大丈夫か」言って電話を代わった。そして父親も又、同じように口でもぐもぐと言って母親と向かい目で交わし、お互いにうなずきあうと「もしもし!」と呼びかけている受話器を手から放しだらりとさせたまま抱き合い飛び跳ねた後においおいと泣き始めた。


久美のかかり付けの医者からの電話だった。

なんと久美からのたっての要望で今回再検査したところ死んでしまったはずの両足の神経が生き返っていて半年もリハビリを続ければ歩けるようになると断言したのである。

久美が英会話から帰ってきた、両親は間に合わないので久美の好きな握りずし、もちろん特上を取って待っていた。

「お帰り」様子がおかしいので

「どうしたの、このおすし何かお祝い事でも?」と久美が聞く、待ってましたと両親が譲り合いながら病院のことを報告した。

驚くだろうと思って言ったのに久美は

「なんだ、分かっちゃったの」と言ってから自分の足で立ったのである

「まだうまくは歩けないのだけれど」と逆に驚きでポカーンとしている両親にみせた。

そして

「本当はもっとちゃんと歩けるようになってから見せようと思ったのよ」と付け加えた。

信じられない話しを聞いただけで希望があるとうれしかったのに目の前で立った娘の姿を見たのであるもう二度と見られないと思っていた姿を、もう両親のその喜びはどんなものだったか母親の

「もう私、これで死んでもいいわ」と言う言葉に集約されていた。食事が終わってゆっくりと母親が久美から聞いた話しでは

「あのね、彼あきらがね、あの夜久美の足が反応したって言うの、うそよって言ったのだけれど彼、本当だって、でね、試されたのよ」少し恥らいながら言った。

「確かに、今までと違う感触を反射的に感じたの、そして一瞬足にビリって何かが走ったような気がして、彼もう一度調べてもらったら?って言うものだからそれで、翌日からリハビリに行ったのよ、そしたら今こんな具合で今朝先生に逆に言ってやったのよ オオヤブ(大藪)だって、私二度と歩けないって言ったのに歩けるよって見せたの。そりゃ先生驚いてほかの用事全てほったらかしにして直ぐに検査して奇跡だ、奇跡だって、面白かったわよ そりゃお母さんにも見せたかった。眠れぬ森の美女みたいね」全く屈託が無い。

「でも、本当ね、そうなのよ、貴方が美女で彼が王子様きっとそうよ、すばらしいわ、久美良変わったわね 素敵な王子様、明さんに出会えて」母の言葉にうなずくと

「彼との約束までにもっとちゃんと歩けるようになって、そして大学生にもなって驚かせてやるの、実は私大学生って思われているのよ!」と答えた。もう母親は何を聞いても驚かずに

「そうね 良い女になっていないと振られちゃうかもよ」と逆に驚かしてやると

「そうなのよ、彼って背も高く男前でやさしくて少し不良っぽい、あんな彼だからきっと、もてもて だと思うのね、私がんばるわだからお母さんも応援してね、ああーそうだお母さんカレーよ、カレー教えてお母さん彼ったら目がないのだって」とおのろけとも聞こえる話しになり、もはや心はそこになかった。


その夜両親は布団の中で夢のようなことが起こって娘が幸せになっていくのをいつまでも話していたが

「ねえお父さん!さみしいですね娘があの体になってから1日たりとも平安な時間もなく辛く苦しい毎日で、もちろんいつかはこんなのではない平和な幸せな日が来るって願っていたわよ、だけど、たった一人の男性の出現であっという間に今の幸せな久美になって、私達の手から彼の物になっちゃって、もう私達じゃないのよ。うれしいのよ、でもさみしいわ」と言って。ため息をついた。

「そうだな、彼にやきもちを焼いてしまうよな、でも自分が代われるものならばって考えていたのがあっという間に彼との奇跡で実現しちゃったのだから負けだな、完全に、お手上げだよ、それにお前いつまで私達生きておれる、足が不自由なあの子を残してお前死ねないだろう?だったら前にも考えたようにあの子を殺して私達も死ぬ、それしか残ってなかったのだ、それを考えると」と言うと涙が自然とあふれてきた、また、それを聞き思い出した母親までが「

私達って幸せね、お父さん」と言って泣き崩れて行った。

でも二人は断定していた。

二年後と言っている久美にはかわいそうだが王子様は気まぐれで浮気っぽい、普通の男性なら自分のみならず彼の両親、親戚、先輩後輩、知人その全ての人が久美との付き合いを辞めろと忠告するに決まっているし、もう二度と現れないだろうと。


そのころ明は久美と分かれた翌日退職願いを書き月曜日に提出した。例の富田みどり彼女は日明の勤める会社の社長の娘で一人子として両親にも溺愛されていた、そして二人は将来結婚するのだろうと社内では知らない者は居なかったし彼が将来の社長とうわされて居たのでそれから一波瀾も二波瀾も有ったが結局辞めることが出来た。しかし、どうして私より車椅子生活の足の不自由な女性を選び会社までも辞めなくてはいけないのか、ただ謝るだけの彼に富田みどりも上司も同僚も友人も誰一人として理解が出来ず。「お前正気なのか、おかしくなったのか?ばかなやつがいる」と言うばかりだった。そう、久美の両親が思った通りのことが起こっていたのであった。


明は自分でも良く分からなかった。でもそうすることが正しいと言う思いだけがずーとあって迷うことはなかったし彼らの言う忠告にも何か合点が行かなかった。災害に巻き込まれて車椅子生活を余儀なくされたそれだけじゃないか、自分だっていつそんな目に会うとも限らない。

彼らの言うことはもしそのようになったら付き合わないつ言っているのと同じだった。

そんなばかな!友達と思っている人間が困ったときこそ友達として助けてやるのが人間ではないのか?と、そして久美の今までの苦労を考えれば誰にどんな罵声を浴びせられても何て言うことはなかった。

一九九九年の秋深まった有る日、久美はもう六甲山のふもとに建つある女子大の1年生になっていて、今ではほとんど普通の人が歩くのとかわらない歩き方で友人達も車椅子で生活していたなんて思いもしないし、知らなかった。

ただおかしな子としては見ていた。

と言うのもずば抜けて美人、スタイルも良くてやさしくてまじめで何事にも一生懸命で明るいのに一切男性を受け付けないし男の子に興味を示さない。

いくら合コンに誘っても乗って来ないし、どんなにすばらしい男性から誘われても断るけれどそれ以外は全く普通の女の子だから何がなんだか分からなかった。


その日、母親が大阪に友達と出かけていくと久美は納屋に行きなにやらごそごそとしている。暫くして引っ張り出して来たのはあの車椅子だった。

「ごめんね、こんなに埃がかぶってしまって」と言いながらきれいにみがいていきピカピカにすると。座って動かしてみたが上手に動かせない、うそ!ショックだった。歩けるようになって車椅子の生活時代のことをここまで忘れてしまっていたとは「いけない、これは」と思った。

幸せになって大事なものを忘れていると気がついた。

こんなのでは明に嫌われてしまう。

彼女は昔を思い出しながら動かす練習をした。さすがに直ぐに感を取り戻し以前同様に動かせるようになると自分の愛車にのせた。

時間が来てあのときのように薄化粧をし終えると愛車に乗りマイウエイをかけると、3年前のことが昨日のように思い出す

「さあ!久美いいわね」と自分自身に声をかけシフトをドライブにいれると三宮に向かった。

約束の時間6時が近づいてくると心臓はどきどき、そして時間が5分過ぎると、「日にちが間違った?」と思い10分過ぎると「時間も間違った」と気が気ではなくなった。

あの時と同じように薄暗くなってきて6時半になった。

寒いことも有って震えさせ来た。頭の中では

「久美分かっていたのでしょうこうなることが」と言うのが聞こえると

「違うわ、彼は来るわよ!きっと来るわよ」と言い聞かせながら必死に自分と戦っていた。そして

「こなくてもいつまでも待つわ」と決心するとスーと弱気の心は消え彼のペンダントに唇をつけて声を出して祈った。

「お願いよ 会いたいの 明」と。

その時に声がした

「誰に会いたいの?」とそして目隠しをされた。

そして又言った。

「誰を待っているの 久美」明だった。

うれしかった、今すぐにでも抱きついていってキスをしたいと思ったが、しかし待たされたことを思いだすと

「薄情なプレイボーイ、こんなかわいい子を30分も待たせてもう凍えそうなの」と答えた。「約束は6時半だったけれど、そう、ごめんね、あー本当、冷たくなっているかわいそうに」と言いながら目隠ししていた両手をはずし久美のほっぺを、はさみ目の前に顔を持ってきながら言った。

目の前に彼が居た。

もう我慢なんて出来なかった

「来てくれたのね 本当に日明ね、会いたかった」と彼に抱きつき落ち着くとキスを気がすむまでしてもらった。

そして予想もしていなかったことを明が久美の手を両手で包むように持ってから真剣なまなざしで言った

「僕と結婚して!」と久美は心の準備も何もしていないことを言われて驚いたが返事はせずに直ぐに

「私なんかで良いの?」と言うとキスをせがんでいった。

こたえて、これまでにも無いほど熱いキスをし終えると久美はウルウルしながらも

「じゃ、結婚してあげる」と言った。うーん何かおかしいぞと明は思ったそして

「久美何か隠しているだろう!こら正直に白状しろ」と言った。

「ううん、何にもないわよ」そう言ったが明は車椅子を貿易ビル内の明るいところに連れていって回りからじっと見て行った。

「こんなに美人だったかな?とは思ったりしたものの

「分からない」と言って手を広げるジェスチャーをした。

「日明降ろして」と久美にせがまれ車椅子から抱っこして降ろし壁にもたれかけらすと車椅子を折りたたみ人に邪魔にならないように横に置いた。

誰かにそのとき目隠しをされた。

「久美、誰が目隠ししている?」と言いながらその手を持ち解こうとした。

手にふれて

「うそ、どうして久美の手があるの?」ゆっくり解き見ると目の前にちゃんと一人で立った久美が居た。

直立不動のスタイルで見ている明に目で合図をし

「そうよ」と言ってうなずくと

「貴方のお陰なの」と言いながら明の周りをモデルがするように歩いて回った。

「本当かよ、信じられないよ」と言うと久美を抱き上げ回りながら

「そうか、すごいぞ久美、すごいよがんばったんだ。驚いた。良かった。神様のお陰だ」と言っては改めて彼女を強く抱きしめキスを交わしていった。

美男美女が喜びに涙声で叫びながら激しく抱擁しあっている姿を帰宅途上のサラリーマン達や待ち合わせでいた人達も何かと足を止め知らない間に周囲に人垣ができていた。

久美は明の腕の間に自分の腕を通し肩に頭をもたたれかけた格好でゆっくりと車がとめている駐車場に向かった。その途中彼は

「久美、僕達もう離れない、そうだろう久美、だった今からいっしょに暮らそう」といった。さすがの久美も

「ええ!今からって、今夜からって言うこと?」しかし

「ああ、そうだよ」と平気な顔をして明が言う。「

でも、家やそれいろいろとあるじゃないの」

「だから今から用意するんだよ」無茶 無茶な話しだった。

しかし久美は明が何かを考えていることを察して

「私、明と居られるのなら何でもオーケー、やろうそうしよう」と賛同した。


運転している久美を見て

「僕のお嫁さん車椅子の人ってみんなに言っているのだけれど嘘つきになっちゃったな‐しかも車の運転もうまいのだからね」とにこにこしながら関心して見ている。

まだ信じられなかった。

そこに、久美がCDをかけるとあの「マイウエイ」が車内に聞こえてきた。

二人は一瞬目を合わせると心に染みこんでくる思いでの曲にあの時の自分達を思い出して行った。

久美はと言えば、明の指示する道を走っていっているのだけれど自分の自宅の方向だった。

「あのーこの先行っても、何もないわよ 明、私の自宅は有るけれど」しかし明は返事をしない。

結局、久美の家近くの、そうあのときタクシーが待っていたところで止めさせると促されて降りた。

そして

「ここの筈だけれどなー」と言いながら建ったばかりのマンションに入っていった。

エレベーターで最上階の9階で降りると905号室の前にきた。

明が指差す所には名札が「西日明・久美」って書いてある。

鍵を渡されドア‐を開けて入り玄関の明かりをつけて靴を脱ぎ誰が用意したのかペアのスリッパをはくと一部屋一部屋見ながら奥に入っていった。

一通り見て回り「やっとこれが間に合った、君との家」と言われた時。久美から

「ありがとう明、私の為に買ってくれたのね 私良く分かる」言うと

「抱いて」といった。

そうなのである車椅子の彼女でも生活が出来る完全バリアーフリーのマンション。

入り口から広いなだらかなスロープ、広いボタンで両開きのドア‐段差の無い踊り場に低い位置にも押しボタンの有る広いエレベータ‐もちろん家の中も全てそのように設計されていたことを久美は長い車椅子生活経験から直ぐに分かった。

そして明の3年間の意味も彼のやさしさ全てがわかって先ほどの感謝の言葉になって出たのだった。

いまだ何も用意が出来ていないベッドに二人はキスをしながら倒れこんでいくと3年間のブランクを埋めるように激しく激しくお互いに求め合って行った。お互いの確認が終わると今度は

「明、私の家に行きましょう、お腹も減ったでしょう」と久美が誘ってでかけた。

驚いたのは両親である。今日が例の日だとも知らずいつもの英会話から帰った思っていた。

だから

「お帰り」といってもなかなか入って来ない久美に

「どうしたの」と言いながら母親が玄関に行くと背の高い美男子が久美の横に立っている、そして

「私、西日明と申します。はじめまして。夜分遅くお伺いして申し訳ありません」と頭を下げながら挨拶をした。

心の準備も何もなかった母親は、

「あら、まあーどうしましょう。あの、ごめんなさい?本当にどうしましょう、おとうさん明さんが見えましたよ、お父さん」としどろもどろの応対で奥に消えて行く。

久美は「さあー遠慮しないでもう貴方の家と一緒なのだから、さあこっちよ」と案内し食堂のテーブルに座らせると

「まず貴方はコーヒーね、私は紅茶」と言って慌てふためき消えたままで奥の部屋でごちゃごちゃやっている両親を無視しててきぱきと用意をしていった。

「良く覚えていたね?」

「だって貴方は王子様、貴方のことなら」とコーヒーを入れて明の前に置き自分の紅茶も持ってきて

「ミルクだけだったわね」とこれまた正解で自慢げの久美だった。二人が飲み終えてもまだ両親が来ないので

「お腹が減ったわね、出来合いで悪いけれど」と言いながら今度は冷蔵庫から何かを取りだし電子レンジでチンすると食卓の上に並べていった。

「こりゃうまそう、でも良いのかい ご両親よりさきに食べて」

「大丈夫食べて」そう言われて明はグラタンから食べていった。

久美も一緒に少し遅れて食べはじめた。

話しをしながら食べ終り

「ご馳走さん、おいしかったもうお腹が一杯」と明が言った時、久美が得意げの顔をして、にこりと微笑む。あれ、久美がこしらえたの!」目を見ると誇らしく光っている。

彼女のうしろに回り

「すごいな、僕の奥さん料理もすごくうまい。きっとこの二年の間にがんばったのだ!」と言うと。

うなずく、かわいい彼女だった。

両親が隣の部屋で息を詰めて見守っていることも忘れて久美を抱きしめキスをしていった。その時だった

「えへん」と言う咳払いに反応するかのように姿勢を直すとそこには両親がいた。

久美は

「明さん」と父親に紹介し明が一通りの挨拶を済ませると久美は

「今日から私達一緒に暮らすの!」と宣言をした。

驚くことにはなれていたはずの二人も

「ええ!そんなことを言ったって住む所さえも無いのにどうするの?」と聞くと、待ってましたとばかりに久美は両親を表に連れ出し先ほどのマンションに案内し二人に説明をしていった。

そして最後に

「今日からいっしょでなければ私達どうなるか分からなくてよ!」とこっそり両親を脅迫し了解を取り付けた。

こうなると女同志はすごい

「久美あそこに新しいかわいい毛布があるから持ってきて」とか

「これはどうかしら?」と持っていく食器や日用品を母娘で

「ああじゃない、こうよ、それ、それが良い」などと言いながら家中を引っかき回してから次々に戦利品をあのマンションに明と父親を使いながら運び込んでいって深夜には全て終わり

「これで一応の物はそろった後は食料品だけね」と確認しあった。

明にとってこの二人のコンビネーションは今まで見たことも無いある種の特別なものに見えて関心して見ていた。

両親が、明朝またと言って帰っていくと二人は日明が近くのコンビ二に走って買ってきた小さなワインを入れて乾杯をした。

「やっちゃったね」

「本当、やってしまった」から始まった積もった話しを時間がたつのも忘れてしていった。家では、まさかの事態と疲れも有って直ぐに横になった、しかし、ここでも、気が立って寝られず飲んだことの無い母親までが父親の取っておきのワインを飲み顔を少し赤らめながら

「それにしても驚いたわね、本当に彼が現れるなんてそしてあのマンションでしょう、私、久美が彼の年齢も、住所も、仕事も何も知らずに17歳で身をまかせた理由分かりましたよ。本当に良い彼、王子様だったわ、あの子幸せよ。本当もったいないほど。それにあの背が高くて男前でやさしくて アーア」と何か分からないため息をつき父親は

「でも、さすがに久美が今年、19歳で会ったときが16歳って聞いた時はおどろいていたなー」

「そうね、あれは、そうだったわね」とこの二人も時間を忘れて話し込んで居たが、ただ二人きりになってしまった家のことはお互いに暗黙の了解で話題にされなかった。

余りにも寂しかったからである。

彼と台所でアツアツの二人を見せ付けられたあとで娘は迷わずに今日からいっしょに住むと何ら迷うことなく彼のところに飛んでいった。

親にしてみればあの娘のうれしそうな顔し合わせそうなそぶりを見てうれしくないはずが無い、でもあんなに喜んで彼のところに行かれると私達は?って言いたかった。

分かってはいるがつらかった。


結婚式と新婚旅行とをかねて2000年2月21日、大学が春休みになるとお互いの両親とそれに自前で参加した主として久美の大学の友人達を乗せた飛行機は関空からハワイに飛び立った。

もちろん彼女達ははじめての友人の結婚式への参加そして彼を見てみたいという考えもあったがこれを機に親からこずかいをせしめ海外旅行に行きたかった。これが最大の理由だった。

ハワイに着くと飛行場で迎えのマイクロバスに両親たちや友人達が乗り込みそれを見送ると明達はタクシーに乗自分のコンドミニアムに向かった。

そうなのである久美と会って会社を退職した後、明は留学していたボストンに行った。彼が学んでいたときとハーバードは何も変わらず学内の芝生ではリスが直ぐ近い冬に備えてどんぐりや木の実を一生懸命あちらこちらに埋め回っていたし、町はクリスマスの準備に皆、忙しそうに立ち振る舞っていた。

懐かしい大学前のカフェーに入り席を探していると「アキラ、ヒヤーイズ、ハーイ」声がかかった。

見ると懐かしいクラスメート達だった。

直ぐに昔のように話し込むと3日間の滞在予定は1週間に伸び3週間にもなった。

そこでの扱いは日本のそれと全く違っていて

「そりゃあきら、良くやった」とか

「きっとかわいい女性なのだろうな」だとか

「うらやましいな」とか車椅子の女性であることを聞いても以上のような反応でみんな喜んでくれた。


又社長の娘と別れ会社を退職したことも皆好意的で迎えてくれた。

そして今ハワイで金融投資顧問会社を経営しているケリーがパートナーを求めていて明のことを聞いて駆けつけてきたのである。

「いっしょにやろう、明の理論と俺の商才一つになれば鬼に金棒そうだろう」と誘われ他の仲間もみんな応援すると決まった。

こうして明はワイキキに根をおろして仕事をし始めた。

その後日本の資本がハワイから引揚げるに伴いそれらの企業の所有物件を商品化して米国本土の投資家に証券化して売るようになると明にこの日本関連のビジネスは全てまかされ日本にもそれ以後頻繁に来るような生活になっていた。


しかしハワイが本拠地で有ることにかわりは無かった。

がんばったお陰も有って彼の昨年の年収は10億円を超えていたのであるだからあの日本のマンションは実は全て彼のプランで建てたものだったし今向かっているコンドミニアムも自己保有である。

久美には全て伝えて有るが彼女は

「そうなの、でも手入れや管理がじゃあ大変ね」と言うだけでまるで他人事、本当に欲が無い久美だった。でもアラモアナ近くのこのコンドミニアムにつれていった時は喜んだ。26階の部屋に着き久美にカードを差込んでドアを開ければ250㎡もある広い部屋、ジャグジー付きバス、明るいインテリア全てが気に入ったが一番のお気に入りは部屋から見渡せる目の前のアラモアナビーチ、沖にはサンゴ礁に砕ける白波そして左手にはダイヤモンドヘッドがワイキキの海岸に建つホテル群の先にくっきりと見えた。

「わあー、最高。ありがとう日明、何て素敵なのでしょうこの景色」ベランダに出てデッキチェア‐に座るとジーとどこまでも青い空そしてかすかに聞こえる波の音、小鳥のさえずり少し暑かったが最高の気分だった。

「良かった、僕も気に入ってここにしたんだ」という明に部屋内に戻ると久美はかって知った家というように冷蔵庫の中からコーラを出しコップも探し出してきて

「洗っている?」と聞きながら洗い、拭くものも探して見つからないとこれも買わなくっちゃなどと言いながらテイッシュで拭き取ると入れてテーブルに持ってきて

「さあ‐飲みましょう」ともう完全に主婦の体で明は感心してそれを見ていた。


女性って不思議で理解できない生き物と言う誰かの言葉を思い出しながら。

久美は次に荷物を解き部屋中のクローゼットなどをチェックし終えるとてきぱきと明を召使にして仕分けをしてあっという間に終わった。

人使いがうまいと言うか荒いと言うか?

「ねえ、明!」この言葉には要注意と言うことだけは良く分かった。さっさと買い物リストを作りあのアラモアナショッピングセンターがつい目と鼻の先であることを知ると行っては買って持ちかえり、一服すると又往復をする、そう以前日本のマンションの時にしたように、違うのは召使が明一人だけということだった。

やっと必要最小限の物が買いそろえられると

「男の人の一人暮らしってやっぱしだめだわね‐」と言われ、今度は

「お腹がすいちゃった、何か食べに行きましょう」と来た。

「よーし、おいしいレストランが有るのだそこに行こうと」言うと

「だめよ、そんなもったいないあのアラモアナのフードコートあそこにいろんなお店あったじゃない、ねえあそこで十分よ」と結局決まる。


聞いたら自分と知り合った時なんと16歳今でも19歳、自分はというともう29かななどと言う不埒な考えも頭をよぎった。

しかしなにぶんハワイに自分の会社があり生活している以上あの日本での生活もわずか4日間で切り上げざるを得なかった。

でも今振り返ってみれば既にそのときに兆候は有ったと気がついた。

ハワイで暮らすと告白したら両親は直ぐ近くにこれからずーと一緒にと思っていて

「ええ、ハワイで暮すの?」とあっけに取られていたが久美の方は

「そう、じゃこのマンションには余り物を買わずに済まそうね、でもハワイの生活調べなくちゃ‐また忙しいわね」と別次元の反応をしめし、そして「私ハワイの大学に転入できるかしら?明日にでも聞いてこよっと」と一人で気を回していた。

それにしても、どこであのような知恵を学ぶのだろうか?始まった結婚生活が知らないことだらけで戸惑っていたのは久美の方ではなく明の方だった。


フードコートで明は召使として良く働きお腹がぺこぺこになったのでパンダエキスプレスこれが八ドルそして久美、これが驚いたことに流暢な英語でベトナム料理の店リトルカフェサイアミで生春巻きとサイミンそれにココナッツタピオカをいろいろと店の人に「これは何、じゃ‐あれは?」と聞きながら値段も一つ一つ確認してから注文をして入れてもらう時もそれを一つおまけしてよ、などと言っていた。

「久美、いつから英語があんなにうまくなったの?」食べながら明は感心したことを言うと

「だって明のお嫁さんになるんだもの、車の運転も、英語だって出来ないとでしょう」と。「僕の奥さん」と言いかけると

「すごいでしょう、おりこうちゃんでしょう ねえ明」と言ってから

「おりこうちゃんには、何かご褒美くれるんでしょうね?」と言った。やられてしまった。食後これが欲しかったのといわれて買ったものそれはグッチの財布と水着。

あんなに食事に行こうと誘った時はもったいないと言ったじゃないか、なのに食事の何倍もの買い物っておかしいのではないかと言いたかったが

「有難う貴方の為に一生懸命英語を勉強して良かった、大切に使うわね」とうれしそうにそう言われてしまうとかわいくて

「ううん、お安いご用さ」といってしまう。そんな明だった。


しかし、その日は夕方にかけてスコールが降りだしその後も雨が降ったりやんだりだったので二人はコンドミニアムの屋内プールで久美はあの買ったばかりの水着を着て泳いだ、そして疲れたのか、早々に二人共寝てしまった。

翌日、早朝こそ雨が少し残っていたものの快晴のハワイらしい天気でベッドの上まで陽光がとどいて来た。

その明るさで目がさめたわけだが久美に言わせると「起きなさいって」言ってくれているんだと言う。

準備が終わると衣装あわせに出かけそして明がこちらの友人に無理言って取ってもらった結婚式場のセントオラシオンエステートに出向いた。

このダイアモンドヘッドに近い修道院では午前と午後1日2組しか式を上げないため、忙しく花嫁達がすれ違うなどと言うことがなかったのである。

なぜこんなことを強調するのかと言えば、今確かにハワイの景気は日本を中心にしたあアジアからの観光客が大幅に落ち込んでいて悪い。

この4月にはあの大手のJTBでさえ各ホテルのデスクを整理統合し廃止することが決まりこれで60名もの従業員がその仕事を失うといったそんな厳しい状況では有るが日本人カップルのハワイでの挙式だけは今も伸びていてホテルも新しくチャペルを作るなどしているがいっぱいだったのである。


久美は1度でその派手さはないが緑も多く静けさに包まれた式場が気に入った。

牧師さんとの話し合いが終わると自分たちのマンションで今夜、日本から来た身内だけのパーテイを開くのでダイエーに買出しに出向き久美が良く調べてあったこともあって要領良く肉や野菜を買い求めると部屋に戻り早速明を今度は部下にして準備をはじめた。


どこでそんなに料理をマスターしたのと聞きたいほど手際も良く5時前には二人でゆっくりと出来た。

しかし今回は直ぐに誉めなかった、

「でないと又あの間違いを繰り返してご褒美を要求されるからな、用心用心」日明はそう心の中でつぶやいていた。

5時ごろ両親がそして直ぐあとで友人達が来た。

みんなそれぞれに手土産をちゃんと久美から指定されたお店からケーキ、おすし、ピザ、ポイ類を買って手に一杯持ってくる。そうなのである自分たちが用意したのは大きなボウルに入ったサラダ、ビーフサンドイッチ果物それに紅茶、コーヒー、ビール、ワインとそれらを飲食するための食器類といっても全てここアメリカでは全て使い捨てでおしゃれなものが簡単に買い求められるものだった。


招かれた人間達は皆ドアーが開くと

「おめでとう、ハイこれお約束の物」と言って見せた後

「久美の言ったお店探すのに苦労したんだから、もう大変だった」と言った。

そうだろうハワイを良く知る日明が包装紙などで店の名前を見て、また聞こえてくる店の名前それらはロコ(現地の人達)の間でおいしいと評判の店で観光客では車を借りて行っても地の利がないと分からないところが多かった。

でも、そのように少し愚痴を言った友人達も中に招かれ60㎡以上有る居間に通されると持ってきたお土産をテーブルに置くなり

「ワー素敵」とか

「すごいなー」と言うか感激してしまって無口でいずれにしても居間続きのベランダに出て行った。

みんながベランダに行って快晴のハワイの海にこれから沈んでいく夕日を見ている間に当の二人は持ってきてくれた品々をテーブルに小分けして並べあっと言う間に全ての準備を終えた。

ひとしきり満足したら一人又一人と暑いことも有ってか中に戻ってくる、そしてそれらの人を待ってちょこちょこと少し話しをすると久美の誘導で

「ここに腰掛けて、ここが貴方の席」と座らせていき

「前の飲み物を開けて前のグラスに注いでいって」とこれまた5分もしないうちに丁度、牧用犬が羊を追いかけ囲いの中に入れていくあの要領でみんなを上手に座らせてから仕事を与えていった。

身内のパーテイだけに後はワイワイガヤガヤいつ始まったとも分からずに進んでいった。ただ7時前の10分間だけは丁度海に沈む夕日が見える時で皆再び各自手に飲み物を持って見とれていた。

ハワイに来てから天気が悪かったこともあり初めて見るサンセットだった。みんな感動して見ほれていたし沈む時

「ウオー」と言う声とため息が漏れてきた。その後お客達はそれぞれにテーブルの上のものを運ばされキッチンに用意されていたので大きなごみ袋に入れ、陶器のコーヒー皿やカップなどは簡単に水洗いをした後デイイスウオシャ―にいれさせられた後に

「これでパーテイはおしまい」と自由解散を告げられた。


もちろん久美たちはその後も

「居間のソファーや絨毯の上に座ってくつろいでゆっくりしていってね」と言ったが。

両親を含め全員が

「ご馳走様でした」と言って足早に帰っていった。

明の完敗だった。何がってこうなることを久美が予想しいて明と例の

「ご褒美」を賭けていたのであった。

「でも、どうして?」明は聞き

「これでも僕はね市況の予想では凄腕で通っているんだよ」と愚痴った。

「じゃあー私、明日みんなに言っちゃおうかな私のご主人さん昨日、全く当らなかったって!彼の投資予想なんか信用して良いのですかって!」と言う久美を後ろから捕まえて甘えるようにして抱きしめると

「だめだよ、そんな!言わないよね、久美は僕の奥さんだもんね?」といった

「でも!まだ式も挙げていないし、婚姻届もまだじゃなかったかな?」と答える。

「分かった、僕の負けお姫様何なりとこのかわいそうな子羊にお申しつけ下さい」と言ってしまった。

久美は

「かわいそうな子羊ちゃん、だから今から全ての預貯金やお金の管理は久美チャンがしてあげますからね」

「ええ!」と絶句してしまった。しかし

「武士に二言は無い」と言ってしまった以上ノーとは口が裂けても言えなかった明だった。

3日目、今朝は久美も少し念入りに着るものを選びお化粧も念入りにして明の運転でダウンタウンにある彼のオフイスに出かけた。

ワイキキと全く違ってスーツにネクタイ姿のビジネスマン達が行き交う高いビルがそびえていた。

その一つで鏡張りの大きなビルの地下駐車場に入り車を止めて降りるとエレベーターで23階に行った。

ケリーアンドニシインベストメントアンドコンサルタントと書いてあるドアを開け久美を先にして入ると「ハーイ・グーモーニング、ヤー」などと挨拶が飛び交う中を二人は軽く挨拶を返しながら奥に進み一番奥のしきりで囲まれた一角に有る彼のデスクに着くとデスク前の椅子に久美を座らせて紅茶を持ってきてから緊急の要件だけと言って仕事に明は取り掛かった。


デスクの上のものを見ていた久美は自分の写真を見つけた

「あれ!これって北野のクラブ!とポートホテルの時の!懐かしいな、明、取っておいてくれたのだ。それにしても私、若くて、ひどい顔、こんなのだった?」と聞いた。

「ああ―あの時、それ君精神的に追い詰められていたからね、でもその顔はもう落ち着いてきて良くなってからの写真だからね!」

「ええ、じゃあ、もっとひどい顔だったの?」と久美は昔を思い出し

「そう、その時の顔ったらそりゃすごかったなー精気がなく真っ青な顔にしかめっ面こんな風な」と明はおかめ、ひょっとこ面を作って見せた。

「もう、まじめに聞いていたのに許さないから覚えていらっしゃい」と言うと明にこぶしを作ってあげて見せた。

さらにデスクの上を見ていくとラインで結ばれた括弧の中に文字が書かれている。

コンサルタント‐明‐久美‐水泳‐旅行‐ミュージカル‐ハズバンドただし初心者そこまで読んでいって久美は笑った。


「ハズバンド初心者、あーははっは!」もう一度目で追いながら。

気がつくと少しポチャンとした小太りの中年のおばさんが立っていて手を久美に差し出しながら自己紹介をした。久美も立って手を伸ばし流暢な英語で自己紹介した後、例のデスク上の文字を指さして初心者以前と言いかえるとそのジョークにげらげら笑いながら

「困ったことが有ったら女同志何でも相談してね」といって去っていった。

「以前だって!ひどいなー久美、でも言い当てているよなあ、あれ秘書のマギー」と明が付け加えた。

「明、今に皆来るわよ!きっと」そう断言した直ぐ後でぞろぞろと社員が集まってきた。「何だ、あとで紹介していこうと思っていたのに、まあ手間が省けるか!」と明が話すのを無視するかのように

「ハイ!私ナオミ」

「マックス」

「ジョン」と口々に握手をしながら自己紹介をしていき彼女を囲んで人垣が出来、時に大きな笑い声を上げながら、わいわいがやがやにぎやかに話しははずんで行ったが、さすがに仕事中ということも有って30分も話したかと思われるころには最後のスタッフも

「ジャー又ね」と言いながら自分の机に戻っていった。明の出る幕は無かったのである。


もう事務所に居る必要もなくなり最後にパートナーのケリーのデスクに二人して出向き自己紹介をお互いがし終えた後

「イヤーこんなに美人で聡明でユーモアの有る奥様だったら明が全財産の管理をまかせたと言うのも理解できるよ、お前本当に幸せ者だよ!」と言うケリーの言葉を後に出て家に戻った。明の頭の中ではどうしてお金の管理の件を久美がみんなに話したのか?と考えていた。そして、

「あーあ、又、やられた。」と声を出してしまった。

「どうしたの 明?」

「僕の久美ってなかなかやるなって気がついたのだよ、今」すると

「あーあのことね、お金の管理のこと?あれなら急に思いついたの、ああ言っておけば貴方にお金のことは相談しないでしょうそれに何かあれば明は奥さんがって 言えばたいていの事は私が悪者で断るのに何かと便利でしょう。そう思って。

やさしい奥さんでしょうね 明」と説明した。

「そうだね?ありがとう??久美」と自分が考えたのとは違う答えだったが疑問がついたまま納得した。

「じゃ―またご褒美ね、ありがとう、だから明大好きよ」といって運転している明のほほにキスをしていった。

あとで聞いた話しでは昨日パーテイの後両親までが直ぐに帰っていったのにも理由があった4日間しか滞在しない彼らは、2日目にやっと天気になり昼は泳ぎなどにそして夕方はパーテイに時間を取られていたので彼らのコンドミニアムがアラモアナショッピングセンターの直ぐ近くであることを確認すると閉店時間までにはまだ時間が有るならば、とショッピングに行ってしまったのである。

ハワイに住む日明には分からなかったが久美には見え見えだったと手品を披露した。明は納得すると同時に自分の奥さんが車椅子に乗って震えていたか弱い女の子だった?ああれは幻?だったのでは?と自問自答した。


結婚式当日、空は雲一つ無い快晴の結婚日よりだった。式場では明も格好良くタキシードで決めてはいたが女優と見まちがうほどきれいな久美が真っ白なウエデインを着た姿に参列者は感嘆の声を連発していった。

本当にきれいと言うのはこれのことを言うのだと思った。

式は結婚行進曲で始まりオルガン演奏に聖歌隊による賛美歌、誓いの言葉と指輪の交換に口付けと滞りなく終了した。

ただ日本から観光気分で来ていた一向は場内で参列して居た多数の車椅子に乗った子供達に驚いた。

式が終わってからの説明では明のボランテイア先の子供達で久美のたっての希望だと言う。

明は留学時代ボストンで車椅子生活者への活動をしていたから久美と知り合えたと信じていたしハワイで彼らと一緒に居ることで久美のことを身近に感じていたかったと言うことでまた、久美自身はと言えば日明からその話しを聞いたときダンス会場で

「この人って車椅子生活者の扱いを心得ている」と感じたそれを思いだし、そして明が本当に心やさしいくすばらしい男性と再認識しただけではなくこうして歩けるようになった幸せな自分がいつまでも昔のあの苦しくて死のうとしたことを忘れてはいけないし明のボランテアに参加すればきっと少しでも彼らのお役に立つと考えたのである。


翌日、ワイキキ国際空港では帰国する両親や友人達を見送りに来た日明と久美の姿があった。久美の母親は

「貴方達に刺激されてね お父さんと話しているの、二人でもう一度人生をやり直そうって、お父さんも会社よりもお前との生活だって、あの仕事人間だった人がよ変ったわ、又ハワイに来るからね、ここって人をやさしくするみたい!」そう言うとゲートの方に遅れて入っていった。

また友人達は

「久美が車椅子生活していたなんて全く知らなかったし、また明さんとの出会いや再会の話し聞いてもう皆感動 うるうるになっちゃって大変だったのよホテルのお部屋で、私達帰ったら出来るかどうか分からないけれど障害を持っている人達を久美と思って普通にお付き合いしようって皆と話したのよ、もちろん明さんのようにやさしくて格好の良い男性にめぐり合いたいって言うのも有るけれどね。

それにしてもうらやましい」と言うと次々に久美の横に立って黙って聞いていた明のほっぺにキスしてルージュをつけると

「ワーイ、やったね、やったわよ、このぐらいのことをしないと気がすまないわ!」などと口々に言い手を久美に振りながら同じくゲートに消えていった。

「何をニヤニヤしているのよ?もう」久美は膨れて見せた。そして

「だって」という明のほほに付いた口紅をハンカチ―フでふき取るとその場所を力を込めてつねった。

「分かった、分かった、久美ごめん」と言いながらみんなの見ているところで暗黙に久美が要求するキスをしていった。


夕方、車がひっきりなしに通るアラモアブルーバードをわたり小鳥がさえず公園を通ってビーチに散歩に行った。腕組みして歩くのも板についてきていてTシャツ短パンにサンダル履きのラフなスタイルで砂浜沿いの歩道を歩くと向かいからジョギングをして来る老人や同じように散歩をしている家族達から笑顔で

「ハーイ」などと気軽に声がかかる。久美たちも笑顔で返すのだがその中には体の不自由な人達も居て当たり前のように対応している。ここに来てから以前、自分が車椅子生活をしていた久美は、なんてこの国の人達はフレンドリーで明るく健常者もそうでない人も平等に助け合い微塵も自分が経験したぎこちなさや暗さが無いのか、またバスの乗降にしても皆が積極的に笑顔でリフトに乗せ席を譲って場所を作り、乗っている人達も暖かく時間がかかっても見守っているのに驚いた。そして、なぜそれが日本にないのかと考えた。

アラモアナショッピングセンターなどで買い物袋を両手に歩き回っている裕福な日本人来るときの飛行機も満員だった。でも自分の知っている日本では完全に邪魔者扱いだった。

たとえばどうしても通勤時間帯に電車に乗らなければ行けないとき、どうして遠慮をしなくて乗らないといけないのか解せなかったが、明かに視線は

「どうしてこんな込んでいるときに乗るの」と言う目で、時には、心無くはっきりと露骨に口に出して言う人達も一人や二人ではなかったのである。


「どうしたの?」と聞く明にそれを話すと。

「悲しいね、本当に自分の生まれ育った国なのに、僕がここハワイを君との生活の場に決めたのも実は同じ思いをしたからなんだ」と言い久美にもサンダルを脱がせると手をつなぎ砂浜に素足で入っていった。ところが、わずか2歩進んだところで久美は立ち止まってしまい言った

「明!私ね、車椅子の時ベッドに入ると夢ばかり見ていたのよ、砂浜を駆け巡る、そして目がさめると足全く動くどころか感じさえしなかった、それを思い出したの今。

足の裏に感じるのよ包んでくれる砂をこれだったの!夢に見た感触!」ちょっとおセンチになった久美を明はやさしく肩に抱き寄せながら1歩1歩踏みしめるように海辺までつれていった。


丁度水平線に太陽が沈もうとしていた。コンドミニアムから見るのとは違って海面に近い低い位置から見る夕日は本当に海に沈んでいくと言う感じで雄大だった。

明は

「久美、ハワイではね、その人の価値はどれだけ多くの人を愛したか愛されたかなんだ、決してお金や物やその他のものではないのだって、そしてそうした人達だけがほら!今まさに沈もうとしている黄金に輝いているはるか遠くの誰も病む人の居ない、皆が幸せに暮らしている世界に行けるって今も言われているのだ、君は信じるかい太陽の神マウイを?」

と聞き

「ええ、私信じる!」そう久美が答えた時、太陽が海に沈み込むほんの一瞬黄金色の大きな燭光が八方空に向かって走りその一つが海面を照らしながら近づいて来て二人を包んで姿が見えなくなった。


(完)




ハワイのマウイはお母さんヒナが神の子として宿した子で太陽と陽光の神と言われています。とっても不思議な力が備わっていて不可能を可能にしたと言われています。この作品の主人公、山本久美は中3の時あの神戸大震災で車椅子生活者になってしまいました。死者のことは新聞などでも報道されますが実は怪我をして苦しんでいた人達も何倍といたのです。そして久美のように重症の人も、でも世間は知らない顔をしようとしますし冷たく接します邪魔者として。彼女も他の不愚者の人達が経験するのと同じように自分の運命に反発し家族にも当り散らし最後には「自分なんて居ないほうが良い」と自殺を決意します。でもマウイは西日明あきらとの偶然の出会いを用意したのです。そしてこの出会いは彼女に奇跡を起こすだけではなく彼の心にも生きると言う本当の意味を考えさせます。 ―美しいハワイの描写を交えて私達の生き方にも一石を投げかける一編です!―



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