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神様がいないこの世界で、私はあなたを愛し続ける  作者: 西九条沙羅


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その後、宰相の息子であるタネルは、回復の兆しを見せた。


まだベッドの住人ではあるが、アマルが5日後に訪問すると、上半身をベッドから起こせる程に回復していた。

アマルはそのままスーパー薬草を飲み続ける事と、毎日出来るだけ日光に当たる事を伝え、また10日後に来ると言って帰って行った。



宰相の息子の病気には、スーパー薬草を常に摂取しなければならない事を知った皇帝は、難病指定された人物には皇室の宝であるスーパー薬草を与える事に決めた。


光の魔力を持つ者が少なすぎる為、全ての民を癒す事はできない。その為、彼らは皇家の為に存在することから、貴族であっても癒しの魔法を与えては貰えなかった。

それに対し、絶滅寸前であったスーパー薬草はアマルのおかげで現在、薬草室を飛びぬけて、皇宮の裏に広大な薬草園が出来る程に増えていた。

さらに皇后が光の魔力を持つ魔法士に仕事を引き継ぎ、次代にきちんとした情報が伝えられるようにとマニュアル化した為、スーパー薬草が絶滅する心配はなくなった。


そのことから、皇帝は今回の発表をしたのだった。



心の奥では、自分をいつも支えてくれていた忠臣の為に、何も出来ない事を歯がゆく思っていたのだ。





宰相が皇帝の前に息子を連れて行き、(こうべ)を垂れて忠誠を再度誓うのは、もう少し先の話。




*****






宰相の邸を初めて訪れた数日後、アマルはバイラムのパートナーとして、彼の卒業パーティーに参加した。


子爵家にアマルを迎えに来たバイラムは、愛らしいアマルに頬を染めると、ただ小さく、だけどアマルには聞こえる様に「綺麗だ」と一言呟いた。

そんなバイラムにキュンッとさせられたアマルは、堪え切れずにバイラムの頬にキスマークを付けてしまったのはご愛敬。

バイラムの頬に付いてしまったキスマークを憎々し気にハンカチでゴシゴシとふき取るのは、娘とバイラムを二人きりにしない為にいつもより早くに皇都に来た子爵である。




今回の卒業パーティーには皇太子が居る事から、会場が学園から皇城のダンスホールに変更となった。もちろん警備上の問題である。


初めて皇城に足を踏み入れたバイラムは、アマルと美味しい物を食べようねと約束し合いながら、会場に足を踏み入れた。



生徒のほとんどが貴族である学園では、バイラムは数少ない平民の学生であった。最初は平民である事で疎外されていたバイラムであるが、その人畜無害な容姿と誰にでも優しい人柄で、すぐに他の生徒達とも仲良くなっていった。

平民ではあるが、遠い将来には商家の跡取りとして、貴族と関わらなければいけないのである。

子爵の希望でアマルを貴族に近づけるつもりは無いが、お客様でもある貴族との社交は、バイラムの地位では必須であった。

その為、バイラムは学生の頃からそれなりの社交で貴族とのパイプを結んでいたのだ。将来アマルが社交をしなくてもいいように。


そんなバイラムの気持ちを知ってか知らずか。それともいつもアマルが惚気るバイラムを生で見て見たかったからか。理由は不明だが学園が始まってすぐの頃、皇太子であるウムトがバイラムに話しかけた。それからはバイラムの人となりに癒しを感じ、目をかけるようになった。


それを敏感に察した貴族子息たちから声を掛けられるようになり、バイラムの希望を遥かに超えた人間関係を、学園で結ぶことが出来たのであった。




そんな人格者のバイラムは、低位貴族の婚約者のいない女子からも、なかなかに人気があった。

平民であってもそこいらの貴族よりかは裕福であったし、何より彼は人に対してとても優しかったからだ。


その証拠にバイラムとのダンスを希望する、婚約者のいない同級生に先ほどから囲まれていた。

全ての貴族がお客様、という考えのバイラムは、全ての女性に優しく接する。角が立たない様にお断りする為、彼の視線はそんな少女達に始終向けられている。だけどバイラムの手が、アマルの手を離す事は無かった。


婚約者のアマルが美人の定義からかけ離れているからか、彼を狙う彼の同級生からマウントを取られたアマルは、存在を無視されていた。彼女達には、絶対にアマルの手を離さないバイラムが見えていなかったのかも知れない。



何とか捌き切った所で、アマルとバイラムは一仕事を終えた解放感でそのままアイコンタクトでビュッフェカウンターへ。

皇城のシェフによるディナーをお腹いっぱいに堪能する。自分の食べている物が美味しかったら、それを共有する為に食べさせあいっこをする。誰の目から見てもラブラブである。


そしてお腹が満たされると、今後は食後の運動かの様にダンスを踊った。3曲も立て続けに。誰も入る隙を与えないかの様に。ラブラブである。


3曲踊るとアマルの足は限界である。そんな彼女を支えるようにして、バイラムはアマルをテラスへと誘導する。もちろんテラスの入り口で、給士からアマルの好きなアップルタイザーを受け取る事も忘れない。

テラスに置かれている休憩用のソファに足を投げ出して座ったアマルに、ベストなタイミングでグラスを渡すバイラム。

アマルの心は満たされて、キュンキュンしっぱなしである。



少し風にあたりながら喉を潤した二人。



バイラムはアマルの足元に跪いた。


「どうしたの?」

「改めてアマルにプロポーズをしようと思って」


そう言ってバイラムはアマルの手を取った。

バイラムの真剣な顔に驚いたアマルは、バイラムの優しい瞳を凝視する。



「私達はもう婚約してるのよ?」

「そうだけど、始まりは親の希望からだったじゃないか」



確かにその通りである。

しかし二人が相思相愛になったからこそ、婚約が完全に結ばれたのだ。



「政略結婚ではなく、親の希望でもなく、僕の、僕たちの希望として、アマルと将来を誓い合いたかったんだ」


そう言ってバイラムは手に取ったアマルの両手を、親指で優しく撫でた。



「僕は、美男子でもないし、運動も剣も得意では無いけど、アマルを永遠に愛する事だけは自信があるよ。くりくりの瞳が好奇心旺盛にキラキラさせている時も、小さなお鼻で大好きな物の匂いを大きく嗅ごうとするところも、小さな口を大きく開いて笑うところも、全部全部、大好きだよ」


バイラムの愛の言葉に、アマルの両目から涙が零れる。



大切なプロポーズを、照れて目も合わせずに紡いでしまうバイラムは、在りし日と全く同じ。



どれほどの年月が経とうと、決して色褪せない、アマルの中にだけで生き続ける思い出。




「アマル。僕を見つけて、僕を愛してくれてありがとう。来世では、僕の方が先に君を見つけるからね」



アマルの頭に、あの日の事が蘇る。愛するバイラムを見つけたあの日の事を。



「愛しているよ」


バイラムがアマルの手に優しいキスを落とす。


雫が落ちて来た事に気付いたバイラムが顔を上げると、アマルの瞳から涙が零れ落ちて来た。


「バイラム、私も愛してる。次に生まれ変わっても、絶対にバイラムを見つけて愛するわ」



泣きながら、満面の笑みで返したアマルに、バイラムは口づけた。



彼は知っていた。



アマルは嬉しい時にだけ涙を流す事を。



だけど彼は知らない。



アマルは、この世に神がいないと思ったあの日から、悲しみの涙を流していない事を。



悲しみの涙はあの日、枯れ果ててしまったから。







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