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7. 触れてはいない。



 昨日、この建物で一番最初に通された部屋に集まった。

 あの後、話を続けようとした私たちはローザンヌの「とっとと食って出ていきな!」の正論により、粛々もくもくと朝食を終えて早々に食堂を退出した。

 私のこの屋敷での業務開始がさらに遠のいた。囚人だから業務と言うよりは、労役なのかもしれないけど。


「ニコラス様、先にガヴェルの状態を明確にした方が、サリー殿の力が分かりやすいかと」

「ではそちらを先に」


 枯れ木老人と幽霊男が会話をする。出来の悪い演劇でも見ている気分。この場所に普通の人間を求めるのは高望みしすぎだろうか。

 ドン爺は二、三質問をカヴェルにして、まったく本人の自覚も変化もないというクソ分かり切ったことを明らかにした。

 続けて微笑みで細められた目が私に向く。せめてもう少し黒目と白目を見せてくれれば嬉しいんだけど。


「昨日、坑道に行かれましたがその時に変化は?」

「私自身には何も。ただガヴェルに言われて自分に魔力というか、魔人が消えた後に残った魔力を見ることができる力があると知りました」

「魔力を見る、ですか。聖女のように魔力を弾くとか干渉する力は?」

「無いかと。ただそれは私自身に自覚がない可能性もあります」


 微笑んだまま枯れ木老人の首がゆらりと揺れる。それはいったいどっちの反応だ。

 ただの相槌なのか、それとも私の話を信じて納得したという合図なのか。白黒はっきりしてくれ。

 薄い唇を左右限界まで引き延ばしたような笑みで、ドン爺は質問を続けた。


「聖女が教会で受けた儀式は、サリー殿は受けられたのですか?」

「いいえ」

「それはなぜ? 女性は全員受けたがるものかと」

「姉が聖女として王都に行った時点で、別に聖女は必要ないと思ったので。家のことで忙しいのもありましたし」

「そうですか……聖女の判定にはある特殊な石が使われることはご存じで?」

「特殊な? まさか」


 聖女の判定に使われるのは石。

 聖女の力は魔人の力を抑え込む、つまり魔力が関係している。

 ということは石には魔力がこもっている。

 魔力がこもっている石は自然に採掘されることはない。だって、石は魔人の核なのだから。

 そこから導かれる答えは一つ。


「魔人から! 生きたまま石を取ったの!?」


 まさかそんな。非人道的な事を!

 教会がその石を持っていることは誰でも――国も知っている。

 国が魔力と石と魔人のつながりを知らないわけがない。すべて暗黙のもとに行われているのだ、聖女の選別は!


「……過去、人と結ばれた魔人が、伴侶が無くなる時に自分も死ぬために魔石をささげたという」


 幽霊男が告げる。頭が痛い。

 魔人と人間の寿命は異なるらしい。”らしい”というのは噂で聞いただけだからだ。

 魔力で体を維持するという存在が、人間と同じように生まれて死ぬわけではないのは明らか。

 だがその心臓に等しい石を体から引きずりだすとは。残虐、猟奇的、非道――口にできない罵詈雑言が頭の中を駆け巡る。


 痛む頭を押さえ、目をつむった時にふと、クソ姉が石に触れた光景が瞼の裏に浮かぶ。

 喉の奥が息苦しい。

 空気を求めて、意識的に口を開けて呼吸をする。

 魔人にとっての心臓に等しい石に触れていたのだ。

 それは生々しく鼓動する心臓に触れるのと同じ。指先が、石に触れてもいないのに震える。


「サリー?」


 ひょいっとガヴェルの顔がサリーの視界に入り込む。

 赤い瞳。長い時間を沈黙で過ごしたワインの赤。

 まるで血の――


「サリー」


 ガヴェルの手が私の腕に触れた。

 温かく、血の通った体温。

 昨日はあんなにも心地よかった温もりが、今はとても気持ちが悪く感じた。


 パシン!


 思わずガヴェルの手を振り払う。

 ガヴェルに触れた左手を右手で包み、頭をゆっくり振る。

 今は、触れてほしくない。


「サリー」

「触らないで」


 息を吐く。吐く……吐きそうだ。

 温かい血。体温。赤い、むき出しの、肉。指先を濡らす赤い血。命の源。心の臓。

 息が、詰まる。

 息が、荒い。呼吸音が耳に響いて煩い。

 あの時の、あの子みたいに。

 血が流れて、内臓がえぐれて、それでも必死に生にすがるあの、馬鹿犬の――


「サリー!」


 崩れ落ちそうになる体に腕が絡みつき、無理矢理に顔を上げられた。

 滲む視界がガヴェルの顔でいっぱいになる。

 体をひねって逃げようとする私を、馬鹿力な筋肉男は放さない。

 このままだと首がもげそうだ。文字通りに。


「サリー、サリー、落ち着いて。怖くない、怖くないよ」


 馬鹿。まるで駄々っ子をあやすような声を出すな。

 体が浮く。まただ。また腕に抱え上げられた。

 昨日より筋肉が薄くなったくせして、安定感は変わらない。

 でも、お尻の下にある腕が細くなったせいで少しだけぐらついた背に、ガヴェルのもう一方の手が回る。


「サリー、大丈夫だよ。魔人はそれで幸せなんだって。母さんも言ってた」


 母親――魔人だったというガヴェルの母親。

 人と魔人は違う。その命の成り立ちも、価値観も。

 ガヴェルは下から私の目を覗き込んで、ゆったりと笑う。

 私を見るだけでピンっと耳を立てて喜んだあの馬鹿犬みたいな目で、私を見るんだ。


「魔人はこの人だって決めたら、ずっと一緒にいるんだ。何があっても離れない。命が消える時には一緒がいいって、そう心から願うんだ。だからサリーは心配しないでいい」


 ゆらゆらと体ごと揺れて、ガヴェルが私をなだめる。

 そんな必要ないと振り払いたいのに、腕に乗せられた状態ではできないじゃないか。クソッタレ。

 抗議の意味も込めてギュッと強く襟をひいても、ガヴェルは気にした様子もない。

 そんな私の耳に幽霊男のため息交じりの声が届いた。


「ささげられた魔人の石は王家に託された。だが人が死ねば土に還るように、石も徐々に力を失っていく。それを防ぐために王家は教会を通して魔力を拒む性質を持つ者を探した」

「え、それが聖女ってこと? つまり、聖女って、石を守るため?」

「ああ。聖女には毎日触れてもらうことを職として与える」

「はあ……」


 口からため息が出る。それが耳にかかってくすぐったいのか、ガヴェルが首をすくめてクスクス笑う。なんともクッソ緊張感のないこと。

 しかし、聖女の役目が魔人から取り出した石から魔力が抜けるのを防ぐためだったとは。

 もっと何か……魔人に対抗するための旗頭みたいな存在かと思っていたが、なんとも気が抜ける。

 ただ一つ腑に落ちない点がある。


「……王家が、石の魔力をそこまでして保ちたい理由は?」


 この秘匿された採掘場といい、なぜにそんなにも魔人の石を求めるのか。

 魔力を扱えるのは魔人でなくてはならず、たまに見つかるクソ姉様のような存在であってもその力の効果は弱い。

 せいぜい石を抱えて漏れ出す魔力を抑える程度。

 疑問が湧くのも無理はない。

 そして幽霊男は私の質問を聞いて、もともと生気も感情ないその顔からさらに表情を消す。


「これ以上を語るつもりはない」

「あっそう」


 聞いておいてなんだけど、王家の秘密に関わりたくもないし、知りたくもないからそれでいい。

 この場所に閉じ込められて行く当てもないし、誰にも言わないのに秘密だけ知ってどうなる。


「私から、質問を続けても?」

「あ、そうでしたね。お願いします」


 ドン爺の声に考えが引き戻される。

 元々彼の質問に答えていたんだった。


「ガヴェル、降ろして」

「なんで?」

「いいから、降ろしなさい」

「えー」


 途中無様な姿を見せてしまったが、いつまでもガヴェルの腕に座っている趣味はない。

 耳たぶをぐいっとひっぱると痛くもないだろうに「いててて」と呟いて、そっと私を椅子の上に降ろす。

 離れていく時の目は「偉いでしょう?」とどこか自慢げで、褒める理由もないのに頭を撫でたくなる手をぐっと膝の上で組んだ。


「教会にて石に触れていないのは分かりました。つまり、何か力をお持ちだという自覚も昨日まではなかったということですね」

「はい。見るだけで疲れてしまい、ご存じの通り昨日は帰ってきてから寝てしまいました」


 筋肉馬鹿と一緒に寝たことは言うべきだろうか。きっと言うべきなんだろうな。


「……それで、朝起きたら、隣にいたガヴェルはすでにこのような状態になっていました」

「なるほど。――ガヴェル、昨日はサリー殿と一緒に寝たんですね?」

「うん。サリーがベッドから落ちないようにギュッてして寝た」

「そうですか。ギュッと……」


 薄ら笑いの枯れ木老人の口から「ギュッ」と可愛い音が漏れてもクソほども可愛くないのはなぜだ。

 ニコニコと上機嫌で答えるガヴェルのほうがよっぽど……待て、待て待て。その思考は危ない。そっちに進んだら危険だ。

 バクバクと鼓動を打つ心臓をなだめるために一回大きく息を吐き出し、黒目の見えないドン爺の瞳を見つめる。

 彼は目だけでなく唇も限界まで薄く左右に引き延ばし、奇妙な笑みを浮かべていた。


「おそらく、サリー殿は食堂でニコラス様がおっしゃった通り、魔女と呼ばれる存在でしょう」


 その言葉に、目の端がピクリと痙攣する。

 なんでそんな答えになるのか、全部丸っと説明しやがれ、クソッタレが!




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