Epilogue. クソッタレ人生は馬鹿犬と共に
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拝啓
親愛なるサリーへ
手紙を書くなどしたことがないから様式がよく分からん。
だから勝手に思ったことを書くことにする。
まずは、魔王のせいで私が死ぬのが早まったとか思っていたら間違いだから、奴を恨むな。
魔人は核から抜けて再び適合する核が見つかれば復活できる。
ただそれを望まなかったのは私の勝手だ。
魔人らしく生きて死にたかったというそれだけのことだ。
それから一つ言っていなかったことがある。
恐らくガヴェルは気づいているだろうが、創造神の力についてだ。
今回、あの爺は失敗したが、人によっては創造神の力を扱えるものがいる。
それが魔女、サリーだ。
聖女は魔力内にこもった魔人ともいえる意志を抑え込める。だがそれだけだ。
しかし魔女は、扱おうと思えば創造神の力を行使できる。魔人の魔法のさらに上を行く力を持っているということだ。
サリー、多分、自分の変化をすでに悟っている頃だろう。
創造神の力を人の身に宿すこと──それは毒になる。人の体で創造神の力を使うということは、人と言う存在から離れていくということなのだから。
魔人が魔力によって長い生を送るように、魔女も人の理から逸脱した存在となる。
サリーから力を受け取っているガヴェルの体、そしてあの時サリーが触れたガヴェルの核はすでにその影響を受けている。
ガヴェルは全て分かっていて受け入れているのだ。
サリー、馬鹿犬の執着を舐めると恐ろしいことになるからとっとと諦めろ。
あいつは純粋な魔人ではないが、私の兄と同じく、いや、それ以上に魔人らしい性格をしている。
選んだ相手以外、他に情を移すことなどない。たとえ死に別れようが、あるいは、死という概念を捨てることになろうが。
いつか、創造神がお前の中から力を開放するその時まで、どうか健やかな日々を送って欲しい。
魔人のことは魔王がなんとかするだろうから、適当でいい。そう頻繁に魔人にばかり構っていたら馬鹿犬が嫉妬するだろうしな。
それじゃ、私はいく。
魔人としての生の最後、サリーとガヴェルに出会えたことを幸福に思う。
昇華して、もし創造神に会うことができたのならば、これからの二人の人生へ最大の幸福を願っておこう。
愛を込めて
フレーシャ
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読み終えた手紙を丁寧に折りたたんで、引き出しの奥にしまう。
──ずっと、サリーだけが大好き。それは僕の命が続く限り、変わらない。
── 一生、僕が、死ぬまで。
「本当に、馬鹿」
ガヴェルは、全部分かってたんだ。
創造神の力が自分に及ぼす影響を。
こんな深い業を背負わせてしまうつもりなどなかったのに。
本当に、馬鹿でどうしようもないのに……嬉しいと思ってしまう自分がいる。
「本当に、馬鹿」
同じ言葉を繰り返した口から自嘲のこもった笑いがこぼれた。
首元を飾る赤い宝石を握りしめる。
これを受け取った時に感じた温もりを探すように。
「サリー、サリー! 誰か来る! 魔人さんっぽいよ!」
開いた窓の向こう、外から聞こえるガヴェルの声。
ブンブンと両手を大きく振る姿は、相変わらず尻尾を激しく振ってご機嫌な犬にそっくりだ。
「サリー、ねえ、サリーーーーー!」
「今行くから、人の名前を連呼しないで!」
窓の桟に手をかけ、身を乗り出して私も大声で返す。
私の顔を見て、満面の笑みを浮かべるガヴェル。
全身で喜びを表す姿に、私もつられるように口元をほころばせた。
クソッタレな人生は続く。
でも隣にガヴェルがいるのならば、それはそれで最高なのかもしれない。




