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クソッタレ人生のお供は馬鹿犬くらいが丁度いい  作者: BPUG


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19/28

18. こんなクソッタレな状況は望んでいない。

 


 魔王がこの地に来て一週間が経った日、相変わらず私とガヴェル、フレーシャは洞窟に通って魔力を制御する訓練をしていた。

 漂う魔人たちの魔力を、私は純粋な力に戻すコツを掴めるようになった。


「魔力から魔人の意思みたいなものが抜けたら、これは何の力?」


 体を巡るほんわかと温かい力。

 どこかで感じたことがある、懐かしさ。

 日向で馬鹿犬と一緒に寝た時のような、それとも最近寒くなってきた夜にガヴェルに引っ付いた時みたいな。

 手のひらを上に向けたガヴェルの両手に、自分の両手を重ねる。触れた肌を通して、温もりがガヴェルへと流れるように意識する。

 取り止めもなく浮かぶ記憶に、思わず引きそうになった両手をガヴェルがしっかりと掴んだ。


「サリー、じっとしてないとダメだよ。サリーも言うでしょ、ステイだよ」

「それをアンタに言われたくないわ」


 眉間に皺が寄りそうになって……近づいてきたガヴェルの唇に気づき、慌てて首を左右に振る。

 こいつは先日、両手が塞がってるからと眉間の皺を伸ばすために口をつけたのだ。人の、額に!

 口を尖らせて残念そうにするな、馬鹿犬。

 睨みつけたくても、動けない今の状況でガヴェルに対抗などできない。できたとしても、筋肉に覆われたガヴェルには勝てないのは分かりきっている。

 私がガヴェルに優位でいられるのは、魔女だから。

 ただ、それだけだ。


「サリー? ホワホワがチクチクになってる」

「……集中する」


 さて、魔人の力が抜けたら、魔力と言えるのか?

 ガヴェルの成長の足しになるのなら、それでいいと納得はしているけど。

 魔力を魔法の元に変えることができるようになったガヴェル。体の調子も落ち着いて、核も安定していると言っている。

 私の取り留めもない問いに、フレーシャが淡々と答えた。


「魔人の性質が抜けたら、元の力になる。それは創造神の力だ」

「え?」

「忘れたのか。魔力の元は創造神が世界を造った時の力だと教えただろう?」

「あ、そうだった……」


 創造神の力が私の中を流れている。

 そう考えると不思議な気分。

 ポカポカとガヴェルが表現するのも分かる。

 なんたって神様の力だ。優しい力だ。




「お優しいことだな」




 突如、坑道内に響いた皮肉がこもった声。

 ガヴェルが強く私の手を引き、自分の体の後ろにかばった。

 その前に、焦りを見せない優雅な所作でフレーシャが立つ。

 そしてその先に、いつの間にか人がいた。長い銀髪と暗い中でも光る赤い瞳──魔王。


「何しに、ここへ?」

「同胞のその後を見届けに」

「そんなお優しいタマじゃないだろう。お前は」

「私のことを理解しているような口をきくのはやめたほうがいい。死ぬのが遅くなるぞ?」


 そこは死ぬのが早くなる、というのが脅しじゃないのか。

 魔人は死期が伸びるほうが嫌ということか?

 微妙に人間とは違う概念が飛び、緊張感の漂う場面の真っただ中にいながら思考が逸れた。


「もう一度聞く。何しにここへ?」


 フレーシャの小さな体から、平坦でありながら緊張を過分に孕んだ声が飛ぶ。

 深く続く穴の中で広がった声が反響し、まるで数十人の叫びにも聞こえる。

 耳の奥を締め付けるような鈍い痛みを覚えた。


「私も言っただろう。同胞のその後を見届けに来たと。意思を消され、ただの力となったその存在を――私の中に迎えるために」

「お前!!」


 魔王の言葉が脳に届く。

 しかしフレーシャほど早くその意味を理解できない。

 ただの力となった存在を、迎える? どうやって?

 魔人は魔力の塊そのもの。核となる魔魂石を介さないと形を取れない。

 そこに純粋な力、創造神の力を足せるというのか?


「ねえ、これ、おじさんの力にはなれないと思うよ?」

「半端ものがそれを言うとはな」


 ガヴェル、魔王をおじさん呼ばわりするのはちょっとどうかと思う。

 そしてガヴェルに対して、まるで何も分かっていないと言うようにゆっくりと頭を左右に振る魔王。

 暗い中でも不気味に強い光を放つ赤い瞳。

 夜の闇にまぎれた害獣のようだ。

 人が育てた家畜を襲い、命を奪う獣。

 私の大切な友人を殺した、お馬鹿で健気なあの子の喉笛に嚙みついた憎き獣のよう。

 そんな相手に、幼い容姿のフレーシャは怯む様子もなく質問を重ねた。


「魔王……何を?」

「さあ、それを知っても、お前には止められないだろう」

「止める。こいつらを傷つけるのなら、何をしてでも」


 フレーシャの両手が、後ろにいる私たちを庇うように広がる。

 小さな、十歳にも満たない小柄な少女の背が大きく見えた。


 向き合った魔人二人の間の空気が重い。

 そこだけ凝縮され、他の場所の何十倍もの濃密な空気が集まったみたいに。

 息苦しさから、私は目の前にあるガヴェルの二の腕に触れた。

 その腕が、私をさらに後ろへ下がるようにそっと押す。


 ──ここにいてはいけない。逃げろ。


 そう言っているような気がして、私は大きな背の、さらに上にあるガヴェルの顔を見上げた。

 歯を噛み締めているせいで強張った頬。

 睨むように真っ直ぐ前を見つめる瞳。

 敵のわずかな動きすら見逃さない。神経を張り詰めて、少しでも何かがひっ掛かったら即座に飛び出していく。

 そんな覚悟が浮かんでいる。


 嫌な予感がする。


 あの日、私が止めるのも聞かず、あのクソッタレな獣の前に躍り出た馬鹿犬のようだ。

 ダメ、駄目だ。


「引かぬなら、私は容赦しない」


 フレーシャの体から立ち上るのは、魔力?

 肌に感じたことのない気配が突き刺さる。


「フレーシャ! やめろ!」


 ガヴェルが低い声で叫ぶ。

 いつもの、ほんわかとした声音とは違う。

 戦いの中に身を躍らせた兵士のような、男の声。

 強い意志を持った男の声が魔王に問う。


「ここにある力を奪って、何をするつもりだ?」


 魔王が欲しているのはここにある魔力。

 厳密に言うならば、”魔女の力で魔人の意識が昇華された後の創造神の力”。

 そんなものを集めてどうしようというのか。

 魔力の塊である魔人に、その力を流し込んでも……いや、魔人でなければ、効果はあるかもしれない。

 厳しい表情をしたガヴェルの顔を、斜め後ろから見上げる。

 半分人間、半分魔人であるガヴェルは、魔力を繋ぎとめる核がなかったため、魔力を外から取り込まないといけなかった。

 でも核が出来上がりつつある今、私がしているのは、創造神の力を送り込んでいる?

 では、なぜ、ガヴェルはそれを受け止めれるのか。

 魔人の魔力とは違う、力を。

 そして魔王がその力を欲する目的は?


「なんで、ガヴェルは」


 意図せず疑問が口からこぼれ出た。

 ガヴェルが筋肉の盛り上がった肩越しに私を振り返る。

 どこか申し訳なさそうに下がった眉は、何かを悟っているように見えて。心の奥が不安にざわめいた。


「ガヴェル、いったい……」

「魔女を渡せ。創造神の力は、そんな半端ものが持っていていいものではない」


 私の呟きにかぶさるように、魔王の高圧的な声が響く。

 思考が途切れ、魔王とフレーシャのやり取りに意識を集中させる。

 クソ魔王も、フレーシャも、そして悔しいけれどガヴェルも、私が知らない何かを知っている。

 そしてそれは確実に、魔女である私に関係があることなのだ。


「お前が手に入れたとしても、扱えぬぞ」

「そうか? 人間と魔人が混ざればソレと同じ存在ができるなら、試してみる価値はあるだろう」

「無理矢理人間の子を孕ませても、ガヴェルと同じ存在はできぬ」

「できないこともないだろう。そいつがここにいるのが証だ」


 やたらと整った魔王の指先がガヴェルを示す。

 正しくは、ガヴェルの体内にある核を。

 そこに、魔王の欲する物がある。


「核を取り出し、人に埋め込んだらどうなるか考えてみたことは? 人の手により、創造神の力を得た新しい生命が生まれるだろう」

「そんなものを作ってどうなる!」

「欲しがる者はいるということだよ」


 そう言った魔王の目が、彼の後ろへと逸らされた。

 坑内に転がる岩の影から進み出たのは──枯れ木のような老人ドン爺。

 いや、愛称ではなく、ホードンと呼ぶべきか。

 ヒッヒッと喉の奥を鳴らすような笑いが不気味に響く。


「隠れていたつもりでしたがね」

「私を欺けるとは思うな」

「さすが魔王様ですな」


 何も面白くないのに、ヒッと再び小さく引き笑いをした後、ホードンのたるんだ瞼の間からのぞいた濁った瞳が私とガヴェルに向けられた。

 ホードンからは遠く離れているはずなのに、全身に粘っこい視線がまとわりついて、クソ気持ちが悪い。


「お前の望みは、あの半端ものの核か?」

「ええ、ええ。魔女の力によって作られたあの核。ぜひとも研究したいのです」

「取り出したらあの半端ものは死ぬかもしれんぞ」

「それは致し方ありませんな。ですが魔女と魔王様がいらっしゃれば、第二、第三の半端ものを作り出すことも可能でしょう」

「できんこともないだろうが」


 口角を歪めて笑うクソ魔王。

 じじいども、クッソ気持ち悪いことを言うな。

 それに、ガヴェルから核を取り出す? 生きたままで?

 フレーシャの兄が自分で進んで核を取り出したのとは違う。

 ガヴェルが、死んでしまってもいいだなんて、なんて勝手なことを。

 痛いほど強く、両手を握りしめる。


 こんなクソな奴らに、ガヴェルの核を渡してなどやるものか。







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