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クソッタレ人生のお供は馬鹿犬くらいが丁度いい  作者: BPUG


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18/28

17. クソッタレ姉は今もクソ

 


 短い私とガヴェルの返事に、ニコラスが頭痛を誤魔化すように眉間をもむ。

 あるいは、この魔人の発言に頭を抱えたくなったのかもしれない。


「フェルディオ様、今日ここに来たご用件はそれではないのでしょう?」

「まあな。だが人の生は短い。魔人として長く生きてきたが、魔女は見たことがない。早く手に入れたいと思うのも間違ってはいないだろう」

「女性を勝手に自分のものにすることは、人間にも魔人にも許されていませんよ」

「なに、人の子らは私のような容姿を好む。すぐに私と共に来たいと思うはずだ」


 馬鹿か、このクソ魔王。

 見た目なんてクソな理由で私が相手を選ぶとでも思っていたら、大間違いだ。

 クソ姉のせいで、人の面の皮ほど信じられないものはないと、頭と体に叩き込まれているってのに。


「話し合いに邪魔なら私たちは畑に戻るけど?」

「豆のスープも作らないと。ぽたーじゅだよ」

「少し待ちなさい」


 早速私を抱き上げようとするガヴェルに「待った」がかかる。

 かけたのは私ではない。

 これまでずっと黙って立っていたドン爺だ。


「せっかくだから魔王様にガヴェルの核を強くする方法を聞きたいと思わないかい?」

「それは、フレーシャさんが教えてくれてます」


 ガヴェルではなく私がすぐに拒否した。

 フレーシャの話を聞いて、魔王を主張するこの魔人がフレーシャ以上の知識を有しているとは思わない。

 だがドン爺は食い下がって、ガヴェルを説得しようと言葉を重ねる。


「しかし彼女は魔力を扱えない状態。魔王様にならば導いてもらえると思うがね」

「でも、僕この人、嫌いだからヤダ」


 ガヴェルが五歳児でも言わないような駄々をこねる。

 でも私もその意見に大賛成。

 この魔王のことは好きになれない。

 しょっぱなから人の容姿を品定めするような発言も、自分の容姿に意味もなく自信があることも、

 クソ姉の恋人だということも、そして魔王という地位を主張するその考えも。

 やたらと激しい赤い瞳から目をそらし、ガヴェルの深みのある赤銅の目を覗き込む。

 目尻の横にあるほくろを指で撫でると、「んふん」っとまた犬のような変な声を漏らした。


「行こう」

「じゃ、ニコ、ドン爺またね」


 細くなっても力強さと安定感は変わらない腕に支えられ、抱き上げられて部屋を出る。

 なんか、そうしたくなった。

 私はあんな男の所有物になんて絶対ならない。そう見せつけてやりたかった。

 別に私はガヴェルのものってわけでもないけど。

 逆に、ガヴェルが私の犬みたいなものだし。そう、そういうことが伝わればいいんだ。


「サリー、どこ行く? 畑? ロジママのとこ?」

「そうね。ローザンヌさんのとこかな。どれだけ今日収穫したらいいか、聞きたいし」


 三人の男たちを部屋に残し、厨房へとガヴェルに運ばれるまま移動する。

 とそこには、ローザンヌだけでなくフレーシャもいた。

 この地に来てからもう半年以上経つけど、何気に二人が一緒にいるのを見るのは初めてかもしれない。


「ロジママ! フレも!」

「ああ、魔王が来ているらしいな」

「たった今会ったけど、むかつく相手だったから速攻出てきた。一体何しに来たんだか」


 ガヴェルの肩を叩き、地面に降ろしてもらいながら愚痴を吐く。

 すると驚くべき知らせをフレーシャは口にした。


「魔王はあんたの姉を城に戻したらしいぞ」

「え?」

「ローザンヌから教えてもらった」


 くいっと顎でローザンヌを示すフレーシャ。

 魔人同士、魔王とフレーシャが会話をしたわけではなく、ローザンヌが情報を仕入れてきたみたいだ。

 フレーシャと魔王は仲が悪いのかも?


 それよりもクソ姉は城に戻されて、結局どうなったのか。

 聖女の座に戻ることなどできないのは確実。おそらく私や母と同じく罪人の扱いになるだろう。

 そこまでは私も簡単に想像できた。

 だがあのクソ姉は、魔王に捨てられてもただでは起きなかったらしい。

 ローザンヌが肩をすくめて教えてくれた情報に、全身から力が抜けるかと思った。


「元聖女様は、何でも魔王と人間を()()()()()救世主として、教会と王族よりも高い地位を求めているとか」

「は? 和解? 地位?」


 何を、馬鹿なことを。


「あんたの姉ちゃん、すさまじいねぇ」


 同情を過分に含んだ眼差しをローザンヌから向けられ、呆れと怒りよりも圧倒的な疲労感に私は襲われる。

 本当に、あのクソ姉。

 救いようのないクソだ。


「サリー、可愛い顔、こわくなってるよ」

「うううう、ガヴェル、頭揺らさないで」


 眉間に寄った皺にガヴェルの指先が伸び、グリグリと揉まれる。というか、突っつかれる。

 片手を無駄に硬いガヴェルの腕に添え、頭の揺れを止める。


 もう、何もかもクッソどうでもいい。

 クソ姉が己の言動で自分の首を締めようと、私には関係ない。

 王族であるニコラスにもそう宣言しているし、実際王都の関係者はすでにクソ姉の本質を把握しているだろう。


「魔王が姉を見放して、ここに来たのはやっぱり私の存在があるから?」


 ぶれた焦点が定まるのを待って、視線をフレーシャへと移す。

 感情のカケラすら浮かばない完璧な顔には、戸惑いも困惑もない代わりに、微かな怒りに似た空気が滲み出ていた。


「魔女を求めているのは明らか。だが、少し気になる点がある」

「気になる?」

「魔女の存在をどうやって知ったのか。なぜここにいると分かったのか」

「え? それは、ニコラスとか誰かが報告入れたからとかでは?」

「ニコラスは私が二人を教育しているのを知っている。それに魔女の力が私の命を繋いでいることも分かっている。であれば、私からサリーを引き離しかねない情報を流したりはしないだろう」

「そう、か。そうすると……他の……例えばドン爺とか?」

「可能性はある。だが断定もできん。それに、何で魔王をここに連れてくる必要があったか、意図も読めない」

「確かに」


 彼女の考えに同意して深く頷く。

 フレーシャから魔女の役割に続いて、魔王や魔人がこの力を欲するだろうと聞いてからまだそんなに経っていない。

 それなのにすぐ魔王がこの地を訪れたのは、あまりにも都合が良すぎるのではないか。

 それは決して私の都合ではない。魔王のだ。


「ま、しばらくは様子を見るしかないな。二人とも、魔王にあまり近づかないように」

「それは、もちろん、そうします」

「絶対に、サリーを近づけないから!」


 自信満々に言い切るガヴェル。フレーシャは”二人”と言ったのに、なんで私だけになる。

 どっちみち私とガヴェルは四六時中一緒にいるから、私が近づかないようにすればいいことか。

 ため息とともに諸々の悪態を口の中から押し出して、当初ここに来た用件をローザンヌに告げる。


「収穫した豆、足りてた? もっと必要なら取って来るけど」

「ぽたーじゅだよね!?」

「勝手にメニューを決めるんじゃない。スープにするには足りないね。サラダの付け合わせならいいけど」

「えー、緑のスープがいい」

「ポタージュは面倒なんだよ」

「僕、手伝うよ」


 駄々をこねるガヴェルを見て、心底ローザンヌに申し訳ないと心の中で謝る。ポタージュなんて言葉を教えるんじゃなかった。


「ガヴェル、我がままを言わないの」

「まぁ……ポタージュなら芋のほうが簡単だし、フレーシャ様もお好きなので、そっちを明日にでも出そうかね。あんたたちは茹でた豆を剥くのを手伝ってくれ」

「分かった!」


 妥協案が出されて安堵する。それにしても終始表情が変わらないフレーシャは、食事中も味にこだわるような様子を見せたことがないんだけど。

 そっとフレーシャの顔を伺う。芋のポタージュが出ると聞き、フレーシャの目がほんの僅か、爪の厚さぐらいだけ細くなったような?

 些細な変化も逃さず、ローザンヌはふっくらとした頬を緩めて満足げに頷いた。


 その日の夕食には大量の豆が乗ったサラダが出た。

 ところどころ豆が原型もないほど潰れていたのは、力加減が下手くそな馬鹿ガヴェルのせいだと私はひっそりと心の中で主張しておいた。




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