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クソッタレ人生のお供は馬鹿犬くらいが丁度いい  作者: BPUG


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16. やっぱりクソッタレ。



 プチッとかすかな感触と共に、成長した豆の房を枝から収穫する。

 ふわふわとまとまりの悪い髪の毛をぎゅっと帽子の中に押し込め、枝の奥に隠れた豆を摘み取った。

 このあたりは緑豊かではないが、川が近いおかげで水には困らない。

 十分に世話をすればこんなにも野菜は元気に育つ。


「サリー、取れた!」

「……根っこごとね」


 豆の房どころか、一本丸々収穫したガヴェルに冷静な眼差しを向ける。

 収穫が終わったらそのまま枯らして肥料にするからいいんだけど、まだもう少し収穫できる豆もあったはずだ。

 魔力の制御は日々の訓練で上達している。

 ガヴェルは予想以上に真剣に毎日取り組んでいて、なぜか、体つきがさらにスリムになった。

 筋肉の岩男みたいな体から剣闘士みたいになって、今は王都の兵士にいそうな細マッチョだ。

 なんでだ、不思議すぎるだろ、魔人の体。なんで筋肉が減るんだ。普通は鍛えたら増えるんだろ、筋肉は。

 動きやすくなったし、力加減も上達したと豪語していたのに、野菜を根っこごと引っこ抜く不思議。

 魔力は脳の成長に関係ないのがとりあえず証明された。ドン爺の研究録に付け加えておくべきだろう。


 少しずつ、魔力を使ってできることをフレーシャに教えてもらっている。

 制御に長けた魔人は、魔力を燃料や自分の第二、第三の手に見立てて動かすこともできるらしい。

 フレーシャに初めて会った日、土埃がフレーシャの周囲を避けるように舞っていた。あれは風を動かす魔法を使ったのだとか。

 もっと見てみたいと思ったけど、体を維持するために魔法はもう使わないと言われた。ガヴェルも、今は自分の核を育てることが優先となっている。


「ドン爺が、僕の核がちゃんとできてきてるって。もう少ししたら、えーっと、ちゃく、着地するって」

「……定着でしょうね」

「そうそう。定着! あ、ニコだよ」

「え?」


 ガヴェルが呼んだ名に顔を上げれば、わずかに顔色が良くなった幽霊男がこちらに近づいてきていた。

 顔色がいい幽霊なんていないから、動く死体という表現のほうがふさわしいか。

 彼が回復した理由は、フレーシャの核から魔力が漏れるのを私が押さえているから。

 ぜひ私に感謝すべきだ。金ならいつでも受け取ろう。


「久しぶり」


 一応の礼儀として収穫する手を止めて挨拶をする。

 相手はそれが当然という態度で受け、ガヴェルへと視線を移した。


「ガヴェル、魔力の使い方は覚えたか」

「うん。格好良くなったでしょ」

「だいぶ小さくなったな」

「ドアとぶつからなくなったから便利だよ」


 それは自慢することなのか? 見ろ、王子が微妙な顔をしただろ。

 それに横の幅は減ったけど縦は変わらずだから、低いドアの上部に時々頭をぶつけているのはカウントしないのか。しないんだろうな、馬鹿だから。


「魔力を魔法にできるようになったら報告するように。それから、サリー、先ほど、フレーシャ様と少しお話することができた。感謝する」


 魔力への耐性がないせいで、彼女には近づくことすらできなかったニコラス。

 魔力の漏れが落ち着いた今なら、ほんのちょっとの間だけだったら会話できるようになった。やっぱり礼は(かね)がいい。あるいは(きん)でもいい。


「その中で、魔王の存在について触れられた。お前の姉に関わることだから話をしに来た」

「ありがとう、ございます? それは、こんなとこで話していいの? 中行ったほうがいい? てか、人呼んでくれたら中に行ったのに」

「あ、いや……別に中でもいいんだが」


 はっと気づいたかのように表情を揺らすニコラス。そして突如顔を赤らめ、口元を骨骨した手で覆った。

 まさか、フレーシャと話ができたのが嬉しくて、そのままのノリでここまで出てきたのか。

 うぶだな、王子。

 ニンマリと口元が崩れた私に鋭い視線を向けてきても、クソほども効果はないと知るがいい。


「中で話す。作業が終わったら来るように」

「はーい」

「はいはーい」


 ガヴェルのいつも通りの緩い挨拶に続いて、私も適当な返事をする。

 最後に再度怨霊のような恨みがましい視線を向け、ニコラスは戻っていった。


 ガヴェルに全ての豆を引っこ抜かれる前に、収穫できる物を収穫し、籠をガヴェルに持たせて屋敷に戻る。

 適当に足元の泥を落とし、ローザンヌに豆を届けてからニコラスの執務室へ向かう。


「豆はスープかな? 美味しいスープがいいな」

「摘みたての豆だとポタージュスープでも美味しいかもね」

「ポタージュ?」

「素材をすりつぶしたドロッとした濃厚なスープのこと」

「あ、白いやつ?」

「白とは限らないでしょ。かぼちゃだと黄色っぽいし、豆だと緑」

「じゃ、今日は緑だね」

「ポタージュだったらね」


 ポタージュが出てこなかった時のために、それ以外のスープの可能性も出しておく。

 そもそも豆がスープに使われるとは限らないし。

 話し合いが終わったらローザンヌの手伝いをしに厨房に行こう。ガヴェルも手伝いをしているうちに忘れるはずだ。

 いつも通り身のない会話をしつつ、ニコラスの執務室に到着する。

 一応ガヴェルはニコラスの護衛の立場なので私の先に立ち、執務室の扉に手をかけようとした。その時――


「サリー、僕の後ろに」

「え?」


 ガヴェルは体を正面に向けたまま、左手でドアノブに触れ、右手で私を自分の後ろへと押しやった。

 僅かに前かがみになったその体勢は、何か、この扉の向こうに危険な存在がいるのだと語っている。

 ガヴェルの大きな背中から、全身から、警戒心が伝わってくる。私はガヴェルの動きを邪魔しないように、一歩下がった。


「入るよー」


 声だけは、いつものガヴェルだ。のんきな、ちょっと気が抜ける声。

 強張りそうになっていた体から力が抜ける。頭だけは冷静に「ガヴェルもそんな芝居ができたんだ。ちょっと賢くなったのかな」なんてクソどうでもいいことを考えていた。

 普段の何倍もの時間をかけ、ゆっくりと扉が開く。

 その中を、ガヴェルの肩ごしにそっと中を伺う。

 一番初めに見えたのは、ドン爺。部屋の中央より手前の扉側、定位置だ。

 でも入ってきた私たちを見ることなく、視線を前に向けたまま。

 続いて、部屋の中央奥にニコラスの姿。いつも通り、死にかけの様相をしている。さっき外で見た時には少し回復したと思っていたのに。


 ギィッとかすかな音を立て、扉がさらに開く。

 そして部屋の奥にいたその人物が、私の視界に入った。


 一目で分かる。魔人だ。


 王族の一員であるニコラスよりも装飾の多い、どこか軍服に似た堅苦しそうな衣服をまとっている。

 魔人に共通する特徴的な赤い瞳。肩より長い艶のある銀の髪。

 整いすぎた容姿も、長い足を組んだその傲慢な態度も、素朴な木の椅子には全く合っていない。

 厄介な人物が登場したと、一瞬で悟る。


「ニコラス、そいつ、誰?」


 低く、喉奥で威嚇するようなガヴェルの声。

 クソ姉が連れてきた変な男が私に近づいた時に、馬鹿犬がとびかかった時もこんな風に唸っていたな。

 ちょっとだけ様子見だ。ステイ、ガヴェル。

 シャツの背中をキュッと摘まむと、ガヴェルが後ろ手に私の手をポンポンと撫でる。なんだ、その顔面が良い男がやる難易度のクソ高い仕草は。

 さっきから、本当にガヴェルなのか、こいつは。

 筋肉が盛り上がった肩の上、赤が滲んだ深い黒の髪から強張った頬が見える。


「態度のなってない半端モノだな」

「ガヴェル、そこに座れ。サリーは……」


 ニコラスに指示され、ガヴェルはいつも彼が座る場所に足を向ける。

 続いてニコラスが私に別の場所へ座るように指示しようとしたところで、ガヴェルがサッと腕を私の腰にまわして自分の足の間に私を座らせた。

 二人分の体重を受けて、簡素な椅子が抗議の悲鳴を上げる。


「サリーは、ここ」


 声と同時に頭頂部に慣れた重みが乗っかる。

 おそらくガヴェルが頬をくっつけている。こら、ぐりぐりするな。私のふわふわ癖毛が絡まる。絡まる。


「すみません、あいつらは言うことを聞かないので」

「ふん、まあ、いいだろう」


 おい、ニコラス。勝手に私とガヴェルをまとめるな。いうことを聞かないのはガヴェルだけだ。

 抗議をするのもクソ面倒で、視線だけ、この場に現れた魔人へと向ける。

 やたら赤く仰々しく光る宝石みたいな目だ。ずっと見ていたらチカチカして疲れそう。

 ガヴェルの目は、落ち着いてゆったりと飲むワインみたいな深い赤。ちょっとした自分へのご褒美とか、夜寝る前の優しい時間とかそんな感じ。


 って、私は何を考えているんだ。馬鹿か。さっきから、ほんと。

 それもこれも全部ガヴェルがいつもと違う雰囲気を出すからだ。

 頬の熱が上がりそうになるのをごまかすように一つ、気になったことがあって部屋の中を見回す。

 もし目の前の魔人が、私が思った通りの相手であるならば、ここに来ているかもしれないと思ったから――クソ姉が。


「聖女の妹は、聞いていたよりは可愛いではないか」


 誰もいない空間をさまよった私の視線が、魔人が寝定めするような視線とぶつかった。これから屠殺場へ送る家畜を選ぶような、クッソ嫌な目つき。

 さすが、あのクソ姉が選ぶ男だ。


「挨拶もなしか? 小娘」


 フレーシャよりは感情が出るんだなと、微かな不快感をあらわにした魔人の顔を眺める。


「挨拶されてないので」

「うん、挨拶しなくていいよ、こんなの」


 ガヴェルの両腕が私の体の前に回り、慣れた温もりと重みが加わる。

 同時に、魔人から鋭い気配が跳んできた。なんだ、これ。


「サリーに意地悪すんな、バーカ」

「その女は、半端な魔力しか持たぬものが触れて良い存在ではないぞ」

「サリーはサリーだし。それにサリーはサリーだからいいの」


 おそらく私が魔女だろうが関係ないってのと、私が魔女だとしても触れてもいいと言いたいっぽい。

 でもガヴェルと喋り慣れていない人は全く意味が理解できないだろう。

 当然、魔人は盛大に顔をしかめ、ガヴェルを見下すような目をした。やっぱり好きになれない。

 好きになる必要もないけど。だって、この魔人はクソ姉の関係者だし。


「まあどうでもいいが、そこの魔女、私のところにこい」

「はあ?」

「やだ」



 何を言ってんだ、このクソ魔人は。





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― 新着の感想 ―
『クソ』の使い方が(文章中の表現が)巧みすぎます。 笑いすぎておなかが痛いです。
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