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クソッタレ人生のお供は馬鹿犬くらいが丁度いい  作者: BPUG


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14. 並んで、一緒に。



 寝る支度が整い、明かりが落とされた部屋で終りの見えない口げんかが続く。


「フレ、もっとそっち行って」

「お前がでかすぎる。もっとそっちに寄れ」

「やだ。サリーだって僕と一緒がいいよね?」

「……一人がいい」


 ベッドの真ん中に寝転がる私の左右で交わされる言い合い。

 ガヴェル、もしかして二文字以上の名前を覚えられないのだろうか。

 いつも通り私と一緒に寝ようとしたガヴェルだったが、今日からフレーシャも一緒に寝ると言い出した。


「サリーと二人がいいのに」


 ガヴェルはぶつぶつと文句を垂れ流しつつ、フレーシャが加わったことによってさらに狭くなったベッドにもぞもぞと潜り込む。

 子供サイズのフレーシャ、成人女性としてはちょっと小柄な私、やや縮んだとはいえ筋肉の鎧をまとったデカ男ガヴェル。

 三人の体重を受け止めたベッドがギッシギッシと悲鳴をあげた。


「明日、他の部屋からベッドをもってこなきゃ。それか大きいベッドのある部屋に移動するとか」

「ローザンヌには伝えておいたから、明日には用意されるだろう」


 あっさりと言うフレーシャだが、こちらとしては心中穏やかでいられない。

 ローザンヌの手伝いをしなくてはいけないはずなのに、私の仕事はもっぱらガヴェルの子守をしつつ畑の管理ばかりしている。


「ガヴェル、ベッドを入れるとか力仕事があったらやってね」


 ここはガヴェルを動かすほうが手っ取り早い。だって部屋の用意とか、私が勝手にできる物でもないし。

 それなのにガヴェルは私に”お願い”されたのが嬉しいのか、ギュッと私を抱き込む腕に力を込めた。


「ふん……魔力が巡っておるな」


 後ろからガヴェルに巻き付かれ、目の前には完璧な造形の子供が私の手に両手を絡ませて横になっている。

 事情を知らない人が見たら、さぞ仲の良い兄妹だと微笑ましく思っただろう。

 私の手を握るフレーシャの赤い目を見つめて、彼女の言葉の意味を視線だけで尋ねると、

 彼女は「純粋な力だけを感じる。とても……心地よい」と答えた。


 瞼を閉じて、深く息を吐くフレーシャ。

 かすかに寄った眉根が、彼女が言う心地よさだけではない何かを滲ませている。


「魔力は、煩いのだ。そこに漂っているだけで、あーだこーだと、騒がしい。王宮の小娘どもより、喋ることを覚えたばかりの子供より、姦しい」


 長いまつ毛が揺れて、私の手と自分の手の間をさ迷う魔力を探すように、どこか遠くを見つめる瞳がのぞく。

 確かに魔力に意志があるとすれば、それに触れていると鬱陶しく感じるのかもしれない。

 頭の中で、親指大のガヴェルがわらわらと増殖して「サリー、お腹空いた?」、「サリー、あっちに綺麗な葉っぱがあるよ」、「僕、サリー運ぶ!」、「あ、青虫だよ」、「もっと食べないと、サリー」などなどひっきりなしに声をかけてくる光景が浮かぶ。


 クッソ激しく鬱陶しい。


 ブルリと体を震わせたら、後ろから「サリー、寒い?」という声と巻き付く腕が強くなった。肌が触れあって温もりがさらに近くなる。

 本当に……実家にいた時でさえ、こんなにも私に構う人なんていなかったのに。

 クソ姉さまは構うというより、あの人の言う”お願い”で呼びつけられてばかりはいたけど。


「魔力を使えるようになれ。それは魔人の望みでもある。人が死んで土となり、次の芽吹きの糧となるように。魔人がただの純粋な魔力――女神の手にあった頃のように戻れるのならば、また女神が導くがままに魔力として消えたいのだ」


 私の中にある魔力は、魔人の命でもある。

 それを突き付けられた。

 欲しいわけでもないのに。そんな力をもらったって、私はどうすればいいのか。クソッタレ。

 クソ姉に全くいらないおさがりのぶかぶかなドレスを押し付けられ、さらに「あら、胸のサイズが合わないのね」と笑われたた時のような苦みが喉奥にこみ上げる。本当に、クソな思い出だ。


「まあ、とりあえずは、私とガヴェルの命がつながるだけで良い。私は放っておけば魔力をいたずらに失うだけだし、ガヴェルは魔力を体の中に蓄えられんからな。だがお主のおかげでガヴェルの中に核ができ始めているというのは面白い。ぜひそこは研究してみたいものだ」


 ドン爺がすでに研究しているだろうがと呟き、フレーシャの頼りないほど小さな手が、安心させるように私の手を包む。

 ガヴェルとは違う温もり。さらりとした質感の肌に、ヴェルヴェットのような毛を持った子猫を思い出す。

 クソ姉が猫は嫌いだと言ってすぐに屋敷から追い出してしまったけど。

 あの子は、侍女の一人が引き取って育ててくれたはずだ。

 馬鹿犬はいつも外だったからクソ姉は放っておいたんだろう。たまに私が部屋に入れていると悲鳴を上げていたけど。

 泥だらけの馬鹿犬がブルブルと体を振って、クソ姉のお綺麗なドレスの上に泥が降り注いだあの光景は今でも胸のすく思いがする。


「さて、明日からは本格的に魔力操作を覚えるぞ。ガヴェル、お前もだ。使いこなせるようになれば、サリーを守れるぞ」

「うん、頑張る!」


 頑張らなくても良いという言葉を飲み込む。

 ガヴェルが成長してくれなければ、一生こうやって同じベッドで寝る羽目になる。

 私を守ることを目標にしないでいいから、とっとと魔力操作を覚えてもらって、一人の平和な夜を過ごすのだ。


「頑張って」

「うん!」


 うふふと笑った息が首筋にかかってくすぐったい。

 ぐるぐると私たち三人をめぐる魔力に思いを巡らしているうち、穏やかな川の流れに身を任せるようにすっと眠りに落ちて行った。




  ‡ ‡ ‡ ‡



 翌日からフレーシャは本格的に私とガヴェルを鍛え始めた。それを枯れ木のような老人ドン爺が、黙ったままで見守る。本当の枯れ木に時々見間違える。

 フレーシャ自身は魔力を使わない。正確に言えば、魔力の消費は生命の危機につながるから使えない。

 基本的に私とガヴェルは今まで通り手をつなぎ、お互いの間を流れる魔力を感じ取ることから始める。


 これがまたクソほど難しい。

 自分が吸った空気が体のどこかに運ばれるのを感じろと言われてできるか?

 できるはずもないだろ、クソが。

 だがそんなことをフレーシャに言えるはずもなく。


「うーん? うーん、んんんんー、サリーの手、あったかいね」

「それ以外に何も感じない?」

「んー? んんんんー、サリーの手、ちっちゃいね」

「……他には?」

「んんんんー、分かんない」


 ガヴェルの役に立たない返事にため息を吐く。

 とはいえ、何も感じないのは私も同じ。文句を言う立場にはないから言わない。そんなクソあほな理不尽な事はしないのだ。

 クソのような人たちと同じになってしまう。

 ああ、これが反面教師と言うやつで、私の人としての成長に一役買っているなら、あのクソのような家族にも存在価値があったというものだ。


「あの洞窟だと、なんとなく感じれたし、見れたんだけど……」

「洞窟?」


 私の呟きを拾ったフレーシャは子供の顔で気難しそうな表情を作ったあと、「ああ、墓場か」と一つ頷く。

 そしてしばらく薄い唇に触れて考え込んでいたフレーシャは、ふと視線を上げて唐突に告げた。


「行くぞ」

「え?」

「はーい」


 おい、ガヴェル。何も分からずに返事をするな。

 椅子から立ち上がっても、椅子に座るガヴェルよりも視線の低いフレーシャ。

 反応の鈍い私に向けて、言葉を追加した。


「本来なら時間をかけるが、今はそうは言ってられない。魔力を感じられる場所があるならそこに行く」

「はい」

「分かった」


 納得のいく理由に返事をして、立ち上がる。

 外に出るためフレーシャに続いて廊下を歩いていると、「ね、時間がないんだよね。早く行こう」と突然ガヴェルが言い出した。


「え?」


 見上げたはずのガヴェルの顔が、そこにない。

 思わず首を左右に振って探そうとしてしまった、その瞬間、ふわりと体が持ち上がる。

 慣れすぎた浮遊感。腰を支える太い腕、とっさに伸ばした手のひらから伝わる筋肉。


「ちょっと、勝手に持ち上げないでって言ったでしょ」

「あ、ごめん。持ち上げるよ」

「遅い」


 ペシリとすぐ近くにある綺麗な形の額をそろえた指先で押す。

 赤銅色の目が何故か嬉しそうに細まった。


「フレも」

「あ、おい」


 体が一瞬沈み、再度持ち上がる。

 その時には、ガヴェルの顔の向こうに不機嫌を丸出しにしたフレーシャの顔があった。

 無表情が張り付いた顔がこんなにも感情を出すのは珍しい。

 それほどまでにこの状況が嫌なのか。気持ちはものすごく分かる。

 交差した視線。私の生温かい眼差しを受け取ったフレーシャがチッと舌打ちした。


「じゃあ、行こう!」

「ま、待て、私はどうすれば」

「ドン爺は、またゆっくりおいで」

「そんな!」


 慌てて情けない声すドン爺。

 だがたった一人、この空気を読めないガヴェルが意気揚々と歩き出す。

 その歩幅はフレーシャの四歩よりも大きい。

 ずんずんと進むガヴェル。ドン爺の姿はあっという間に見えなくなった。

 廊下を抜け、玄関ホールを横切る。


「走るよ」

「ちょっと!」


 外に出た直後、ガヴェルの全身に力が入り、ばねの様に勢いをつけて飛び出す。

 私がここに着いた日と同じように、景色が目まぐるしく変わる。

 振り落とされないようにとガヴェルにしがみつく腕に力を入れた。

 そのガヴェルの頭の反対側、フレーシャがかすかに目を細めて微笑んでいた。




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