リリアン商会
誤字報告いつも助かってます。
街に戻った僕たちは先輩の知り合いの商会をやっているプレイヤーの元に向かって行く。所で妙に他のプレイヤーから視線を向けられる気がする。戦いの心得を持つ身として他人の視線には人より敏感だと自負しているが、どうやら悪意や敵意といった類いの視線では無さそうだ。これは……尊敬と畏怖、そして多少の対抗心といったところか。おそらく配信を見ている人たちなのだろう。それにしてもここまで不躾に視線を向けられるというのはいい気がしない。
「シエルさん、ちょっと気配を薄くしましょうか」
視線から逃れるために先輩に提案する。
「ん、私もちょっと不愉快だった」
先輩も嫌がっていたため、2人同時に気配を薄くする。そもそも気配を薄くするとはどういうことか、それは人の認識から外れやすくするということだ。人というのは案外適当に出来ていて脳が必要ないと判断した情報は例え視界に入っていても気づかない事がある。多くの人が道端の石に目を向けないのと同じ事だ。つまり自分という存在を周りの風景に溶け込ませるイメージを持てばいい。たまに特に意識をしていなくても影が薄いと言われる人がいるが、これは無意識にそれを行っているからだろう。
閑話休題
戦闘技術を学んできた僕はともかく何故先輩が気配を薄くする技術を身に付けているのかというと、高校時代に先輩に相談された僕が教えたからだ。当時の先輩はその容姿はさることながら、頭脳や運動能力も人並み外れていたため常に注目を浴びていた。それに辟易していた先輩に相談され僕が教えたというわけだ。本来は少なくとも1年はかかる技術なのだがそこは先輩、わずか3ヶ月である程度ものにしてしまった。さすがに僕には及ばないが。
そんなわけで気配を薄くした僕たちは件のプレイヤーの元にたどり着いたのだった。
サービス開始初日ということで大したものは想像していなかったのだが予想以上にしっかりしている。さすがに大きな建物を持っているということはなかったが、大きめのテントを何個も並べ、真ん中のテントにはリリアン商会という看板がかかっている。おそらくリリアンという名前のプレイヤーが先輩が言っていた人なのだろう。初日でここまで体裁を整えるとはさすがに先輩が優秀だと評価するだけはある。
そんな事を考えながら中に入ろうとしていたら向こうからこちら側に歩いてくる人影が見える。短めの金色に光る髪にスラッとしたスタイル、何より人を率いるカリスマを感じる女性だ。彼女はそのまま僕たちに近づき、優雅に挨拶をした。
「ごきげんよう。そして当商会に足を運んで下さって誠に有り難うございます。私どもリリアン商会はFWO 1の商会だと自負しております。どうぞごゆっくりご覧ください」
確かにFWO 1という言葉は事実だろう。この短時間でここまでするのは余程の能力がないと不可能だ。他のプレイヤーがここまで出来るとは考えられない。
「ベータテストぶりね、リリアン。相変わらずで何より」
先輩が親しげにリリアンさんに話しかける。これには僕も少しだけ驚いた。実は先輩には同性の友人がほとんどいない。もともと口数が少ないというのも有るのだが、多くの場合相手が先輩の容姿や能力に対して劣等感や嫉妬心を抱いてしまうからだ。そんな先輩と仲良くなれる人は余程そんなものを抱かないお人好しか対等に接する事ができるだけの能力がある人だ。そんな様子を見て僕は目の前のリリアンという女性の評価を更に一段階上げる。
「そうね。そちらも元気そうで良かったわ。そしてネージュさんは初めましてですね。私この商会の長をしておりますリリアンと申します。貴方とはいい関係を築きたいと思っております」
「これはこれは、ご丁寧にどうも有り難うございます。ご存知のようですが私はネージュと申します。こちらこそ貴女とは是非いい関係を築きたいと思っています。あとシエルさんと同様に僕にも敬語使わないでいただきたい」
「あらそう? それならラフにさせてもらうわ。貴方も敬語使わなくて結構よ」
「はい、じゃあ何で僕のこと知ってたの?」
少し気になっていたことを尋ねる。
「ああ、それは私あなたたちの配信を見てるもの。それでさっきの貴方の戦闘シーンをみて、ぜひお近づきになりたいと思ったわけよ」
なるほど、道理で僕のことを知っているわけだ。それにしても始まったばかりで忙しいだろうに配信を見る余裕まであるとは驚きだ。
「えっと、じゃ僕が何を求めて来たのかも分かってる感じ?」
「ええ、もちろん。今優秀な鍛治師を連れてくるわ。中に入って待っててちょうだい」
そう言って奥に消えるリリアン。言われた通り中に入り置いてあった椅子に座る。
「それにしてもシエルさん、他のプレイヤーが並んでる中特別扱いを受けるのはちょっと申し訳ない感じがしますね」
「ん、ちょっとその気持ちも分かる。でもリリアンの立場から考えると、私たちは最優先にすべき顧客だから」
そう、先輩の言う通りなのだ。おそらく今北エリアで満足に戦えているのは僕たちのところだけだ。そんな僕たちを優先するのは商売人としては不思議なことでは無い。まあ、他の客から不満が溜まりすぎると良くないのだが、そこら辺は彼女の事だ。うまくやるだろう。
そんな風に待っている間先輩と雑談をしていると、リリアンが人を連れて戻って来た。
「お待たせ。そしてこちらがうちの優秀な鍛治師よ」
そう言って傍のドワーフの女の子を紹介する。
「いやー、初めまして、私はアンナ。君がネージュくんだよね? 会えて嬉しいなぁ」
人懐っこい笑顔を浮かべる元気な女の子だ。リアルだと鍛治をするのは基本的に男だ。というのも鍛治というのは想像以上に力も体力もいるからだ。しかし、ここはゲームの世界。女性でも問題なく鍛治師をすることができるだろう。
「初めまして、ネージュです。よろしくお願いします」
「かたいなあ、敬語なんてなしなし。もっとラフにいこうよー」
「それじゃ、これからよろしくね、アンナ」
「うん、よろしく。それじゃ早速今君が使っている刀見せてくれる?」
刀を見せるよう言われたので鞘から刀を抜いてアンナに渡す。
「おおーさすがだね」
何故か褒められる。
「えっと何が?」
「いや、刀を抜くのがスムーズだったから。なかなか初心者には難しいんだよねえ」
なるほど、そういうことか。確かにこのゲームはリアルにできているため刀に触れたことがなければスムーズに鞘から抜くのは難しいかもしれない。
「それじゃ、お預かりするねえ。ふむふむ、これはなかなか。ねえ、ネージュくんこの刀で50体ぐらいは敵を倒してるよね?」
突然そんな質問をする。彼女も配信を見ていたのだろうか。
「うん。それがどうかした?」
「うん、まだ始まったばかりだから詳細までは分かって無いんだけど今までのプレイヤーが持ってきた刀は50体も倒したらもう耐久値がボロボロだったんだけど、ネージュくんのは8割以上残ってるんだよ」
なるほど普通のゲームだとそれはあまりにも不自然だが、このゲームはかなりリアルにできている。だとするならば、
「多分、その人たちは刃をしっかり立てずに、ただ力任せに振り回してたんじゃないかな?」
「なるほど、確かに刀は刃を立てないと劣化が早くなるって聞いたことがある。ゲームだからって見逃してたけど、ここまでリアルなゲームだもんね。その可能性は高いね」
このゲームにゲームの常識を持ち込むのはあまり良くないだろう。限りなく現実に近い世界といったところだ。
「あ、それはそうと新しい刀だよね? 刀はベータ時代はなかったからあまり揃っては無いんだけど、今1番良いのはこれかな?」
そう言って僕に刀を渡してくる。刀の情報を読み取る。
[鋼鉄の刀]
・腕のいい鍛治師が作った鋼鉄の刀。同じ素材で作られた他の鍛治師の刀と比べても性能は段違い。
製作者:アンナ
なるほど、リリアンが優秀と評価するわけだ。説明文にも書いてあるがなかなかいい刀だ。実際に刀を持ってみると初心者の刀に比べると大分重いが問題なく振るえる範囲だ。
「いい刀だね。いつか僕のためだけの一振りを作ってもらいたいぐらいだよ」
もっと成長したらゲーム内でも名刀といえるレベルの刀を作ってくれるかもしれない。そんな期待が持てる人だ。
「そんなに評価してくれるとは嬉しいねえ。うん、私がもっといい鍛治師になったその時はネージュくんのためだけの刀を作るよ。約束する」
「それは、その時が楽しみだ。それじゃこの刀を購入させていただくよ」
将来の約束をして、刀を購入しようとすると、
「あ、じゃあ、経理担当を連れてくるね」
そういって奥に消える。しばらくすると、法被に眼鏡をかけ、そろばんを持ったいかにも商売人といった風貌の男性を連れてきた。
「初めまして、俺はリリアン商会の経理を担当しているデールだ。よろしく頼む」
「こちらこそ初めまして、ネージュです」
自己紹介もそこそこに早速商談に入る。
「それで、その刀を購入だな。支払い方法は素材でいいんだよな?」
「ええ、それでお願いします。どのくらい渡せばいいですかね?」
相場がわからないため相手に一任する。本来は良くないがこの商会なら信頼できるだろう。
「そうだなぁ。北エリアの素材は今どこのところも喉から手が出るほど欲しがっているがうちのアンナの武器を安売りするわけにもいかねえからウルフ20匹! と言いたいところだがあんたとは仲良くした方が良さそうだ。ウルフ10匹でいいぞ」
どうやら、大分まけてくれたみたいだ。
「いいのか? それじゃ助かる」
ウルフ10匹分の素材を渡す。これで商談成立だ。
「へい、毎度あり。今から北のボスに行くんだろ。素材は是非こちらリリアン商会に」
さすが最後まで商魂逞しいな。そうして刀を買った僕たちはボスと戦うために再び北エリアに向かうのだった。
ボス戦まで行けなかった…
次こそはボス戦行きます。