どこにでもバカはいる
土日いろいろ忙しくて遅れました。すいません。
先輩と合流してリリアン商会を後にした僕たちは配信の終わりの挨拶をしていた。ボスを倒したりなど何だかんだで配信を開始してから既に結構な時間が過ぎていた。
「そろそろ今日の配信は終わりにしようと思う」
「そうですね。何だかんだ時間経ってますし」
{もうこんな時間!?}
{今日の配信濃すぎて時間経つの早いw}
{正直まだまだ見たい}
{↑分かる}
コメント欄でも終わりを惜しむ声がちょくちょくあるし、始まりこそあれだったが僕の配信デビューとしては十分成功と言っても良いレベルではなかろうか。今まで女性一人だったチャンネルに急に男が出演したためもっと批判などが来ると思っていたが思ったより順調で何よりだ。
「それじゃあ、初配信だったネージュから何か一言」
「あ、はい。えー、今回から配信に出させてもらって想像以上に皆さんが暖かく受け入れて下さったお陰でとても楽しかったです。これからも頑張って行きますので次回も配信を見に来てくれると嬉しいです。本当にありがとうございました」
{こっちこそ楽しかったよー}
{次回も絶対来るわ}
「ん、それじゃ配信切るね」
終わりの挨拶を終え、先輩が配信を切ろうとしたその時、
「見つけたぜ! チーター野郎!!」
急に現れた金髪の男が僕に喧嘩腰で詰め寄ってそんなことを言ってきた。それにしてもチートとはひどい言いがかりもあったもんだ。
「僕はチートなんて使っていないんですが何の根拠が合ってそのようなことを?」
こういう手合いは話が通じないことが多いが一応相手の言い分を聞いてみる。
「っは! そんなのお前の全てだろうが。刀の耐久値の削れだって明らかに他より遅いし、そもそもβテスターでもないお前が北のボスなんて倒せる訳ないんだよ!!」
「刀の耐久値に関してはまだ確定ではないですが、刃をしっかり立てて使えているかの差でしょう。それにβテスターじゃないからボスが倒せないという訳ではないでしょう」
「うるせえ!! ニュービーがβテスターより強いわけないんだよ!!」
なるほど。今のこいつの発言で何となく背景が分かった。恐らくこの男はβテスターでそれをステータスだと思っていたが、βテスターじゃない僕が自分より強いのが気に食わないのだろう。
「βテスターは確かに多くのプレイヤーより先に行ってでしょうが、だからといってそうじゃない人より強いというわけではないですよ?」
「俺はβ時代、攻略の最前線にいたんだぞ!!」
こいつが最前線? どうみてもそんな風には見えないが。仮にそれが本当のことならば先輩はこいつのことを知っている可能性があると思って横で静観していた先輩に尋ねてみる。
「シエルさん、この人ご存知ですか?」
「知らない。そもそもβテストの最前線は私とフィリップのところだけだった」
そうやって先輩がバッサリ切り捨てると、
「そんな!? 一緒に狩りに行ったじゃないですか?」
そんなことを言う男。というかこいつの実力では先輩の戦闘について行くことなど不可能だと思うのだが。(この男に限らず先輩の戦闘について行けるプレイヤーなどほとんどいないのだが)そんなことを考えていると、先輩が思い出したように、
「あー、あのしつこくナンパしてきた迷惑なやつか。一緒に狩り行ったんじゃなくて断ったのに勝手についてきただけでしょ」
「えー、勝手についてくるってただのストーカーじゃん」
普通に気持ち悪くて引いてしまう。すると、男は顔を真っ赤にして語気を荒げて
「うるせえ!! とにかくお前はシエルさんから離れろ。βテスターじゃないお前じゃ足手纏いなんだよ!!」
そんなことを言ってくる。というか最初は僕がチーターだなんだって話だったのにいつのまにか先輩と離れろってまじで滅茶苦茶だなこいつ。もう無視しようかなと思っていたら、
「足手纏い? そんなことない。ネージュはあなたなんかよりよっぽど強い」
先輩が火に油を注ぐようなことを言う。案の定それにブチ切れた男から、
「じゃあ、俺とお前どっちが強いか決闘だ!!」
と、決闘を申し込まれるのだった。僕の前にメッセージが現れる。
『【ジークフリート】から決闘が申し込まれました。受諾しますか?』
断っても面倒くさいことになりそうなのでとりあえず決闘を受けることにした。というかこいつの名前ジークフリートって完全に名前負けしている気がするがまあいい。
メッセージにYesと返すと、半球状の領域が現れ、僕と相手以外のプレイヤーがその場から弾き出される。これが決闘のフィールドか。それほど広い訳ではないが、これだけあれば戦うには十分だろう。
刀を抜き、中段に構えて決闘の開始を告げるカウントダウンを見つめる。
「俺を馬鹿にしたことを後悔させてやる」
馬鹿にしたつもりはないが、まあいい。相手も剣を抜き、カウントが5をきる。3、2、1 スタート。
最初から突っ込んでくると思っていたため僕はその場から動かず様子見をしていたのだが、
「さあ、かかってこいよ雑魚が!」
相手も動かずに僕を挑発してくる。別に挑発に乗っかって僕から仕掛けてもいいのだが急に絡まれて僕も多少イライラしていたため挑発し返すことにした。
「いやいや、何を言ってるんだお前は。お前如きに先手を譲られるほど僕は弱くないぞ」
「ッ! 舐めやがって!」
自分から煽ってきたくせに自分が煽られらることには耐性がないのか切れながらこちらに切り掛かってくる。というか先手を譲られることを舐めてると考えるのがもはや素人の発想だ。後手が有利になることなんて普通にあるし、何なら僕自身は後手の方が得意だ。
βテスターだけあってステータスは高いのかなかなかの速度だが、重心はぶれているし、フェイントも何もないただ力任せに振るっているだけの攻撃に対処することなんて容易い。
斜め切り掛かってくる攻撃を刀身を使って斜め後ろに受け流し、相手の重心を前に崩させる。ある程度鍛錬していたり勘が良かったりする奴は受け流されたことにすぐに気づくのだがこいつはそんなことはなく、
「へっ?」
情け無い声を出して前につんのめる。この程度の実力でよく最前線にいたなんてイキれたなと思いながら、無防備な首に刀を振るう。ボス戦で僕のステータスも相当上がったのか、死点打ちの効果も相まって相手の体力を僅か一刀で削り切る。
『【ジークフリート】との決闘に勝利しました』
システムメッセージが僕の勝利を告げる。いつの間にか集まっていた観衆は僕の勝利に沸いている。
先輩が観衆を押し退けながら僕の元へ歩いてくる。
「お疲れ」
「シエルさん、これからはああいうのやめて下さいよ。あんなこと言ったら決闘申し込んでくるって分かった上で言ったでしょ」
「別に、どうせ勝つんだからいいじゃない。それに私もネージュを馬鹿にされてイライラしていたし、スッキリしたわ」
全く反省していない先輩を見ながらため息をついていると、リスポーンした男が観衆にどけと叫びながらこちらに向かってくる。
「おい、さっきの決闘はなしだ」
おいおい、あんだけ多くの人が見てたっていうのによくこんなこと言い出せるなこいつ。
「なぜですか? もういいでしょう。面倒くさいので僕たちにもう関わらないでください」
怒りを通り越して呆れながらそう言うと、
「うるせえ!! お前がチートを使ってるからだ。そうじゃなきゃ、この俺が負けるわけがねえ!!」
「だから、チートなんて使ってないですって」
ああもう、まじで面倒くさいなと思っていると、先輩が
「これ以上騒ぐなら運営に報告する」
相手に最後通告をする。
「シエルさん! こいつチート使ってるんですよ。そんなクソ野郎じゃなくて俺と一緒に行きましょうよ」
「ん、もういい。運営に報告する」
その最後通告を無視して騒ぐ男を尻目に先輩がGMコールをする。すると、空中から妖精のような姿の少女がゆっくり降りてくる。
「はいはーい、プレイヤー対応用AIのシルクちゃんだよー。どうしたのかなー?」
「ん、この男がネージュがチートを使ってるだの何だのいちゃもんをつけてきて迷惑してる」
「ふむふむ、なるほどね。ネージュっていうのは君の隣にいる男の子のことだよね。じゃ、ちょっと調べるねー。……うん、チートを使ってる様子はないねー」
今の一瞬で調べられるのか、最近のAIは優秀だな。しかし、そのシルクの判定に納得がいかない男が
「おい、チート使ってないわけがないだろうが。ちゃんと調べろよ。このくそAI」
と文句を言う。
「んー、君のログを見せてもらったけど、多方面に迷惑かけてるみたいだねー。これ以上他のプレイヤーに迷惑をかける様なら二度とこのゲームにログインできないようにするけどどうするー?」
しかしその文句を無視してシルクがそう脅すとさすがにゲームに入れなくなるのは嫌なのか、
「っち! 分かったよ」
男は舌打ちをしてその場を去っていくのだった。
「対処してくれてありがとう」
「いえいえー、これが仕事なのでー。それじゃまたねー」
仕事を終えたシルクも続いて消えていった。とりあえず一件落着かな。一息ついた僕たちはその後結局切れていなかった配信を切るのだった。




