お嬢様裁縫師フィノ
ボスを倒して街に戻ってきた僕たちは再びリリアン商会を訪れていた。テントの近くに行くと目ざとく僕たちを見つけたリリアンが近づいてくる。
「まさか、本当に北のボスを倒すとはね。フィリップたちでも西エリアでギリギリだったのに驚き通り越して少し呆れるわ」
「私とネージュの2人なら当然の事」
「ここで買った新しい刀のおかげですよ。本当に助かりました」
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。アンナにも直接伝えてあげてちょうだい」
テントの中に入った僕はリリアンと談笑している先輩を置いてアンナのところに向かった。武器の整理をしていたアンナは僕の姿を見つけると作業を中断して笑顔で僕のところに走ってくる。
「いやーもう戻ってたんだ。まさか本当に北エリアのボスを倒しちゃうなんてね。ワールドアナウンス聞いて思わずガッツポーズしちゃったよ」
「アンナの武器のおかげだよ。初心者の刀のままだったらもっと厳しい戦いになってたと思う」
実際、初心者の刀だったらあのボスには本当に微々たるダメージしか与えられずにボスを倒す前に武器の耐久値が先になくなってしまっていただろう。
「役に立てたならよかったよ。ところでボスの素材でなんかいいの持ってない? よかったらそれで新しい武器作るけど」
アンナにそう尋ねられた僕はまだ確認していなかったボス討伐の戦利品を確認する。
[グレーターウルフの毛皮]
・ウルフのボスであるグレーターウルフの毛皮。ただのウルフの皮とは防御力も耐久性も桁違いな反面、加工にはそれなりの腕が必要。
[グレーターウルフの牙]
・ウルフのボスであるグレーターウルフの牙。下手な金属よりも硬いその牙は武器にするのに最適。ただし加工の難易度は高い。
ここまではウルフの素材の上位互換のようなものだったが一つだけウルフでは無かったものがあった。
[スキルチケット×2]
新しいスキルを手に入れることのできるチケット。
「ねえ、アンナ。スキルチケットって何か知ってる?」
「スキルチケット? シエルちゃんから聞いてないんだ。えっとね、スキルチケットはボスを倒した時に手に入るアイテムでその名の通り新しいスキルを入手できるよ」
「なんか2枚あるんだけど、ボスを倒したら2枚手に入るの?」
間違って先輩の分まで僕に入ってきていないか少し心配になった僕はそう尋ねた。
「あー、それは初討伐報酬だよ。2回目以降にボスを倒す人は1枚しか手に入らないみたい」
どうやら先輩の分まで取ってしまったわけではないようだ。しかし、初討伐の人だけ2枚手に入るとなると差が広がってプレイヤーからの不満が溜まりそうな気がするが。その辺はどうなっているのかと尋ねると、
「あー、それに関してはそこまで問題ないと思うよ。このゲーム、セットできるスキルは10個までで、それ以上スキルを手に入れると残りは控えスキルになって入れ替えないと使えないようになってるから」
なるほど。そこら辺は上手くやっているらしい。それにしてもアンナは詳しいな。このゲームはそんなに情報を多くくれないからそこまで詳しくなるのは難しい気がするのだが。
「なるほど。教えてくれてありがとう。ところで何でアンナはそんなこと知ってるんだ?」
「あー、私たち生産職は結構NPCとの交流が多くてね。割と聞いたら教えてくれることが多いからそれで色々知ってるんだー。情報は商売に欠かせないからね。ってそんなことよりも早くボスの素材を見せてよ」
おっと、話が脱線していた。アンナの要求通り毛皮と牙を見せる。アンナはそれをしげしげと見つめた後、
「んー、これを加工するのはまだ私のレベルが足りないかなー。完全に今の段階で手に入る素材のレベルじゃないよ」
どうやら、おそらくFWO1の鍛治師であるアンナでも扱えない代物のようだ。この素材はしばらくお蔵入りかなと残念に思っていると、
「良かったらこの牙私に1週間預けてくれないかな? 1週間あれば、ギリギリこれで刀作れるぐらいになると思う」
アンナからそう提案された。断る理由もないため了承し、牙の素材をアンナに送る。
「ありがとう。ところでネージュくん、刀以外の装備は初期のままだよね。鎧とかはネージュくんには合ってなさそうだけど羽織物ぐらいあった方がいいんじゃない?」
アンナにそう指摘され自分がろくな装備をしていないことに気づく。幸い攻撃はほとんど喰らっていないため耐久値はそこまで削れていないが(というか攻撃をまともに喰らうと一撃で死んでしまうぐらいの防御力しかないのだが)この装備で北のボスに挑んでいたと思うと我ながら無謀だなと思ってしまう。
「言われてみたらそうだね。何か良いのない?」
「私は武器専門だから、今服飾専門の子を呼ぶね。おーい、フィノちゃーん」
すると奥から金髪ドリルでいかにもお嬢様のような姿の高校生くらいの少女が走ってきて、そのまま僕の両手を掴んできた。
「見つけましたわ! わたくしのモデルを!!」
何故か興奮している様子の少女のテンションについていけず戸惑っていると我に帰ったのか自己紹介をされた。
「思わず興奮してしまいました。わたくしはリリアン商会の服飾担当のフィノと申しますわ。どうぞよろしくですわ」
「僕はネージュと申します。よろしくね。ところでモデル云々はどういうことかな?」
お互い自己紹介を終え、先程の発言の意味を尋ねる。
「そうですわ!! あなたにはわたくしの作る装備のモデルになって欲しいのですわ。あなたのその刀を携えた佇まい、わたくしのインスピレーション湧きまくりですの」
「ごめんね、ネージュくん。この子和服オタクのお嬢様で刀を持ってる君の姿を見て興奮しちゃってるみたい。悪い子ではないんだけど」
「いや、別に僕は大丈夫なんだけど。それで僕が君の装備を着れば良いのかな?」
「そうですわ。もちろん多少割引はさせていただきますわ。それでどうでしょう?」
リリアン商会の人だからまず間違いなく腕もいいだろうし、僕にデメリットもないだろうから受けても良いだろう。そう判断した僕は了承の返事をし、早速グレーターウルフの毛皮を見せてみると、
「うーん、悔しいですがわたくしではまだこの素材は扱いきれないですわ」
やはりアンナと同じでこの素材を扱うのは難しいようだ。この後、アンナと同じように素材を預けて1週間後に取りに行くことになった。それまで初期装備のままだと不便だろうからととりあえずの品を持って来てくれた。
[森蜘蛛糸の羽織り]
・森蜘蛛の糸で編まれた羽織り。金属製の防具に比べるとさすがに防御力が低いが動きやすさは段違い。同じ素材で並の職人が作った物と比べるとその性能は段違い。
製作者:フィノ
なるほど。さすがはリリアン商会といったところか。説明文を読んでもフィノの腕の良さがよくわかる。早速装備してみると、
「まあ! まあまあまあ! やはりわたくしの目に狂いはありませんでしたわ。あ、あの刀抜いてくださいませんか?」
フィノの要望に応えて鞘から刀を抜く。
「きゃああー! 素晴らしいですわ! 写真撮ってもよろしいでしょうか?」
了承すると、さまざまな角度から何枚も写真を撮られた。しばらくすると撮り終えたフィノから
「ふー、満足しましたわ。それでは1週間後にまだ来てくださいまし。あと何か要望がありましたらできるだけ叶えるようにいたしますわよ」
そう言われたのでフィノに要望を伝える。
「それじゃあ、こう、足の動きが隠れる感じの着流しをお願いできるかな」
剣術では間合いがとても重要なのでそのための足の動きがが相手から分かりづらくなるというのは大変なアドバンテージになる。
その後詳しいところをフィノと詰めた後、別れを告げ先輩と合流した僕たちはリリアン商会を後にするのだった。




