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9,模擬戦。

 

 なんたって、私はこの疑似戦闘場で、腹ばいになっているのだろう。

 虫が私の首の上を這っている。


 隣では、ユリシアが開いた本を読んでいた。この本、正式名称は《掲示板》という、ユリシアの特殊技スキルだそうだ。

 事前に接続した〔不死者〕などの報告が、タイムラグなしで《掲示板》の書物に記されるのだそうだ。

 この《掲示板》は親本であり、子本はそれぞれの〔不死者〕が携帯できる。よって《掲示板》があれば、遠くにいてもすぐに連絡がとれるというので、隠密作戦中とかには便利だね。


 私は、首の上の虫を指先でつまんだ。


 これもすべては、アンバーの仕業である。

 まあアンバーも悪気はなかった(たぶん)。


 今年の新入生の中に、なんでもロード辺境伯( つまりアンバーのパパさん)と政敵の伯爵家の息子がいたのだそうだ。

 えーと、ゴガ伯爵家だったかな。

 そして、アンバーの気性からしても、新入生歓迎会で顔をあわせれば、喧嘩になるわけだ。


 このとき私は、辞書のように分厚なステーキに食らいついていた。

 士官学校は、貴族出身ばかりのくせに、食事は質素なのが多い。いやそれでも、我が家の平均的な食事に比べれば豪華なんだけども。

 ただこういう特別な歓迎式とかでは、平民の私では永久に縁のなさそうなご馳走と、こうして出会うことができる。

 そういうときは、腹がはちきれるまで食べるのだ。


 で、美味しくかぶりついていたら、ゴガ伯爵の嫡男と言い争っていたアンバーが、私を指さしてくる。二人とは距離があるので、言い争っている内容までは聞こえてこなかったが。


 やがて、アンバーが駆け足でやってきて、ワインを飲んでいるところの私に言った。


「ライラ。あたしが、言ってやったのよ。あたしのパーティ仲間である、この平民出のライラ=オブリビオンは、ただ者じゃないって。あんたたち新入生全員を、一人で相手取っても無双できるって。すると、ゴガ伯爵家のバカ息子が、ありえない平民ごときが、と差別発言をするものだから、あたしはあんたのかわりに、言ってやったわよ。『よし、いくさよ』と」


「……やらないよ。やるわけがないよね」


 このとき、また変なタイミングで士官学校に来ていた校長ことコルドー侯爵こと〈王の右手〉は、私たちの会話を聞いていた。


「いいではないか、ライラくん。君は、自分の死霊の手駒たちをパーティメンバーに加えるといい。剣術指南役のリスダン、清掃スタッフのドラゴ、そして君のメイドだ」


 私の隣で歴史書を呼んでいたユリシアが顔をあげる。


「かまいませんわよ」


 かくして──いま士官学校の敷地内にある戦闘場の森林の中で、身を潜ませているわけだ。

 ところが、どうも周囲から人の気配がする。


 私は小声で言った。


「あのさ、ユリシアちゃん。私たちさ、取り囲まれていない?」


「そうです、お姉さま。われわれは囮になったのです。しかしながら敵側は、わたくしたちにとって最大戦力であるリスダンを引き付けたと思い込んでいるのです。ですがこちらが、今回の模擬戦で主戦力としているのは、ドラゴですので」


「ドラゴね。清掃係とか言われていたものね」


 模擬戦開始前の顔合わせでは、さすがに『バカ息子』たるゴガ伯爵家の嫡男も、リスダンのことはよく知っていたようだ。まぁリスダンが〔不死者アンデッド〕として蘇ったことは、さすがに知らない。そうではなくて、士官学校に謎の腕利き剣術指南役がいる、ということを。

 向こうはまず、リスダンが私のパーティにいることに文句を言った。教師が生徒のパーティにいるのは、おかしいと。

 対してリスダンは、


「私は教師ではない。暇つぶしに、生徒たちに剣を教えているだけだ。私は、こちらのネクロ………ではなく、ライラ殿に忠誠を誓っている身。ライラ殿が赴く戦場ならば、たとえ生徒同士のお遊びだろうとも、参上するだけのことだ」


 一方、ドラゴは『ただの清掃スタッフ』ということで、ゴガ伯爵家の『バカ息子』に指をさされて笑われていた。


「図体がでかいだけの清掃係に、何ができるというんだ。こっちには魔導士もいるんだぞ」と。


 そしていま──周囲では、やたらと悲鳴が轟きわたっている。私とユリシアと違い、本当に気配を消して潜んでいたドラゴが、新入生徒たちを狩っているようだ。


「あのさ。ドラゴは、ちゃんと手加減できているんだよね?」


「当然ですわ」


 目の前に、ゴガ伯爵家の『バカ息子』が飛んできた。両足をへし折られて、漏らしながら悲鳴を上げている。


「…………手加減?」


「お姉さま、もう立ち上がっても構いませんことよ。では、行きましょう」


 そのときだ。

 流れ矢が、私に向かって飛んでくる。突然のことだけど、なんだか世界がスローモーション。矢の先端がよーく見える。だけど私の反射運動じゃ、回避はできないよ。当たるよー。


 ユリシアが身軽に跳躍し、飛んできた矢をつかむ。そして勢いそのまま投げ返すと、その矢は、射出した敵〔アーチャー〕の右肩に着弾した。


「ユリシアちゃん。いまのは凄かったね。ただの、頭脳派だけど戦闘はできない少女じゃなかったんだね」


「戦闘は、わたくしの仕事ではありませんが。この程度のことは、軽々とできますのよ。なぜ、わたくしが毒殺されたと思いますか。政敵の暗殺者を、この手で殺してやったからです。それにあの毒殺も──ふむ。まさかあれほど遅効性のものが用意されていたとは。毒見役も意味をなしませんわね。そう、あの毒殺にはしてやられましたわ」


「どんまい、ユリシアちゃん」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ユリシアさん、強い敵には敬意をもって対応しそうで好き。 [一言] えー…愛読しているお話において、ただいま「虫」というものが大変キーワードになっておりまして… まあ一瞬ビビりましたよ(*ノ…
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