7,一人軍隊。
ユリシアと〈王の右手〉の交渉は、ぼそぼそと続いていた。
ドラゴは、二人の王国親衛隊を見ながら、挑発的に笑いかけている。
私は廊下をちらっと見て、そこにやはり二人の王国親衛隊が、ボコボコにされて倒れているのが見えた。
とりあえず生きてはいるようで、そこはホッとしたけどもねぇ。
私は瞑目した。人生とは、流れるがままである。河の流れをゆく木の葉のごとし、である。うむ。
ハッとして目を開けると、ユリシアがこちらを見ていた。
「お姉さま、話はつきましたわ。お姉さまはこれからも、この貧相な、失礼、脆弱な、失礼、雑魚な士官学校に在籍し続けることができます。それが、お姉さまの望みですものね? お姉さまでしたら、すぐにでもこの世界に宣戦布告できるのですが──」
どこからツッコめばいいのやら。とりあえず、『世界に宣戦布告』の点を、否定しておくことからはじめよう。
「そんなことは、しないよー」
「承知しております。わたくし、お姉さまの妹として、そして生涯参謀として、理解していますのよ。お姉さまの望みが、なんなのかを。ひとまず、この士官学校を最優秀で卒業するといたしましょう」
「オーケー」
〈王の右手〉ことコルドー侯爵が言った。
「ライラくん。これからは、君は一人でパーティを組んでもらうよ。おそらく君は、卒業後も、そのような形式になるのだろうが。一人軍隊といったところか。君には、どうやら死霊使いとして、唯一無二の死霊軍があるようだ」
「はぁ」
え、死霊軍なんているの? 初耳なんだけども?
「ところで、中庭にいる死竜を、元の場所に戻してくれるかな? 死竜を召喚せねばならぬほどの敵は、いまはまだいないのだから」
「ですが、私が呼んだわけではありませんので」
「いいえ、お姉さまが呼んだのですわ。お姉さまは死霊使いとして、〔四つの災厄〕を召喚することができますの。死竜は、〔四つの災厄〕の中では最弱ではありますが──それでも、都市を亡ぼすくらいならば、十分すぎる単体戦力です」
「だから呼んでないって」
「お姉さま、命の危険を感じましたわね?」
「うーん、王国親衛隊の人に首チョンパされそうかも、とは」
「お姉さまは命の危機を感じたことで、無意識に死竜を呼び出したのでしょう。ですので、お姉さまはただ、『帰れ』と命じるだけで良いのですわ」
「そうなの? ふーん、簡単だね。帰れ」
窓の外で、またも落雷が轟いた。この世のものとも思えぬ咆哮が遠くへと消えていく。今回、コルドー侯爵自身が窓の外を見やり、さすがにホッとした様子でうなずいた。
「死の竜は、消えたようだ」
ユリシアがうなずく。
「冥界に戻ったのですわ。お姉さまが望めば、いつでも呼び出せますのよ。残りの〔四つの災厄〕も、すぐに呼び出せるようになりますのよ」
「いや、とくに呼びたくないんだけども」
コルドー侯爵が咳払いし、
「ではライラくん。これからも当校の生徒として、学業に励み、優秀な士官に育ってくれたまえ。新たな特殊パーティ編成については、私から君の担任に言っておこう。では退室してよろし──」
ここで、廊下からアンバーが駆けこんできて、息を切らしながら言った。
「閣下、申し訳ございません。ロード辺境伯のアンバーです。どうか、この私もライラ=オブリビオンのパーティに加えさせていただきたく願います」
コルドー侯爵が面白そうに、私を見やった。
「ライラくん、どうかね?」
私はアンバーを見やった。
アンバーが、こくこくとうなずいている。どうも私についていけば、父親を認めさせることができると思っているらしい。
つまり辺境伯にとって『一番目の子』は、このアンバー。実は、アンバーも幼いころは、自分が次なるロード辺境伯と育てられた。ところが弟が生まれことにより、家督は男子たる弟が継ぐことになった。
あげく危うく政略結婚させられそうになったアンバーは、士官学校に入学することで難を逃れたのだとか。
しかし平均的な生徒のままでは、卒業と同時に、父親に呼び戻され、結局、どこぞの貴族のバカ(自分も貴族の出であることは、ここは棚に上げているようで)と結婚させられる。飛びぬけた成績を残す必要があり、そのためには私についていくのが正解、と思い込んでいるようで。
うーむ。正直、私が進む道は、なんか地獄の匂いがしているのだけども。まぁアンバーが、それを望むならば、アンバーの賭けにまで文句を言うつもりはないよ。
「閣下、アンバーをパーティに加えてください」
「うむ、そうしよう。では、君たちは今日からパートナーだ。二人して、課題任務などにもあたってくれたまえ」
アンバーがハグしてきた。
「頑張ろうね、ライラ!」
「そういえばアンバーって、私のことを殺そうとしていたよね?」
「過去は過去。あたしたちはまだ若い。未来は、光り輝いているわよ!!!」
まぁ、いっか。
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