64,細工はりゅうりゅう。
クラウス殿下とともに、ここまで来たルートを逆走。
まず王太子の執務室前の廊下で、ガリーナと合流。ガリーナは、クラウス殿下の護衛たちを、確かに殺傷していなかった。天井に吊るして、ぽたぽたと落ちる血液をグラスで受けて、美味しそうに飲んでいたけども。さらにいうと、批評していた。
「この血液は、薄みねぇ。鉄分が足りていないのではなぁい? 食事に赤みが足りていないのよ。わかるかなぁー?」
「ガリーナ、行くよ」
ガリーナ合流後は、こんどは階段を使って中庭まで降りる。そこではリスダンが、近衛兵団の精鋭たちを相手にして、稽古をつけていた。いや精鋭たちとしては、これはもう死に物狂いでリスダンの命をとりにいっているのだけどね。対するリスダンは、
「踏み込みが甘いぞ──うむ。いまの斬撃は、78点だ。だがいまのでは、たとえば敵が魔導結界を張っていたら、切り裂くことはできんぞ。気を刃に練るのだ──私が話しているときに、背後から斬りかかろうとした貴様──どんな手を使っても敵を仕留めようという覚悟は結構だが、ならば殺気を消せ。間抜けが」
という感じで、精鋭100人ほどを相手にして、すっかり実践訓練中。これだと、やろと思えば数秒で皆殺しできるのだろうなぁ。
そんなリスダンを、ユリシアとアンジェラがぼーと眺めていた。私が歩いていくと、ユリシアが顔をあげる。私の隣に、クラウス殿下がいるのを確認すると、うなずいた。
「お姉さま、良い仕事をされましたね。クラウス殿下と『お友達』になられましたか」
「うーん。ユリシアちゃんさ。どうも疑問なんだけども、私とクラウス殿下が、どういう話をして、協力関係を結ぶか──そんなところまで、読めるはずがないよね?」
「そうでしょうか? お姉さまのことは、わたくしが誰よりも理解しています。そしてクラウス殿下の思想、または思考というものも、調べればよく分かるものです。王室の人間ほど、さまざまな情報が入ってくる相手はいませんもの。忌々しいコルドー侯爵とは違って」
クラウス殿下が反応する。
「コルドー侯爵ということは、〈王の右手〉のことか」
私はクラウス殿下の耳元で説明した。
「ユリシアもかつては〈王の右手〉だったからね。なにかとコルドー侯爵にはライバル心を抱いているわけ。とくにコルドー侯爵は、表面的には私に協力的だからね。少なくとも、士官学校時代は。ただ私が卒業して士官になってからは、いまのところ接触してくることはないけども」
私の声は聞こえていたようで、ユリシアが言った。
「お姉さまという駒が、利用するにはリスクが高いと考えたからでしょう。いずれにせよ、コルドー侯爵がいま王宮にいなかったのは、都合が良かったですわね。むろん事前に確認したうえで、こうして出向いたわけですが。
あぁ、殿下。挨拶がまだでしたわね。わたくしはユリシア=ベルイマン。アンドロス王の治世のもとで、最年少にして最強の〈王の右手〉でした。いまはお姉さまの参謀をしております。今回は、お姉さまが気まぐれからケルゴの民を救いたいということで、道を指し示しました」
「気まぐれって、それは失礼だなー。まぁ気まぐれかもしれないけども」
クラウス殿下は苦笑した。
「捨て犬を見つけてしまったわけか、ライラ。世間では、そういうのを偽善ともいうそうだぞ」
「殿下。私は偽善とかそういう難しいことは分からないんです。ただ私は、夜ぐっすり眠ることだけを考えているわけです。そのためには、できるだけ寝覚めの悪いことはしないことです。まぁサラマンダーが、何百人か王国兵を燃やしちゃいましたが」
「なにサラマンダー?」
ユリシアが咳払いして、会話を本題に戻した。
「殿下。ロゴス王国が、かつてケルゴという国を平定したことはご存じですわね。その件はもう『歴史』なので良いのですが、現在進行形で、ケルゴの民は奴隷として人権を無視されています。そして自分たちの当然の権利を主張したところ、『国家反逆者』の烙印をおされ、駆逐されようとしました。それに対して、当然の権利──生存の権利を求め、いまはラン要塞というところに立てこもっております。そこを取り囲んでいるのが、ネイサン少将の軍でして。お姉さまは、すなわち、クラウス殿下の『臣下』にして、偉大なる冥王陛下は、ケルゴの民の解放を望んでおります。解放後は、お姉さまが自領で、責任をもって世話いたします」
あう、責任が増える。
クラウス殿下は首をひねった。
「ライラ。君は領土を持っていたのか?」
「えーと。領土は、これからゲットするようですよ。ユリシアちゃんの計画では。あぁそれと、こちらがケルゴの民の代表のクローイです」
これまで、『私はなぜここにいるのだろうか』という顔をしていたクローイがハッとした。それから、殿下の前に跪く。
「殿下」
「君が、ケルゴの民を代表としているのか。ならば、問おう。ケルゴの民を自由民にしたとして、王に忠誠を誓い、このライラ・オブリビオンの領土(未来完了形では)の民になるか?」
クローイは、私を見やってから、深く頭を下げた。
「はい殿下、われわれは喜んでそう致します」
クラウス殿下は溜息をついた。
「しかしライラ。困ったことに、私は王国軍に命じる権限はない。いや権限はあるはずなのだが、正直、命令がまともに通るか不安だ」
するとユリシアが、純粋無垢という笑みを浮かべた。うん、見た目は純粋無垢という話。
「でしたら、ご命令くださいませ。わたくしのお姉さまに。ネイサン少将の軍を蹴散らし、ラン要塞を解放せよと」
クラウス殿下が私を見やる。
「命じていいのか、ライラ?」
「まぁ命じちゃってください。ただ王国軍が、万単位でごっそり減るかもですけども」
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