55,あなたは異常です。
「しかし分からないな。ネイサン少将というのは、あなたを煙たがり、ここに送り込んできたわけだろう? それで交渉の材料になるのだろうか? 『材料』という言い方をしてしまってすまないが」
と、クローイ。
あのあと私は、クローイの私室に案内された。いまはクローイと二人だけだ。クローイの護衛などは反対したが、ここは私と二人きりで話し合いたいと、クローイが望んたのだ。
「まぁお気になさず。
それで交渉材料の話だけども、どうやら王国軍も二つの派閥に分かれているようで。私を支持する派閥と、ネイサン少将もいる『私が嫌い』な派閥。たぶんだけど、私を支持する派閥とならば、私を人質にすることで有利な交渉もできると思うんだよね」
「しかしオブリビオン中尉、なぜ我々に協力する気になったんだい? 自ら、人質になろうとするなんて」
うん、ここはちゃんと説明しないとだよね。
「私は、凄く凡庸なんだよね。自分でいうのもなんだけども。つまり、私は情に流れされやすい。あなたたちケルゴ民の境遇を聞いて、同情しちゃった。だけど同情するだけでね。別に、あなたたちのために私も立ち上がろう、的なところまでは熱くなれない。だからせめて、私が人質になることで、交渉が少しでも良いほうに動くのならいいな、と。まぁ無責任といえば、無責任だよねぇ。自分でも分かってはいるんだけども」
クローイは不可解なものでも見るように、私を見ている。
「なるほど。オブリビオン中尉。あなたにとって、これは嬉しいことか迷惑なことか知らないが、少なくともあなたの思考回路、またはそのメンタルは、凡庸とは程遠い。だが羨ましいとは思わないな。辛辣なことを言っていまえば、あなたは自分の人生さえも、どこか部外者のように傍観しているのではないかな?
だがそれが可能だからこそ、あなたはネクロマンサーとして生きてられるのだろう。死霊魔導、すなわち『冥王の力』を得たら、並みの人間──いや、たとえ傑物だとしても、まともではいられないだろう。死霊魔導を使い権力を得ようとするか、または死霊魔導の重みに押しつぶされるか。
いずれにせよ、それまでの人生とは異なる思考を歩み始めるのが普通だ。いや、そうならなければおかしい。だがあなたは、どうやら『冥王の力』を得る前の思考の延長を、歩んでいるようだ。これは異常なことだよ、オブリビオン中尉」
え、いま『あなたは異常です』と言われたの。やーだー。
「異常ではなく、それがお姉さまの凄みなのですわよ。だからこそお姉さまは、冥王に選ばれたのです」
という、いつもの声が聞こえてきた。振り返ると、部屋の入口にユリシアが立っている。ユリシアだけではなく、その後ろにはリスダン、ドラゴ、ビリーロスト(ピエロの状態)、アンジェラ、ヨーナス(人間の状態)もいる。
「やぁ、みんなで来たの?」
「はい。ダクも外にいますわ。ここの天井は低いので、ダクでは四つん這いにならないと入って来られないので、中庭に待たせてきました」
私の影からガリーナも現れたので、私は水筒の蓋を外して、水を流した。流れ出た水がローレライの姿になる。なぜか裸体で。
「わぁ、ローレライ。なんで裸なの? 痴女なの?」
「ち、ち、違います! 水になれるのは、私の身体だけで、服は水化できないんですっ! 水筒に水となって入るときに、着ていた服はおいてきたでしょ、ライラ様!! 私は断じて、痴女ではないですっっっ!!!」
ユリシアが、その服をちゃんと持ってきていた。さっそく服を着て、なんかプンスカ怒っているローレライ。
さすがのクローイも、この急展開には驚いているようだ。
「一体、なぜこうなる? 部屋の外には、見張りを立たせていたはずだが」
ユリシアが小首をかしげて、
「見張り? ああ、わたくしたちが歩いてきただけで、パニックになって逃げだした者たちですか。クローイさん、どうもあなたの軍は、全体的に練度が低いようですが?」
クローイは溜息をついた。
「当然だろう。これまでは奴隷として、重労働を課されてきた者たちがほとんどだ。兵の訓練など、ほとんどの者が受けていない。ただ槍をもたせて、ケルゴの民として誇りをもって戦え、と言っているだけだ」
「よくそんなことで、この要塞を落とせましたわね? まぁそれはあとで聞くとして──お姉さま、何か尋ねたいようですのね?」
「なんで、来たの? うーん、いや確かに、そろそろユリシアちゃんたちにも来てほしいなぁ、とは思っていたよ。だから、どうやって呼ぼうかと悩んではいたけども」
「だからですわ。わたくしは、お姉さまの参謀。お姉さまが何を考え、何を望むかなど、簡単に推論できてしまえるのですのよ」
と、ドヤ顔のユリシアちゃんだった。




