39,懲罰房、最短記録、更新。
王国軍では、はじめの階級が士官候補生。
他国なら士官学校で学んでいるときが士官候補生だと思うけども、うちでは『士官ではあるが、まだ見習いもいいところだ』という意味で、はじめの士官階級が『士官候補生』なのだとか。ちなみに最も死亡率が高いのが、この士官候補生でもあるらしい。
というわけで、士官候補生として向かう、私の任地は。
「〈深森〉防衛方面軍のダードン要塞だってさ」
私がそう言うと、王都内の基地に配属が決まっているアンバーが、
「〈深森〉といったら、〈暗黒地帯〉に匹敵する『ロゴス王国内のやばい地域』じゃない。〈滅び谷〉から遠いから、魔獣自体は少ないけども、別のやばい敵がいるという話よ。だけど、あんまり詳細は知らされていないのよね」
ちなみにアンバーは、王都の部屋のルームメイト。アンバーが自立したい(というより実家に帰りたくない)というので、こうして一緒に生活することになった。といっても、私はこれから最低半年は任地に行くので、この部屋もアンバーだけが暮らすことになるけども。
「〈探索迷宮〉の出入り口をひとつ、ここに設置していくからさ。アンバーも何かあったら、ここから入っていってよ」
「ありがと。だけど泥棒とかが入って、〈探索迷宮〉への入口を見つけたら困るわね」
「そうだねー。まぁ、そうならないことを願うよ」
まず不法侵入した者は、マーヴィンのトラップで命はないだろうから。命は大切に、だよ。
さて、任地に行くとしよう。荷物は、両親の遺産である古書だけ。身軽でいいや。
〈深森〉防衛方面軍の管轄の中には、複数の要衝があり、ダードン要塞もそのひとつ。ここで、のんびり士官生活ができるといいなぁ。ダードン要塞の指揮官は、クック少将という人。
まぁ私がはじめにダードン要塞に到着して会ったのは、配属されていた少尉だったけども。
「本日付でこちらに配属となりました、ライラ・オブリビオンと申します」
その少尉は、ユリシアをにらみつけてから、
「なぜ子供がいるんだ? 妹か何かか? 貴様は、ここが戦地であると理解しているのか、士官候補生!」
シュタン少将に、この要塞にユリシアのことを伝えておいてくれるよう、頼んだのに。まぁシュタン少将も、奥さんのことで、いろいろ大変だったからなぁ。
「申し訳ございません。連絡が届いていなかったようでして。この子は──」
ユリシアが優雅にお辞儀する。
「わたくしは、お姉さまの参謀であるユリシアと申します。
さてそこの少尉。お前ごとき、捨て駒その524のような者が、なぜわれらが冥王陛下に偉そうな口がきけるのか、わたくしは大いに疑問に思っているところです。そして、後ろに控えているドラゴに、あなたをボコボコにさせるべきか、悩んでいるところですのよ。しかしながら、5秒以内に謝罪するのならば、あなたのお姉さまへの侮辱を許してさしあげましょう」
少尉の顔が、怒りのあまり真っ赤になり、さらにどす黒くなっていく。うーむ。初対面の相手をここまで怒らせることができるのも、ユリシアちゃんの凄みだなぁ。少尉が、なんか私をにらんできて、口角泡を飛ばしながら怒鳴った。
「貴様! 許さんぞ、士官候補生!!」
「申し訳ございません、いやぁ本当に」
で、懲罰房に入れられることになった。これは懲罰房入りの最短時間を更新したようで、大いに歴史に名を残すことだろう。
ちなみにユリシアとドラゴは、王国軍の部外者ということで、別のところに連行されたらしい。とにかく暴れないようにと、釘をさしておいたから、まぁ大丈夫だと思うけども。
ところで懲罰房には、ある意味では先客がいた。やたらと肥えた猫が、それこそ豚なみのサイズの猫が、ドブネズミを喰らっている。ふーーむ。うちのチキータが見たら、怒りのあまり卒倒しそうな光景だ。しかもこの猫、話すぞ。
「ほうほうほうほーう。まさか、冥王がやってくるとはな。あんたほどの大人物が、こんな辺鄙な場所になんの用だい?」
「士官候補生として配属されたんだよ。で、おたくはどこの派閥? 闇の眷属? 邪神の眷属?」
「オレ様が忠誠を誓うのは、第三の勢力よ。勝ち馬にのるのが、猫族というものだからな」
「もしかして、すべての猫はおしゃべりができる?」
「人間どもに飼いならされた猫たちはダメだな。だがあんたの地元にだって、あたりを仕切っている野良猫というのがいたはずだ。そういう野良猫は、オレ様のような、誇り高き猫族である可能性は高いな」
「ふーん。ところで、この懲罰房に住んでるの?」
「ここには昼飯にきたんだよ」
そう言うと、見た目に反した身軽さで、その猫は天井付近の小窓まで飛び、鉄格子の隙間から外に出ていこうとした。
「まった。名前は?」
「トラだ。これからよろしくな、冥王さんよ」
「よろしくー」
簡素な寝台に仰向けになった。足をくんで、天井を眺める。するとあたりから、ひそひそ声がしてきた。視線を転ずると、ムカデやらなんやら、とにかくやたらと脚の多い蟲たちが、這いまわっている。そしてその蟲たちが、ひそひそと囁きあっている。
「冥王だ。闇の覇王が来たぞ」
「冥王、冥王が来た」
「邪神様の敵がきたぞ」
ふむ。こんどは邪神の眷属たちか。
うちの眷属は、どこにいるのかなぁ。




