16,探索迷宮(ダンジョン)。
どんなときも、思いがけないところから問題はやってくる。
私は、トンカチだったのだ。
「正しくは、カナヅチですわね、お姉さま。しかしながら、泳げないからといって、そこまで落ち込むこともありません。確かに来週、学校では水泳の試験がありますが、これに落ちたからといって、退学処分になるわけでもありませんし。ただ全校生徒の前で、無様に溺れる、という恥をさらすだけですが」
「ユリシアちゃんって、人を励ましたり慰めるのが、うまいよね」
目を輝かせるユリシア、
「わたくし、そこには自信がありますのよ!」
えー、皮肉が通じないよー。
ボガ子爵という、なんともヘンテコな名前の爵位を、わりとこっそり頂いてから3か月。別に秘密裡の密勅というわけでもなかったけども、大々的に公表されたわけでもない。そして私も、とくに宣伝はしていない。だからこの学校内では、生徒の中で私が平民から貴族にランクアップ(なのかなぁ? これだと平民が格下みたいだけど、国も領土も平民が支えているんだからね、ちょっと)したことは、アンバーくらいしか知らない。
私が食堂で悩んでいると、エイブラムが食後のコーヒーを持ってきてくれた。
「どうぞっす、ライラさん」
「え? あー、ありがとね、エイブラム」
エイブラム。ヨルド伯爵の嫡男であり、学校に入ってからの初期パーティで、アンバーとともに一緒だった。そう、私の暗殺計画を練っていた一人だね。はじめて骸骨魔導士を召喚したとき、魔獣によって木の下敷きになっていた。どうもそこを助けたことを恩義に感じているようで、それ以来、ちょくちょくやって来る。ただし私のそばにアンバーがいると、すごすごと退散するが。
というのもアンバーは、どうも所有欲が強いというか、ほかの生徒が私と接触することを許さない。おかげで友達が増えないが──別にアンバーという障壁がなくても、友達は増えそうにないので、どうでもいいけども。
その中で唯一の例外といえるのが、このエイブラムなわけだ。別に友達を増やしたいわけじゃないけども、来るものは拒まず。
「ところでエイブラム。君のところのパーティ、こんどは〈探索迷宮〉への捜索任務に出るんだってね」
このアガベ大陸には、〈探索迷宮〉と呼称される『建造物』ある。
それは入るたびに、その内部構造が変わる、不可解な巨大建造物なのだ。しかも建造物でありながら、唯一の出入り口は、洞窟のような代物。洞窟に偽装している(?)ともいえる。
なんたってロゴス王国が建国したときよりも、ずっと昔からあるわけだよ。おそらく、いまの人類が、このアガベ大陸にやってきたときには、すでにあった。
ユリシアなんかは、『〈探索迷宮〉は、われわれよりも魔導技術の発達した古代人類が作り出したものでしょう』と推論しているけども。
その構造はいまだ解明されておらず、ただ〈探索迷宮〉内部にトラップのようなものはなく、ただ迷って出てこられなくなると、やばいという話。
そして今回の捜索任務は、まさしくこれ。
入ったきり出てこない、ある魔導大学の研究者チームを探し出して、救出してくるというもの。
エイブラムの属するパーティだけではなく、王国軍から派遣された、大隊も組み込まれるそうだ。士官学校の生徒も、いまごろになると優秀どころは、このような実際の任務を与えられることもあると。
まぁ私としては、〈探索迷宮〉などに行きたくもないし、なによりいま私が考えねばならないのは、泳ぎのことだ。しかし泳げないことが、そこまで致命的なのかなぁ。
食堂を出ると、頭からずぶ濡れの女性と鉢合わせた。
「雨、降ってるの?」
「いえ、あのー、いま、そこの河からきまして」
「河? ああ、士官学校の敷地内を横切っている河のこと」
「あのー、呼ばれました、よね?」
「呼んだの?」
ずぶ濡れの人は、黒髪がやたらと長く、その肢体にまといついているようだった。
「あのー、人魚族のローレライです、えーと、ちかぢか遊泳する予定がありますよね、冥王陛下? 私も、あのー、闇の眷属として、冥王陛下が水中を自在に移動できるよう、このように参上したんですけど。えーと、もしかして、お呼びではありまんでした??」
「え? もしかして、水泳試験のことばかり考えていたから? ごめんね。いまのところ、人魚さんの出る幕はないんだよ。だけど人魚族のローレライね。覚えておくから、これからよろしく」
「はぁ…………えーと、じゃ、また、その御用がありましたら、呼んでください、あの、では、さようならです」
こうして人魚族のローレライは、ちゃんと二本の足で歩いて帰っていった。人魚族というのは、ちゃんと地上歩行もできるのだね。しかし、用もないのに呼んでしまって、悪いことをしたなぁ。
その翌週。
私が覚悟で臨んだ水泳試験は、あっけなく中止になった。
〈探索迷宮〉の捜索に向かった、エイブラム含めた、すべてのパーティメンバー、そして王国軍の大隊。
これらすべてが、全滅したというのだ。
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