12,邪神の気配。
白銀の騎士団は、どうやらこの地を治める、ボガ子爵のものだった。
ちなみにロゴス王国では猫の子供のように、子爵が多い。ただ領地もちの子爵は珍しく、そういう者は諸侯とも呼ばれている。領地があるということは、私設の軍もあるわけだ。
その中でも、職業軍人による騎士団は、各諸侯にとっても重要。それぞれの騎士団には固有名称があるだけではなく、各騎士団からその諸侯によって推薦された者が、王国軍の士官として仕えることも多い。士官学校とは別口の出世コースのひとつである。どうでもいいけど。
ボガ子爵の騎士団から、騎士団長がやってきた。兜に羽がついているので、長とわかった。こういう人は、王国軍にうつれば即戦力として、大尉あたりから始めるのだろうね。
ちなみに士官学校を普通に卒業して得られる地位は、ようやくの士官候補生( 士官内ではあるけど、まだ候補生と称される新入り)。だけど私は思うね、永久に士官候補生でありたいと。
「貴様はどこの所属だ?」
ふむ。こういうときは、不必要な部分(まだ士官学校の学生ということ)を省いて、ここだけは強調しておきたい部分だけ口にしておこう。
「〈王の右手〉による指示で」
〈王の右手〉という単語の破壊力たるや。
高圧的だった騎士団長が、一瞬で下手に出てきた。その後、私はこの騎士団長の案内のもと、ボガ子爵本人と会う。ボガ子爵も、私が〈王の右手〉の指示で来たと聞き、さっそく歓迎の宴を用意するだのなんだの。
まわりに誰もいないところで、私はユリシアに尋ねた。
「よく信じるものだね。確かに私は、〈王の右手〉こと校長の指示で来たわけだけども。別にそれを証明する手立てはないんだから、もっと怪しめばいいのに。とくに私は、まだ学生という感じだよね。実際に学生だし」
「〈王の右手〉が動くことは、ボガ子爵側も読んでいたのでしょう。それにお姉さま、魔導が発達したこのご時世、見た目などは関係ありませんことよ。わたくしが、その良い例です。しかもわたくしの場合は、魔導は使えず、ただの頭脳の切れだけで、生前は〈王の右手〉までのし上がったのですのよ」
「ふむふむ」
「そんなことより、お姉さま。王太子殿下の乳母だった女性ですが、その身柄は保護したのか、まだ尋ねていませんわね?」
「盗賊団の本拠地を潰したんだから、身柄は保護したものとばっかり思った」
「そう単純な話ではないと思いますのよ」
「ほう」
というわけで、宴が開かれる前に、私はボガ子爵を探して尋ねた。
「サッシャリナさんの身柄は保護されたのですか?」
ボガ子爵は顎をかいた。
「王太子殿下の乳母をされていた方ですな。むろん、われわれもその方を救出するため、騎士団を派遣したのですが──残念ながら、わが騎士団が見つけたときは、すでに亡き者にされておりました。無念ですな」
そばにいたユリシアが、人のよさそうな笑みを浮かべて言う。
「それは悲劇的ですわね、ボガ子爵。この地を治めるあなたには、殿下の乳母であった方を保護する責務もあったことでしょうに。ましてや、この地を根城にしていた盗賊団の仕業とは。なぜその盗賊団を早く駆逐しておかなかったのだ、と殿下のご不興を買わねば良いのですが」
おお、ユリシアちゃんのジャブ。
対してボガ子爵は、朗らかに笑った。
「わしの心配をしてくれるとは、オブリビオン殿、あなたの従者は気がききますな」
その後は、宴の席をつつがなくこなす。こういう外出先では、たとえご馳走でも味わえない。まわりが知らない人ばかりなので。
その夜は、このままボガ子爵の邸宅で一泊。
明日の朝に、学校に帰る予定だ。
で、夜中。私は、自分の枕ではないと寝れない性格だ。士官学校の枕にも、慣れるのに半月もかかった。自慢じゃないけど。というわけで寝返りをうっていると、ユリシアが部屋に入ってくる。リスダンとドラゴも一緒だ。
「お姉さまも感じていることとは思いますが」
「あ、やっぱり? この邸宅、ちょっと蒸し暑いよね。風通しが悪い」
「邪神の気配のことですわよ、お姉さま」
「……………………いえ、ぜんぜん。邪神の気配があるの? じゃあ調査しないと、嫌だけど」
こっそり廊下に出て進んでいると、外のほうが騒がしい。どうも市街地のほうで、なにやら襲撃が起きているようだ。夜の空気を走ってきた悲鳴の中に、『サイクロプス』という単語があった。
「えっ、サイクロプス!? それも私の死霊魔導が呼び出したのかなぁ??」
「いえお姉さま。巨人族は、邪神の眷属です。われわれ闇の眷属とは、犬猿の仲ですのよ」
うげ。闇とか邪神とかで派閥争いしていた。仲よくすればいいものを。しかしサイクロプスが市民を襲っているのならば、無視はできない。
「お待ちください、お姉さま。どうも、あれは陽動のような気がしますわ。わたくしたちは、このまま邸内を探索いたしましょう。サイクロプスの相手は、ここの騎士団に任せればよいのです」
「いやいや、そうはいかないよ。私にだって、士官学校の生徒としての自覚はある。市民を助けるのが、仕事だよ! とうっ!」
窓から外へ飛び出す。
3階だったので、足をくじいた。
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