11,『世界の安寧と平和と、ゴロゴロできる素晴らしい環境』。
「乳母さんの名前は、サッシャリナ。変わった名前だね。異国風?」
コルドー侯爵こと〈王の右手〉、というか校長によると、当然ながらサッシャリナの乳母期間は終わり、いまは故郷の地に戻っていたということだ。
王宮内の極秘情報などを知るような立場でもなく、唯一の王政府からした価値としては、王太子殿下から慕われていた、ということくらい。一応はその点を考慮に入れて、ゆるやかな保護下(監視下?)にあったわけだが、それを突破する形で、拉致されたという。
犯人側は、ある地方を縄張りにする盗賊団だそうだが、校長いわく、その盗賊団を裏で操っているのは、もっと別の誰かだろうと。
アンバーが、ここでなぜか張り切る。
「黒幕ね!」
なんというか、黒幕大好物という反応だね。
ユリシアは、このクエストには裏がありすきで目が回りそうだ、とのこと。
「まず、乳母の拉致の件ですが、なぜ〈王の右手〉が処理することになったのでしょうね。王の次に権力を持つ者が、必ずしも乗り出す案件とも思えませんが。そして〈王の右手〉ともなれば、私設部隊がありながら、士官学校の生徒に託す。確かにお姉さまは、特別の中の特別であり、そもそも一国の王になるがふさわしい方ではありますが──しかしながら、このロゴス王国内での立ち位置は、いまのところまだ下の下。この事実を鑑みますに──」
ちなみにこの場には、清掃スタッフに潜入中(しかし清掃しているところを見たことがない。というか、ゴミ捨てを生徒に命じているのなら見たことがある、というかよく見る)のドラゴもいた。ドラゴは指の関節をぽきぽきと鳴らしながら、
「ようは全員、ぶちのめせばいいってことだろ?」
私はボケーとしながらも、私なりに考えた。遠出するならば、天気がいいにこしたことはないよね!!!
大雨でした。
しかし雨天決行。リスダンも加わり、私たちは目当ての盗賊団の本拠地があるという、カナ地方へ向かう。
ついてきたがったアンバーは、留守番。
ところで私は、大きな馬には乗れないので、小さい馬に乗っている。なんでもポニーという種類だそうだ。子供用らしいが、だからなんだというんでしょう。
ほかのメンバーは、リスダン、ドラゴ、ユリシア。彼らは普通の馬に乗っていて、ユリシアまで大きな馬を乗りこなしているのは、ちょっとあれではあるけれど。
ここでユリシアが、なんか怖いことをさらりと言った。
「お姉さまの手持ちの軍勢ですが、ひとまず骸骨軍のみのようですわね。お姉さまが死霊魔導をこなせてきたならば、さらに軍は増えるでしょうが。いまは骸骨軍だけで我慢してくださいませ」
「え、骸骨って、軍なの?」
「骸骨戦士の歩兵が5万。さらに死馬つきの騎兵が5千。これらを指揮する骸骨魔導士には、お姉さまはお会いになっていますわね」
「魔獣を倒してくれた骸骨のメイジさんね。しかしトータル5万5千も兵力があるなんて、聞いてないよ。それがなに、私が願うと出てきちゃうの? 恐ろしい話だよねぇ」
「はい。すでに王都を陥落できる手勢ですわ。なるほど、王都の『外』から侵攻しては、さすがにこの兵力では心もとないでしょう。しかしながら、お姉さまは何喰わぬ顔で王都内に入り、ここぞという場所とタイミングで、骸骨軍勢を一斉召喚できてしまえるのですから」
「あのさ、ユリシアちゃん。私、王都を落とすつもりとか、ないよ。私の望みは、静かな士官生活。一族の借金を返すめどもついたことだし。あとは、のんびりと生きていくのさ。とくにいま、世界は平和なのだからね。どこの大陸でも、もちろんこのアガベ大陸でも、戦争はないときた。良いことだ」
ユリシアはうなずいて、
「お姉さまが無欲かつ平和志向なのは、存じていますのよ。ですから、わたくしはただお姉さまが、この国と大陸と世界の安寧と平和と、ゴロゴロできる素晴らしい環境を守れるよう、お力を貸せればと思っていますの」
なんか、私が『世界の安寧と平和と、ゴロゴロできる素晴らしい環境』を守らなきゃいけなくなる、みたいな言い方だよね。
「とにかく、お姉さま。骸骨軍のことは、コルドー侯爵には話しませんように。それとアンバーにも黙っていたほうが良いでしょう。あの娘は、口が軽い。というより宣伝屋のようにぺらぺら喋りますので」
カナ地方に到着し、そこから盗賊団の本拠地を目指す。ここに乳母のサッシャリナが囚われていて、私たちが──というかリスダンたちが助けだす。それでおしまい、となるはずだったのに。
黒煙があがっている。偵察に行ったリスダンが戻ってきた。
「すでに盗賊団の本拠地は落とされています、わが主。ユリシアよ、白銀の鎧を着た騎士たちによってだ。つまり、私たちは先をこされたようだ」
ドラゴが悔しそうに唸った。
一方、ユリシアも不愉快そうに言う。
「とにかく、わたくしたちも顔を出したほうが良いでしょう。さ、お姉さま、参りますわよ」
「うーん。お尻が痛い」
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