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10,特殊任務。

 


 模擬戦、終了。


 敵対した新入生徒たちは全員、少なからず負傷していた。一番ひどいのが、ゴガ伯爵家の嫡男であり、両足が複雑骨折。ほかの新入生も、戦闘不能とされるために、ドラゴとリスダンに手ひどくやられていた。


 うーむ。今年の新入生はすべて、貴族家の子たちだったような気がするのだけど。あんまりやらかすと、あとあと『わが子が怪我をさせられた』と、両親などが黙ってなさそうだが。

 まぁ士官学校には、優秀な〔ヒーラー〕と医者が務めているので、そこまで大変なことにもならない、かな?


 担架で運ばれていくゴガ伯爵の息子を、政敵たるアンバーが指さして、大笑いしていた。うーん、アンバーの性格の悪さは、プライスレス。


 ふと気づくと、〈王の右手〉ことコルドー侯爵がそばに立っていた。


「ライラくん。なんら心配はないよ。仮に彼らの両親などが苦情を申し立ててきても、私が処理する。ここは士官学校だ。優秀なる士官、戦場で冷静かつ勇敢に指揮を執れる者たちを育てる場だ。貴族の子供たちの社交場ではない。あの程度の負傷をするリスクはあって当然なのだからね」


〈王の右手〉が去ると、ユリシアが考え深げに言った。


「あの男、お姉さまの価値が理解できているようですわね。だからこそ、お気をつけてくださいませ」


「私の価値???」


「お姉さまを手駒にすれば、それは国家をひっくり返すことも朝飯前、ということですわよ」


「朝飯前…………」


 お腹が鳴った。

 ふむ。動いたから、空腹になったようだ。


★★★


 それからは、とくにトラブルなく月日が過ぎていった。


 新入生たちの件は、約束どおりコルドー侯爵が処理してくれた。ユリシアはああは言っていたけども、私としては校長が贔屓にしてくれているのはありがたい。これで卒業は、約束されたも同然。一家の借金も完済できる、というものだ。


 そもそも私は、座学は入学当初から成績が良いほう。当然でしょう。少なくとも勉強というのは、ずば抜けた成績を求めない限りは、努力でどうにでもなる。死霊魔導なのに白魔導の使い手と誤解され、回復魔導を期待されるのとは違って。


 そして課題任務も、二つの理由でサクサクだった。

 リスダンなどの死霊戦士(と、私は命名することにした。トータルにおいて、これが良い)の活躍で、魔獣討伐なども楽ちん。そもそも、あのとき遭遇したような、規格外の魔獣とも出会わないし。しかし──ユリシアなどは、『なぜ〈滅び谷〉からこんなに離れた場所で、骸骨魔導士スケルトンメイジが本気を出さねば勝てぬほどの魔獣が現れたのか?』問題を、いまでも考えているようだ。

 私としては、余計なことは考えない思想。つつがなく士官学校の日々が過ぎればよい。ところが、なぜかそうもいっていられなくなった。


 それは夏の日。

 士官学校の制服夏服よりも、水着に着替えたいものだと考えていた、昼過ぎ。


 久しぶりに校長室に呼ばれると、模擬戦以来、この学校に寄り付きもしなかったコルドー侯爵がいた。この人に呼ばれて、何事もなく終わるとも思えないなぁ。


「ライラくん。〈王の左手〉のことは知っているかな?」


「王太子殿下です」


「そうだ。実は──〈王の左手〉にとって、重要な人物が誘拐されてね。だがその人物を助け出すため、王政府が動くことはない。人質をとるような犯罪者たちとは交渉しないのが、王政府の建前だからね。それに、実のところ王政府からしてみたら、その人物を助けるため、なんらかの行動を起こす必要性がないのだ」


 王太子にとっては、大事な人なのに? すると愛人とかかな? 王太子は、そろそろ22歳だったような──。

 私は表情に出やすいようで、コルドー侯爵は言ったものだ。


「いや、そういうものではないよ。彼の乳母だったひとだ」


「なるほど」


 乳母ならば、王太子にとってはある意味では母親以上かもしれない。しかし王国にとっては、切り捨ててなんら痛くも痒くもないのかも。やだね。


「そこで、だ。ライラくん。君が、助けてきてはもらえないかな?」


「え? つまり、王太子殿下の乳母のかたを? 私が?」


「君ならば、王政府とは関係なく動けるし、下手に軍を動かすよりも勝算が高い。これを課題任務の特殊任務ととらえてくれて構わないよ」


 つまり、拒否はできないということかな。士官学校の生徒は、課題任務は拒否できないものね。まぁ、その乳母のひとは気の毒ではあるので、助けられるならこしたことはないけども。なんか釈然とはしない。


 退出後、アンバーとユリシアに、この特殊任務について話した。すると二人は異なる反応を示したわけで。

 まず、根が単純(親愛をこめて言うんだよ)なアンバーは、大いに喜んだ。


「王宮に名前を売るチャンスだわ! いい加減、戦争もしていないのに国境付近にいるのはウンザリだったのよ。辺境から戻ってくるためにも、いまのうちにあたしの顔も覚えてもらわないと」


 一方、ユリシアは考え深げだった。


「コルドー侯爵にとって、この士官学校とは権力がための利用手段でしょう。ここを巣立っていく生徒たちの中には、王国軍の出世コースにのり、いつかは指揮系統の上層へとのぼり詰める者も出てくるのですから。そのとき、恩師たるコルドー侯爵を支持したとして、おかしくはありませんわね」


 私は、とりあえずコメントしておく。


「ふむ。その言い方だと、すでに反政府活動しているみたいじゃないか。あとそのわりには、コルドー侯爵は学校に来ないよね。校長なのに」


「ですが、お姉さまとはよく接触しますわよ」


「え、私?」


「考えてみてください。士官学校を卒業した、一体何人の生徒たちが、やがて王国軍の中枢まで上り詰めることができると思いますの? どうやら士官になるコースには、『別口』もあるようですし」


 アンバーが、きょとんとした顔で言った。


「あら。あたしは、コルドー侯爵に声をかけていただいたことがないわよ」


 ユリシアが私を見て、『ね?』という顔をする。

 うーむ。

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