1,はじまった。
寮の自室の扉に、赤い文字で落書きされていた。
『エセ聖女、とっとと出ていけ!』とある。
「うーむ。これ、血じゃあないよねぇ?」
豚の血とかだったら、それは困る。こびりつきかたが半端ないので、困るのだ。
しかしエセ聖女あつかいされて、随分と経つけれども、いい加減に慣れてしまったのもどうかと思う。
ここはロゴス王国の士官学校であり、私もそこで学ぶものなわけだ。しかし士官学校の一般生徒が貴族出なのに対し、うちの両親は、平民。ついでにいうと図書館司書であり、同じ本を書棚から取ろうとしたときに指がふれあって恋に落ちた、という平和な話をよくしていた。
平和だなぁ。
私が、この分不相応のロゴス士官学校に入学する羽目になったのは、生まれながらに腹部にある魔導紋が、なんでも白魔導紋、らしいということで。
『らしい』というのは、『白魔導の魔導紋に比べてちょっと違うよね、でもほかにこの類の魔導紋は見当たらないし、おそらく白魔導なんだろうね』ということ。
この流れ、専門の魔導学者が判定したのだから、いい加減である。ちなみに白魔導に目覚めた者は、レベルの差はあれど、少なからず回復魔導を使える。兵科は〔ヒーラー〕。女の場合は、ありがたみをこめて〔聖女〕と呼称されることも。
実に稀少な魔導紋なのだ。
おかげで平民の身でありながら、士官学校に入学できた。いやいや、私は入学したくなかったんだけどね。私としては、両親につづいて図書館司書になるつもりだった。読書とか嫌いじゃないし。なんといっても、静かそうな仕事だし。
士官なんて、そんなものなったら、給料はいいかもしれないけども、他国と戦争になったらどうしてくれる。争いほど、疲れるものはないんだから。人はみな、朝寝坊して、昼寝して、夜もはやく寝るといいんだよ。そうしたら、戦争も起こりません。
とはいえ両親は、私が王国軍の士官になることができるというので大喜び。ついには親戚まで集まって、私の入学前夜は、テンション高めな祝宴をあげてもらった。私はテンション低めだったけども。だいたい士官学校って全寮制だし。なぜ人が苦手なのに、他人ばかりと3年間も生活しなきゃならないのか。拷問か!
だがしかし士官学校は、所属しているあいだは、給料がでる。これは貴族出の同級生たちにはどうでもいいことだろうけども、とくに生活が楽でもない我が家としては、大助かりだ。
というのも、うちは堅実な家庭だけども、父さんの父(つまり私の父方の祖父)が残した、負の遺産──と、カッコよくいってみたが、つまりは借金がある。ロゴスの法では、借金相続を放棄することはできなく、これが我が家の家計を苦しめてきた。
だが私の士官学校の生徒としての給料──これがかなりの額であるため、私の計算では3年間で借金完済できる。そのためにもこの士官学校に、あと2年8か月(入学してまだ4か月)在籍し続けなければならない。
しかも厄介なことにこの学校、卒業できず退学した場合、これまで与えられた給料を全額返済しなくてはならないとか。つまり、是が非でも、石にかじりついてでも、卒業まで成し遂げなければならない(無事に卒業したら、そのあとは士官にならなきゃならないけど、そのときに考えよう)。
問題は、どうも私の魔導紋は、白魔導紋のそれとは違ったようだ、ということ。
なぜ分かったかといえば、はじめの課題任務のときだ。
ロゴス士官学校では、クラス内でさらに6人編成のパーティを組まされ、このパーティによって課題任務などを行う。
そして魔獣討伐という、危なっかしい課題任務中、パーティ仲間が負傷。右腕を引きちぎられて、なんかすごいことになった。
当然、私は〔ヒーラー〕として、その負傷者の治癒を任されたのだけども。なんら回復魔導は出ず。まぁそれまでにも、回復魔導を使えたためしがないのだから、期待されても困るというものだけど。
ただ教員のあいだでは、『回復魔導のような稀少な魔導は、ここぞというとき、すなわち生きるか死ぬかの実践でこそ発動されるものだ』というのが常識となっていた。おかげで私は、切断面から噴き出す血液を両手でおさえつつ、「誰かー、血がー、血がー」と繰り返していただけで。
結局その生徒は一命をとりとめたが、私の評価はだだ下がり。それまでパーティ仲間は、パーティに〔ヒーラー〕が入ったことを喜んでいたのに、手のひら変えようときたら。
まぁ、その気持ちは分かるけども。
この私、回復魔導を使えないとなると、前線での戦闘も、仲間の防御も、後方支援の魔導も、なにもできないからね。つまり、パーティのお荷物。
そしてパーティでの課題任務などの成績が、士官学校での評価に直結する。
だからパーティ仲間としては、なんとしても私を追い出したいわけだ。私が退学すれば、新しいパーティ仲間を加えることができる(パーティは6人が規定なので)。
しかし私が、ここに在籍している間は、無理なわけだ。
うーむ。だが私としては、ここで退学するわけにはいかないのだ。だから当面の問題は──
「これ、豚の血じゃないよね?」
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