#04
最終話です
「以上が、報告となります」
俺は、辺境伯家を離れ、今、王城の一室で上司に収集した情報のまとめを報告していた。
辺境伯家には、家族が病気でと一時帰宅を願い出て、離れている。
「ふむ。詳細まで調べてある。資料のまとめ方も文句無しだ。最初の仕事としては、よくやったと言っておこう」
普段口数の少ない上司が、褒めてくれる。珍しいな。
「だが、夫人の篭絡は余計だったな。直接的な行動に出る前にもっと全体像を俯瞰して観察出来ていれば、真っ先にフェルナンドにアプローチしても悪く無いだろう」
上司はそう言うと、書棚からファイルを出して、俺に渡して来た。
「これを見て見ろ。半月前の報告書だ」
何気なくそのファイルを開くと、俺の調べ上げた情報が、もっと端的に、理路整然と、簡潔に記載されている。
「な、何ですか?これは?」
「半月前にルーシーから提出された報告書だ。今回はお前初めてだからな。保険だ。ホケン。
まあでも、寄り道はあったにせよ、ベテランのルーシーから半月遅れは、ルーキーとしては立派な成績だよ。流石は長官の息子だな」
もう十七歳なんだが、相変わらず子供扱いで悔しい。
「何だ?悔しいか?私からすれば順調に見えるがな。焦らず着実に成長して行け。数年すれば、分かるようになるさ」
そう、宥められると、報告の終わりを告げられ、部屋を退出する。
表向きの内務省の書類仕事もあるからな。
◇
結果として、辺境伯家からフェルナンドが消えた。
情報部に確保され、王城の外れの塔の地下にある牢に繋がれている。
罪状は国家反逆罪。
彼は、隣国と水面下で繋がっており、我が国の防衛機密や国境の警備状況を漏らしており、密入国や密輸などの違法行為に手を貸して、見返りとして多額の金銭を得ていた。
やり取りの暗号書簡と金銭取引の割符を押さえ、解読に回した結果、それが判明した。
そして、前辺境伯の死因である事故も、彼の謀略である可能性が高い事が分かった。暗躍の露見を恐れて事の様で、既に実行犯容疑者を拘束し、自供をさせているところだ。
自らが当主になろうとしなかった点も、表にはパウル君を立てておいて、自分は裏で暗躍する事で、より安全を確保しようと画策したためらしい。
イザベラ夫人とパウル君は、この事件の線上には上がって来ず無関係で、フェルナンドに脅迫されていたに過ぎず、辺境伯家の相続については特に問題が無いと思われていた。
が、ルーシーの追加調査により、新事実が判明する。
どうやらパウル君の本当の父親はフェルナンドらしい。夫人は分かっていたが、不義の子とバレたら大変だ。ひた隠しにひた隠し、フェルナンドでさえ知らなかった様だ。
そのため、パウル君の相続もすんなりとは行かないだろう。
まあ、俺の仕事は情報収集。
それも今回は、教官付き、答え合わせ付きの実技訓練みたいなものだった訳だし、顛末はあまり関係ない。
その証拠に、一時帰宅と言って辺境伯家を離れたのに、そのまま、俺は辺境伯家には戻らずに済んだ。
後の始末はまだ任せて貰えるほどではないという事だ。
本当に手取足取り、子供扱いだな。
こんなのルルカに世話になって以来だ。
身の程は分かってはいるが、無力感に襲われない事は無いな。
成長しよう。
◇
俺は王都で通常生活に戻り、留守中の残務を片付けて、少しは余裕が出て来た。
今日は、婚約者のソフィアと数か月ぶりに久々のデートだ。
「もー、タクト君、出張長すぎでしょ?」
「ごめん、ごめん。地方出張で詰め切りだったから。会えなくって寂しかったよ」
やっとの事で休日をもぎ取り、ソフィアとの逢瀬に充てる事が出来て嬉しい。
王都を歩きながら、ショッピングを楽しんでいる。この後はお気に入りの隠れ家的なビストロで食事をして、夜はお泊りの予定だ。
手をつないで隣を歩く彼女を観察する。
やっぱりソフィアは可愛いな。
メガネっ娘万歳!
父上に確認してみたが、結婚して、子供が出来て落ち着くまでは、俺の仕事は明かしてはならないとの事。
まあ、国家機密の中枢だもんな。
前世で読んだスパイ漫画なんて、ずっと家族に黙っているなんてザラだった。それに比べればまだマシだ。
なので、今回の仕事は、地方領の税務査察という体になっている。
ボロが出ない範囲で具体的に大変だったとフォローを入れながら歩いていると、ふと、ソフィアは俺を見上げながら抜き打ちで問い詰めて来た。
「それはそうと、タクト君。浮気、しなかったでしょうね?
何か雰囲気が大人びている気がするわ。年配の女性とかと接点があったとか?」
女子、怖え。
なに、この勘の鋭さ・・・
思わず怯みそうになるが、ここで顔色を変えたら終わりだ。
「何言ってるの。ほんの少しだけど、ソフィアだって年上だろ。
仕事、仕事でそれどころじゃなかったよ。それに俺はソフィアだけいればいいから」
そう言いながら、ソフィアの額にキスを落とす。
「えへへ。ありがとう」
軽く頬を赤らめながら、俺の腕にギューっと抱き着いてくるソフィア。
うん。最高に可愛いな。
ショッピングを終え、食事を楽しんだ後は、王都内でも有数の高級ホテルのVIPルームでお泊りだ。
家じゃメイドたちが覗いているから恥ずかしい。
ここしばらくは、残務整理に集中していたので、メイドたちに軽く口で処理してもらう以外は、久々の情事だ。
慈しむようにソフィアを包み込み、キスから初めて徐々に雰囲気を高めて行く。
彼女も俺に長年仕込まれて来た成果で、キスの段階から軽く達し、刺激が強くなるに従って、断続的に達して、徐々に感度を高めて行く。
もう足はかかとまで体液が滴って、本当に俺好みだ。
俺のリクエストもあり、腰高にまで伸ばしたサラサラの髪とメガネ以外は身に纏わず、お互いを刺激し、愛を深め合った。
深く、深く、高く、高く
今日も脳が焼ける
やっぱり、気持ちは大事だな。
満たされる。
当時の事を思い出すが、ルルカは良く俺がソフィアの事をずっと好きだったと気が付いたな。
俺自身、言われるまで蓋をしていて気が付かなかった密かな想いを。
ソフィアを抱きしめながら、改めて、その気持ちに気づかせてくれたルルカに感謝して、再び、二人だけの愛と欲の時間に沈んだ。
◇
数週間後、俺は王城の回廊で、ルーシーとすれ違った。
辺境伯家以来だ。
ルーシーは無言で軽く会釈をして通り過ぎようとしていたが、俺は少しだけ話をしたかったので、呼び止める。
「呼び止めてすみません。少しだけ。
その節は、いろいろとお世話になりました。
まだまだ経験も勉強も不足ですが、少しでも早く一人前になれるように精進します。機会があればまた色々と教えて下さい。ありがとうございました」
俺はそう言うと、ルーシーは、軽く微笑みながら返してくれる。
「そのような事はありません。タクト様は初回の任務を無事に達成されました。結果を出されたのですから自信をお持ち下さい。
任務の過程で改善すべき点があったとしたら、それは次に活かせばいいのです。機会がございましたらまた」
さすが、余裕のある励ましの言葉だ。上司がやり手のエージェントだと表する事だけはあるな。
「わたくしからはあと一言だけ。タクト様、どの様な場面においても、“一番最初が肝心です”」
そう言うと、彼女はもう一度微笑んで去っていった。
ああ、やっぱり、夫人とフェルナンドの順序の話か。
“一番最初が肝心です” か。これ、誰かにも同じ口調で言われたな。
あれ?
ちょっと待てよ?
ルルカ?
ルーシー?
え?どういう事?そういう事?
(完)
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