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第二話 責任

 どうしてこうなった。

 今私はアホみたいに広い風呂の浴槽で贅沢に足を延ばし、心身ともにぬくぬくしている。

 

「あー……染みるー」


 まるでオッサンだ。浴槽の淵に腕をかけつつ、足を極限まで伸ばしても向こう側の壁に付く事が無いと言う贅沢すぎる想いをしながら、私は先輩の家の一番風呂を堪能していた。


 ちなみに家には高校で意気投合した滅茶苦茶いい子の家にお泊りする! と説明した。ご両親もまさか男の家とは思わなかったようで快諾。これがバレたら怒られるかな……。


「着替え、ここに置いとくからな」


 すると脱衣場から先輩の声が聞こえてきた。

 おおう、なんかすりガラス越しに先輩の影が……。なんかエロいな!


「ありがとうございます……っていうか先輩、お風呂広いっスね」


「まあな……あと、悪いと思ったんだが……勝手に洗濯機に放り込んだから」


「あー、気にしなくていいですよー、なんだったら先輩も一緒に入りますか?」


「マジか、喜んで」


 ぎゃー! ごめんなさい!


「冗談だよ」


「び、びっくりさせないでください……」


「こっちの台詞だ」


 そのまま去っていく先輩。

 というかちょっとゆっくり入り過ぎたな。そろそろ出るか……。


 そのまま体を拭きつつ脱衣場に。むむ、先輩の言ってた着替えって……コレ?

 ジェラート〇ケのパジャマみたいな気持ちよさそうなモフモフなパジャマ。それにちゃんと下着まである。何故に先輩がこんな女物の衣服を……?


 ま、まさか……先輩ってば、こんな風に女子を連れ込んでやりたい放題……?!


 ありうる……妙にパンケーキ作るのも手慣れてたし、パンケーキで私の胃袋を掴んで来た。まさに理想のお兄さん……じゃなくて、少し私も警戒心という物を持つべきだろうか。


 しかし服が無い事には始まらん。とりあえずこれ着るか……。





 ※




 

「お、似合ってるな」


 リビングへと戻ると、先輩はそこで眼鏡をかけて……勉強していた。真面目か?!


「先輩……何してるんすか」


「見れば分かるだろ。宿題やってる」


「見れば分かります。そうじゃなくて……他にすべきことがあるのでは?」


「ほう。つまり?」


 つまり……


「わ、私を……手籠めにする準備とか!」


「そうか、じゃあベッドに行こう」


 ぎゃー! 冗談です!


「ようやく警戒心が芽生えてきたようだな。結構結構。二階の部屋ならどこでも使っていい。好きに過ごしてくれ」


「んな事言われても……ぁ、じゃあ私もここで勉強してもいいですか?」


「どうぞ」


 むふふ! お泊りで勉強会! なにげに憧れてたんだよな……私友達いないから……。


 いかん、自分で言ってて泣きたくなってきた。しかし今は喜ぶべきお泊り勉強会。今日知り会ったばかりの先輩とだけども。


 自分の鞄から勉強道具を出し、先輩の向かい側のソファーに座りつつ……


「……先輩って、いつもここで勉強してるんですか?」


「ああ」


「眠くなりません? こんなフカフカの快適ソファー……」


「別に」


 嘘だ! 私、十五分で寝落ちする自信がある!


「じゃあコーヒーでも淹れるか。ブラックでいいか?」


「良くないです。砂糖とミルクこれでもかってくらい入れて下さい」


「うっわ」


 うっわ、とか言うな。

 


 それから日付けが変わるまで、私と先輩は黙々と勉学に励む。

 先輩はこんな真面目な人だったのか。私はもっと、先輩は家に帰ったら縄跳びでもしてるのかと思っていた。勿論冗談だ。先輩はもっとぐうたら過ごしているのかと思っていた。


 思っていた勉強会と違う……違うが、こういうのもいいのかもしれない。一人でするよりも、なんだか集中できている気がする。


「……もうこんな時間か。風呂入ってくるわ」


「押忍。お背中流しましょうか?」


「……」


 すると先輩は無言で私に近づいてくる。


 えっ、何、また冗談で返してくると思ったのに……え、何事?!


「せ、せせせせんぱい?!」


 そのまま先輩は私の頭を……撫でまわしてくる。


 え、何事?


「いいから寝ろ、おやすみ」


「お、おす……」


 撫でまわされた頭は、今勉強した内容を全て吹っ飛ばしていた。

 なんだか頭を撫でられるって……久しぶりだ。小学生以来だな……。



 その夜、何故か私は子パンダの群れに踏まれる夢を見ました。




 ※




 翌日、先輩お手製モーニングを食し、当然のように一緒に登校する私。

 ここから私と先輩の恋人ごっこは始まる。さて、手でも繋ぐべきだろうか。それとも、昨日みたいに腕を組んで歩くべきだろうか。流石にカップルだからって朝っぱらからそんな事して登校してるわけ……


「手、繋ぐか」


 あ?


「ま、マジっすか……? そこまでしなくても……」


「嫌か?」


「い、いやってわけじゃないですけど……流石に目立つっていうか……」


 二人で一緒に登校してるんだ、嫉妬心メラメラの女子達から見れば、十分そう見えるだろう。ここで手なんて繋いでたら……


「繋ぎたい」


「は、はい? わ、わかりました……」


 そんな子犬みたいな目で見るな! 分かったから……と、軽く手と手が触れ合う。

 

 うわ、一瞬触っただけで先輩の手がどんな手か分かってしまった。

 想像よりずっと熱い。手が冷たい人は心が温かいとか言うけれど、それを言ったら私はかなり心暖かい人になってしまう。しかしところがどっこい、私はオンラインゲームで容赦なくヘッドショットを狙う特殊部隊員だ。画面の向こう側に居るのが小学生くらいの子だと分かっていても容赦なくぶち抜く。


 そんな私が心暖かい筈がない。私は優しい人間とは程遠い存在だ。


「……お前の手、冷たいな」


 先輩が私の手を捕まえ、握ってくる。

 その手の温度が私へと伝わってくる。先輩の手は暖かい。


「冷え性なんで……。でも昨日の夜は暖かかったです……あのパジャマのおかげで……」


「そりゃよかった」


 だんだん高校が近づくにつれ、生徒の数も増えてきた。

 そして視線を嫌でも感じる。あぁ、目立ってる、目立ってるよ。でもここで手を振り払ったりしたら、余計に目立ってしまう。そしていろんな妄想話をSNSで拡散されて……。


「……悪い、前だけ見てろよ」


 あん?


 すると高校の正門近く。あの上級生グループが当然のようにそこに待ち構えていた。


 いや、怖っ! なんで待ち伏せしてんの?! 

 やべえ……同じ女子なのにこれは理解できない。


「……うざ」


 通り過ぎる時、そんな声が聞こえてきた。

 そして子猫ならば泣きさけびそうな……そんな視線を浴びせてくる。

 しかし生憎私は子猫ではない。そんな視線ビームごときで泣き叫ぶような人格では無い。


 そして昇降口まで来て、先輩は三年の下駄箱へと向かう為にそこで別れる。私は当然一年の下駄箱へと。


 ……違和感がある。

 なんだ、この……とてつもなく……嫌な予感。


 自分の下駄箱の前に、数人の生徒が群がっている。

 そして女子は口を塞ぎ、男子は半笑いしながらスマホで何やら撮影を……。


「……何してんの?」


 私がそう言うと、群がっていた生徒は引いていく。そして私は自分の下駄箱を見た。


 そこには当然、私の上履きが置いてあった。しかしその上履きの中には、泥と生ごみが詰まっていた。


 




 ※






 先生に事情を説明しつつ、今日は来客用のスリッパで過ごす事に。先輩には黙って居よう。犯人は分かり切ってるし、相手をすれば調子に乗るだけだ。だからってこのままラブラブカップルを続けるのもな……。


 しかし昨日の今日であんな嫌がらせをしてくるとは。私の事とか良く調べたな。あぁ、でも入学式の時に代表でステージに立って挨拶の演説したから、記憶には残っていたのかもしれない。っく、ここで過去の黒歴史に足を引っ張られるとは……っ


「遡上さん……あの……」


 その時、クラスメイトの中でも得に物静かな子が話しかけてきた。

 むむ、なんだい?


「これ……渡せって……」


 手渡されたのは手のひらサイズの小さな箱。なんだ、指輪でも入ってるのか?

 

 パカっと箱を開ける私。そして思わず私は飛びのき、箱を捨ててしまう。

 中に入っていたのは蛙……まだ生きている。


 教室内で女子の黄色い声が響いた。私も思わず飛びのいてしまった。カエルは元気に別の女子の机へとくっつき、そのままよじよじと……


「ちょ、ちょっと! なにしてんのよ! はやく取りなさいよ!」


 え、えー、私のペットじゃないんだけども……。

 しかしこのカエルも不幸だな。私なんかの嫌がらせに使われて……。


 さっきはちょっと驚いて放り投げてしまったけども、ごめんよ、蛙君。

 そう心の中で語り掛けながら、蛙を手の平へと乗せて、窓から外へと逃がした。


「あんた何持ってきてんのよ!」


 すると物静かな女子……えーっと、名前なんだっけ……そうだ、苗字は確か……大間(おおま)さんだ。


「ち、ちが……私はただ遡上さんに渡せっていわれて……」


「遡上さん虐めるのにあんたも加担してるってわけ?! 信じられないんだけど!」


 むむ……なんか教室内のヘイトが物静かな女子へと向かっている。

 すでに私の上履きに嫌がらせされたのは当然クラスメイト内では周知の事実。ここにきて蛙入りビックリ箱など手渡せば……まあ、そうなるだろう。


「誰に渡されたのよ!」


「じょ、上級生の……知らない先輩……」


 うむぅ、私もあの先輩の名前すら知らない。

 

「あんたもグルってこと?」


「ち、ちがう……私は……」


 仕方ない。私が助け船を……いや、っていうか原因私だし。


「お待ちなされ。そこのお若いの」


「な、何よ、遡上さん……水戸黄門?」


「そんな昔の時代劇は知らないわ。お銀のお風呂を覗いたら熱湯の刑よ」


「絶対知ってるじゃん」


「それよりも……私の事なら気にしないで。元はと言えば私が悪い……」


 ん? 私、悪いのか?


 いやいや、私は巻き込まれただけであって……むしろ被害者じゃね?


 いや待て、これも込みで私は引き受けた筈だ。あの美味しいホットケーキ……パンケーキのために。


「……私、実は三年の中々イケメンの彼氏が出来ました」


「んなっ?!」


 ざわつく教室。虐めの原因はそれか……と女子の大半は納得。男子は少し首を傾げてる。


「そういう事。だからあまり……大きく騒がないでほしいというか何と言うか……」


「……だからって蛙は無いでしょ。私にとって蛙は異星人なのよ」


 マジか。蛙宇宙人説来た。


「先生に報告して……とっちめてもらいましょ」


「いや、それやると余計に……」


 と、その時……バタバタと教室に駆け込んでくる先輩が一人。


 ぁ、要先輩……。




 ※




 要先輩に屋上へと連れ出された。

 そして私の足元を見て舌打ち。


「……ごめん。上履きは勿論弁償するから……」


「いや、別にそれは洗えばいいんで」


 先輩の心遣いを丁重に断る私。

 すると先輩はサイフから万札を取り出し、私に押し付けてくる。


「もうこれで終わりだ、別れたってことにするから」


「……嫌です」


「なんでだよ」


 なんでって……。


 というか先輩、滅茶苦茶泣きそうな顔してるな。

 きっと女子の悍ましい部分を垣間見てしまったんだろう。先輩は真面目な人だし、そんなの見たら……まあ、泣きたくもなるのは分かる。


 でも私は幾度となく経験して来た事だ。今更、上履き汚された程度で……。


「なんで……嫌なんだ」


 再び問いただしてくる先輩。

 なんでと言われてもな。私はただ……


「先輩の……パンケーキが食べたいからです。だからこれはお返しします」


 万札を先輩へと押し付け返す私。

 先輩は呆気に取られた顔で、何言ってんだコイツ……と言いたそうに見てくる。


「お前な……そんな事のために……」


 何故だろう。

 本当なら、さっさとこんな茶番終わらせていつもの日常に戻るべきだ。


 でも……釈然としない。


 そんな泣き顔見せられたら……。


「先輩って……実は私の事好きなんですか?」


「……あのな、今はそういう……」


 

 突然、本当に突然、私は先輩の唇を奪った。


 自分でもなんでそんな行動に出てしまったのか、分からない。


 ただ、四の五の言わずに……この茶番を続けろ、そう思ってしまったからかもしれない。



 いや、きっとあのパンケーキのせいだ。





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