ファーストキステイスト
付き合って三ヶ月。
大事にしたくて手は出していない。
いや、手は繋いだ……とまぁ、それくらいの関係。
そもそも、そういうタイミングってなんだ?
どういう流れでそういう事になるの?
ということでまだ、恋人らしい事はできていない。
*
週に一度のランチデートの日、手作り弁当と共に彼女が用意したのはチョコ菓子だった。
棒状のクッキーにチョコレートをコーティングした長細いお菓子。
「おやつに食べましょうね」
なんて可愛いことを言いながら、お菓子の箱を両の手のひらで挟む。
持ち方からしてすでに可愛い、ていうか可愛い。
『卵、すげーうまい』とこぼした俺の言葉に、彼女が自分の卵焼きを俺の弁当箱に入れてくれた。お礼にウインナーをあげたけど、よく考えたら全部彼女が作ったものだった。
幸せってこういう事かな、あと何十年こうして同じ季節を過ごせるだろうと妄想して。いやいや、先走りすぎだろなんて恥ずかしくなって。
「だから今日、ゲームでもしたら? って言われて」
五十年以上先を考えていたせいで、今の彼女の話を聞いていなかった。
聞き返すのもはばかられて、首を傾げると彼女が恥ずかしそうに下を向いた。
「あ、えっと、友達が彼氏とやって楽しかったらしくて……このゲーム」
長い髪が、真っ赤に染まった彼女の耳にかかる。
ゲーム? あぁ、棒の端と端から齧ってどっちが先に離すか、離した側の負けっていう。
だいたい両者譲らずでそのまま……。
「えっ、俺とやりたいのそれ?」
目があった途端、彼女の方から顔を背けた。
え? いやいやいや……つまり、そういうことだよな?
彼女が逃げない限り、今日が初めての日になる。
大胆というかこんな形で……ていうか、こんなこと言う子だったっけ?
真っ赤になってうつむく彼女のつむじが赤く染まっていた。
気のせいだろうけどそう見えて、ふっと俺の脳が冷静さを取り戻した。
「もらう、一本」
袋から取り出し、口に含む。
違う、そうじゃない。
彼女だろ、俺の。
それはつまり、俺は彼女の彼氏なわけで。
どうして? と思っていたことだろう。
私に魅力がないのかなとか、友達に相談したりして。
散々悩んで今日、勇気を出したんだろう。
勇気を、出してくれた。
付き合って三ヶ月。
手を繋ぐ程度の、おままごとのようなつき合いしかしていない。
大事にしたいなんて言い訳だ、臆病だっただけ。
どうしていいのかわからなくてただ、逃げていただけ。
ポリポリと鳴る音に彼女が顔を上げる。
だけど普通に、淡々とチョコを齧っている俺を見て落胆の表情を浮かべた。
「違う、そうじゃない」
小さく呟いた声は無意識だろう。
可愛いよ、世界一可愛い、一番可愛い。
十年先も五十年先もその先もずっと、隣にいてくれるかな?
『百年後も俺の弁当を作ってください』
あれ? その時の百年後って何歳だ?
まぁいいか、後で考えよう。
「口開けて」
彼女の肩に添えた手が震えている事に気が付いて、勢いで身体を抱き寄せた。少し開いた彼女の口にチョコとクッキーを押し込む。
溶けてふやけるスイートな後味、彼女の口の中で。
ぶつかる鼻先、瞳に映る互いの姿。
目を閉じてようやく、唇を重ねている事を自覚した。