表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ファーストキステイスト

作者: 七種夏生


 付き合って三ヶ月。

 大事にしたくて手は出していない。

 いや、手は繋いだ……とまぁ、それくらいの関係。


 そもそも、そういうタイミングってなんだ?

 どういう流れでそういう事になるの?



 ということでまだ、恋人らしい事はできていない。





 週に一度のランチデートの日、手作り弁当と共に彼女が用意したのはチョコ菓子だった。

 棒状のクッキーにチョコレートをコーティングした長細いお菓子。


「おやつに食べましょうね」


 なんて可愛いことを言いながら、お菓子の箱を両の手のひらで挟む。

 持ち方からしてすでに可愛い、ていうか可愛い。

『卵、すげーうまい』とこぼした俺の言葉に、彼女が自分の卵焼きを俺の弁当箱に入れてくれた。お礼にウインナーをあげたけど、よく考えたら全部彼女が作ったものだった。

 幸せってこういう事かな、あと何十年こうして同じ季節を過ごせるだろうと妄想して。いやいや、先走りすぎだろなんて恥ずかしくなって。


「だから今日、ゲームでもしたら? って言われて」


 五十年以上先を考えていたせいで、今の彼女の話を聞いていなかった。

 聞き返すのもはばかられて、首を傾げると彼女が恥ずかしそうに下を向いた。


「あ、えっと、友達が彼氏とやって楽しかったらしくて……このゲーム」


 長い髪が、真っ赤に染まった彼女の耳にかかる。


 ゲーム? あぁ、棒の端と端から齧ってどっちが先に離すか、離した側の負けっていう。

 だいたい両者譲らずでそのまま……。


「えっ、俺とやりたいのそれ?」


 目があった途端、彼女の方から顔を背けた。

 え? いやいやいや……つまり、そういうことだよな?

 彼女が逃げない限り、今日が初めての日になる。


 大胆というかこんな形で……ていうか、こんなこと言う子だったっけ?


 真っ赤になってうつむく彼女のつむじが赤く染まっていた。

 気のせいだろうけどそう見えて、ふっと俺の脳が冷静さを取り戻した。


「もらう、一本」


 袋から取り出し、口に含む。


 違う、そうじゃない。


 彼女だろ、俺の。

 それはつまり、俺は彼女の彼氏なわけで。


 どうして? と思っていたことだろう。

 私に魅力がないのかなとか、友達に相談したりして。

 散々悩んで今日、勇気を出したんだろう。

 勇気を、出してくれた。


 付き合って三ヶ月。

 手を繋ぐ程度の、おままごとのようなつき合いしかしていない。

 大事にしたいなんて言い訳だ、臆病だっただけ。


 どうしていいのかわからなくてただ、逃げていただけ。


 ポリポリと鳴る音に彼女が顔を上げる。

 だけど普通に、淡々とチョコを齧っている俺を見て落胆の表情を浮かべた。


「違う、そうじゃない」


 小さく呟いた声は無意識だろう。

 可愛いよ、世界一可愛い、一番可愛い。

 十年先も五十年先もその先もずっと、隣にいてくれるかな?


『百年後も俺の弁当を作ってください』


 あれ? その時の百年後って何歳だ?

 まぁいいか、後で考えよう。


「口開けて」


 彼女の肩に添えた手が震えている事に気が付いて、勢いで身体を抱き寄せた。少し開いた彼女の口にチョコとクッキーを押し込む。

 溶けてふやけるスイートな後味、彼女の口の中で。

 ぶつかる鼻先、瞳に映る互いの姿。


 目を閉じてようやく、唇を重ねている事を自覚した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 可愛くて、甘酸っぱくて、読みながら一人で悶えちゃいました!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ