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異世界魔女の世話係  作者: こと
第一章:お世話係と叡智の国
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お洒落とヘアスタイル

 夢を見た。

 酷く退屈な夢だ。

 周りの評価に合わせ、文句の言われない生活を心掛け、当たり障りのない事だけを言い続ける。

 自分の知る世界は広く希薄で、いつしか自分がどんな人間だったのかもわからなくなってしまった。

 自分はそんな日々を嫌いだとすら思えなかった。

 いつかふとした拍子に終わってしまえば楽なのにと、そう思っていた。

 『キミには知る権利がある』 


「ん……」

 目を覚ます。

 朝日の差し込む小さな部屋。

 ベットとタンス、テーブルと鏡だけのシンプルな内装は、自分の好みと言うよりは他に置く物が思いつかなかったから。

 故に少し手狭なくらいのこの部屋を気に入り、自室とさせてもらった。

「ふぁ…」

 漏れ出た欠伸に口を抑え、薄い毛布を押しのけ、まだ少し慣れない低い視点で鏡の前へ。

 乱れた髪を適当に手で整えて、ずれた肩ひもを掛けなおすと、テーブルの上から魔法陣の書かれた紙切れを三枚手に取り魔力をこめる。

 光となって消えた紙切れと入れ替わるように出てきたのは白いタオルと清潔な下着、そしてワンピース。

 ユキノが書いてくれた魔法陣。召喚の魔術だそうで、どこかに保存してあるものを手元に呼び出せる代物なんだそうだ。

 ここでの生活を始めておおよそ一週間ほど、魔女の身体は本当に魔力の扱いに長けているようで、その僅かな時間で感覚的に魔力を扱えるまでには上達した。

 そこから先は伸び悩み、まだ手足のように魔力で物を支えたりするまでには至っていないが、先生曰く今はこれで十分だそうだ。

「あ、おはようございます」

 部屋を出ると、その先生がちょうど通りかかったところだった。

二人で住むには広大に過ぎる館ではあるが、お互いの部屋や普段使う場所はある程度近くに集中させてあるのでこうやって偶然出くわすことは割とある。

「おはようございます二コラ、お風呂ですか?」

「はい、なんていうか、癖ついちゃって」

「ふふ、私もです」

 微笑んだユキノの髪は僅かに湿っていて、どうやら既に朝風呂を堪能してきたところの様子。

 初めてのお風呂を経験してからと言うもの、ユキノはお風呂を大層気に入った様子で、毎日朝と夜、それに加えて気が向いたタイミングであの大浴場に足を運んでいる。

 おかげであの大浴場にはユキノの魔法で常に温かいお湯が溜められていて、いつでも利用可能だ。

「あ、今日の授業は何をするんですか?」

 授業とはつまり魔法、魔術に関する勉強のことだ。

 魔力をちゃんと扱えないとそれだけで身に危険が及ぶのが魔女と言う種族。魔力の基礎を教えられた後は並行して魔術についても学んでいる。

 魔法を扱うためには魔術の知識が必須だそうで、順を追って学んでいくと言うのはどこの世界でも共通のようだった。

「今日はお休みです、毎日知識を詰め込み続けていても疲れるだけですし」

 しかしユキノから告げられたのは休日のお知らせ。魔術の授業はどれも楽しいために少し残念だ。

「あ、でも自分でいろいろやってみる分には制限しませんよ、気になることがあったら…んー…中庭にいるので、いつでも聞きに来てください!」

 落胆が表情にも現れていたのか、付け足すように自習の許可を出したユキノは、諭すように笑みを浮かべると手を振ってその場を後にした。

 手を振り返し自分もその場を後にすれば、目指すは当初の予定通り大浴場。何をするかはお湯に浸かりながら考えよう。

 一週間も過ごせばどれだけ広い屋敷と言えども普段使う場所への道くらいは覚えられる。迷うことも無く目的地に到着し、小さな体には少し重すぎる両開きの扉を僅かに開いて中に滑り込む。

 道を覚える必要があるほどに広い家と言うのもおかしな話だが、そこは異世界スケールなのだろうと深く考えずに受け入れるようにしている。この先自分が何に遭遇するかは予想もつかないが、この世界で生きていく以上この屋敷とは比べ物にならないほどスケールの大きいものに遭遇することだってあるだろう。

 魔法があるんだ、空想の中でしかお目にかかれなかったような種族なんてその辺に転がっているだろう。

 現に今の自分は小さな魔女なのだし。

「しょ…っと」

 いつものワンピースを今更戸惑うことも無く脱ぎ、軽く畳んで棚の上へ。白く長い自分の髪に背中をくすぐられ身を震わせるのはいつものこと。前世では背中をなぞられても特に何も感じなかったのだが、身体が変わったからなのか、どうも二コラになってからはくすぐったい感覚に弱くなった気がする。思えばユキノに魔力を流し込まれた時のくすぐったさも前の身体ならば耐えられたのかもしれない。

 ドロワーズとキャミソール(で合っているのかは自分にはわからないが)も脱いで棚に置き、浴場に続く扉に向かう途中、ふと壁面に設えられた鏡に目が向く。そこに映るのは当然一糸纏わぬ姿の少女の姿。しかし一週間も過ごせばそれに対し抱くものも特になくなる。強いて言うなら『今日も可愛いな』くらいだ。

 生前自分の見た目など相手に悪い印象を与えない程度に整っていればそれでいいと思っていたため自分の容姿など気にしたことも無かったが、そんな自分でも美少女に生まれ変わると随分考え方が変わった。

 せっかく髪が長いのだから、下したままにせず、ちょっと結んでみたりしてもいいかもしれない。試しに後ろに纏めて手で固定。ポニーテールというやつだ。

「ほー…」

 なるほど、随分と印象が変わる。

 普段の何もいじっていない髪型なら清楚なお嬢様といった感じだが、髪を後ろに纏めただけで少し活発に、そして大人びて見える。ユキノと比べてもちょっと背が高いだけでだいたい同い年くらいに見えていたが、こうするとまるでお姉ちゃんだ。

 手元に集中して魔力で髪の毛を固定、まだ相当な集中力を要するが、ほんの少しの間髪の毛をまとめておくくらいならば十分だ。

「…可愛いな……」

 ぽつりと漏れた独り言。鏡の向こうではほんの少し口元の緩んだポニーテールの美少女がこちらを見返してきている。

 ほかの髪型ならばどうだろうと魔力を解き、後ろではなく横で髪を纏めるサイドテールに。ポニーテールよりも子供っぽさは増したが、その代わりにより元気な感じが増して、これはこれで可愛らしい。また魔力で髪を固定し、自由になった腕を胸の前で組むと、思っていたよりもよく似合う。

 ならば次はツインテールだと再び髪を解いて手で頭の両側に纏めた時、不意に肌寒さを感じ―――

「ひっくしゅッ」

 盛大にくしゃみが出た。

 とたん冷静になって自分の状態を再認識する。

 なんで自分は全裸で髪をいじって遊んでいるのだろう。軽くとはいえポーズまで決めて。

「はぁ……」

 少し浮かれていたのかもしれない。魔女が風邪を引くかはわからないが、温かいお湯に浸かって体を温めた方がいいだろう。

 ほんの少し沈んだ気持ちを誤魔化すように頭を振り、大浴場に続く扉を開ける。

 熱く湿った空気と真っ白な湯気に迎え入れられ、ほんの一瞬閉じた目を開くと、相変らず豪勢かつ綺麗な浴場。

 シャワー等が無いのは気になっていたが、多分そういう文化なのだろうと自分に言い聞かせ、ここを利用するときはいつもお湯に身を浸すだけだ。日本人として染みついた習慣が『湯船に入る前に体を洗え!』と言い張るが、シャワーも石鹸も無い上に、ここはそもそも日本ではないのだろうし、無視して大きな湯船に足を浸す。

 じんわりと足先から身体に広がる熱に体を慣らし、ゆっくり湯船の中に。そのまま膝上くらいの水深があるお湯の中を奥に向かって進んでいくと、少しずつお湯のプールは深くなっていく。ちょうどいい深さまでくれば今度は壁際に移動し腰を下ろして息をつく。

 一番奥まで行ったことはないが、これでもまだ自分が居る位置は全体の半分も行っていない。きっと一番奥までいけば立っていても首元までの水深になっているだろう。やはりお風呂と言うよりはプールだ。

 お湯の中で体を伸ばし、白い髪を揺蕩わせる。

 結局お湯の中に髪を浸すのはご法度という聞きかじっただけの知識じゃどうすればいいのかもわからず、わからなければどうしようもないというわけで髪は放置することにしている。とはいえユキノも自分もお風呂に入り始めたこの一週間の間に髪質が悪くなったような感じも無く、相変らずつやつやさらさら、ユキノのほうも顔を埋めたくなるようなふわふわ感をキープしている。

「ふー……」

 脱力しきって目を閉じる。眠気にも似た心地いい感覚で思考するのはさっきやっていた事の続き。

 髪型いじりもいいが、服装も変えればもっと印象は変わるだろう。服装にあった髪型、髪型にあった服装を考えるのもまた楽しいかもしれない。

 普段着ているワンピースも別に嫌ではないが、一週間も似たような服が続けばもうちょっと着飾ってみたいと思う。とはいえ他にサイズの合う服が無いらしく、お洒落をするなら自分で作るか買いに行くしか無いと言う状況だ。

 自分で服を作った経験なんて前世も含め一切ない。よって買いに行くしか選択肢は無く、そもそも自分で作れたとしても材料はやはり買いに行く必要があるだろう。

「買いに行く…かぁ…」

 目を開けて、ぼーっと白い天井を見上げながら呟く。

 この一週間、館の外に出たことはない。

 なにせ食事を必要としない身、買い出しの必要性というのがほとんど無いのだ。

 ユキノが言うところの趣味である紅茶やクッキーに必要な材料はどうやら中庭で育てられているらしく、魔法のおかげで枯らしてしまうと言うことも無いらしい。

「……」

 ふとお腹に手を当てる。

 ユキノの言っていた通り、この身体になってから明確な空腹感というものは感じていない。

 なんとなく何か食べたいなーと思うことはあれど、あの胃がひりつく様な感覚はもはや懐かしいものとなっている。

 数日前、試しに一切何も口にせずに一日を過ごしてみたが、眠りにつく頃にはすっかり紅茶とクッキーの存在を忘れていた。

「ご飯…」

 無意識のうちにぽつりとこぼれ出た言葉。

 食事がただの趣味と言うならば、紅茶とクッキーだけでも何も文句は出ないだろう。

 しかし自分には前世の記憶が…充実した日本食の記憶がしっかりと残っているのだ。

 白米とまでは言わなくとも、焼き魚くらいは食べたくなってくる。近くに川でも無いかユキノに聞いて、どうにかして魚を取ってくるでもいいだろうが、服のことを考えるとやっぱり街に出かけるのがいいだろう。

 部屋の窓から見えるのは木ばかりなので、ユキノの案内は必須のはず。どのみちこの世界のことをまだよく知らないのだ、ユキノに話さず出かけると言うのは考えられない。

「ふー……」

 館の外で学べることもあるはず。社会情勢なんかも知っておいて損はない気がする。

 ちょうど今日は休日を言い渡されたのだし、もう少し…あと十分、いや二十分ほどこのお湯を堪能したらユキノに相談しに行こう。

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