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異世界魔女の世話係  作者: こと
第一章:お世話係と叡智の国
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魔女の身体とお風呂の意味

「お風呂って言うのはその…あの…身体を綺麗にするための場所…?」

「ふむ…?」

 お風呂というものが何たるかを適切に示す言葉をなんとかひねり出すも、ユキノは小さく首を傾げるだけ。

 お風呂を知らない人にお風呂を説明するなんて初めての経験だ。異世界らしいといえばらしいが、魔女の話をされた後にこんな常識的なことを教えるというのもおかしな話である。

 とはいえお風呂という日本語に対応するこの世界の言語が自分の口から出てきたのだし、この世界にもお風呂という概念が存在することは間違いないはずだ。

 目覚めてすぐユキノにぴかっとやられてから話せるようになったこの世界の言葉。おそらくは言語理解の魔術的なものをあの時に掛けられていたのだろう。

 勉強無しに言葉を理解できるだけでなく、自分の知るものがこの世界にあるかどうか確認する手段として役に立ってくれそうである。これだけで所謂『転生者特典』的なものとして機能していると言えるだろう。

「身体を綺麗に…えっと、二コラ」

「はい?」

 口に指をあて言葉を反芻するユキノであったが、ほんの少しの間をおいて控えめに呼びかけてくる。

「魔女は、体が汚れたりしないんですよ?」

「はい…?」

 身体が魔力でコーティングされていていつでも綺麗とかそういうことなのだろうか。

「魔女は体から出る…えっと、不要なもの、なんて言うんでしたっけ」

「老廃物?」

「そう、それを魔力に変換して自分の中に蓄えるんです。」

「え、じゃあ汗は…」

「出るには出ますけど、乾いた後魔力になって身体に吸収されます」

 思っていたよりかは多少現実的な話であった。

 というか老廃物とかわりと科学的、医学的な話だと思うが、そういうのもしっかり理解されているらしい。ということは魔法だけじゃなくそれなりに科学も発展しているのだろうか?その割に電気もガスもなかったが。

「ん?でもトイレには行きたくなりましたよ?」

 そのせいでさっき地獄を見たし危うく死にかけたのだ、排泄行為というのも老廃物を体外に出すための仕組みだった気がするし、そうなるとユキノの話は矛盾していることになると思うのだが。

「あ、それはお水を飲んだからです、水に含まれる魔力は吸収できますけど、水そのものを魔力に変換するのは魔力属性が水の魔女にしかできないので。」

「えっとつまり…体の中に入れて、魔力に変換されないものだけが外に出る…?」

「そういうことです、魔女ってほんとはご飯も食べなくていいし、水も飲まなくていいんですよ。必要なのは魔力だけですし。」

「え、じゃあさっきの紅茶とお菓子は…」

「ただの趣味です」

「趣味なんだ…」 

 そりゃあ、お茶会自体は趣味の範疇だろう。しかし食事そのものがただの趣味というのはいまいち馴染めない感覚だ。

 食べなければお腹がすくし、飲まなければ喉が渇く。三隅草太であった頃なら当たり前のことだったが、その当たり前はこの先もう必要ないらしい。

「や、でも、泥とか被ったら汚れますよね?」

「まぁそうですけど、泥かぶってないじゃないですか」

「昨日謎の液体の中に浸されていたのですが…」

「あれただの水ですよ」

「あっそうだったんだ…」

 ただの水の中に沈められて何十日もおいておかれたら普通死ぬと思うのだが、そこはやっぱり魔術か何かで解決していたと思うしかない。

 だがあの液体がただの水とわかったところで、不快感は消えてくれない。

 たしかにユキノの言うように体がべたついたりだとか、いやな臭いがしたりだとかはないし、きっとこの身体は清潔そのものなのだろうが、なにもお風呂に入る目的というのは体を綺麗にするためだけではない。

 温かいお湯に浸かる気持ちよさだとか、上がった後の爽快感もまたお風呂に入る理由でもある。

「まぁ…たとえ身体が汚れていなかったとしても、気分転換になったりしますし、気持ちいいですよ?」

「ふむ…まぁ、この館に無いということは無いでしょうし、お風呂に行きたいというのなら止める理由も特にないですけど…えっと、どんな場所ですか?」

「あー…えっとー…なんか、こう、お湯をためる場所みたいなのがあってですね?」

「はい」

 お風呂という言葉を知らない人にお風呂を伝えるならいくらでも言いようはある。

 しかし今自分がやっているのはお風呂という概念を知らない人への説明。水浴びすらしないような相手に“身体を綺麗にする場所”なんて言い方は当然通じるわけもないのでおかしな説明になってしまうことは仕方が無いが、それでもユキノは真剣に聞いてくれている。

「あ、その前に服を脱ぐ場所みたいなのもあってですね」 

「えっ服を脱ぐんですか?」

「そうなんです服を脱ぐんです…」

「は、裸になるんですか?」

「そう…ですね…」

 怪訝な表情で口元に手を当てるユキノ。

 当たり前のことにここまで首を傾げられるとこっちまでだんだんお風呂というものに疑問が浮かんできてしまう。

 お風呂に入るために服を脱ぐのは当然のこと、裸になって不思議なことは何もない…はず…いやない、なにも不思議なことなんてない。流されるな、自分をしっかり保つんだ。

「ま、まぁ本来体を綺麗にするためですから服を着たままじゃ邪魔ですし?それに濡れた服って気持ちわるいじゃないですか?だから服を脱ぐのは当然のことです」

「それもそう…ですね…?」

 もっともらしい理由を考え、半ば自分に言い聞かせるように説明する。

 ユキノは不思議そうな顔をしたままではあるが、一応理にかなっている説明に少しは納得してくれたようだ。

「あ、あとその、身体を洗う場所は多分…石だったりタイルだったり…とりあえず濡れても問題のない材質でできていて…あとなんだろ…」

「石かタイル…お湯をためる場所と服を脱ぐ場所がある…うーん…」

 まだユキノの脳内検索には引っかからない様子。両手の人差し指を頭にあて目を閉じて首を傾げる様は可愛らしいが、お風呂ってそこまでしないと思い出せないようなものだろうか。

 しかしこれ以上お風呂の特徴なんて何があるのだろう、電気もガスもないなら水道があるかも怪しいためシャワーがある場所と言っても混乱させてしまいそうだ。というかシャワーという概念も知らないだろうし。

「うーん…そこってその、大きな鏡とかってありました…?」

「あっ、あります!大きな鏡!」

 そうだ、大抵の場合脱衣所には鏡がつきもの。脱衣所がどのくらいの規模かによって鏡のサイズも変わりはするだろうが、一軒家サイズの脱衣所だとしてもそこにある鏡は大きいと言えなくはないだろう。

「じゃあ多分…あそこかな…案内しますね、っとその前に」

「ん…?」

 ユキノがポケットから一枚の紙きれを取り出し、差し出してくる。

「これは…?」

 受け取ってみるとそこには複雑な紋様…魔法陣のようなものが書かれている。

「扉がでたらめに繋がらなくなる魔法です。その魔法がかかった人は扉を開けてもちゃんとした場所に繋がるんですよ。最初にしておくべきだったんですけどドタバタしちゃって忘れてました、ごめんなさい」

「へぇ…」

 魔法というのだから、ユキノ先生の授業であったように魔術よりも高度なものなのだろう。

 もっと大きい魔法陣とか、大仰な儀式みたいなものを想像していたが、こんな小さな紙に収まるものだったとは意外だ。

「そのまま持っててくださいね」

「あ、は、はい」

 言われた通りにその小さな紙切れを手のひらに乗せていると、ユキノがそこに手をかざす。

 ユキノのひんやりした魔力を手のひらに感じると同時、紙切れが赤く燃え上がった。

「わっ、あ、うわっ!?」

「大丈夫ですよ、熱くないでしょう?」

「あ、ほんとだ…」

 手のひらでいきなり炎があがる様に反射的に驚いてしまったが、ユキノの言う通り派手な見た目に反し熱はまったく感じない。

 炎もすぐに燃え尽き、そのあとに残ったのは掌に焼き付いた魔法陣だけ。その魔法陣もすぐに溶けるように消えて見えなくなった。

「はい、これでかんりょーです、お風呂行きましょうか」

「なんか、魔法って言う割には結構あっさりというか…」

 庭園を後にするユキノについていきながら、率直な感想を述べる。

 いきなり炎が出てきたのには少しびっくりしたが、それくらいならマジックの特番とかで見たことはあるし、魔法!っていうほどの華々しさというか、派手さはあまり感じられなかった。

「んー、まぁ魔法にもいろいろ種類がありますから、派手なものを見たければまた今度お見せしますね」

「あ、いや別にそこまでしてもらわなくても…」

「実際に見てみるのって結構勉強になりますよ、魔術も魔法もイメージ力が大事ですから」

「イメージ力…」

「たとえばさっきのも、紙を燃やすことによって『焼き付ける』というイメージを補強しているんですよ。絶対に必要というわけではないですけど、ああやって紙を燃やす工程があるほうが安定するんです。」

「イメージ…じゃあ、魔法に名前を付けたりその名前を言いながら魔法を使ったりするのは?」

「とっても効果的ですよ、魔術に不慣れな人なんかはそれでイメージを補強して術式を安定させますし」

「ほぇー…」

 そんなプチ授業と共に、二つの小さな足音が広い廊下を進んでいく。

 二人分の声と足音、それ以外に聞こえるものは無く、その静けさが余計にこの館の広さを強く感じさせる。

「この館って、ユキノ以外には…」

「いませんよ、誰も」

 その静寂にふと気になって聞いてみると、返ってきたのは短い言葉。

 前を歩くユキノの表情はわからない。

 だがその言葉はいやに冷たく、そして静かだった。

 それで何も察せないほど、馬鹿ではない。

「…そっか」

 しかしそれに気の利いた言葉を返せるほど、自分は出来た人間ではなかった。

 なんでも適当に合わせて流していたような人間だ、こういう時なんて言えばいいかなんてわかるわけもない。

 ただ口を噤んで、ユキノについていくことしかできなくなってしまう。

 再び訪れた静寂。僅かな後悔が自分の肺腑を満たし始めた時、不意にユキノがくるりと振り返って可愛らしい笑顔を見せた。

「でも今は二コラがいますから、二人ですね」

「あ…」

 この子は自分と違ってよくできた子だ。気を遣うべきはこっちのはずなのに、ユキノのほうが自分に気を遣ってくれている。

「さ、ここがたぶんお風呂ですよ」

 他よりも大きな両開きの扉を押し開けながら、相変らず笑顔のままのユキノはきっと、「よくないことを聞いてしまった」というこちらの感情に気付いている。それで敢えて笑顔を見せているのだろう。

「どうしたんですか?」

「あ、い、いや…」

「知らないことを聞くのは普通のことですよ、またちゃんとお話ししますね」

「…ごめんなさい」

「いいんですよ、それよりお風呂です!使い方わかんないので教えてもらってもいいですか?せっかくなので私も一緒にお風呂しますね」 

「えっ」

 ユキノの言葉にさっきまでの重い空気は一瞬で吹っ飛んだ。

 こんな小さな女の子と一緒にお風呂なんて、完全に事案ではないか。

 それはよくない、絶対によくない。

 警察に突き出されて人生おしまいの破滅ルートまっしぐらだ。

「え?あ、お風呂って一人でするものだったりするんですか?」

「い、や…そういう…わけでもない…一緒に入ることも…まぁあると言えば…あるんですけれど…」

「じゃあ一緒に…だめですか?」

「うぐぅ…」

 とはいえ今の自分は二コラ・スティリア。ユキノよりほんの少し背が高いだけの女の子である。

 客観的に見れば何も問題はないし、仲良し姉妹みたいでむしろ健全…とも言えなくはない。

「……二コラがお風呂の間独りぼっちは寂しいなー」

「うっ」

 わざとらしくユキノがちらちらとこちらに視線をやりながら言ってくる。

 ずるい、こんなの断るという選択肢は完全に潰されているようなものじゃないか。

「…わかりました…わかりましたよ……」

 できるだけユキノの方は見ないようにしよう。

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