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異世界魔女の世話係  作者: こと
第一章:お世話係と叡智の国
3/16

二コラの受難

 夢を見た。

 暖かくて、平和な夢だ。

 母の腕に抱かれ、父の話を聞いて、祖母の教えに耳を傾ける。

 私の知る世界は広くないけれど、それだけで十分と思えるくらい、楽しくて幸せな日々。

 私はそんな日々がとても大好きだった。

 いつまでもそんな世界が続くと、信じていた。

『忘れてはいけない』



「んぁ…」

 目を開ける。

 黒く湿っぽい天井。

「ふぁぁ…」

 体を起こし、伸びをしてから視線を下すと…

「ん…ぅ……」

 ベットに体を預けてすやすやと眠る少女の姿があった。

「はぁ…」

 やっぱりこれは紛れもない現実のようだ。幻覚説はもう通用しない。

「ユキノ、起きてください、朝…かはわからないですけど」

「ぅー…」

 声を掛けつつ体を揺するも、起きる気配は感じられない。しばらくこのままにしておくしかなさそうだ。

「……ん?」

 そこでふと違和感に気付いた。

 身体が軽い。

 眠る前まで鉛のようだった体が、嘘みたいに軽くなっているのだ。おまけに熱を出したときのようにぼーっとしていた思考もはっきりしている。

 どういうことだろうか、二か月動いていない体が一晩寝ただけで動くようになるとは思わないが。

 まぁそれも含め質問するため、今はユキノが目覚めるのを待つことにしよう。

 今自分が置かれている状況はまだ不明ではあるが、自分に名前を与えてくれた少女は間違いなくこの身体の出自に関わっているはずだ。

「せっかくだし掃除でもするか…じゃない、しちゃいますかー」

 ベットからぴょんと降りて背筋を伸ばす。せっかく二コラとして振舞うと決めたのだ、ボロを出さないよう人の目が無い時も少女らしくせねば。

 ユキノは抱え上げられる自信が無かったため毛布を掛けるだけで済ませ、ぺたぺた足音を鳴らしながら近付いたのは割れた水槽。裸足で破片を踏むわけにもいかないので、床に広がったままの水たまりの前で立ち止まる。

「これに浸されたんだよね…」

 ぱっと見た感じはただの水に見える。それ以上のことは舐めでもしないとわからないだろう。そんなことするつもりは無いが。

 ともかくまずはこの水たまりをどうにかせねばならない。雑巾を探したいところだが、部屋を見回してもあるのは散らばった机とさっきまで横になっていたベット、謎の器具と本棚、そしてユキノ。

「んー…」

 この部屋に対して抱いていた違和感が強くなる。

 何かが足りない。

 当たり前のように存在しているはずの何かが欠けている。

 机、本棚、ベット、この三つは普通だ。なんの変哲もない木製。強いて言えばちょっと高そうに見えるくらいか。

 謎の器具達も不思議だし、窓が無いのも気になる。だがそれよりも別のところ…、例えば壁に掛けられたランタン、机の上で揺れるろうそくの炎。

「あっ」

 電気がない。

 この部屋の光源はすべて火、謎の器具達の中にも電子機器が一切存在していないのだ。

 なるほど、すっきりした。アハ体験とはまさにこのことだ。

 が、今度は電気が無い理由が気になってくる。

「はぁ…いいや、あとで考えよ…」

 ひとまずは掃除。この部屋に無いなら探しにいくしかあるまい。

 頭を振って思考を切り替える。長い髪が顔にかかった。

「……」

 ついでに髪留めとかもあればいいのだが。前世では長い髪に対して『綺麗だなぁ』なんてのんきな感想を抱いていたものだが、自分から生えているとこうも邪魔なのか。 

 顔にかかった髪をいじりながら勝手に部屋から出ていいものかと考えるが、ちょっと探して見つからなければすぐ戻ってくれば大丈夫だろう。

 扉に手をかけユキノの方を振り返る。相変らずぐっすりだ、そっとしておこう。




 ガチャ、パタン。

 扉が開いて、閉まる音。

「んぅー…」

 薄く目を開ける。

 そういえばさっき声を掛けられた気がする。

 しかし誰にだろうか、この館には自分しかいないはずなのに。

 いや違う、そうだ、昨日二コラが目を覚ましたのだった、つまりさっき声を掛けてくれたのは二コラか。

「おはようございます…ニコ…ラ……?」

 目を擦りながら体を起こす。

 しかしそこに二コラの姿は無かった。

「二コラ…?」

 振り返っても二コラは居ない。

 一体どこに。このアトリエに人が隠れるスペースなんて存在しないのに。

「……はっ」

 さっき私は何の音で目を覚ました?

 扉の音だ。

 つまり二コラは扉の外に…

「どうしよう…っ」

 頭を抱えながら、ユキノは顔を青くした。



 

 部屋から出た先は広い廊下だった。

 大きな窓が等間隔に並んで、柔らかな陽光が差し込む静かな廊下。まるでアニメに出てくるお城だ、素敵なところじゃないか。

 なんて思う反面、これは雑巾探すのも一苦労なのでは?と頭を抱えながらとりあえず隣の扉を開けるとその先は厨房のような場所。

 石窯があったり、大きなテーブルがあったり。どれも歴史を感じさせる年代物。しっかり使い込まれている形跡があるが、しばらく使われていないのかどれも薄く埃が積もっている。

 そしてやはりと言うべきか、ここも電気の気配を感じられない。それどころかガスも通ってないのかもしれない、だってコンロが無いし。

「んんんんん…」

 一番無いと思っていた異世界転生説が濃厚になってきた。

 だってこれ、魔法とかばんばん出てくるような作品の厨房そのままじゃないか。きっと街並みは中世ヨーロッパ風、でもなんか貿易とかその辺はしっかり整ってるご都合主義的世界だったりするのだろう。

 だとすればせめて殺伐としたタイプじゃなくて平和なタイプの異世界転生を望む。今のところ出会ったのは可愛い少女だけだから平和路線だが。でも可愛い女の子とか鬱系アニメにも普通に出てくるし、その場合は割とトラウマ植え付けてくるタイプだしな…

「はぁ…」

 アニメマンガゲームで得た知識を適用しても意味はない、雑巾なりタオルなりを探してさっさと部屋に戻ろう。厨房なのだしそれくらいはあるはずだ。

 その広さに反して収納と思しきものは壁に設置された戸棚三つだけ、うち二つは扉にガラスがはめ込まれている。中身は食器らしい。

「あったあった…」

 三つ目の戸棚の中身はテーブルクロスやタオル。

 大きめの物を二つ持って部屋に戻ろうとしたとき、事件が起きた。

「はい?」

 扉を開いた先がさっきの廊下ではなかった。

 何を言っているかわからないと思うが私も何を言っているかわからない。

 物置部屋のような場所。さび付いたバケツやぼろぼろになった箒が乱雑に捨て置かれている。

 開ける扉を間違えたとかではない。そもそも扉は一つしかなかった。

「え、なんで?どうなってらっしゃるの?」

 まさかと思いつつ扉を閉めて再度開ける。

 今度は小さな寝室になっていた。

 小窓とテーブル、空の本棚とそこそこ大きなベット。だれも使っていないようだ、すこし埃っぽい。

「そんな…えぇ…?」

 昨日から不可解の連続だ。この扉開くたびに向こう側が別の場所になっている。

 試しにもう一度閉じて開くと今度は広い庭園のような場所に続いていた。

 すぐ戻れば大丈夫とか考えていたが、これは完全に想定外。こんなのどうやって戻ればいいのか、扉ガチャの必要がある屋敷なんて不便極まり無い。ユキノはどうやってあんなすぐ服を取ってこられたのだろう。

「やるしかない…か…」

 最初の部屋を引くまで扉を開けて閉めてを繰り返す。それしか方法は無い。

 部屋数がどれほどあるのかはわからないが、そのうち当たるはずだ。

 一回目、はずれ

 二回目、はずれ

 三回目、はずれ

 四回、五回、六回…十回目、はずれ。 

「うがああああああっ!!!」

 壮絶な戦い(?)が始まった。


 事の重大さに気付いたのはおおよそ一時間後。

 いや割と最初の方から「これやばいんじゃね?」とは思っていた。思っていたが、一時間経過した今になってかなり重大な問題が発生したのだ。

 それは…

「トイレ行きたい…」

 そう。トイレ。

 十分くらい前から下腹部にずっと違和感を抱えているが、それがだんだんきつくなって来た。

 扉ガチャ中に一回だけトイレを引いたが、それは四十分くらい前のこと、それ以降目にしていない。

 あのとき済ませておけば…

 こんな後悔いつぶりだろうか、小学校低学年が最後だと思う。

「やばい…」

 扉の前にうずくまる。

 このままでは社会的な死につながりかねない。

 かといってこのまま扉をガチャガチャし続けても意味があるかといえば微妙なところだ、奇跡的にユキノがいる部屋かトイレを引ければいいが、その前に力尽きてしまいそうな気がする。

 というか今ちょっと、動けない。

 なんで意識した途端に我慢が辛くなるのか、というかこんなに我慢できないものだったろうか。

 額に汗をにじませながら関係ない思考がぐるぐる頭をめぐる。

 ほんとに限界が来たらどうしようか、この服をダメにするようなことは避けたい、ユキノからもらったものだし。

 まだ大丈夫と信じたいが、下腹部に感じる圧迫感は徐々に強くなってきているし、あまり先は長くなさそうだ。今のうちにどうするかは決めておかないといざというとき最悪の結果になりかねない。

 食器棚に目をやる。

 水を入れる瓶みたいなものが確か…

「いやいやいやいや…」

 それはなんか、社会的な死は免れても尊厳的に何か死んでしまう気がする。

 いやでも社会的に死んだら元も子もないのでは?

 ていうかこれあとどれくらい持つんだ?この身体の限界ってどれくらいなんだ?限界超えたら人ってどうなるんだ?

 そんなこと考えてもしょうがないな、とにかくやっぱりこの波を乗り越えたら扉ガチャを継続するしかない。

 よし、すこしマシになってきた。いける、立てる。ガチャ継続――

「二コラぁぁぁぁあっ!!!」

「ぎゃんっ」

 とめどなく回り続ける思考に動かされ扉に手をかけたとき、扉の方から勢いよくこちらに開いてきた。

 唐突な扉の逆襲に額を強かにぶつけ床に転がる。

「二コラ!?よかった、ここにいたんですね…っ」

 視界に入ってくるふわもこの白髪。

「ユキノ…」

 一時間もすればさすがに起きていたか、ユキノの方から探してくれていたらしい。

 申し訳なさそうな表情で手を引っ張って起こしてくれる。

「すみません、部屋から出ちゃいけないって言うべきでした…」 

「ユキノ」

「この館は扉同士がめちゃくちゃにつながるようになっていて、専用の魔法がないと…」

「ユキノ…っ」

「あ、は、はい?」

「トイレ…っ」

「あっ、す、すぐ案内しますね!?」

 涙目で訴えかけるこちらの様子にユキノもすぐに察したのだろう、慌てた様子で扉に手をかけた。

 ギリギリセーフ。

 ……たぶん。

pixivから持ってきた都合コマンドそのまま残ってるところがあったので修正しました

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