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異世界魔女の世話係  作者: こと
第一章:お世話係と叡智の国
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覚悟と困惑のお着換え

 

 電車に轢かれ、次に目が覚めたらとても可愛らしい女の子になっていました。


 鏡を手にして固まること五分。

 状況を理解できていないが故の硬直か、それとも鏡に映る美少女に見惚れてしまったのか。それは自分にもわからない。

「どうしました…?」

 いつまでも固まってる様子に心配そうな声を掛けられる。

「い、いやなんでもないです…」

 鏡を渡した相手がいきなり固まったら心配になるのは当然だろう。さすがにその相手が元男で女の子になった自分の姿に驚いて思考停止しているなんて発想には至らないだろうが。

 改めて鏡に視線を向ける。

 仮にこれが電車に轢かれて今まさに死にかけている脳が見せている幻覚だとしよう。

 しかし自分の記憶にこのような美少女はいないし、当然こちらを心配してくれている女の子にも見覚えはない。夢は自分の記憶から再現されると言うし、幻覚も似たようなものだろうとは思うが、自分の中にはこんな可愛らしい女の子を創り出せそうな記憶はまずない。

 というか自分も相手もそろって白髪とは。しかもよく見れば相手の方は僅かに青みがかっていて、こちらの髪も見比べるとほんの少しだけ緑がかっている気がする。

 こんなのアニメとかゲームとか、フィクションの中くらいでしかお目にかかれないだろう。

 それに幻覚にしてはあまりにも感覚が鮮明すぎる。

 さっき溺れかけたときの苦しさも、今身体に感じる気怠さも、おそらく地下室なのであろうこの部屋の閉塞的な空気感に身体に触れる毛布の感触も手に持った鏡の重さも、何もかもがリアルすぎる。というか現実そのものとしか思えない。

 では奇跡的に助かり、意識だけなにか仮想空間のような場所に飛ばされているという可能性はどうだろうか。

 それも現実味は薄い。そもそも2021年の日本にそんな技術は存在しない。少なくとも一般には出回っていない。

 仮に超最先端技術でVR空間に意識を丸ごと落とし込む技術があるとしよう。

 それがなぜ自分のような一般男性に使われる?そんなものを使ってまで命を繋ぎ止めないといけないような特別な人間ではないことは自分が一番知っている。

 意識を丸ごと仮想空間に送るなど、結局はこれもフィクションの産物である。

 じゃあなんだ、異世界転生でもしたか?最近流行ってるものな、アニメとかでよく見かけるぞ。

 それもフィクションじゃねぇか。

 というか一番現実味が無いだろう。

 だがどれだけありえない可能性を空想しようと、自分が女の子になっている以上に奇妙奇天烈なことはない。

「はぁ…」

 思わず溜息がこぼれる。まぁ見た目は自分でも可愛らしいとは思うし、与えてもらった二コラという名前もまぁ、可愛い。

 しかしこれをどう受け止めろというのか。目の前の少女に事情を説明したところでなにも状況は変わらなさそう…というかものすごく申し訳ないのだがこの少女もいっしょにパニックになる未来しか見えない。

 ならばこの事実は自分の中だけにとどめておくとして、ここはひとつ、ゲームで女の子キャラクターを操作するような気持で『可愛い女の子になってしまった三隅草太』ではなく一人の少女『ニコラ・スティリア』として振舞おうじゃないか。

「あの、ほんとに大丈夫ですか…?どこか痛かったり…しんどかったりしますか…?」

「あ、大丈夫です、ちょっとその…わけわかんなくて、あの…水槽?の中に居た理由とか…ここがどこだとか…」

 女の子らしい口調を意識しながら言葉を返す。

 前世…と言えばいいのかはわからないが、三隅草太だった時よりも不思議と楽しく思える。二コラとしてのこの振る舞いは周りから言われて合わせているものではないため、新鮮に感じるのだ。 

 そんな不思議な感想を抱きつつ水槽を指差すも、異様なほどに腕が重く、すぐに下す。

「あとこの…体がものすごく重いこととか…」

「身体が重いのは…仕方ないと思います、あの中に…何日だろう…60日以上は浮かんでましたから」

 謎を解明する上で新たな情報というものはとてもありがたい。

 それが理解できる内容であれば、だが。

「ろくじゅ…えぇ…」

 そこに関して突き詰めたところで余計に意味が分からなくなるのは目に見えている。この困惑は一旦おいて、とりあえず混乱を呼ばなさそうな単純で基礎的なことから質問することにしよう。

「それで…」

「それで?」

「えっと…いや…えぇ…?」

「えぇ…?」 

「あっ、と、とりあえずお名前お聞きしてもよろしいでしょうか…」

「あっ、ユキノ・スティリアです」

「あ、ユキノさんですか…」

 しかしやはり混乱した頭ではなにも整理がつかず、少女の名前を聞いたまではいいが、そこから何を尋ねるべきかがわからなくなって黙り込んでしまう。

 ユキノ・スティリア。それが自分に二コラという名を与えてくれた少女の名前だそうだ。

 スティリア。おそらく苗字に該当するのであろうそれが自分と同じというところがまた引っかかるが、それを掘り下げるべきなのか、他になにか聞いておくべきか、落ち着かない思考ではその判断すらもままならない。

「んー…」

「んー…?」 

 ユキノがこちらの困惑に釣られて首を傾げる。そしてこちらもついそれにつられて首を傾げてしまうものだから、なんとも不思議な空間が出来上がった。

「えっと…いや…うーん……」

 やはりどうにも思考がまとまらない。 

 電車に轢かれ、死んだと思えば目が覚めて、それだけでもう理解の範疇を超えているというのに、そのうえ体が自分の物じゃなくなっている。というか美少女になっているなど、場合によっては気が狂いかねないような内容だ。

 比較的落ち着いていると自分では思っていても、自分の頭はオーバーヒート寸前なのかもしれない。

 現にさっきから頭が重く、病気にでもなったような気分だ。

「あっ、服が無いと困りますよね!ごめんなさいっ!」

「え…?」

 頭に手を当てただ困惑するしかないこちらの様子にユキノはなにやら勘違いをした様子。ぺこりと頭を下げるとそのまま部屋の外へと出て行ってしまった。

「服…?」

 身体を見下ろす。

 ちょうど肩にかけていた毛布がはらりと落ち、その下にあったものが顕わになる。

 薄暗い地下室では眩しいとすら思えてしまうほど白く透き通った肌。細くしなやかな腕、緩やかな曲線を描く女性らしい身体つき。

「うわごめんなさい!?」

 毛布の下から現れた一糸纏わぬ少女の裸体に反射的に言葉が飛び出す。

「……」

 が、自分の身体に謝ったところで当然誰も許してくれるはずもなく、ただ虚しく声が響くだけ。

 反響してきた自分の声にふと、可愛い声だな。なんて場違いな感想が浮かぶ。

 ユキノの声も可愛らしく、自分に…というか二コラの声に似ている気もしたが、少し舌ったらずな印象を受けるユキノの声と違って二コラの声は凛としていて、ユキノと比べれば透き通って少し大人っぽい感じだ。

 だが一々自分の身体や声を意識しているようではいつまでも混乱するばかりなのでは――

「おまたせしましたっ!」

「ひぁ!?」

 思考を叩き切るかのように勢いよく開いた扉の音と、存外大きなユキノの声に悲鳴が漏れる。

 ひぁって、ひぁって言ってしまった。男なのに。いや正確には元男か。でも二コラとして振舞おうと決めたのだからこれで正解なのかもしれない。

「とりあえず私のものにはなりますけど…」

 ありがたいことにその悲鳴を気にすることなく服を差し出してくれるユキノ。

 受け取ったのは丈の長いワンピース、着ればたぶん膝丈くらいにはなるだろう。白い薄手の生地にところどころフリルがあしらわれ、胸元や袖口の小さなリボンが可愛らしい。

「あ、あとこれも…」

 もう一つユキノがワンピースの上に置いたのは同じく白い下着。当然女性もの。ドロワーズとかいうやつだ、漫画やイラストで時々見たことがある。これも現実では目にしたことがない代物だ。そもそも現実で女性用下着を目にする機会なんてほとんど無いが。

「………」

 何度目かもわからない硬直。

 本当にこれを自分が着るのか。いやしかし、今自分は女の子、二コラ・スティリアである。だったらこれを身に着けるのはなにもおかしなことはないし、むしろノーパンでいるほうがおかしいだろう。

 だがしかしだからといってこれを、自分が。

 いや違う、今は草太ではなく二コラ。自分は二コラ、自分は二コラ。私はこれを穿いて当然。

 覚悟を決めるんだ草太。

 いやだから草太じゃなくて二コラなんだから覚悟とか要らないんだ。

 あぁだめだ混乱してきた。

「あ、お着換え手伝いましょうか…?」

「はっ」

 その様子をまた勘違いしたのかユキノに声をかけられ現実に引き戻される。

「あ、いや、さすがにそれくらい自分で出来ますよ…」

 しかしこんな小さな女の子に服を着せてもらうわけにはいかない。自分も小さな女の子ではあるがこっちの方が少し背が高いのだし。

 未だに怠く重い腕を上げてワンピースに袖を通し、毛布の中でもぞもぞと下着を身に着ける。

「はぁ…ふぅ…」 

 ただそれだけの動作なのに、終わった後には少し息が上がり、軽く眩暈までしてきた。

 ユキノの話によると二か月以上水中に浮かんでいたのだから、そりゃあ体力なんてあるわけもない。

 むしろいままで座った体勢を維持できていた方がすごいのかもしれない。

「大丈夫ですか…?」

「ちょっと…しんどいかも…」

「まぁそうですよね…」

 言葉を交わしつつそっと肩を押されてベットに横たえられ、再度身体に掛けられた毛布の上から、とん、とん、と優しく身体に手をあてられる。

「ずっと動いていなかったのに急に動いたんです、疲れて当然ですよ」

 ユキノの宥めるような声に瞼が重くなる。

 それでようやく頭が落ち着いたのか、ここはどこだとか、そもそもこの身体はなんなのか、とか、今になって聞いておくべきだったことが頭の中に浮かんでくるが、それを質問という形に整えることも襲い来る睡魔は許してくれない。

「それにまだ魔力も馴染んでいないんですから、ゆっくり休んでください…」

 小さくユキノが呟いた。

 今ものすごく重要そうなワードが聞こえた気がするが、もうまともな思考力は残っていない。

 魔力。まりょく。

 まりょく?

 まりょくって…なんのことだろう。

 げーむとかで…よくみかけ……る……

 なじむって……なにに……

「おやすみなさい、二コラ」

「おやすみ……」

 ユキノの小さな手のひらにそっと頭を撫でられ、思考も中途で意識は微睡の中へと沈んでいった。


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