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異世界魔女の世話係  作者: こと
第一章:お世話係と叡智の国
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激辛とリンゴとお嬢様

 「だいじょうぶ…?」

 「もうしばらくはだいじょばないです…」 

 朝食を済ませ店の外。

 この店の裏看板メニューだったらしい激辛獣肉煮込み(通称は地獄とのこと)を沈痛の魔術も使いつつ何とか完食したものの、その魔術ですら貫通して口内から痛み以外の一切を奪い去られたまま5分。

 現在は口の中に治癒魔法を使って回復を図っているところだ。

 自分と同じものを、しかも魔術の保護も無く完食した(なんならスープもすべて飲み干した)はずのベルは隣の小さく憐れな魔女を心配する余裕すらあるというのに、この身体はそこまで辛さに弱いのだろうか?

 いや多分ベルが強すぎるだけだろう、さっき店を出る時に『地獄の生還者』なる看板が見えたし、あまり名前の書かれていないその看板に「二コラ」「ベル」と書かれるのも見えた。この世界にもチャレンジメニューという概念は存在するらしい。人類皆考えることは同じという事だろうか。

 あの料理が大好きなベルには大変申し訳ないが、あれは『この世界初めての料理』にはカウントしないことにしよう。絶対に口には出さないがあれは経口摂取型の拷問だ。食事とは呼べない。今では恐怖すら抱いている。

 「ふぅ…はぁ…」

 沈痛と治癒を重ねること計7回。やっと口の中がまともな感覚を取り戻してきた。

 ユキノによると自分の魔力である『植物』はそれ単体で生命力を持つため治癒術に対し適性があるとのことだったが、その適性が無ければ今頃どうなっていたのだろうか、既にユキノに貰っていた魔法陣の大半を使い切ってしまったのだが。

 「へ、平気…?」

 「はい…なんとか…」

 「え、えと、すごい…ね?」

 ベルはといえばこちらを心配しつつも今しがた浪費した魔法陣に若干興奮気味らしい。どうやら普通の魔術師からすればユキノの描いた魔法陣というのはとても素晴らしいものらしく、使う度に視界のそとから「わぁ…」とか「すご…」とか聞こえて来た。これしか知らない自分からすればあんまり理解できないが。なんかこれ『また俺なんかやっちゃいました?』みたいで嫌だな。

 それから数秒、ベルも興奮を落ち着けるかの如くほぅ…と小さく息を吐く。

 「じゃあ、市場はすぐそこだから、買い物いこっか?」

 「あ、は、はい…あの」

 「ん?」

 切り替えが得意なのか、魔女への憧れの眼差しを片付けて、再び『私が守らなきゃ』モードに入ってしまったらしいベルは、極々自然に二コラの手を取りぎゅっと握り、優しい微笑みを向けてくる。

 「手、どうしても繋がなくちゃだめですか」

 「うん」

 食い気味に返答されては仕方がない。ここはお姉さんに従うことにしよう。

 諦め手を引かれ、未だ人通りの少ない大通りを外壁の方向へ向かって歩き出す。

 「それで、食材と服…だったよね」

 「はい、まぁ服は後回しでもいいんですけど」

 「うん、多分…まだ服屋さんは開いてないと思うから、朝市で食材を買って…一旦私達の部屋に置いてからもう一回…多分、服は私じゃなくて、ヒメカちゃんとかミライの方が向いてると思うし…」

 「あー…」

 どこまで自分の前世である現代日本の認識が通用するのかは不明だが、確かにベルは服屋で気さくに話しかけてくる店員のような存在とは相性が悪そうではある。その点については最初の紹介でも言われていた通りユキノと同じなのだろう、我が師匠の方が重症だが。

 二言三言交わしているうちに周りの様子はすっかり変わって、食堂などのしっかり居を構えた店よりもその場にテントのようなものを張った出店が目立ち始めた。

 活気も先に行くにつれ増していく。ここがベルの言っていた朝市、その入り口なのだろう。

 「あの、今更なんですけど大丈夫ですか…?人多そうですけど…」

 朝早く、未だ目を覚まさない街の中と言えど、その中で活気があふれる場所こそが朝市。ベルにとってはなかなか厳しい世界のはずだ。

 「だい、じょうぶ…二コラちゃんのため…ユキノちゃんのため…守らなきゃ…守らなきゃ…」

 繋いだ手には力がこもり、俯き気味のその目はぐるぐると混乱を如実に現わしている。明らかに大丈夫ではない。

 「あ、あの、どこかで休んでてもいいんですよ…?場所さえわかれば後は大丈夫ですし…」

 「そ、それはだめっ!」

 ぎゅうっと、さらに手に力が込められた。

 ゆっくりと深呼吸をして、瞬きを数回繰り返す様子を心配100%で見守る。

 「大丈夫、私は大丈夫だから、いこ」

 「あ、は、はい…」

 最後にゆっくりと目を開ければ先程までの混乱した様子は幾らか落ち着いて、またお姉さんの顔に戻っていた。

 もしかして今何かしらの覚悟を決めたのだろうか、それほどまでに朝市が厳しいのなら余計に申し訳ないのだが。

 とはいえそれを指摘しては可哀想というもの、彼女の好意と覚悟を無下にはできない。

 「えっと、食材って言ってたけど、具体的にはどんなものが?」

 「んー…これって決めているわけでは無いんです、売っているものを見て考えようと思って」

 前世でも割と自炊派ではあったのでこのあたりは仕事帰りのスーパーと同じ感覚だ。

 というのも前世は特段何かに興味を向けるわけでも無く、何かを面倒と思うことも稀であったため『自炊をしない理由』が特に無かったのだ。

 そのため料理はある程度慣れているし、料理を振舞って不評だったことも特にない。

 「もしかして二コラちゃんって、自分でご飯作る?」

 「へ?ま、まぁ、はい…?」

 こちらの返答を聞いて少し考える素振りを見せたベルが放ってきた質問は、しっかりと正解を言い当てていた。つい「なぜ?」という言外の問いが生まれてしまう。

 それが伝わったのだろう、僅かな微笑が返ってきた。

 「ミライがね、二コラちゃんと同じような買い物の仕方をするんだ」

 「へぇ…」

 あの人料理とかするんだ。

 一番最初に浮かんだのはそんな失礼極まりない感想だった。

 「意外でしょ?」

 一瞬でバレた。

 「えぇ、まあ…」

 「ふふっ…」

 渋々認めればベルはころころと笑い声を聞かせてくれる。

 しかし大丈夫だろうか、先程文字通り地獄を味わうまではみんな寝ているとの事だったが、あれからそれなりに時間がたっている今ミライに今の会話が筒抜けになっている可能性がある。

 「大丈夫だよ、ミライはまだ寝てるから」

 そんな心配すらも見抜かれたようで、安心させるように頭を撫でられた。どこまで子供扱いされるんだろう私。

 「っ、おじさん、これください」

 たしかに身体は少女だが心まで子供になるつもりは無い、これ以上子供扱いをされる前にと目に映ったリンゴ(と思しき果物)を手に取り店番のおじさんに差し出す。

 「はいよ、3つで6ルナだけど1つでいいのかい?」

 「あ、じゃあ3つください」

 「あいよう」

 鞄から取り出した巾着から銅貨を6枚取り出し、紙袋に詰められた果物三つと交換。これだけで相場を計るのは難しいがだいたい1ルナ100円に相当するだろうか?だとすれば自分は今かなりの大金を抱えてることになるが。

 「んー…」

 あらためてちゃんと値段と商品名が書かれた板を眺める。

 先ほど買った果物はリンゴで相違ないらしい、同じものを指す言葉がそこに書かれていた。その他に並んでいる果物や野菜はどれも前世で見た事のある物ばかり。さすがに産地は書かれていないが、すべてこのカルディアで作られたものなのだろうか?どれも現代日本のスーパーと遜色ない出来だ。

 「どうしたんだいお嬢ちゃん、まだ買うかい?」

 「あ、はい、これと…これももらえますか?」

 追加で購入したのはレモンとジャガイモ。さきほどリンゴを詰めてもらった紙袋に追加で入れてもらい、鞄の中に巾着と一緒に仕舞う。

 「あと、はちみつってどこで売ってますか?」

 「おう、それならあっちの店で売ってるよ」

 「ありがとうございますっ」

 なるべく意識して笑顔を作りお礼を言えば次のお店へ。後ろからついてくるベルにまた頭を撫でられた。

 「しっかりしてるね、二コラちゃん」

 「え、えぇ、まぁ…ははは…ユキノのお世話係みたいなものですし…」

 別に元からだらしない性格はしていないが、ユキノがあの調子なら自分がしっかりせねばなるまい、実質この街に入ってからは殆どお世話係のようなものだ、周りからすればその振る舞いが姉らしく見えているようだが。

 さて、りんごやはちみつはデザート、メインディッシュは魚と肉どちらがいいだろうか?ジャガイモと合わせるなら肉が良さそうだ。

 何かを買う度に褒めてくるベルに自分の身体にうんざりしそうになりつつも、買い物を続けているとおおよそ相場も見えてくる。どうやら最初の1ルナ=100円の相場でおおよそ相違無いようで、つまり現在自分は30万円を肩から下げていることになるので、財布の口も緩むというもの。

 なにせユキノにとっても、あと一応自分にとっても初めてのまともな食事となるのだから、多少豪勢に行ったって誰も文句は言わないだろう。

 あとで調味料の類も買わないと、醤油あれば最高なんだけどな。

 「あ」

 「へ?」

 と、肉を並べているお店の前でどれがいいかと悩んでいると、不意にベルが声を発したものだから、つられて自分も間抜けた声が漏れる。

 ベルの方を見るとその視線はお店では無く道の方に向けられていた。

 その視線を追った先、そこにあったのは小さな人影。

 「ベルさまーっ!」

 朝市には似つかわしくない綺麗でいつつ動きやすそうなドレス姿に、朝に相応しい満面の笑顔。

 朝の陽光に栗色の長髪をきらめかせ、一目で高貴な家の者とわかるような整った装いのまま、ベルの胸へとダイブした少女。

 「ソフィア…?えと、なんでここに…?」

 それをしっかりと受け止めたベル(魔力を感じたのでおそらく筋力強化の魔術を使ったのだろう)に問われ、ソフィアと呼ばれた少女は軽く弾むような声色を抱き着いた相手に向ける。

 「フィリア様の生誕祭にプレアデス家からお父様とお母様が出席するからついてきたのです!ベルさまたちが王都に向かうって言っていたので!えへへ」

 抱き着いた状態から顔だけを上げて答えれば、再びその額をベルの胸元にすり寄せるソフィア。

 年齢は…おそらくユキノより下、しかしヒメカよりは上。この明るく人懐っこい雰囲気はヒメカのような年齢による無邪気さでは無く彼女が生来持っている性格によるものだろう。

 「ベルさまはなぜここに?」

 「あ、えっと、私は付き添いで…」

 残りの答えは行動で示すように、お肉を見るため屈んだ姿勢のままだった自分にベルの視線が向く。

 つられるようにして横を向いたソフィアの目はちょうど姿勢を起こしかけた自身の目と同じくらいの高さで、バッチリと目があった。

 「……」

 「……」

 両者に流れる謎の沈黙。ソフィアの目はこちらに釘付けになって、自分はと言えばほんのわずかに曲がった腰がちょっと痛くなってきた。

 「えと…」

 とりあえず腰に対して微妙に厳しい姿勢を起こし、何か言葉を掛けようとしたその矢先、続きはソフィアが漏らした声で遮られた。

 「綺麗…」

 「へ?」

 何だろう、特に望んでもいないフラグが立ったような気がした。




 「なん、で…ここが…」

 空気が冷える。

 それは他でもない自分自身から発せられる魔力のせい。

 冷気の属性を持つ魔力がユキノの動揺をそのまま反映し、その肉体から滲み出る。

 「何でもなにも、私にはコレがあるからさ、誰にも感知されずにこの街に侵入するなんて出来っこないでしょ?」

 言って、目の前の王女は手元の本を指差した。

 表紙に六対の翼が描かれた、魔導書のように分厚い黒革の本。

 「記憶辞書…」

 それはこの国の宝であり、このカルディアが別名知恵の国と呼ばれる所以。

 この世界に存在する神の残り香、御使と呼ばれる神器のひとつ。

 「そんな警戒しないでよぉ、おねーちゃんまで怖くなっちゃう」

 その本が持つ力は、所有者の意のままに他者の記憶、思考を覗き、書き込み、そしてその中に記載する。

 フィリアがここに辿り着いた理由なんて簡単な事、この街の中でユキノの動向を見かけた人間の記憶を読んだだけ。

 そして、この王女が目の前に現れた時点で、ユキノの自由意思なんて無いも同然。

 「んもう、警戒しないでってば、ほら、これで怖くない怖くない、でしょ?」

 言って、フィリアは手元の本から手を離す。

 同時、本は光の粒子となって空気に解け消えた。

 自分の目に映った物だけを信じるなら、この王女は安全とも言えない宿の一室のその入り口で平然と武装解除をしたことになる。

 だがしかし。

 「……どうやって、し、信じろって…言うんですか…」

 「はぁ…理解があるのも困りものだねぇ…」

 その『目に写った光景』が偽物でないと、誰が証明できる?

 記憶辞書さえあればその所有者は指先ひとつで他者の意識を、認識を、感覚を自由に書き換えることができる。

 つまり幻覚なんてお手の物。もっと言えば自分が『目に映った』と思い込んでいるだけで、最早記憶となっている数瞬前の出来事は捏造されたものである可能性すらあるのだ。

 「まあ、信じろっていっても無理なんだろうけどさ、私、無理やりはあんまり好きじゃないよ?ユキノちゃん自身に記憶辞書を使ったことは無いんだけどなぁ」

 柔和な笑みを浮かべるフィリア。

 確かに、これまで自分が記憶辞書の効果を体感したことはない。もしかしたら『記憶辞書を使われているかもしれない』という疑念自体が疑心暗鬼を呼びよせ、全てをまやかしのように感じさせているのかもしれない。

 事実、今自分は思考することができている、自分の意志に従った言葉を紡ぐことができている。その証拠に私の不安を反映した魔力は今も室内の空気を下げ続けている。

 「……と、とりあえず…中へ…どうぞ…」

 「ありがと、ごめんね」

 今はとにかく疑いすぎない事。仮に何かあったとしても、幾重に魔法陣を仕込んだこの部屋であればたとえ御使相手と言えど逃げることくらいはできるはず。

 それに、わざわざ自分を探してきた理由も気になる。あのことであれば、向こうから訪ねてくる理由にはならないはずだから。

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