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異世界魔女の世話係  作者: こと
第一章:お世話係と叡智の国
15/16

魔女バレ

 ベルに案内された店は本当にすぐそこであった。

 大通りに出てすぐ正面。他の建物たちより一回り大きいその店が掲げる看板には『シラトーレ酒場』の文字。おそらくシラトーレというのは店主の名前か何かだろう。

 「おぉベルちゃん、早速来てくれたのかい!」

 ベルの後について店に入れば出迎えてくれたのは威勢のいい女性の声。

 声から受けた印象そのまま、恰幅のいい“いかにも”と言った感じの女性がカウンターから手を振っている。店員さん…というか店主だろう、他に従業員もいないし。

 昨日の偵察中にも来ていたのだろう、ベルも怯えた様子を見せることなく小さく手を振り返している。

 「うん、朝ごはん…食べに来ました」

 「そうかいそうかい、ほら、こっちおいで」

 誘われるままカウンターの席へ。

 時間帯のせいだろうか、自分たち以外に客はいない。まぁ酒場というのだから賑わうのは夜だろう。

 席に着き、壁に掛けられたメニューを眺めるベルを横目に、改めて店内をぐるりと見回す。

 中は広く、吹き抜けになった天井からは豪奢な照明がぶら下がって、壁にはどこかの風景画と、王都に来る途中空から見た世界樹の絵、そして鹿…っぽい生き物の頭部の剥製。

 ぽいというのもその鹿、目が四つ付いているのだ。いかにも異世界って感じ。

 「ぉお…」

 「あいつは旦那が昔討伐してきた魔獣さ、立派だろう?うちの名物よ」

 「そ、そうなんですか…」

 一瞬壁の剥製に目が釘付けになっていたのがバレていたようで、高そうなグラスを拭きながら店主が声を掛けてくる。

 「………」

 「ん?どうしたんだいそんなに見つめて」

 「あ、いえ、そのコップ綺麗だなって」

 ついそのグラスに目を奪われて、その視線もまた悟られる。

 グラス自体は見慣れた物だ。ただその“見慣れた”というのはこの世界に来てからの事ではない。前世の、現代の日本でよく目にしたものなのだ。

 底面が分厚く、見るからに重そうなウィスキーグラス。バーなんかではよく見かけた。

 ここまでこの世界で、そして王都で暮らしていた印象として、ここの文明レベルは中世ヨーロッパ、よくあるファンタジー文化だと思っていたし、偏った知識ではあるけれど、そういう世界って木のジョッキとか陶器のティーカップとかが主流で、あんなグラスは無いイメージがある。

 「あぁあこれかい?こいつは数年前フローラルに行った時に一目惚れしたやつでね、そこの職人に頼んで一式作ってもらったのさ」

 「フローラル…?」

 「カルディアと…山脈を挟んで隣にある国だよ、交流国ってよばれてて…いろんな物とか人が集まるの」

 首を傾げた自分に補足で説明してくれたのはベル。何を食べるか決まったようで相変らずの小さな声で店主に注文を告げている。

 「二コラちゃんは…?」

 「あ、え、えとぉ…同じので」

 正直メニューなんて全然見ていなかったし、咄嗟にベルと同じものと答えると、なぜかほんの少しだけベルが目を丸くした。

 「ほぉ、あんたも見た目によらずチャレンジャーだねぇ、よし、作ってくるからゆっくり待ってなぁ」

 え、何?ベルさん何頼んだの!?

 そんな悲鳴を口に出す間もなく店主は店の奥へと消えて行ってしまう。どうしよう、ベルがゲテモノ好きとかだったら。

 「んと、それで…」

 「あ、は、はいっ」

 こちらの混乱には気付かぬまま、ベルが話を進める。

 そういえば能力について教えてくれるという話だった。

 「私の能力…ね、イミテーションは…簡単に言うと…『再現』の能力なの」

 「再現…?」

 この店に来る前裏通りに瞬間移動したのも何かの再現だったというのだろうか。

 いまいちピンと来ず、首を傾げているとベルが懐からコインを取り出し机に置いた。

 「うん。えっとね、今わたしがこうやって、机の上にお金を置いたでしょ?」

 机の上に置いたコインをベル指差す。そのコインにおかしなところは見つからない。今朝ユキノに教えてもらったばかりの貨幣。銅色だから1ルナだ。

 「これを片付けて…」

 言いながらその1ルナ銅貨を取って、懐にしまい込む。

 「イミテーション」

 ベルが一言呟くと、いままさに片付けたはずの銅貨が、また同じ場所に置かれていた。

 「…つまり?」

 「えとね、『私がここに1ルナを置いた』っていう結果を再現したの。私のイミテーションは『自分の行動から任意の結果をもう一度再現する能力』なんだ、どの結果をどんな風に再現するかも自由だから…」

 チャリン、と硬貨が重なる音。

 目を向けると先程現れた1ルナ銅貨の上に10ルナ銀貨が乗っていた。

 「こういうふうに、『1ルナを置いた』じゃなくて『お金を置いた』っていう部分だけを再現すると…いくら置いたかも変えられる」

 「へ、へー…」

 ミライの『雷を操る力』、ヒメカの『百鬼夜行』、そしてベルの『イミテーション』。昨日今日で三つ能力を見せてもらったが、そのどれもが全くの別物。

 魔術が体系化されているというのは授業で聞いたし、だからこそ学び、習得することができるのだが、能力というのは個人が所有する特別な力、いわば個性のようなものだ。学べるようなものでは無いが、そのぶんその力の内容は人によって大きく異なるのだあろう。

 「んと、じゃあ移動は…?」

 「あの場所は昨日ヒメカちゃんと一緒に通ったから…『あの道を手を繋いで二人で歩いた』再現だよ」

 「すごい能力ですね…」

 「えへへ…」

 照れたようにはにかむベルだが、実際その能力の自由度は万能とすら言えそうなものだ。絶対敵にはしたくない。

 「能力かぁ…」

 「あ、二コラちゃんは…」

 「はい、能力は持ってないですよ、魔術師です」

 「…そう……」

 「……?」

 笑みを消し、カウンターの向こうに目を向けるベル。次いで入り口の方へと目を向け、今度は吹き抜けの先にある二階のテーブル席のほうを確認する。

 何か変なことを言っただろうか。挙動不審なベルにどんどん不安になってくる。

 「その…」

 「は、はい」

 何かしらの確認を終え、ベルが申し訳なさそうに声を掛けてくる。

 「そ、その…今から聞くことは、百鬼夜行のみんなにも内緒にするし…い、いまはまだみんな寝てるから、誰にも気付かれないから、その…」

 なんだろう、ものすごく、この上なく嫌な予感がしてきた。

 「な、なんでしょうか……」

 「その、ね…二コラちゃんと…ユキノちゃんって…魔女…なの…?」

 「んーーーーーーーーーーー………」

 ごめんなさいユキノ先生。二コラはダメな弟子です。破門にしてください。

 「た、ただの魔術師ですよ、ど、どうしてそう思うんですか?」

 「その…その歳にしては…魔力の制御が上手すぎるから…」

 「えっ」

 能力者って魔力も感じ取れるの?こっちは能力使われても何も感知できないのに。ズルじゃん、私魔女じゃなくて能力者に産まれたかった。

 「その…私能力者だけど…魔術師でもあるから…」

 言いながら袖を捲るベル。その下にあったのは少女の白い腕だけでは無かった。

 幾本もの黒線で形作られた幾何学模様。

 それがベルの腕…手首から少なくとも見える範囲では肘の辺りまでびっしりと刻まれている。

 「格納と身体強化の刻印魔術…能力があって魔力量が少ないから…これしか使えないけど…魔術師として…魔力は感じ取れるの…それで、その…昨日二コラちゃんがユキノちゃんの寝てる部屋に入る前に魔力を感じて…その…あんな細かい魔力操作…普通の魔術師だったら何十年も修行した人じゃないとできなくて…それで…」

 「魔女くらいしか心当たりが…?」

 「うん……」

 これはダメだ。上手いこと誤魔化す口実を私は考えられない。

 本当にごめんなさいユキノ先生。もっとこの世界について勉強してから街に来るべきでした。自分が無知であるがために今ここで身バレ…もとい魔女バレを回避することができません。

 私のせいで国を追われることになったらどうしよう。もう一生をかけて償います。一生身の回りのお世話とかします…っ!

 「その通りです……」

 「……!」

 どれだけユキノに懺悔しようと魔女バレの回避は出来ようはずもなく。

 二度目の死を覚悟しつつ、「あぁ私の人生一週間ちょっとで終わっちゃったなぁ…」なんて思いながら諦めて魔女であることを認めると、意外にもベルの反応は悪いものでは無かった。

 ぱぁっと顔を輝かせ、ついでに目をキラキラさせて、手をわなわな震わせたかと思えば、感極まったように抱き着いてくる。

 「へぁ!?なんですか!?」

 「私、いつか魔女に会いたいっておもってて…!ずっと魔女に憧れてて…!」

 「へ、へぇ…?」

 ぎゅむぎゅむと抱擁を受けつつ、耳元でベルの控えめな興奮の声が響く。

 魔女ってそんな憧れの対象になる存在だったのか。てっきり異端審問という名の誘導尋問から火炙り丸焦げコースかと思っていたのだが。

 というか、なんでユキノは魔女であることを隠そうとしたのだろう、ベルからこれだけ憧れを受ける存在ならば、検問もパス出来たろうに。

 ……とは思ったが、ユキノの人への怯えよう、注目を浴びたら灰になってしまいそうではある。

 「あ、あのっ、ほんとに秘密にしてくださいね!?」

 「うんっ、絶対秘密!」

 今日一番元気なベルの返事。不安しかない。

 が、今はとりあえずこうして念を押すくらいしか自分にできることはないので、諦めるしかないだろう。

 「仲良しだねぇお二人さん、はい、お待たせ」

 いつまで続くんだろうと思っていた抱擁も、料理を運んできた店主の声でぱっと終了する。

 顔を真っ赤にして椅子に座りなおすベル。さすがに興奮し過ぎていたあと気付いたのだろう。

 「ご注文の激辛獣肉煮込みだよ、器は熱いから触っちゃダメだぞぉ」

 「わお……」

 赤い。

 真っ赤だ。

 目の前に置かれた石の器。グツグツと音を立てるそれはもはやマグマにしか見えない。

 ところどころ肉や野菜と思しきものが顔を出しているのだが、それすらもスープの赤に侵食されて元の色がわからなくなっている。

 「おいしそう…昨日からずっと気になってたの」

 「そ、そうなんですかー…」

 ゲテモノでは無かったが、こっちの方向性だったとは。

 ていうかこれ絶対にモーニングメニューではないと思うのだが。

 「ん、おいしい…!」

 木製のスプーンを手に固まっていると、となりでは既にベルがもぐもぐと口を動かしながら感動しているところ。

 「い、いただきます…」 

 まさか、この身体で食べる最初のご飯が激辛料理になるだなんて。

 せめてこの身体が辛み…という名の痛みに強いことを願い、恐る恐る一口目。

 ……その後の記憶は、正直曖昧だ。





 夢を見た。

 どこか、見覚えのある夢。

 高い建物、騒音と共に通り過ぎる乗り物、動く階段、目を回してしまいそうになるほどに大量の人。

 『覚えていて』

 誰?

 『それにはまだ答えられない』

 ここはどこ?

 『それもまた、答えられない』

 じゃあ、何を覚えていればいいの?

 『ただ一つ、夢を見ていたことを』


 コン、コン。

 「ん…ぅ…?」

 瞼に掛かる陽光。

 このまま目を開けたら絶対に眩しいというふにゃふにゃした確信に従って寝がえりを打つ。

 コン、コン。

 耳に届くのは遠いノックの音。

 「二コラ…?」

 いや、二コラだったら…えと…たしか…そうだ、買い物。買い物に行ってくるからお金はどこかと聞かれた気がする。

 じゃあ誰だろう?昨日一緒に居た百鬼夜行の誰かだろうか、それともこの宿の従業員さん?

 でもとりあえず、二コラに任せておけば…

 「………はっ」

 目が覚めた。

 二コラは今いないのだ、つまりこのノックに対応せねばならないのは自分。

 無視する?いやそんなわけには行かない、百鬼夜行の人だとしても、従業員さんだとしても、居留守は相手を困らせるだけだ。

 「うぅぅぅ…」

 もそもそと身体を起こし、乱れた髪を軽く指で整える。

 コンコン

 「い、いまでますぅ…」

 三度目のノックに返事をするも、自分でもわかるくらいによわよわしい声はきっと扉の向こうには届いていないだろう。

 ぺたぺたと足音を鳴らし、扉の前に恐る恐る近づく。

 大きく深呼吸をしてから、覚悟を決めて、四度目のノックの前にゆっくりと扉を開いた。

 「お、やっと出たー」

 聞こえた声は百鬼夜行の人達のものでもなければ、従業員のように畏まったものでもなかった。

 しかし、自分は、ユキノは知っている声。

 緩く開いた扉から、覗いた先に揺れていたのは長い黒髪。

 その艶やかな黒を辿って、見上げた先には夜空の黒を映したかのような、綺麗な瞳。

 この豪奢な宿の装飾たちですら霞む美貌を持ち合わせ、この宿を利用している誰よりも綺麗な衣服を身に纏った、僅かに耳の尖った、ハーフエルフの少女。

 「フィリア…さん…」

 「や、探してたんだよー、『氷雪の魔女』ちゃん」

 カルディア王国の現王女、フィリア・カルディアその人が、扉の前に立っていた。

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