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異世界魔女の世話係  作者: こと
第一章:お世話係と叡智の国
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予兆

「ユキノ、ユキノ?ご飯みんなで食べるっていう話ですけど」

 ムラサメが戻ってきてから少し、ベルとヒメカも帰ってきたため、ユキノを起こすために扉をノックしたのだが、返ってくるのは沈黙だけであった。

「ユキノおねーさんだいじょーぶ?」

「うーん…」

 一緒にユキノを呼びに来てくれたヒメカが心配そうな顔を向けてくる。寝ているだけだろうし、ここで待っていても仕方がないのだろうが…

 と、不意に、部屋の中から微弱な魔力を感じた。

 一回、二回、三回。

 少し間を置いてからもう一度、一回、二回、三回。

 かなり弱く、意識しなければ取り落としてしまいそうなその魔力は確かにユキノのものであり、繰り返し三回区切りで発せられるそれは、明らかに二コラに対して放たれている。

「ヒメカちゃん、先戻っておいて貰えるかな?ユキノちゃん疲れてたみたいだから、ちょっと私ユキノと一緒に居るね」

「ん、わかったー」

 存外素直に言う事を聞いてくれたヒメカ。とてとてと皆が待つリビングに戻っていくのを見送ってから、そっとユキノが待つ部屋の扉を開ける。

「ユキノ…?どうしたんですか…?」

「…入って、扉は閉めてください」

 覗き込みながら声を掛ければ、返ってきたのは随分真剣な声だった。

「は、はい…」

 言われた通り部屋に入り、扉を閉めると、ベットに座っていたユキノが近付いてきて、扉に小さな紙切れを張り付けた。

 書き込まれた複雑で緻密な模様は、紙切れの上で青白い光を放ち始める。

 同時、部屋を包み込むように展開される薄い魔力。部屋全体に広がったそれは、すぐに感じられなくなった。

 魔法陣だ、この形式は確か…

「結界…?」

「はい、今から話すことは、少し聞かれたくない事なので」

 ユキノの表情はやはり真剣。何か問題でもあったのだろうか。

 そのままベットの方へ戻るユキノについていき、隣りあわせで腰掛ける。

「二コラ、この街、少しまずいかもしれません」

「え…?」

「休んでいる間、一瞬ですが魔力を感じたんです。それも悪質な」

「えっとぉ…」

 話についていけず一瞬思考停止をしてしまう。自分は魔力なんて感じなかったが…

「多分、二コラはミライさんと話していたから気付かなかったんだと思います、相当微弱…それこそさっき私が二コラに向けたくらい弱いものだったので」

「な、なるほど…で、でもえっと…それって何がまずいんですか…?スライムがどこかにいたとか…」

 前にお風呂場で遭遇したスライム、あれは魔力が淀んで生まれるものだし、どこか人目につかないところでそれが生まれてしまっただけなのでは。

 なんて楽観的な意見は、すぐに否定されることになった。

「…どこか一方向からだけなら、私も気にしませんでした、この国は魔術教育に力を入れていますし、誰かが少し魔術に失敗しただけだと思っていたでしょう」

「…違うんですか?」

 ユキノの口ぶりからすれば、まるで全方向から感じたとでも言うかのようじゃないか。

 恐る恐る聞いてみれば、ユキノの表情が少し曇った。

「…違います。この街の全方向…空からも感じたんです。全く同じタイミングで」

「それは…」

 明らかに異常だと、世間知らずの自分でもわかる。

 全方向から感じたという事は、その魔力を発したものが周りをぐるりと囲んでいるという事になる。

 もしそんなものがあったのなら王都に入る時に絶対に気付いているはずだし、何も気付けなかったという事は、考えたくはないが…

「私達が入ってから…?」

「はい、何かしらの魔術が動いたのかもしれません」

 背筋を、嫌な汗が流れるのを感じた。

「そ、その魔法って…」

「わかりません、一瞬で消えてしまった上、何かをされたわけでもないので特定もできなくて…」

「そう、ですか…」

 ユキノにわからないのであれば、当然自分にもわからないだろう。

 しかし、過ぎた事、わからない事を追いかけたところで、何もわからないままであるだろう。

 街に何かしらの魔術が仕組まれていることは確か。よくない魔力というからには、国民のために用意されたものでも無いのだろう。

 論ずるべきは、自分たちが今からどうするかだ。

「えと、館に戻った方がいい…ですかね…?」

 こんなに人が多いところで、なにかしらよくない事が起ころうとしているのだ、ユキノにとっては負担だろうと森に帰ることを提案したが、その言葉に返ってくるものは無く、隣に座ったユキノは不意に立ち上がって窓に近付いた。

「ユキノ…?」

 暗くなった空を照らす街灯りが、ユキノの白髪を煌かせる。

 小さな魔女は、眼下を行く人々を暫く眺めた後に、ゆっくりと、こちらに振り向いた。

「…この街の人達を、放っておくことはできません」

 どうやら、自分はユキノの事を勘違いしていたらしい。

 窓からこちらに向けられたその青い瞳には、確固たる意志が感じられた。

「しばらくこの街に留まりましょう、何も起こらなければそれでいいですけど、何かあった時、森からでは遠すぎます」

 厄介なことがあれば見て見ぬふりをしろ。

 面倒事には近寄るな。

 前世―――日本という国では、それが大衆の無意識だった。

 正義感のある人間なんて極僅かで、大抵の場合は自分の事を優先したり、巻き込まれるのを嫌って見て見ぬふりをしたり。

 自分も、三隅草太も、そんな典型的な日本人だった。

 だからこそ、一番最初に浮かんだのはこの街から離れることだったのだろう。

 しかし、ユキノはそうではなかった。

「…わかりました、でも…仮に何かあったとして、私達にできることなんてあるんですか…?」

「ふふ、私達は魔女ですよ?ちょっとした魔術なんて、紙切れを破くより簡単に対処できますよ」

 この小さな魔女にとっては、この街に住む見ず知らずの人々も助けるべき相手なのだろう。

 正義感とはまた違う、ただの優しさ。

 これから起こるかもしれない何かしらから、誰かを護りたいという純粋な気持ち。

 一体何が彼女にそう思わせたのかはわからないが、それでもその優しさを信じられる程度には、ユキノの温かさに触れて来たつもりだ。

 だったら、それに異を唱える理由なんて無いだろう。

「ミライさん達にはどう説明したら…」

「今は一旦黙っておきましょう。でも、もしかしたら頼らないといけなくなるかもしれませんし…その、二コラには…」

 強い意志を感じさせた表情から一転、申し訳なさそうに揺れる瞳を向けられる。

「任せてください、あの人たちとはできるだけ仲良くしたいですし」

 魔女に産まれたからと言っても、魔術や魔法については、自分はまだまだ素人だ。

 きっとその点に関して自分ができることなんて無いだろうし、ユキノの力になるためには、別の所で頑張らないといけない。

 自分に今できることと言えば、ミライたち『百鬼夜行』との交友関係を保つことだろう。

 彼女たちがどういう人物かはまだはっきりと分かったわけではないが、この街の中で、現状最も頼りやすい人達であることは確か。

 事がどのように運ぶかはまだ不明だが、長く旅をして、その中で人助けもしていたという彼女たちは、間違いなく力になってくれるはずである。

「…ありがとう、二コラ」

「いいってことですよ、それが私にできることですし」

 お互いに笑みを交わせば、なんだか温かいものが胸に拡がる様な感じがした。

「…でも」

 と、不意にユキノが近付いてきて、そのまま二コラのほっぺたをむぎゅうと摘まんだ。

「いひゃひゃひゃ」

「私の事、妹扱いしたのは許しませんからね」

「ら、らっへ…」

 そのままムニュムニュと引っ張られたのち、ようやく解放される頬。

 じんわり痛むそれに両手を当てつつ、半眼をユキノに向ける。

「ユキノずっと黙ってますし、魔女であることを隠すってなったらそれくらいしかないじゃないですか…」

「…………」

「反論できてないじゃないですか」

「……とにかく!この後は私達の部屋に戻りましょう!ここのオーナーさんには申し訳ないですけど、一時的な拠点としていろいろ魔法を仕込みたいですし」

「あ、誤魔化しましたね」

「う、うるさいですよ」

 そっぽを向いてしまったユキノに、思わず笑みが零れる。

「笑わないでくださいよ…」

「ふふ、いえ、ごめんなさい、なんというか、誰かと気を抜いて会話するのがすごい久しぶりな感じがして」

 前世で、こんなふうに笑顔で人と話したことなんてあっただろうか。

 今思えばあの時の自分はかなり人間味が無かったような気がしてくる。

 それに気付けなかったうちは何も感じなかったが、今ではもうあんな自分には戻りたくないとすら思うのだ。

 経緯は特殊に過ぎるが、自分を変えてくれたユキノには感謝しているし、だからこそ、ユキノの力になりたい。

「じゃあ、私はミライさん達に部屋に戻るって伝えてきますね」

「はい、よろしくお願いします」

 早速一つ目の仕事だ。


「ふむ…ユキノちゃんは大丈夫そうかい?あまりにも酷いようだったら医者を探してくるけれど…」

「い、いえ!流石にそこまで酷いわけではないので、明日まで部屋で休んで居ればよくなると思いますから」

「そうか…じゃあ、残念だけど一緒にご飯を食べるのはまた今度にしよう、ユキノちゃん部屋まで背負っていこうか?」

「いえ!大丈夫です、ちゃんと歩けはするので」

 ソファの陰に隠れて、そんな会話を盗み聞き。

 べつに、あの真っ白くてかわいい女の子達のことが嫌いなわけじゃない。

 でも知らない人だから、どうしても怖いから。ついついこうして隠れてしまうのだ。

 それに、ほんの少しだけ、引っかかることがあったから。

「今日は一緒にご飯食べられないってさ」

「えー!」

「我儘言うんじゃねぇよ、体調悪いってんなら仕方ねーだろ、また今度元気になったら声かけてやりな」

「はーい…」

 扉が開いて、閉まる音。どうやらあの子達…二コラちゃんとユキノちゃんは隣の部屋に戻ったようだ。

「ベル、もう大丈夫だよ」

「うん…」

 ミライに声を掛けられて、ソファの陰から身を出せば、先程までユキノちゃんが休んでいた部屋に目を向ける。

「ベル?」

「う、ううん、なんでもない…」

 さっき、二コラちゃんが部屋に入っていった後。

 あの姉妹から感じていた魔力が途端に感じられなくなったのはなぜだろう。

 それに、二コラちゃんが部屋に入る前に部屋の中から感じた周期的な魔力。あれには一体どんな意味が。

 能力者でありながら、百鬼夜行唯一の魔術師でもあるベル・スカーレットは、そんな僅かな疑問に首を傾げていた。

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