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ACT1 第四手



「ム?」


飲み物で両手を塞いだエルロットは、馬車の周囲に双子の姿がないことに気が付いた。馬車の中に確認できる妹も、何故か心配げな面持ちで顔色が優れないようだ。不安になって早足に馬車に近づくと、コンコンと扉を叩いてフラウリッシュに声をかけた。


「フラウリッシュ。二人はどうした?」

「え、あ、お兄様!?どうしてここに!!?」


明らかに何かあった様子のフラウリッシュは、エルロットの姿を認めるとひっくり返りそうな勢いで驚いていた。そんな妹の姿にエルロットはますます首を傾げてしまう。


「どうしたのかね、そんなに慌てて。何かあったのだろうか。」

「どうしたもこうしたもありませんわ!二人ともお兄様を探しに行ったのですわよ!!」

憤慨した様子でフラウリッシュが声を荒げるが、エルロットはその言葉に怪訝そうに眉を寄せた。


「…?妙だな。私はエミリオに行き先を告げて、了解を得たはずだが。」


しかも馬車を離れてからそう時間も経っていない。行き先も告げずに何処かへふらりと行ってしまったなら探しに出るのは仕方ないかもしれないが、それにしたって病弱なフラウリッシュを一人きりにするなど不自然だ。

エルロットの言葉にフラウリッシュはきょとんとしていたが、やがて考えるように眉を寄せる。

「それは…本当なのですか?だとしたら確かにおかしいですわね。」

了解を得た…つまりエルロットとエミリオは『会話』しているのだ。しかもあのエミリオが上の空で空返事をしたとは到底考えにくい。


「何か引っかかるな。どちらにせよここから離れないほうがいいだろう。」

右手に持っていたジュースをフラウリッシュに渡して、エルロットは珈琲に口をつける。

今馬車はオークション会場の前に止めてある。『人身売買』が始まるにはまだ時間が有るので、こうして飲み物を買いにいったわけだが。

「一体何があったのかね」

「私にも良く分かりません。ただ二人が何か話したかと思うと、大慌てでお兄様を探してくる、とだけ。」

「何だそれは。」

エミリオはエルロットが『どこへ』、『何をしに』行ったか知っている。大体エルロットが行った屋台はそれほど離れていないし一本道だ。探しに来たというなら出くわしていても何らおかしくない。

と言うことは考えられるのはアルシオがエミリオの話を聞かずに早とちりして探しに行った…くらいだろう。それにしたってこんなに時間はかからないだろうし、エミリオがいなくなる道理がないのだが。


「まったく…自分で付いてきたいと言ったくせに何を考えているのだ。」


帰ってきてみれば馬車に残っているのはフラウリッシュのみ。


これでは予定が駄々狂いである。フラウリッシュを馬車に一人きりにするなど危険すぎることは分かりきっているというのに、一体何のためにアルシオは付いてきたのだ。

心の中でピンクドレスの少年侍女メイドに恨み言を呟いていると、ふとフラウリッシュが声を上げた。


「アルシオですわ!」

「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!御主人様マスター何処行ってたんですか!?探したんですよ!!」

人の姿を確認するや否や、とんでもない大声が鼓膜に突き刺さり、エルロットの眉間にヒビが入る。金の瞳を驚愕と怒りの色に染めたアルシオが、息を弾ませてこちらに駆けてきた。

「…飲み物を買いにいっていただけだが」

「勝手にふらふらしないでください!!」

勝手に消えたのはそちらだと言うのに理不尽に怒鳴られ、エルロットの米神に青筋が走る。それに気が付いたのだろう、アルシオの顔が瞬時に青ざめ口を噤んだのだがもう遅い。

「黙っていったわけではない。ちゃんとエミリオから了解も得ている。それよりも君たちは何を考えているのかね、フラウリッシュをこんなところに一人にするとは…」

「え?エミリオに、ですか?」

絶対零度の声で言い募っていたエルロットの言葉を、驚いたような声が途切れさせる。エルロットはさらに眉間に皺を寄せるが、アルシオは考えるように頬に手を当て何かしら唸っている。

「おっかしいなぁ〜〜〜。エミリオがいつになく慌てて『御主人様がいなくなった』って言うから、私も急いで探しに行ったのに…」

「と、いうことは先に言い出したのはエミリオなのですか?」

目を丸くしてフラウリッシュがアルシオに詰め寄る。それにアルシオは「そうなんですよぉ」と答えるが、まだ何か考えるような難しい顔をしたままだ。


それでは話に筋が通らない。


とにかくエミリオに話を聞かないことには、先に進めそうになかった。アルシオは相変わらず「おっかしいなぁ」と呟き、フラウリッシュも少し不安げに考え込むばかりである。

「エミリオはどうした。」

そう言って辺りを見回すが、アルシオと同じ顔をした執事バトラーの姿が見当たらない。エルロットの言葉にアルシオは困った顔で、

「それがぁ…手分けして探そうって言われて、二手に分かれたんですよ。で、少し探したけど見つかりそうになかったから、お嬢様も心配だし私は早めに引き返してきたんです。」

「では、まだ私を探しているということか?」

「馬車に帰ってきてないってコトは・・・そうなりますよねぇ。」

うぅ〜〜〜んと唸るアルシオはどうやら嘘は言っていないようだ。

「仕方ない。私が探してこよう。アルシオはフラウリッシュのそばを離れるな。」

「え?でも、いいんですかぁ?」

「そのほうが効率がいい」

悔しいことだが、おそらく自分よりはアルシオのほうが接近戦には長けている。それにこの辺りは屋敷からあまり出ないアルシオでは、逆に迷子になる可能性のほうが高い。その点自分はこの辺りはフィールドワークで何度か訪れているから、アルシオよりは土地勘があるはずだ。

「基本的に財布は君が管理しているから、私が間に合いそうになかったら私の代わりに君が『駒』を揃えてくれ。」

「分かりました。」

神妙な顔立ちで頷くアルシオを確認してから、フラウリッシュに目を向ける。その顔は不安げな色が濃く、それを振り払うように、わざと地を這うような声を出す。

「それと…フラウリッシュを次一人にした場合は、減給だ。」

「神に誓ってお傍にいます!!」

「よろしい。」

そう言うと、後ろにいたフラウリッシュの顔が少しだけ和らぐ。天使のような笑顔で「お気をつけて」と言われ、エルロットはらしくないと理解しながらもふわりと微笑み返す。



全速力で戻ってこよう。



シスコン全開な思考で決心すると、エルロットはテールコートを翻して夜の街に溶け込んだ。






***************






エミリオはかなり目立つ。


小柄な体に不釣合いな燕尾服に、亜麻色の髪に良く似合う珍しい金色の瞳。

あまり見た目に気を使わないため本人は気付いていないが、基本はアルシオと同じ顔なのだ。

顔立ちだって整っているし、あの涼しい表情は年齢にそぐわないのでかなり印象深い。


証拠に、道行く人に声をかけると、三人目で早々に目撃情報があった。

目撃された場所は、なんと自分たちの目的地だったあのオークション会場の裏口。エルロットも後を追ってそこに向かう。


従業員入り口は人で込み合っているので、もっと奥のテントの隙間からそっと中を伺う。周りを見回す。そこには檻、檻、檻。檻しかない。

目当ての燕尾服を探すが見当たらない。とにかく従業員に声をかけようとするのだが、如何せん動き回っていて話しかけられる雰囲気ではない。

黒のスーツと黒のネクタイ、黒のスラックスに黒のサングラスと何処かやりすぎた感漂う相貌に少し、引いた。というかこの暗闇でサングラスをかけるのは如何なものかと思う。前は見えているのだろうか。


「この暗闇の中でよくグラサンなんかかけてられるねぇ。」


肩が跳ねた。


一瞬口に出したのかと思ったが違う。どうやら檻の中から聞こえるらしい。自分と同じことを思っていた男がつまらなそうに柵越しに忙しなく動き回る男たちを眺めていた。

何となしにその横顔を観察していると、ふと男の隣にいた中年が口を開く。低い声。

「アイデンテティなんじゃないか?」

「わぁお。めんどくさ〜。」

ハッハッハと男が笑うリズムに合わせて、肩の上で方々に跳ねる黒釉くろゆうの髪が揺れた。鼓膜を震わすその声は存外明るいもので、これから買われるものの声とはとても思えない。最近の奴隷は皆こうなのだろうか。




「………気楽なものだな」


思わず呟いた声に、檻の中の全員が驚いたように振り向き、そして自分の姿を認めるや否や、何故か口をポカンと開けて固まっていた。


しばしの沈黙。檻の中の視線という視線が矢のように突き刺さる。


「…なんだろうか。」

不躾に自分を見る視線に対し、居心地悪くなって眉間に力が篭る。途端檻の中の半分以上が怯えたように顔を逸らす。何なのださっきから。


ふとそのとき柵に一番近い…すなわち自分に最も近い位置にいた黒釉の男が、おずおずと口を開いた。


「え、と…だ、誰?見たところグラサンブラザーズでもなさそうだし」

「…?ぐらさんぶれいかー?何だそれは。」

意味不明な男の言葉にますます眉に力が篭る。すると男は慌てたように目を泳がせ、言葉を下の上で転がすように口にする。

「ええっと、つまり見かけない顔だってことだよ。」

「む、それはそうだろう。今来たところなのだからな。」

当たり前のことを言われ、何を言っているのかと少し呆れた。間髪いれず言い返すと男は何故か頭を抱えて、失敗した笑みを浮かべてきた。

「うん。そうだろうね。そんな格好してたら目立つことこの上ないしね。で、キミは誰?」

どうやら自分の正体が知りたかったらしい。それならそうと最初から言えと思いながらも、何とか抑えて無表情に一言「客だ」とだけ言った。


「客?じゃあ俺たちを買い取りにきたってコト?」

「まぁそうなるだろうな。」

「ふぅん」

その言葉を聞いて何事か思案するように虚空を眺めていた男は、不意に何か思いついたようにニヤリと口角を上げる。何となく背筋に戦慄が走り、思わず仰け反りそうになるが、負けん気で堪える。すると何を思ったか、男は首に付いた値札を見せ付けるように摘むと、耳元で囁かれたら腰が砕けてしまいそうな低い声で囁いた。




「じゃあさ。キミ、俺のこと…『かって』みない?」




「…………何か言葉のイントネーションが怪しい気がするのだが。」



この男は一体何を言い出すのか。


崩れそうになった不機嫌の仮面を根性で貼り付けたまま男を睨み返す。そんな自分の様子を楽しそうに見上げる男に不快感を感じ、眉間の『ヒビ』が悪化した。


「それで、お兄さん?答えは?」

「…生憎今は持ち合わせがないのでな」

「それは残念。」

嘘は言っていない。

そんな自分の言葉を聞いてわざとらしく肩を竦めると、先ほど見たへらりとした顔に戻った。何となく、ほっと息を吐き出してしまう。それが安堵からくるものとは気付かないまま。


「そういう台詞はもっと可愛らしい女性に言ってやりたまえ。」

「あ、ちょっとお兄さん!」

男が呼ぶ声もそのままに、エルロットはさっさと奥に逃げ込んだ。舞台裏の奥はさらに深い闇になっており、不必要に聴覚が鋭くなる。向こうから微かに聞こえる男の声が、未だ背中にこびりついて離れないような気がした。









そこでエルロットの意識は途切れた。






****************






「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


近所迷惑な弟の声で、エミリオの意識は覚醒した。先ほどまで夢を見ていたような気がするのだが、分からない。頭がぼんやりとしていて、熱で浮かされてるようだった。

「もう!!エミリオったらどこ行ってたの!!心配してたんだから!!」

どうやらカンカンに怒り狂った様子のアルシオに、エミリオは怖気づく。だが怒られている理由が思い至らない。

「え…あ、アルシオ?何の話…」

「あーあー。また行き違いかぁ…しょうがないなぁ。また行き違いになるの嫌だしここで待ってようか。」

「え、と、あのアルシオ…」

話が通じない。何か困った様子でぶつぶつ言うアルシオに何か聞くのは諦め、馬車の中のもう一人の主を伺う。

「あの、フラウリッシュ様…」

「エミリオ!どういうつもりですか!貴方お兄様から行き先を聞いていたのでしょう?それなのに何故さもお兄様から何も聞いていないかのような態度をとったのですか!」

珍しく声を荒げて叱るフラウリッシュにますます頭が混乱する。ひとまず話を整理しようと諸手を挙げて降参のサインを出した。

「お、お待ちくださいお嬢様!お言葉ですが、おっしゃる意味がよく分からないのですが…」

「あー!そういうこと言うんだぁ。いーけないんだーいけないんだー。往生際悪いなぁ」

いじめっ子のような顔でにやりと笑うアルシオだが目はまったく笑ってない、フラウリッシュも表情こそ菩薩のような笑顔だが、目の中のオーディエンスが鬼と死神では恐怖以外の何者でもなかった。

「どうしたもこうしたもありません。貴方が言ったのでしょう?お兄様がいなくなったと」

「ふぇ?」

言われた台詞に、エミリオには珍しく無防備な声を出した。

「ふぇ?じゃないでしょーが!ちょっと可愛かったけどさ!」

「ちょ、ちょっと待てアルシオ!本当に私がそんなことを…?」

「今まさに口から羽ばたいたところじゃん!!『ふぇ?』って」

「そっちじゃない!私が言っているのは…わひゃあ!!?」

そこまで言ってエミリオが素っ頓狂な声を上げた。アルシオも驚いたように目を見開く。

ただ一人、双子から注視されているフラウリッシュだけが静かな声を出す。

「エミリオ…貴方の体から、僅かですが『魔法』の残り香を感じます。」

「っておおおおおおおおおおおおおお嬢様!!!いいいいいいいいいいけませんそのような!!」

エミリオが真っ赤になって手をばたばた振った。

それもそのはず。フラウリッシュはエミリオの燕尾服の胸倉を思いっきり掴んで、露になった白い胸元に鼻を寄せているのだから。

「お、お嬢様?『魔法』…ですか?」

割と早い段階で正気に戻ったアルシオが〔まだ若干顔は赤いものの〕真面目な顔で尋ねると、フラウリッシュはその姿勢のまま頷く。

「はい。それもただの魔法ではありません。特殊な系譜の魔法で、しかもかなり古いものです。」

「そそそそそそそそこで話さないでください!!」

未だ茹蛸のままなエミリオは軽く流して、二人は会話を続ける。

「特殊…ですか。」

「私はこの魔法を、以前ある場所で見たことがあります。」

「え?」

「正確には『魔具』を…ですが。」

そのフラウリッシュの言葉に、トマトみたいになっていたエミリオが、ふと動きを止めた。赤かったはずの顔が強張り、若干青ざめて見える。

その様子を見て「おぉ今度は青くなった」などと呟くアルシオは将来大物だ。




「まさか…」



エミリオが恐る恐る呟くと、フラウリッシュはそっと頭を垂れる。そのまさかだから。


「その『魔具』の在処は本家…ランスロット家の円卓の広間にあった掛け軸。」

末の男が15になると同時、仮名かめいと一緒に26枚のカードのうち、与えられる1枚。


「ランスロット家が所有する魔具タロットの一枚、恋人チャーム。」



「じゃ、じゃあ…エミリオは、操られていたってコトですかぁ!?」

「はい。先ほどの様子からすると、そう考えたほうが自然でしょう。」

「そんな…」

双子の片割れが操られたとなって、アルシオが青ざめた。それも仕方が無いだろう。相手の目的はまったく分からない上に、エミリオには操られているときの記憶がないのだ。



しかし、たった一つだけ分かることがあった。


「おそらく…来ています。『恋人』の持ち主である末の妹…アリスが。」


そしてそれが意味することは一つ。









「「御主人様…!!」」






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