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ACT 0



宵も更けた庭の真ん中で、夜空を見上げた。

視界に入るのは満天の星空だけで、ふとした拍子に逆さまになってしまいそうだった。

今日は年に一度だけの星が最も輝く日。別名『星屑の外灯』と呼ばれる星空。


耳が取れそうとまではいかないまでも流石にこの季節は息が白くなる。

手をこすり合わせて首を竦めるとそっとポケットに手を突っ込んだ。

かさりと指先に当たる紙の感触。

先ほど食事で使ったナプキンを、そのまま持ってきてしまったらしい。

何でもかんでもポケットに入れる癖を何とかしろと、幼い弟分が言っていたのを思い出す。

手を伸ばせば触れそうな星屑をぼんやり目で追っていると、草を踏む音。


「すまない、待たせた。」


つい先ほど頭の中で自分を叱った顔が、息を弾ませて現れた。

子供にしては少々大人びた声は、昔一度だけ見た歌劇に出てくる麗人のそれに近い。

まるで王間の絨毯でも歩む王子のように、その足取りは揺るぎなく、堂々としている。

草の絨毯を踏み王座に現れた小さな王は、月明かりの下、綺麗な白い頬を赤く染めていた。

僕は壁につけていた背を浮かせて微笑む。

「ううん、今来たとこ。」

そう言うと途端に彼は不機嫌そうに顔を歪ませる。つかつかと歩いてくると、上目で睨まれた。

「うそをつけ」

鼻が真っ赤だ、と言って小さな体を精一杯伸ばして僕の鼻を摘む少年に思わず笑ってしまう。

「ごめんごめん…それより、ほら」

そろそろ離して、と小さな手をとって視線を合わせるように屈むと、再び口をへに曲げる王。

「それより、とはなんだ。僕はまじめに言っているのだよ。それに手だってこんなに冷たい…」

「うんそうだね。じゃあ冷たくならないよう手をつなごうか。」

そう言って説教モードに入りかけた頭を撫でてやると、むぅとむくれられてしまう。

「困ったな…どうしたら機嫌を直してくれるんだい?」

「別に不機嫌などではない。」

ぷいと可愛い顔を背ける弟分は完全にへそを曲げてしまったようだ。


「仕方ないな」


ご機嫌を直してもらわなければ、せっかくの夜が台無しだ。

僕は握っていた手を一旦離すと腰につけていた鞘を無造作にバックルから外した。


「何の真似だ」

不機嫌を隠しもしない声に苦笑を一つ。

機嫌が悪くなった彼を宥めるには相場決まって下手に回るしかないのである。


しかし媚びてはいけない。彼は媚びることを嫌悪するからだ。

そこで下手に回り、尚且つ媚のない屈服の証を示すには。


アッシュグレイの小さな王の前に一歩進みでる。

おもむろに片膝をつくと、鞘に入った短剣を横にして、主君に捧げるような格好をとった。



「我が名はキアラン=リジー。エルロット=ジゼルに騎士の誓いを捧げる者なり。

エルロット=ジゼルには我が剣を受け取り、賜れん事を。さすれば―――」


「……」


「その道が茨の道であるならば、私はそれを切り裂く剣となろう。

その道が闇に閉ざされているならば、私はそれを払う剣となろう」


聖騎士が王にやるような騎士の誓いを口にしながら、不思議と胸が高鳴っていくのが分かった。

小さなご主人様は最初は腕を組んでそっぽを向いていたが、フッと笑うと僕の捧げた剣をとる。

そして、抱えるようにして鞘から抜いたダガーを僕の肩にのせて首筋近くに置いた。


「何を約束する?」

「勝利を約束する」

「何を懸ける?」

「我が血肉と魂を懸ける」

「何を誓う?」

「希望に溢れる未来をキミに―――」


「………エルロット=ジゼルはキアラン=リジーの誓いを確かに受け取った。

僕は君を信頼する。剣の誓いが果たされるなら、僕はこの身に変えても君に報いるだろう」


流石に貴族だけあって、騎士の誓いに対する返礼をエルロットは知っている。

言葉を告げると、再び短剣を鞘に戻して、僕の前に差し出した。


「キアラン=リジー。誓約の剣を君に―――」

「はっ。宝剣ありがたく頂戴いたします」


頭を下げながら、主君の捧げ物たる剣を受け取る。

剣を受け取ると、ゆっくりと立ち上がってエルロットと見つめ合った。



そしてしばらくすると―――同時に噴出したのだった。



どうやら機嫌は直ったらしい。

護身用の短剣と草の絨毯、石の王座でも、彼の支配欲は満たされたようだ。

すっかり笑顔になったエルロットの髪をそっと撫でるとくすぐったそうに身を捩る。

「エルは本当に騎士の誓いが好きなんだね。」

「む、何だその言い方は。」

「いや。機嫌が直ったようで何より。」

「だから最初から不機嫌などではない。」

それでも今度はちゃんと顔を見て話せているのだから、子供というのは現金な生き物である。

「それで?騎士殿はこんな夜更けに主君を呼び出して何のようなのかね。」

偉そうな物言いは彼の小さな体に不揃いだが、不思議と悪くない。

アッシュグレイの髪をかきあげ、藤色の瞳でこちらを見る姿は本当に王様のようである。


「そうだね…少し移動しようか。」

「む?何かあるのか。」

「それは着いてからのお楽しみ。」

幸い今日は年に一度の大規模な星月夜。明かりがなくとも十分歩ける明るさだ。

歩き出そうとしてふと思い出す。少し冷えつつある小さな手をとって、暖めるように包み込んだ。

「マイマスター。足元が暗くなって危のうございます。このキアランめが主をエスコートしても?」

「ふん、良かろう。せいぜい僕を満足させることだ。」

手を握られ、瞠目したエルロットだったが、意図に気付いたのか、わざとらしく横柄に言い放つ。

その言葉を聴くと、こちらも白々しいほど恭しく「イエス、マスター」と言って手を引いた。




少し歩いた先にそこはあった。

御誂え向きに突き出た崖の上に作られた広大に登れば、見渡す限りの海がある。

普段は真っ暗なその世界も、今は海面に宝石を散りばめた様に輝いていた。


「すごい…」


呆然とその様子に見蕩れている横顔にそっと笑みをかみ締める。

あぁ、やはり連れて来てよかった。

夜風が優しく少年の髪を撫で、その姿は切り取られた絵画のような輝きがあった。


「去年の『星屑の外灯』の日、偶然見つけてね。エルにも見せてあげようと思って。」

お気に召した?と、隣のエルロットを見れば、彼は嬉しそうにはにかんだ。

「あぁ、とても…綺麗だ」

そう言って何処か夢心地につぶやく表情は、本当に感動しているときの彼の癖。

僕は密かにその表情を気に入っていた。

その表情をしているときだけは、彼が普通の子供に戻っているから。


「エル…」

「何だろうか」

僕の呼びかけにも、まだぼんやりしている彼の手をそっと握りなおす。



ふと彼を盗み見ると、地平線に写る光に溶けるような姿があまりに儚げで。



「少し、冷えてきたね。」

何となく不安になって、脆くて細い小さな体を、暖を取るふりをして抱きしめた。

「僕は君の湯たんぽではないのだが」

「まぁまぁ。エルもあったかくなれるし良いじゃないか。」

呆れたようにため息を疲れたものの、振り解かれないのは機嫌がいい証拠か。




「来年も」

「ん?」

「来年も…また来よう。」

二人して座り込んで、宝石箱みたいな世界を眺めよう。

来年は毛布を用意して、そうだ、温かいスープをポットに入れてこようか。

きっと今よりこの景色を楽しめるよ。



だから、どうか



「約束。来年もまた見に来ようね。」



来年も無事、この日が巡ってきますように。





祈りを込めて、彼をさらにきつく抱きしめる。

そんな僕の様子に何を感じたのか、エルは困ったように微笑むと



















「そう思うのなら、来年もちゃんと僕をエスコートすることだ。ナイトくん?」










希望に溢れる未来をキミに―――なんだろう?








誓いはちゃんと果たしたまえ。


そう言って高慢に微笑む王に騎士は再び頭を垂れた。











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