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罪人の夢 1時間目 『乖離』

最初に感じたのは冷たい椅子の感覚だった。朦朧とした意識の中でも馴染んだ感触でわかる。ここは学校で、私が座っているのは窓際の席。ぼんやりと先生の声が聞こえてきた。今、なんの時間だっけ。

突っ伏して寝ているわけではない。中途半端に背筋を伸ばしたままなのは先生に怒られるのが怖いから……いや、ずっと船を漕いでたらバレるんだろうけど。そこはホラ、簡単に見つからないための努力と言いますか。いい加減起きて授業聞こうかな、なんて考えつつも眠気がサッパリ消えてくれるはずもなく。とりあえず耳にだけ意識を集中し、話を聞くフリくらいはしよう。睡眠学習ってやつでしょ、多分。


「……な状況……らな。魔物らしき連中もいることだし、戦闘は避けられない。各々のできることを共有し、作戦を立てよう」

「俺は魔法はからっきしだ。兄ちゃん、そういうの得意そうだよな?俺が前に出よう」

「アリスも。アリス、結構タフなのぉ」

「うむ、任せる」


そうそう、魔物に、戦闘に、魔法に、アリス……。なんだ、まだ私は夢を見てるんだ。最近ゲームにハマりすぎてて寝不足だからね。あー、周回しないと。イベントって明日までだったような……


「そこで寝てるやつも早いところ起こそう。……おい起きろ、立て」

「ひゅいっ!……あ?」


ヤバっ、当てられた。寝ていることがバレた時、急に目が覚めるあの感じ。足に当たってガコンと音を立てる机、勢い良く後ろの席にぶつかる椅子は、私が現実へ引き戻されたことを教えてくれる。


なのに。


「えっ、ここ学校じゃ……」


そこは確かに私が通う教室、3─2だ。でも、クラスメイトも先生もおらず、代わりにいるのは見知らぬ3人。私が急に立ち上がって驚いた様子だが、私だってコイツらのハロウィンみたいに奇抜な恰好に心底驚かされた。


「だっ、誰?!」


狼狽えながらも辺りを見回すと、照明は点いてないようだが薄明るい。窓の外にはいつもの風景は無く、絵の具をぶちまけたような玉虫色に蠢く空が広がっていた。まさに夢の中にいるような、それでいて鮮明すぎる身体の感覚に現実味を覚えたことが心底不気味。油断すると膝から崩れ落ちてしまいそうなくらいに。


「起きたか。酷かもしれないが、すぐに落ち着いて話を聞いてほしい」

「おはよう嬢ちゃん。あんまり時間が無いから、オジサンたちの言うこと良く聞けよ」


私をゆすって起こしたらしいのは、クールな印象のひょろっとした長身の男。派手に改造したスーツ、みたいな変な服……なんて言ったっけか、ゲームに出てくる『バンパイア』のような恰好をしている。もう片方の男は身長こそ大した高さではないが、作業着っぽいパンツが似合う逞しいスキンヘッドのおじさん。よく見るとちょっと怖いくらい腕が太長いが、この時は他2人が派手すぎて気づかなかった。彼らの後ろからひょこっと出てきたのは子役アイドルなんて目じゃないくらい可愛い女の子。というか、美人の大人の顔をコピペしているようにさえ見える。


いずれもコスプレみたいな、「お遊戯会ですか?」って言いたくなる衣装に身を包んでいた。目につくものの全てがおかしな非現実な現実、夢であってくれと私の頭が祈っている間も、身体は警鐘を鳴らし続ける。今目を閉じても帰ることはできない、と。ここまでの一瞬、流石に驚いたし不安にもなった。だが私は思ったより切り替えが早いらしく、ずべこべ言っても仕方が無いのでまず相槌を打ち、話を聞くことにした。


「アリスね、アリスっていうのぉ」

「自己紹介は後だ。端的に言えば俺たちは未知の空間へ拉致された」

「アリスね、たくさんいるからここに来たのぉ」

女の子の名前はアリス。一人称もアリスで、人の話を聞く様子もなく、言ってることもイミフ。子どもらしいと言えばそうなんだろうけど、ぶりっ子っぽく目に映るのが気に入らない。で、†未知の空間†ね。呆れて脳内でダガーつけちゃうわ、ツッコむのも面倒くさい!


「……ゾズ、頼む」

「あいよ。アリスちゃんはこっちでオジサンとお話しような」

大きいおじさんの名前は……今、『ぞず』って言った?ちょっと聞き取りに自信が無いけどゾズおじさんなんだろう。喧しいアリスを誘導してくれるならこの際誰でもいい。


「俺たちはこの空間に関して全く身に覚えが無い。お前もそうだろうが……まずはここがどんな場所なのか情報を集めているところだ」

「あーはい。ナルホドネー。私の学校みたいだけど不気味だしねー。いつものみんなもいないしー」

「いつもの、とは?」

「んー、だってここ私が毎日通ってる教室だよー」

「…………。おい、もっとしっかり話せ。大事なことだ」

「へ?あ、はい」

やっばい、毎日みんなとおしゃべりしてるからテキトーに返事するクセが……怒らせちゃったかも?


「えっと、私がいつも通ってる場所にそっくりだよ。少なくとも3年2組……この部屋は」

「なら助かる。お前の情報を頼りに探索を……」

「いったん話止めろ。ヒルが1匹おいでなすった」

出入口の近くでアリスをあやしていたゾズおじさんが話を遮り、立てかけてあった槍を手に取った。ヒル?ヒルってあの、ナメクジっぽいやつのこと?


「なら移動しよう。無いとは思うが、わざわざノロマに構って負傷するリスクを負う必要はない」

逃げようってこと?ヒルから?


「んー、確かにソイツはもっともなんだが」

えっ、もっともなの?


「ヒル美味しいよねぇ」

アンタ(アリス)は黙ってて?


「もっともだが……なんだ?」

「ヒルは多くて10匹くらいの群れを作る。もしかしたらどこかの部屋にギッシリ詰まってやがるかもしれねぇ。そんで俺たちはここの全容を掴めてないどころか、何日閉じ込められるかもわからないだろ?1匹だけでノコノコ出てきてくれたんだ。4対1で楽にシメれる時にやっちまうようにしていけば、後々助かるんじゃないか?」

「……なるほど、一理ある」

「アリス、ヒル食べるよぉ」

一連の会話をスッと理解できないのは、私だけらしい。なんとなく腹立つ……。困惑している私を放って、3人が話を進めていくのが。


「俺よりも玄人の知恵をあてにした方が良さそうだ。ゾズの案で行こう。アリスの言うことが正しいなら食料にもなるようだし」

「そりゃねぇと思うけど……とりあえず俺、前な。あと、寝てた嬢ちゃんも含めて名前を確認しておこう。俺はゾズ」

「アリスはアリスぅ」

「バール」

「えっ、えーっと……」


ゾズおじさんにアリス、そしてようやく名前がわかったバールさん。明らかに横文字の名前なのに日本語が通じてるのはなんでなんだろう、なんて考えてるうちに3人が私の方を見る。気になって仕方がないけど順番だから自己紹介するか……。


「あれ?」


「…………」

「アレちゃんっていうのぉ?」

「えっ、違う違う。えーっと……」


(私ってなんだ?)


ドアの向こうからギシィ、と重苦しい音が聞こえた気がした。急激に這い出ててきた不安感を押しとどめていた”私”は、その怪音を引き金にあっさり決壊した。




名も知らぬ女は悲鳴を上げて背中から倒れ込む。半ば叩きつけるように壁に寄り掛かった体勢のまま、青ざめた顔を手で覆い肩で息をする様子を見た3人は激しく動揺した。今の今まで普通に話していた人間が正気を失う様子は、周囲の人間にとっても応えるものがある。


「おっ、おい!どうした!何があった!」

「ごめんなサい」

「何を……?」


抱き起こすために屈んだバールは、女が座っていた座席を間近で見て顔をしかめる。おそらく彼女がこうなった理由、その全てとまではいかずとも片棒を担っていると予測できる程度には醜悪なものがそこにあった。


(おい、コレは……)

「今の声で本格的に気づかれた、すぐに来る。そいつをおぶって構えろ!」

「っち、無茶を言う」


悪態をつきながらも言われた通りに女を抱え、扉の向こうから迫る存在に集中する。非戦闘員を庇いながらの戦闘は難易度が一気に跳ね上がるという。それでもこうすることを即座に選択したあたり、冷徹に見えて情に厚いところがあるのだろう。そうこうしている間に学校によくある横開きの扉が外側から圧される。それをガラリと開く知能の無い獣『ヒル』が、ぬらぬらと光る巨体を破壊音と共に現した。


「えぇ~いぃ」




この学校にはいじめがあった。首謀者の学生たちは家族ぐるみのモンスター。被害者は抵抗する術を知らない女子生徒。教員はいじめがあること自体を否定……と、テンプレみたいな、それでいて最も厄介な膿を抱えている学年。私はその当事者として、白い目で見られるのを我慢し胃痛をこらえながら通学していた。そう、そう。どうして今まで忘れていたんだろう?空っぽな私の一部、最も醜い記憶が今、心に頭に、身体に。呼び起され、再び収められた。


「おいっ……アヤコ?」


聞きなれた名前に、ハッと我に返る。私は自己紹介をしようとしてたんだ。まだ少し身体が震えるが、深呼吸をしようと意識できるくらいには落ち着いてきた。近くで呼びかけてくれるバールさんにゾズおじさん。向こうで萎んだ茶色いバランスボールみたいな何かで遊んでいるアリス。


「なんで、名前」


ヒュー、ヒューっとみっともない呼吸を交えながら聞くも、二人は答えにくそうにして……。あっ、そっか。机だ。机を見たんだ。確かこの席だった。


『寄せ書きコーナー』『グズいアヤコの※※』『アヤコのSNS垢はコチラ』『正一』


「はぁっ、語彙の無いことで」

大した数ではないけど、いくつかの削り跡と貼り付けられた写真、画像を見ながら……みんなのいるクラスじゃ口が裂けても言えないけど。部外者(コイツら)に聞かれる分にはどうでもいいや。


「なんで私がこんな目に遭うんだろ」

「…………」

「取り乱してごめんね。私も頑張るから、一緒に」

「……あぁ、よろしく。アヤコ」


私は佐藤綾子(サトウ・アヤコ)。今日はいつにも増してツイてないけど……流されるのには慣れてる。生きて帰って、こうなった元凶をとっちめてやる!




「で、ヒルがなんて?」

「あぁ。それなんだがアリスが秒で捻っちまった。思ったより気楽に構えていいかもしれないぜ?とんでもない逸材が味方だ」

「アリス、強いんだもんねぇ」


ゾズおじさんが指さす方……アリスがまたがっている茶色い何かに意識を向けると凄い臭いがした。あっ、ヒルってこういうヤツなんだ。3人とも平気そう。ファンタジーの世界観怖っ。

形にしたかったお話にようやく着手しました。ダラダラと執筆し続けるのは自分によくないかな~と思ったので、4話くらいにわけて投稿することに。コンセプトに『学校』があるので、第一話を『1時間目』としました。

今回、主人公はE-Worldの人物ではありません。E-World、もといファンタジーの世界とは無縁の日本人がたったの一人。この空間ではアウェーになることでしょう。はてさてどうなることやら、楽しみですね!(私の中で話は既に固まってますが……)

余談をもう一つ。アリスちゃんが登場していますが、以前に書いたアリスちゃんとは別個体です。無数のアリスの一体、TRPGで例えるなら気軽に起用できるNPCと言いましょうか。能力や性格等個体差が激しいので、以前の子とは全く違うキャラクターとして見てやってください。

では今回はここまで!

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