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初めてのお稽古

あぁ、まったく。書類を作っていたら日が昇ってきた。痛む頭をおさえながらソファへ向かう。


「またやっちゃった……」


別に珍しいことでもないのだが、作業に夢中になるあまり徹夜をするのは良くない……自覚はしている。「大都会にでも行ってパソコンやらタブレットの1つでも買ってくればいいじゃないか」そう言われ続けても手書きで資料を作るのは何故か?まず、アレは一瞬にして写しを作れてしまうという。眉唾ではあるが『ハッキング』と言ったか、離れた場所から他者の機械を動かし中身を抜き取る魔術もあるらしい。そんなものに大切な情報をまとめる気に私はならない。私の属する組織は他と比べて少人数なのだから、回し読みする簡単な資料を私が作ればそれでいいのだ。2つ目の理由……私は機械に疎い。古代の技術を模倣したものらしいが、とにかく扱いが難しい。知人のタブレットを触らせてもらった時に痛感したことだが、どうも機械を操る技術というのは魔術を操るのとは正反対で、感覚的なものが介在する余地はない。それだけでも不向きだと感じるうえに、片腕が無い私にはより扱いづらいように思えた。そして3つ目、最後の理由。簡単、私はこの作業が好きだ。


「この部屋で日を跨ぐのも何回目かしら。そろそろ私のベッドを用意しましょう、ね?」


これは確か『男をオトして日常にすり寄り、暗躍する女スパイ』……過去に演じたキャラクターの台詞を呟くのは睡眠不足の時と、酒に酔っている時の悪癖だ。頭が回らず、だらしない笑みがこぼれてしまう。もう私は演劇部の学生ではなく、立派な大ギルドのメンバーだというのに。


私の所属している『大ギルド』とは、世界中に点在するギルドの大元である組織だ。各地の冒険者をサポートするギルドは我々を介して繋がっている。一般的に知られている仕事は魔物の出現状況や依頼に関する情報の提供、共有が主で公に直接出向くことは少ない。そのため世界を裏で管理する秘密結社だと噂する者もいるようだ。活動範囲に対して人前に出る機会も人数も少ないためそう言われるらしい。それに、大層な肩書を持つ我々が、ラーメン屋の裏の倉庫を本拠地にしているとは誰も思ってもみないだろう。私だって思いたくない。何度聞いても「秘密基地ってカッコいいだろ?!」と言うBOSSの趣味は独特なんだ。


「……あ」


眠るつもりでソファに転がったのに、床に積んでいた本を読み始めてしまった。今日はノミーに稽古をつける約束が……まぁいいか。なんか目も覚めてきた気がするし、あの子が来るまでこのまま起きグゥー。


……………………………………


おはようございます!僕の名前は『ラノミエル』。みんなからはノミーって呼ばれてます!赤ちゃんの頃に両親を失った僕は、親戚の師匠……『ガールガンナ』師匠の所属している大ギルドに引き取られました。今は見習いですが、大きくなったら立派なメンバーとして活躍したいと思っています!


「師匠!おはよう!」


師匠は凄いんです。クールで頭が良くって、僕の知らないことをたくさん教えてくれます。大ギルドの中で一番の働き者で発言力も一番。そして何と言っても、魔法使いとしての腕前は誰にも負けません!僕はそんな師匠に憧れて、魔法使いになろうと決めました。今日は待ちに待った稽古をつけてもらう約束の日!魔法使いとしての第一歩です!


「……師匠ー?」

「Zzz……」

「あぁっもう師匠!仕事場のソファで寝ないでって言ったでしょ、起きて~」

「んぁ……。ふあ~ぁ、おはようノミー」


時々、師匠にはもっと自分を大事にしてほしいなぁと思います。それだけが玉に瑕……なんちゃって。


「師匠、いつ寝たの?」

「日が昇ってすぐね」

「もっと寝ようよ……。僕には早く寝なさいって言うのに」

「大人は良いんです。朝ごはんにしましょうか」


どっこらせと立ち上がって頭を掻く師匠……お部屋の外では完璧でカッコいいのになぁ。


……………………………………


「今日はいつにも増して元気ね、ノミー」


向かい合った席に座り、パンを食べながら語らう様子は親子か姉弟のようだ。ガールガンナはまだ少しぼんやりした様子だが、ラノミエルの目は輝いている。


「だって、今日は魔法を教えてくれるんでしょ?凄い楽しみだったんだから!」

「……あー、稽古をつけるって言ってたわね。忘れてたわ」

「うえぇぇえ?!」

「まぁまぁ。ちゃんとやってあげるから大丈夫よ」

「よかった~」


表情がコロコロ変わる弟子に微動だにしない師匠、対照的だが2人の仲は良い。特にガールガンナの方は、あまり態度に出していないつもりだが他の大ギルドメンバーに『過保護』『ショタ○ン』疑惑をかけられてしまうほどラノミエルのことを気にかけている。彼女もまた、自分の両親を知らないから。互いが互いにとって唯一の家族なのだから、少々愛が重くなるのも仕方がないことだろう。


「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさま……ふぁ、まだ眠い……」

「しっかりしてよ師匠!」

「今日はお休みなんだからシャキッとしなくていいの」

「お休みじゃないよ、お稽古の日だもん!」


ブゥと頬を膨らませるラノミエル。ガールガンナの脳内では『弟子としてしっかり育成したい』『それはそれとして今日は休みたい』『かわいい』という感情が三つ巴で殴り合っており、今日一日どうしたもんかと悶々とする。もちろん後ろ2つは表に出さない彼女の一面だ。


「僕は師匠に鍛えてもらって、魔法使いになるんだ!」

「……魔法使い、ねぇ」


その言葉に何か引っかかったらしく、立ち上がる。すべきことは決まったようだ。


「では、ラノミエル。早速だけど貴方に試練を課します」


そう言い、彼女は片方しかない腕に魔力を纏わせる。のどかな朝食から一転して張り詰めた空気が部屋を埋め尽くす。


「……はいっ!」


そんな中でもラノミエルは怯まない……というより、その空気感に気が付かないまま、魔法使いとしての師匠の姿と初めての稽古に心を躍らせ元気よく返事する。常人ならば誰もが彼女に畏怖するものだが、彼にとってはいつものカッコいい師匠。幼さと経験不足ゆえに、目の前の魔術師の異常さを理解していない無垢な少年のことを思いながら、ガールガンナは指で床をスッと撫でる。青い絵の具を素手で広げたような、魔力痕でできた30cm程度の線が2人の間に出来上がった。


「この線は夕方には自然と消える。それまでにこちら側に来て私を起こしなさい」

「へ?」

「説明は以上。じゃあおやすみ、ノミー」


ポカンとしているラノミエルを尻目にソファに転がり、程なくして寝息が聞こえてくる。首をかしげて線を跨ぎ、二度寝し始めた師匠の下へ向かう……


「ねぇ師しょ……あれ?」


できなかった。線を跨いだ彼は無意識に回れ右をし、テーブルへと向かっていた。不思議に思ってもう一度向き直して歩くも同じように。早歩きをしてもまた同じように。幅跳びで飛び越えても同じように元の場所へと戻ってきてしまう。線を越えると彼の思考は空っぽになり、ハッとする頃には師匠に背を向けて立ち尽くしているのだ。


「なるほどぉ……!」


部屋の隅っこを通ってみたり、四つん這いになってみたり、スキップしてみたりと小さな頭で思いつく限りを試す。不気味な現象に不快感や恐れを抱くどころか、これが魔術の試練なのかと元気に挑み、そのたびに虚ろな目で引き返す。


「むぅ……よ~し」


流石にこのままでは突破できないと気付くなり、部屋から杖を持ってきた。これは物心つく前から自分のものとして、おそらく両親から与えられた魔具だ。そこらの魔術師は「知らない、よくわからない」と言い、ガールガンナら高位の魔術師にしか価値がわからない逸品である。


「えい!」

(し~ん)


見よう見まねで杖を振ってみるも何も起きない。何度も何度も試してみるも、フォンフォンと空を切る音が虚しく響くばかりだ。


「(よく考えたら”魔力を込める”ってなんなんだろう……)」


それは結局のところ、感覚で掴むものである。魔術は理論に縛られないからこそ神秘なのであり、神秘であり続けたまま今日まで使われている。そんな代物についてロジカルに説明できる指導者や指南書は存在しない。極端な話センスが凄く良ければ一発でものになるし、どんなに膨大な魔力を授かったとしてもセンスが無ければ一生持ち腐れる。感性が全て、それが魔術だ。考え込み悩んでしまう時点で、身につくまではまだまだ遠いと言えよう。わかっていながら、彼の師匠はこの試練を課した―――。


「えい、えいっ……んっ!ん!…………あっ」


……………………………………


「ふあ~ぁ、良く寝た……」


夕方、ガールガンナは目を覚ます。テーブルの方を見やると、膨れっ面のラノミエルが随分と薄くなった魔力痕を半ベソで睨みつけていた。立ち上がる彼女の足元には杖が転がっている……大方、すっぽ抜けて回収できなくなったのだろう。


「そろそろ時間ね、ノミー」

「師匠……」

「ギブアップ?」

「う”~~~……」


目をこすりながらうつむく彼を撫でまわしたい親心を抑えつつ、落ち着いた様子で近づく。


「ほら、お手本を見せるから顔を上げて?……この術は精神に作用するもの。基本的にこのままだと突破できないわ」


ではどうするのかと言うと……と話しながら用意してきたのは濡れ雑巾。膝をついて魔力痕を拭き取ると、ラノミエルの方へ向かい優しく背中を押した。


「もう進めるでしょう?」

「え……」


おそるおそる一歩、また一歩と前に進み……特に問題なく、師匠の温もりがほんのり残ったソファまでたどり着いてしまった。


「え~~~~?!」

「何かを印にして侵入者を帰らせる。定位置の印を動かすか消せば効力もなくなるわ」


驚き固まるラノミエルに対して、別に驚かせる気など毛頭ないと言わんばかりに説明していくガールガンナ。彼女の嫌いなしょうもない悪戯レベルの、単純な仕掛けだったのである。


「本来は『建物そのものを印と見做す』とか『印を隠す』とかが効果的。それでも辺り一面を破壊され始めたら突破までは時間の問題……使えそうで使えない、他愛のない術よ」

「……そんなぁ~……」


思考が追いついて来るや否やがっくりと項垂れる。それもそうだ、本人は立派な魔術の試練としてこれを乗り越えるつもりで、手も足も出ずに失敗し、トドメにその試練は魔術など使えずとも解けるようなものだったのだから。


「……いじわるしちゃったわね、ごめんなさいノミー。でも理由はあるの、聞いて」

「……?」


ガールガンナは少し屈み、子どもの目線に合わせて語る。寝起きの人間とは到底思えない真剣なまなざしで。


「貴方はまだ幼い。私と違って、魔術以外の道があるかもしれない。魔法使いとして自分を磨く前に、まず人として生きるための視野を広げましょう」


彼女が伝えたかったことは、これが全てだ。


「はい……」


彼女が弟子の目線に合わせて屈むのは、大切なことを伝える時だ。ラノミエルもそれをわかって頷いた。


「でも、僕は魔法使いになるよ。師匠みたいになりたいもん」

「……そう。ありがとうね、ノミー」


涙目で改めて宣言するラノミエルの目じりをそっと拭き、頭を撫でる。


(ぐぅ~~~)

「「………………」」


そんな微笑ましい光景に響くのは、途中からずっと寝たふりをしていたため何も食べていないガールガンナの腹の虫。


「……師匠、お腹空いたの?」

「……えぇ。夕飯にしましょうか」

大ギルドの魔術師ガールガンナと、その弟子ラノミエルのお話でした。年が離れた子弟関係、私は好きです。今回は殆ど描写してませんが、2人の過去とこれからは壮絶です。いつか語る日は来るんでしょうか。一般人のキャラクターと絡ませるのが少々難しい大ギルドというポジションなので登場回数はどうしても少なくなりそうですが、また主役回を書ければその時は……!

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