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黒姉弟

「共有スペースと回復用のグッズ、借りたわ」


真夜中のタナト、ギルドにて機械弄りを続けていたマキは突然背後から声をかけられ、内心驚き平静を装った。こんな時間に誰かが来ることは滅多にない。あるとすれば急患の冒険者か、何らかの事情で野宿ができない旅人か。いずれにせよ大抵騒がしく、今投げかけられた落ち着き払っている声とは程遠いものだ。それに鍛錬好きな冒険者が使う共有スペースに、手軽に傷を癒せる回復グッズ。こんなの「たった今ケンカしてきました」と事後報告してきたようなものじゃないか。今何時だと思っているんだ……などと、小言はいくらか思いついたがそれは言わないことにした。声の主は少々苦手な相手だったからだ。


「おう、構わねえぞ。……だが……あー…………ノビるまでやるのは感心しないな」


動かない弟を引きずりながら平然と脇を通り過ぎていく彼女を見て、結局口から洩れてしまったようだ。模擬戦にしろただの喧嘩にしろ、相手が気を失うまで攻撃するのは良くないことだ。一般的な冒険者としてのモラルがあれば、そこまでしなくとも勝敗はつけられる。


「本気にさせたコイツが悪い」


足を止め、目線だけをマキに向けながらそう言う女は『ティアル』。足元に転がっている男『ティン』の姉で、二人は遠方出身の旅人だ。少し前からタナトを拠点として周辺の地域を散策しているようで、弟の方は実力者として知られていた。旅の理由は一切話さない。フレンドリーな弟に寡黙な姉。怪我がないのに常に包帯を巻き野外でも裸足。木を削りだしたという珍しい武器に変わった形の笛を持つ。両者、特に姉の方は黒が目立つ服をいつも着ていることから前の街では『黒姉弟』と呼ばれた……などなど話題には事欠かず、変わり者としても認識されている。


「そうかい。ティンがのされてんのは正直、ちょっと意外だな」

「こんなんに負けないわよ」


自らの腕に自信があるというよりは、弟を弱者と認識しているような口ぶりで即答する。驕りは感じられず、ただ真実を述べただけ。たまに喋ると終始こんな調子なのが、マキがティアルを苦手とする理由の1つだった。ティンの強さを、マキだけではなくタナトの冒険者の多くが買っていたのも相まって、表情も変えずにそう言い放った彼女に不気味さを覚える。能ある鷹は爪を隠すとは言うが、隠しきれない大きさの爪を小動物がにゅっとしまうところを目撃してしまえば誰だって恐怖するだろう。


「手厳しいことで……」


マキはとりあえずそう言ったものの、やはりギルド長としては指導する必要があるのではないかと次に言うことを考える。そうしている間に黙って出ていこうとする彼女に気づき、慌てて付け足した。


「ずっと2人旅だっていうから、仲が良いもんだと思ってたんだが。弟には優しくしてやれよ」

「は?」

「っつ、悪い……」(……ん?)


どうやらティアルの「は?」は何かが癪だった時のガラが悪い相槌ではなく、純粋にマキに言われたことがピンと来ていないようだった。


「仲は良いわよ?」

「そ、そうなのか?よくそこまでボコボコにできるな……」

「仲が良いからよ」


気取って言っているような様子ではなく、本心を述べているのだろう。おそらくティアルが言いたいのは……


「あ~、信頼し合ってるから全力で……みたいなアレか?お前、思ったより武闘派なんだな。性格も」

「いや」


クールな雰囲気だけど、こういうことも言えるヤツなんだな……と、マキがティアルに対する評価を改めるための取っ掛かりは、本人の手で取っ払われた。


(コイツ)なら最悪殺っても問題にならないし、恨まれないし」


流石にぎょっとする。表情に出たかもしれない、悟られたかもしれない……何故かそういった不安ばかりがマキの中でこみ上げた。目の前の不良を叱ってやろうという気持ちよりも、これ以上絡まれたくないというギルド長らしからぬ気持ちの方が勝っているのだ。とはいえ会話をほっぽりだして逃げるわけにはいかない。


「……冗談だよな?」

「……えぇ」


目を逸らされたことには気づかないフリをすることにして、ここで話を止めようと切り出す。


「……もう寝る。お前もさっさと寝るんだぞ?」

「えぇ、おやすみなさい。」


マキは背を向け、帰り支度をし始めた。荷物を引きずりギルドを後にするティアルは、思い出したように一言付け加える。


「ちょっと汚しちゃったから、クリーナーを起動させたわ」


クリーナーは、最近大都会から冒険者の一人が取り寄せて設置した、自動で掃除をしてくれる装置のことだ。飲食禁止なはずの共有スペースだが、嘆かわしいことにドリンクくらいはいいだろうと持ち込んで汚した挙句、クリーナーを起動して済ませようとする者がしばしばいる。尻ぬぐいを気楽にするために設置を許可したわけではないので、マキとしてはそういう使い方は望んでいない。


「なんか零したのか?一応飲食禁止にしてるから、次からはやめろよ」

「知らなかったわ。ごめんなさい」


今度はギルド長らしく、しっかり忠告をしたところで荷物はまとめ終わった。反対側の出入り口に向かおうとしたところで、妙な気配を感じたマキの足が止まる。何者かが自分の首に毒牙を突き立てようとしているような感覚。できるだけ不自然な動きにならないよう注意しながら振り返ると、ティアルはこちらを見つめていた。先ほどまでと変わらず無表情だが、目力で強引に振り向かせたのではないかと思えるほどの凄みを感じ、全身が強張った。


「ここでは良い子でいたいから、誰にも言わないで頂戴?」


あぁうん、と人見知りの子どものような返事を自分がしたことにマキが気付いた頃には、既にティアルは去っていた。なんでもない会話だったはずだ。彼女的には自分が、あるいは弟が共有スペースをうっかり汚したことを広めてほしくない。内緒にしていてほしい……そんな可愛らしいお願いじゃないか。だというのに、何やら強烈な圧をかけられ脅されたことを確信したマキは冷や汗をかきながら共有スペースへ向かった。



~数時間前~


長い長い二人旅の中で、ティンは姉と喧嘩をすることがよくある。気分屋で天才肌な姉とのやりとりでカチンとくるのは珍しいことではなく、それを我慢できなくなった時だ。口論で済めばまぁ、楽な部類だ―――これを旅先で知り合った人に話すと2人に1人はこう言ってくる。


「それでも一緒に旅してきたんでしょ?どうやって仲直りしてるの?」


複数人での旅に置いて、仲間との人間関係が何より重要であることは常識だ。『出来心で荷物を持ち出し転落死した女』『全ての荷物を持って逝かれた挙句野垂れ死んだ男』こんな感じの話はどこの地域でも形を変えて聞かされる。なので喧嘩しがちな旅人というと、しばしば赤の他人からでさえ心配されるのだ。以前まではこう聞かれても素直に真実を答えていたが、どうも……


「どっちかくたばるまで殴り合いだよ。まぁ全然勝てねぇんだけどな」


と言うと、それまでの楽しい宿でのおしゃべりが一転、真剣な雰囲気になり詰められる。それが面倒だったので最近の彼は適当に騙して流すことを覚えた。


「本気で言っているのか」

「森の中でどちらか倒れたら心中だよ」

「大事な姉なんだろ⁈」


今まで何度もそれで解決してきた彼としては、こんなに非難される理由がよくわからなかった。互いに鬱憤が貯まっており、殴りたい相手がいる。そしてそいつが目の前にいる。ならもう、()り合わない理由の方が無いだろう。すぐに勝敗がつくし、案外ブチのめされてもスッキリするもんだぜ……という本音はもうしばらく他人に明かしていない。


ティアルはあまり表情を変えずに淡々と話すので、彼女から突っかかる時はたいてい何が引き金になったのかが伝わりにくい。食堂で知り合った冒険者の話を聞いている間にいきなり不機嫌になったというのが、ティンから見た今日の喧嘩の発端である。まさか彼は自分の冷酷な姉が『自分が会ってきた他人(女)に嫉妬している』『同じようなことが起きたのは1回や2回でないことを根に持っている』なんて微塵も思わないだろう。察しの悪い弟と、立場と性格上素直になれない自分への苛立ちが、真の発端なのだとティアルは自覚していた。それに対する弟の追及が今日は一段と鬱陶しかったため、殴って黙らせるために連れ出したのだ。ティンの方もこれから”始まる”ことは経験上わかっており、わかっていながら喜んでついていった。


2人が夜を選んだのは人目に付きたくなかったからだ。ここまでの経験と雰囲気的に、タナトでストリートファイトのついでに路銀を作るなんてできない。そんなことをすればおそらく割って入ろうとする野暮な連中によって、ギルド長の前に正座させられ説教を受けるだろう。日中にできるのは暗黙の了解によって縛られた偽りの戦闘であり、今の黒姉弟が欲しているのは真なる闘争だった。打ち合わせることすら必要とせず、自然と夜を待ち今に至る。


「ギルド長が凝り性だからか、しっかりしてんだよここ」

「そうね」


2人を除いて誰もいない共有スペースには、壁際にまとめられた掃除用具や鍛錬、回復用のアイテム、いくつかの椅子があった。それら込みでも丁度良い広さで、彼らが見てきたギルドの中でもここは高い水準の施設だ。その中でティアルは入口近くの椅子に目をやる。


「椅子?」

「結構前、学園の生徒にベテラン冒険者が話をする特別授業があったらしくてよ。普段は全然使わないから置きっぱなしなんだと」

「へぇ、じゃあ借りましょ」


なんでもない姉弟の会話から、唐突にブォンッと風を切る音を聞いたティンは部屋の真ん中あたりまで跳んだ。まぁ自分の姉だし施設の備品を投げるくらいするだろう、いきなり仕掛けられたことも含めて何も疑問に思わず2発目を躱して武器を取り出す。2本セットの短い木刀を逆手持ち。この武器とスタイルは地元以外だと大変マイナーで、しかし彼はこれにこだわりを持っていた。背後から2回目の、壁に椅子が激突する音を聞いてだいたいの威力をイメージする。


(当たっても死なねえだろ)


気楽に距離を詰めつつ3発目を潜り抜け、4発目に手をかけている隙に速度を上げて喉を狙う。


「フグっ」


メリッとした手応えを感じる。初撃で急所を捉えたのは実に久々で、気分の良いままに顔、ボディと連撃を叩きこむ。一撃目で数回分の呼吸を奪えたとはいえ油断せず、足にも適度に蹴りを入れ逃れるための力を削るのを忘れない。このラッシュの技術に関しては相当な自信があるようだ。しかし、突如としてティンの視界は真っ暗になり鼻に鈍痛が走る。


「ブェ、畜生!」


気持ちいい自分の時間を不快な技で遮られ悪態をつく。ティアルは攻撃を喰らいながら、確実に反撃できるタイミングを待っていたのだ。目にも止まらぬ掌底を顔面に受けてティンがのけぞったところにタックルし、その胸元に手をやり力を込める。


「おら、トビな」


それは魔法と言うよりは暴力的な魔力の放出だ。彼女は魔力の保有量が比較的優れている部類で、もし今から魔法使いにジョブチェンジするといってもさほど困らないほどだ。しかし扱う術を真面目に学ぶというのが致命的に性に合わなかったため、初めて図書館に着席したときには20秒後には離席していた……要するに彼女は一般的に知られる魔法は扱えない。なんか感覚で撃っていたら、なんか偉い魔術師にドン引きされ、なんか数名にやめとけやめとけ言われた。それを全て無視して使い続けているお気に入りの技である。


「ぐォォォオオ……」


どす黒い光に囚われて無数の矢を四方八方から受けるような痛みに苦しむティンは体を縮め、自分の胸にそれらが届かぬようにこらえる。手足はともかく、頭や心臓を貫かれたら助かる保証などないのでそれだけは全力で阻止するのだ。そして出力が若干弱まった瞬間に全力で払いのけ、ついでに正面の相手に強烈な一発をお見舞いする。この瞬間、そこらはティンの熱された血と強引に振りほどかれたティアルの魔力痕で汚された。


「ち……」


さっきからストレス解消を重視するあまり、雑に戦いすぎたことをほんの少しだけ後悔したティアルは口の中の血をティンの顔に吹きつけ、その顎を蹴り上げた。文字通り汚い手を使うことに余念があるかないかで、命をかけた戦いには差が出る。彼らはそのことをよく知っていた。まだ夜は始まったばかりだというのに、いつもより激しいやり取りに心躍らせ、互いの拳が交差し互いの顔を貫く―――



マキが共有スペースにたどり着いたころ、クリーナーは壁にまで及ぶ部屋中の血痕を黙々と拭き取っていた。焼け跡、抉れて目立つ傷、そして全て空っぽの回復用魔具(隣の医療キットより高額なのは言うまでもない)。おぞましい光景に、ついさっき飄々とした態度だった姉弟がどれほど惨いやり取りを交わしていたのか容易に想像できる。そして、ティアルにかけられた言葉。


『ここでは良い子でいたいから、誰にも言わないで頂戴?』

「はぁ……りょーかい。やっぱアンタは苦手だよ」


マキは頭を抱えながら1人呟くと、床の傷跡を埋めるための道具を取りに行くため引き返した。

この話は前の投稿が済んだ時点でほとんどの内容は決まっていたんですがねぇ……どうして五千字ちょい書くのに半年もかかっているんですかねぇ……黒姉弟よりも自分の先延ばし癖が怖いですねぇ……

主役ではありませんがマキさんが再登場です。タナトの中心人物で姐御肌という設定ですが、今回は終始苦手な人に振り回されていたため弱気なキャラに見えちゃったかも?誰だっているよね、苦手でスゴイ意識しちゃってるけど向こうは何とも思ってないんだろうなーって人。

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