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放浪者

てくてく――てくてく――

・ル・・・・・・ズ・・・・


「あなたのお名前、教えて?」


「ありがとう」


てくてく――てくてく――

ズル・ル・・・ルズル・・・


「怖い大人たちだ」


「ありがとう。もう大丈夫」


てくてく――てくてく――

ズルズル・・ズルズル・・・


「ついた!」


~とある田舎の村~


暗い夜の村、ランタンがきれい。

優しいおばさん、お名前はラッタルル。

今日もクーちゃんは良い子にしてたよ。

布団はふかふか。おやすみなさい。



「あの子、あんなに小さいのに一人で旅してるんですって。昨日の夜に来たそうよ」

「そりゃあ大したもんだな。親御さんはどうしたんだろ」

「さあ…話してくれないの。心配ね。」


立ち話をする2人に噂の少年が駆け寄り、ちいさな口を開く。


「お兄さん、あなたのお名前、教えて?」

「名前…?俺はカナトリだ」

「ありがとう」


ちょこんと一礼し、その場を離れていく少年は自分の名前を知らない。過去に忘れてしまったらしい。それを思い出すきっかけにするために、旅をし、出会った人物の名前を記録している…そんな噂も、そう広くないこの村ではあっと言う間に広まった。



が・・・・・・り・り・・・


「ぼうや、何をしているの?」

「ん…?おなまえじてん」

「みんなの名前を書いてるの?見せて…」


が・・り・・がり・り・・・


「………………」

「……………?」


がりがり・・がりがり・・・


少年の手に握られていたのは、筆記用具ではなかった。茶色く汚れたナイフ、本来ならば子どもとも書物とも無縁な存在が、分厚い本の白いページに文字を刻んでいるのである。固まった自分を無表情のまま覗き込む少年の瞳に、彼女は[  ]を感じた。[  ]を、何と表すのが正しいのか彼女にはわからない。それは奇妙で、不気味で、異常。しかし心惹かれるような感覚も僅かにあるような――という、彼女の思考は呆気なく消え失せた。


「まぁ!とっても頑張り屋さんなのね!」


目の前の少年の愛らしさの前に。



~次の日~


「どうか会わせてもらいたい」

「でも、あの子に保護者はいないって…」


少年が村に来て2日ほど経った頃、旅人三名がやってきた。少年の同伴者を自称する彼らを村人が怪しんでいるところに、本人が宿からひょっこり現れる。それを見据えた旅人の一人が不気味な杖をかざすと、村中の人々は苦しみだして気を失った。ただ一人、少年を除いて。少年は倒れる村人達には目もくれず、てくてくと反対側の出入り口に向かう。


「相変わらずとんでもない魔具だな…」

「感謝しなさいよ、コレすっごい魔力食うんだからさ…なんであの子には…効かない…」


言い切らないままフラつく女を、村人と話していた男が支える。


「っと。おい、レギオ!」

「了解!」


レギオと呼ばれた軽装の男が、身軽に跳躍して少年の前に躍り出る。


「あなたは、怖い大人のレギオさん?」

「違う違う!優しいお兄さんさ。じっとしててくれよ〜」


無邪気な問いかけに笑顔で答え、少年に向かって手を伸ばした。


「う………?」


レギオの手が止まる。身体が震える。冷や汗が出る。視界が歪む。『睨まれた』。誰に?わからないが、冒険者としての勘がそう直感した。


バオオォォーーーン……


『吠えた』。何が?


「ちっ…」


姿は見えないが『いる』と認識し、慌ててナイフを構えるレギオと駆け寄る仲間たち。少年は挟まれる形となった。


「だから言っただろ、油断するな…」


「怖い大人たちだね」


そう呟くと、少年はレギオに笑顔を送り、女に泣き顔を見せ、最後の一人に拍手をした。冒険者たちは呆気に取られ、少年の愛らしくも不気味な動作をただ眺めている。


「…………っあ」


レギオの肩から、血が吹き出した。


「うぎ、ぃ。ヤロォ…!」


『噛みつかれた』と気づいた時には既に、レギオは宙を舞っていた。


「あのバカ…熱っ…?」


先ほどとは別の杖を構え、ジリジリ少年との距離を詰めていた女は異常に気付く。

すぐ傍に少年がいる。目の前だ。今なら厄介な存在はレギオの方にいるため、簡単に捕まえられるはずだ。だが、それより腹部に感じる熱に驚き動けない。少年と目が合った。


なんと純粋で綺麗な瞳なんだろう――

少年の表情は、挙動は、足音は、可愛らしい子どもそのもので――――


突きたてられたナイフには、殺意すらこもっていなかった。


厄介な不可視の魔神について、冒険者三人は依頼主から話を聞いていた。しかし、それを従えているのはたかが子どもだと油断していたのだ。


村人たちが目を覚ました頃には、少年も冒険者たちもいなくなっていた。もしや連れ去られてしまったのではないか、と不安がる声もあったが、きっとあの子なら大丈夫と信じる人もまた多くいたという。



少年は、森をかき分け旅を続けていた。


てくてく――てくてく――

ズルズル・・ズルズル・・・


暗いけもの道、足元はぬるぬる。

ちょっとつまづいた、すっごく楽しい。

今日はボクもクーちゃんもがんばったよ。

怖い大人を追い払ったもん。えへん。


名無しの少年は今日も何処かで、[狂気]と魔神を携え放浪する。


「あなたのお名前、教えて?」

名無しの少年という狂人のお話でした。彼の行動一つ一つに対して「どうして」と聞いてはいけません。E-Worldでは『理由の無い行動をする者』が狂人と呼ばれます。裏を返せば『必要な理由が無くても行動のできる』恐ろしい人物。車が無くても隣町に数時間で移動でき、本を読まずとも内容を知ることができ、必要でなくとも人を殺めたり、魅了したり、友達になったり別れたり。大ギルドから刺客を送られても捕まらない名無しの少年の行く先は定まっていません。わけもなく貴方の部屋に現れるかも?

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