冒険に求められるもの
「うっはーーー!寝坊した!!」
学園に商店、そして冒険者ギルドのあるそこそこの都会『タナト』。ギルドが抱える宿に、朝から大声が響いた。自室のドアを蹴破り、階段を駆け下りる彼女の名は『ヘキト』。丸い帽子に短めの黒髪、そして体躯に見合わないサイズのハンマーがトレードマーク。タナトで知らない人はいない冒険者だ。
「おうヘキト。もう9時過ぎそうだけど大丈夫か?」
「ぎりぎり大丈夫なハズだ!心配してくれてアリガト、おっちゃん!」
本当に大丈夫か怪しいものの彼女は笑顔で、元気いっぱいに駆けていく。
慌ただしく依頼管理課へと転がり込み、窓口の向こうにいる人物へ手を振る。
「おーーーいマキ!!間に合ったぞ!!!」
「おう。まず正座な?」
「はーい!!」
素直に正座するヘキトに説教をしている彼女は『マキ』。見てくれは小さい子どものようでいて、タナトのギルド長を務めているほか技師としての一面もある。小言はうるさいが情に厚い、冒険者たちから慕われるみんなの姉貴だ。
「いいか?今回の依頼はいつもの一般枠じゃない。お前の活躍を見込んだ大ギルドからの特別な依頼だ。それなのにお前ときたら朝寝坊で時間ギリギリなんて……
ちっ、何度言っても仕方ねぇか。それよりお前、仲間は?」
「~~~……ぁ˝っ。……寝てないぞ」
「おいコラ。で、誰と行くんだ?まだ来てないみたいだが……?」
「仲間……」
(ヤッベ、忘れてた!!!)
今回ヘキトが受けた依頼は『未開ダンジョンの調査』。未開ダンジョンとは、まだ全貌が明らかになっていないスポットの総称であり、そこへ向かって地理的特徴や住んでいる動植物、魔物などを記録し生還するのが目的である。どんな危険が潜むかもわからないこの手の依頼は必ず腕の立つ冒険者に出され、さらに単独で受けることはご法度となっている。
「……まさかお前」
マキは非常に勘が鋭い。普段から忘れっぽく抜けてるところのあるヘキトのこともよく理解している。一週間前に忠告したが、「今から誰か誘ってくるー!」と言うヘキトが駆けていった先がゲームセンターだったことも、おそらく忘れてはいないだろう。落ちる雷に備え、周囲のギルドメンバーが身構えるも、
「いやぁ、困ったヤツでさ、あのホラ、時間にルーツっていうか!すぐ連れてくるから待っててくれ!」
「……それを言うならルーズ……」
マキの指摘も聞かずに飛び出していった。
幸い、ヘキトにとってタナトの住民は全員友達。その辺にいる冒険者をパッと誘えば問題なし!……と、本気で考えてしまうのが恐ろしいところである。そして
(不運にも)居合わせたボサボサ頭の冒険者と目が合うやいなや、自慢の怪力で彼を担いで引き返した。
「はい!連れてきたぞ!ケンゴと二人で行ってきまーす!」
「あ˝?」
いきなり拉致され状況が全く飲み込めていないのは『ケンゴ』。彼もまたタナトではよく知られた冒険者である。……ヘキトとは違ってあまり良くない意味で。説明を求めるようなケンゴの目を見たマキは少し考え、
「おう。じゃあルッポ車の用意はできてるから行ってこい。場所はドルドアルの森で新しく見つかった洞穴な。ちゃんと2人そろって帰ってくるように」
「おい、俺まだ何も聞いてない……」
「よーし、行ってきまーす!」
というわけで、ヘキトとケンゴの急遽組まれたコンビによる未開ダンジョン調査が始まった。
人や物資の運搬に一役買う生物、ルッポの引く荷車に揺られながら顛末をようやく聞き、ケンゴは頭を抱える。
「ありえねぇだろ……俺ホントなら今日はオフだったんだぞ……」
「どうせ今日“も”だろ?これは大きい依頼だから、達成すれば報酬は弾むぞ~」
「……てめぇ」
ケンゴはある日、フラッとタナトに現れ冒険者として生活をし始めるも、何度注意されても一人で無茶な依頼を受けてはズタボロで帰ってきた。愛想もたいへん悪くギルドの宿はうるさいからとわざわざテント暮らしをしたり、行事があっても遠巻きに眺めるだけで参加しない。特別腕が立つわけではないがプライドの高い変わったヤツ、というのが今の彼の、他人から見た評価である。そんな冒険者をわざわざ指名するような依頼主はおらず、また誰でも受けられる簡単な依頼を蹴るような真似すらするらしい。そんなわけでケンゴの財布はかなり寂しく、そこを突かれて癇に障ったようだ。
「お前ももっとみんなと仲良くしてさ、誰かとパーティでも組んだらいいじゃん」
「うるせぇ。……お前は一人でやってのけてるくせに、よく言うぜ」
「私は強いからな!一人で平気だ!」
対してヘキトは冒険者として高い評価を得ている。彼女は特異な体質で、いっさい魔力を持っていない。波動などエネルギーの類に関しては扱いが下手すぎて使えないとのことで、どちらも本来冒険者として致命的だ。しかしそれらを全く気にしないポジティブさ、そして欠点を補って余りあるほどのパワーで数々の依頼をこなしつつ、他のパーティの助っ人もよく頼まれる人気者である。
ヘキトにとってケンゴは沢山いる冒険者仲間の一人であり、彼の性格を個性と割り切り他と変わらず接することができる。しかしケンゴから見たヘキトとは、単純な攻撃力というわかりやすい強さを持った自分より恵まれた存在。凡才であり素直でない彼は、自己肯定感の塊のようなヘキトを見るのが苦手だった。
「もういい。着くまで寝る」
「おっけー!」
その後は一切会話のないまま、目的地の洞窟へ着いた。
「これか……おい、自然にできた洞窟じゃないぞ。苦労値ある結果を出すんだったらマキに頭下げて何人か呼んだ方がいい。」
入口の様子についてメモ書きをしつつ的確なコメントをするケンゴ。久々の昼寝で気が紛れたか、逃げ場はないと悟ったからか、とりあえずこの調査を真面目にする気にはなったらしい。
「……あん?ヘキト?」
「おーい!置いてっちゃうぞー!」
もちろんやる気があるのはヘキトも同じ。しかし彼女には、やる気以外に腕っぷししかないのである。彼女がとっくに奥へ進んだことに気づき、慌てて後を追う。
「ばっか野郎!危ないっての!」
「そうか、わかった!今は平気だから危なくなったら教えてくれよ!」
嘘だろコイツ、とまたも頭を抱えるケンゴ。彼女は本来こういう、よく言えばおおらかな、悪く言えばおつむに問題のある人物で、タナトではよく知られていることだった。だが、ケンゴは違う。凄腕の冒険者として大活躍している嫉妬の対象が、まさか『未開ダンジョンでは慎重に』という冒険者としての初歩中の初歩すら無視して動き回るような人物だとは知らなかったのである。
「いいか、入口にいくつか紋様があった。これは自然にできたもんじゃない、古代文明の遺物の特徴だ。こういう場所には大抵、罠やら迷路やらが……」
「へー、物知りなんだな!お前を連れてきてよかったぞ!」
「こんなん誰でもわかることなんだよ」
と、結局奥までずかずかと進んでいく二人。幸か不幸か入り組んでいない一本道を何も考えずに歩くヘキト、周囲だけでなく彼女の挙動にも気を張りながら後を追うケンゴ。ムカデやイモリなど生き物を見つけてはベタベタと触るヘキト、それらを彼女から引っぺがして逐一記録していくケンゴ。見るからに怪しいレバーを倒そうとするヘキト、彼女を諫めるケンゴ……まるで子どもの引率のような探索である。そしてそんなことが繰り返されるうちに「こんなやつが自分より評価されている」という真実にケンゴはため息をこぼした。結局、冒険者は腕っぷしでしか評価されないのか。そんな考えを以前より強めて苛立っている彼とは裏腹に、ヘキトは壁の方を指差して目を輝かせた。
「おい!アレ見ろケンゴ!」
「はぁ……」
どうせ何度も見つけたムカデかなんかだろと思って目をやるとそこには小さな部屋があり、中心には誰もが憧れる冒険の浪漫が鎮座していた。
「宝箱だぞ!!!」
(マズい!!)
ケンゴの予想通り、ヘキトは猛烈な勢いで部屋に飛び込んでいく。彼の頭に浮かぶのは真の宝を守るためのトラップ、金目の物に目の眩んだ冒険者を餌食にする魔物
……そして、道中でさんざん学んだ、それらを一切考慮せずにこじ開けるであろうヘキトの性格。これらの要素から導きだされるものとは即ち、死である。
「止まれ、ヘキトォ!!」
「見ろよコレ!なんかよくわかんないけど文字が書いてあるぞ!」
「……あん?」
大慌てでケンゴが飛び込んだ時、ヘキトは既に宝箱を開けてしまっていた。しかし罠も魔物もおらず、読めない記号が一面に彫られた石板が3枚入っていた。本物の宝だったのである。
「……ふぅ~……」
力が抜けたケンゴはその場で座り込む。もはや腹を立てる気力すらなく、ただただ同行者の豪運に感謝するばかりである。感動するヘキトが何か言っているようだが腰を抜かした彼の耳には全然入っておらず、落ち着いた頃には無意識のうちに保管作業を完了させていた。
通路に戻って先をよく見ると、同じような小部屋が他にもいくつかあることを確認できた。今度は油断せずに先手を打つ。
「待てヘキト。普通宝箱の類はいきなり開けるもんじゃないんだ。罠の有無を慎重に確認して、あるなら解除、なくても気を付けながら開くんだ」
「そうなのか」
「あぁ。これ以降、宝箱の類を見つけたら俺が開ける。お前は部屋の外で待機。
いいな?」
「わかった!」
ヘキトは素直だとわかったケンゴは、先に行動させないように指示すればトラブルは減るだろうと考えたようだ。「待て」をされたヘキトはちょこんとその場に体育座りをし、部屋に入るケンゴを見送る。幸い自分は罠の解除をある程度齧っていて重さなどから少なくとも有無の判別はできる。危険性が低そうなら解除を試みて、怪しいなら見送る。さっき入手した石板だけでもなかなかの価値が期待できるし、あとはこれを繰り返せばそれなりの成果として認められ、大部分が罠の解除を担当した自分の手柄になる……と、安全性と生還後の報酬の両方にとって最適解を出せたと考えている彼は、少々詰めが甘かったようだ。ケンゴが部屋に入って間もなくガシャン!という大きな音とともに出入口は格子で塞がれた。
「げぇっ!」
残念ながら彼は経験が豊富ではない。部屋ごと罠であることを予想するまでに頭が回らなかったようだ。
「ケンゴー?ドアしまったみたいだぞ?」
「ドアっていうかこれは……」
外にいるヘキトはぽかんとしており、ケンゴが自分の置かれた状況を解説しようとする間もなく、二度目の轟音が部屋に響く。恐る恐る振り返ると、そこには背丈が3mほど、立派なしっぽとボロボロの翼をもったひょろ長い悪魔のような魔物の姿があった。その顔は虫の頭を180°ねじったようであり、鋭利なかぎ爪を研ぐようにこすり合わせながら舌なめずりをし接近してくる。
「ち、しまった……」
道具を駆使して時間をかければ格子を折り脱出することはできるだろう。しかし、目の前の相手に背を向けてそんなことをできるわけがない。荷物を下ろして深呼吸し、構える。
「俺がコイツの相手をしてる間、その檻をなんとかしといてくれ!」
振り降ろされる爪を躱し、その勢いで足元に接近しつつナイフを取り出す。フンッと力をこめてガリガリと魔物の右足を深く斬りつけ、すぐさま距離を取る。洗練されているとは言えないが基礎は確実に押さえている、そんな動きである。二度目の攻撃が伸びてくるが、その爪は躱すまでもなくケンゴへは届かずに地面を抉る。
手段を選ばない彼が魔物に対して決まって使うのは、麻痺毒を仕込んだナイフだ。
「よし、これで……」
なんとか倒せると思った瞬間、魔物は頭から地面に叩きつけられた。格子が落ちてきた音よりも、魔物が飛び降りてきた音よりも大きな音を立てて粉砕された頭部から気化していく。トドメを刺したのは部屋の外にいたはずのヘキトだ。
「……え?」
「やったな!お手柄だったぞケンゴ!!」
格子の方に目をやると、真ん中の二本はぐにゃりと曲がって人ひとり通り抜けられる隙間ができていた。自分が使うつもりだった道具の類は見当たらない。
「これ、素手でやったのか?」
「うん!お前がしっかり時間を稼いでくれたからな!」
「………………」
ヘキトの腕力は普通じゃない。とっくに知っていたことのはずだが実際に見せつけられたとき、彼は何か、諦めのような感情を抱いた。こんなやつと並んだら、自分なんかが評価されるわけないじゃないか、と―――
さて困ったぞ、とヘキトは珍しく考える(珍しいのは考えること自体である)。
確かにいきなり調査に参加させたのは悪かったが、それにしたって相方、ケンゴの機嫌が悪い。朝に会ったのは偶然だったが、最近は依頼もあまり受けられていないらしいし丁度良かっただろうと思っていたのだ。魔物との戦闘後もしっかりと罠の解除をしてくれたし、そのおかげで半分以上の宝箱から貴重そうな石板であったり鉱石を回収できた。生物や道の記録もやってくれてるし……
――アレ?私なんにもやってなくね?――
ともかく、報酬のほとんどを彼に寄越すつもりだし本人も当然その気だろう。でも今の彼の表情はここまでの道のりで見たものとは違う気がする……悶々と悩むのは本当に久しぶりだ。ケンゴが変わったやつなのは知ってたけどここまでとは……
「ん?」
気付いたらなんか足元がふわふわする……あっ落ちてるわこれ。
(落ちてる?!)
慣れない考え事に夢中になったヘキトの耳にはケンゴの静止も届かず、通路の突き当りにあった巨大な四角い穴へとまっすぐに落ちていった。
さて、E-Worldでは魔力を用いて空中を自在に飛ぶことができる。非常にコスパが悪いため熟練の魔法使いでも持って1分ほど。普通の冒険者は30秒程度ならどうにかといった具合であるが、それだけあれば足を踏み外しても落ち着いて帰ってこられる。しかし、彼女には肝心の魔力がないのだ。
「あっ、ケンゴ……」
「ーーーー!!!」
救助を試みるケンゴが飛び込んだ。鈍感なヘキトでも一目でわかるほどカンカンに怒っており、かなりの勢いだ。そして腰をがっちり掴まれたが……
「私のハンマー結構重いから、お前が運ぶのは無理だぞ……」
自慢のハンマーはヘキト以外には使いこなすどころか、持ち運びにも一苦労な一品である。魔法にも腕力にも秀でているわけではないケンゴは彼女と一緒に持ち上げられず、じわじわと高度が下がっていく。
「ぅおおぃ先に言えよ!!!」
「ごめんだけどそれ無茶じゃないかー?!」
「さっさと手放せ!」
「やだ!パパのハンマーだ!」
またケンゴを不機嫌にさせてしまうかもしれないが、こればっかりは譲れない。策はあるが、ケンゴにホールドされているから上手くいかない。一旦体勢を変えられないか聞こうとするも、それよりも先にケンゴが声を張る。
「結構深いが、底が見える!とりあえず、一気に降りて着地するぞ……もう俺が、持ちそうにないから……」
「えっ」
どうやら限界が近いらしく、返事をする前に急降下を始めた。激突寸前で声と魔力を振り絞って勢いを緩め、ヘキトを投げ出しケンゴも転がるように着地した。強引な方法ではあったがどうにか命は助かった。大穴の底はだだっ広く何もない。学園の体育館を思わせる広さで、壁や床にはよくわからない模様がある。
「アタタ……助かったー。ありがとう!」
「…………」
大の字で横になったまま肩で息をするケンゴからの返事はなかった。怒りだけではなく、様々な負の感情がこもった目で睨んでくる。それらは一切届かないがヘキトは何か間違えたかな、と少し考え、
「ぼーっとしててごめんなさい!この通り!」
両手をバンと合わせて謝る。その衝撃で前髪が揺れることにさえ嫉妬心を沸かせてしまうケンゴは起き上がり、そっぽを向いてゼリーの携帯食を取り出した。
「あっ、休憩か?よーし、私も一緒に食べるぞ!」
ケンゴの傍によって弁当を開く。普通の冒険者の何倍もあろうかというサイズの弁当には大量の肉に一つ一つがゴロンと大きいおにぎりが三つ、少しばかりの野菜が敷き詰められている。前日に作ってくれたパパに感謝しつつガツガツと平らげていくヘキトは、ふとケンゴがチビチビ飲んでいるゼリーが目についた。
「お前、それで済ませるのか?いいか……」
少し、ケンゴの目がきつくなるが、それに気が付かないヘキトは続ける。
「いいか、ゼリーはぜっっっったいにお米に合わせて食べちゃダメだぞ!」
「………………は?」
(なに言ってんだコイツ?)
「昔、知り合いに沢山もらって飲んでたことがあるんだけどな?いろいろな食べ方を編み出そうと思って、試しにご飯にかけてみたら凄い相性が悪くてさ……それっきり開拓を進める気にならなくて……」
「これは一本で食事として完結させるためのモンだろ。何かと一緒に食ってる時点で間違いだ」
「えーーーーーっ?!!」
「いや驚くなよ、当たり前だろ……ゼリーと米って……」
「そんなに可笑しいか?!」
「いや、思ってたことと全然違うことを言われたからびっくりしたんだよ」
「なんだよそれー?」
一瞬、ケンゴが笑いそうな雰囲気になったが、続く言葉を発する頃にはまた不機嫌な顔に戻っていた。
「どいつもこいつも、『そんなものばかりじゃなく、ちゃんとした飯を食え』だ。飯屋に担ぎ込まれたこともある。喧しいっての。俺は小食なんだ。これが好きなんだ。身体が資本の冒険者だからって全員が大喰らいだと思いやがって……」
少しずつ表情をこわばらせて話すケンゴとは対照的に、ヘキトはご飯を笑顔でかきこみながらふんふんそうかと頷いて聞いている。
「俺がパッとしないのもそのせいだとか抜かす野郎もいたんだぜ?ドカ食いごときで強くなれるんなら世の中強者だらけで困らねえんだろうな?…………」
そこまで一気に話した挙句、目の前で信じられないくらいの量をドカ食いしている強者ヘキトを見てげんなりしたケンゴは口を閉じた。そして数分後、巨大な弁当を食べきった彼女は丁寧にごちそうさまでしたと言ってからようやく話し出す。
「小食なら仕方ないな。なんだかんだ言って最近の携帯食は昔よりも美味しくて体に良いらしいし」
「あぁそうだ。ふん、話が分かるやつで良かったぜ」
「でも、普通のご飯ももちろん美味しいし、ギルドの食堂だけでも色々メニューがあるんだ。たまにはそっちも食べてみてほしいな!」
「そりゃ、全く興味ないわけじゃねえけど……今更食堂で食うのも気まずいし……何よりあんな量食いきれねえっつーの。普通盛りがてんこ盛りじゃねえか」
「私が半分食べてやるから!」
「本気かよ……」
「本気だぞ!」
ヘキトは本気である。その時その時、目の前にいる相手を手助けすることに一切の躊躇がない。後先を考えない、合理性がないといえばそれまでだが、誰に対してもその態度を変えないのが彼女の良さだろう。
「愚痴ならいくらでも聞くし、なんでも手伝うからな!」
「お前……大丈夫かよ。変な奴に騙されても知らねえぞ?」
「大丈夫大丈夫、私の仲間にも変な奴いっぱいいるから負けないぞ!」
ゼリーのやり取りでも少し怪しかったが、今度こそケンゴは思いっきり吹き出した。笑ったら負けだと勝手に意地を張っていたのが途切れた途端、笑いをこらえられずヘラヘラしてしまう。ヘキトは彼が何故笑い出したのかよくわかっていないが、満足そうにその顔をガシッと掴むと、
「やっっっっっと笑った!!!!今日はご馳走だぞ!!!!」
部屋に響く大声で叫び、そのままケンゴの頭をわしゃわしゃする。突然なんだと面食らった彼は身動きが取れなくなってしまったようだ。
「『冒険に一番大事で必要なのは仲間、仲間を作るのは笑顔』!パパが教えてくれたんだ。これでケンゴにも仲間ができるな!!!」
「は?」
自分に理解できないことを、まるで自分のことのように大喜びするヘキトにケンゴは激しく動揺したが、タナトに来てから自分の何かを他人に喜ばれるという経験の無かった彼は、悪い気はしなかった。それでも言われたことを頭の中で繰り返し、意味がわかると彼はまた否定したくなる。そういう性分なのだ。
「……今さら俺とパーティを組んでくれるやつなんているかよ」
「じゃあ私が組むから!!決定!!」
「はぁーーー⁈」
引く手数多なヘキトは誰とパーティを組むか決められないまま、複数のパーティに顔を出してはいるものの結局一人でずっと冒険者を続けているのである。そんな人物が、こんなよくわからないノリでケンゴと組むというのはとんでもないことだ。それでも、彼女は「笑顔で仲間を作った」ということにするため、そしてケンゴの仲間を増やすために、ちょうど空いている自分をあっさり差し出したのである。
彼女が人々を惹きつける理由は冒険者としての腕だけではなく、容姿や行為による愛嬌だけでもなく、こういう所なのだろう。少し鬱陶しいが、その本心は目の前の相手を本人以上にいたわるつもりでやっている……と、ケンゴは呆れつつもヘキトに対する評価を変えざるを得なかった。そして折れた。
「あぁ、もう、わかったわかった……とりあえずここから出る方法をだな……」
「その前に、アイツだ」
「アイツ?うぉっ!!?」
見上げると、巨大なムカデのようなモノが壁を這って降りてきている。全長は5mほどで、口元には顔より大きいクワガタのような牙を備え、頑丈そうな甲殻はいかつく黒光りしている。
「トラムカデ……もしかして、ここはアイツの住処なのか?」
「そーそーそれ、名前忘れてた!」
「一直線の通路の奥に大きなスペース……うん、トラムカデの巣の特徴だ」
「美味いし、一匹で大勢が食べれるんだよな!」
「巣の跡を過去の人間が宝物庫に改造して、そのまま遺跡になったここを新しくコイツが利用してるってわけか」
「皮が焦げるまでじっくり焼くんだ~……やっぱりケンゴ、物知りだよな!」
「お前の知識が偏りすぎなんだよ。食えるなんて知らなかった……」
おそらく二人とちょうど入れ違う形で巣から出払っていたのだろう。帰ってきたら寝室で獲物がバカ騒ぎしているという、わけのわからない状況にかなり気が立っているようだ。トラムカデはシャンシャンと巨大な牙を鳴らしながらまっすぐ、結成直後の2人組パーティに接近する。
「よーし!今晩はこいつで、結成祝いやるぞ!」
ちょうど床まで降りてきた相手に向けてヘキトはハンマーを構えて突進。少し遅れたケンゴは大回りするように移動して側面を狙う。
「ヘキト、正面はあぶねぇ!」
「大丈夫!」
ケンゴが危惧した通りに首をもたげて頭上から喰らいついてくるトラムカデの攻撃を、ヘキトはアッパーで真っ向から殴り返した。無傷で迎撃とはいかなかったようで頬を血が伝う。しかし、この程度は彼女にとっては日常茶飯事。受けたダメージより与えたダメージが上回っていれば百点満点、これがヘキトの持論である。一方でケンゴは、休憩をとったとはいえ魔力がほぼ底をつきており、かつ相方のように殴り合う気もない。彼が狙うのはお尻の方だ。トラムカデの武器というと、主張の激しい牙に目が行きがちだが実はお尻の先端にある六本の毒針が本命である。これを受ければ平時でも病院送りは免れないし、住処の最奥であるここならまず間違いなく助からないだろう。
(だから、まずはこの針を取り除く!)
ケンゴは戦闘自体には緊張しつつ、先ほどとは違ってメジャーな相手で良かったとリラックスしている。なぜなら定石どおりに対処できるから。深い知識やニッチな情報(美味しい食べ方など)は持ち合わせていないが、この程度は冒険者の基本と彼はしっかり押さえている。本人が基本、常識、普通と侮っているソレが、そこまで頭が回らない相方の命を救っている偉大な功績だという自覚が無いのが残念であるが。相手の動きに気を付けながら、ナイフで毒針を一本ずつ取り除いていく。多少手際が悪くとも、確実に、安全に。
「おりゃーーーー!!!」
一方で、気合いのこもった掛け声を上げたのはヘキトだ。ハンマーは置いて両手で牙を掴んでいる。ケンゴが何かしているのを見て、それが何かは全くわからないが激しく動くのは良くないと思っての行動だ。牙のところどころが貫通した手袋には血が滲むも、まるで怯まない。むしろ、笑顔を絶やさないのだ。見ようによっては不気味にも思えるその表情は、誰より相方を信じているからこそ作れるのである。
「……よしっ!」
無事、すべての毒針を無力化したケンゴはヘキトの方に目をやりぎょっとする。手袋があるとはいえアレを手で掴むなんて無茶苦茶だ。言葉を失っている彼を見て、ヘキトはこれまでとさほど変わらないテンションで声をかける。
「おっ、なんか知らないけど終わったか?サンキュー!それぇっ!」
そのまま、バキンッと大きな音を立てながら牙を力任せに開いた。本来の可動域を超えて開かれた牙は先ほどまでの威勢を失ってだらんと垂れ下がり、もはや使い物にならないのは明らかであった。
「げえぇっ、え、へぇえ??!!!」
聞こえてきたのはトラムカデの心の叫びではない。ケンゴの口を突いて出た声だ。明らかに、小柄な人間が本来できるような力技ではない。気づいたら檻を捻じ曲げていたとき、彼はヘキトの異常さを痛感したはずであった。しかし本当の意味で見せつけられたそれは凄まじい迫力で、もはや嫉妬の入り込む余地はなかった。笑うしかない、うっすらと笑みが零れる。こんなやつが今日から仲間だなんて、なんて頼もしいんだろう!貴方は、恐ろしいほどに強い味方を手に入れたときの得も言われぬ陽の感情がわかるだろうか?
ビいいイぃイイいイイィイぃイイイーーーーーーー!!!!!!
牙を破壊されたことに少し遅れて気づいたらしいトラムカデは奇声をあげて激しくのたうち回り、その勢いのまま巨体をドカドカ叩きつけ二人を派手に吹き飛ばす。もしも毒針が健在だったらかなり危ない瞬間であったが、ケンゴが切り外したことによって物理的なダメージだけで済んだ。
「ちぃ、ヘキト!」
「おう!行けるぞ!」
深手を負った上にさんざん暴れまわったトラムカデは、態勢を崩して虫の息。この好機に2人は息の合った攻撃を叩き込んだ。常識を確実に把握し生かすケンゴと、常識外れな力で道をこじ開けるヘキト。結成して間もないパーティは、初陣を見事な勝利で飾ったのである。
「で、結局どうするんだ。コレ食って俺の魔力が戻るのを待ってもお前のハンマーは持ち上げられねえし……」
「それなら大丈夫だ!そのまま端っこを持っててくれ」
言われた通りにトラムカデのお尻を両手で持つケンゴを見て、ヘキトはハンマーを背負って頭に片腕を回す。そしてバッグからペンライトのようなものを取り出してずっと上の天井に向けて照射した。
「なんだそれ……うおっ⁉」
「へへーん!凄いだろー!!」
放たれた細い光が天井に達すると、まるで鎖を巻き取っていくかのようにヘキトの身体をゆっくりと持ち上げていく。ヘキトが抱えるトラムカデ、それを掴むケンゴも一緒だ。
「いいだろー!あらかじめ魔力を込めておいて使うタイプの魔具だ。友達にご飯を奢る代わりに込めてもらうんだ。そうすれば私にだって使える優れものだぞ!」
「その仕組みはメジャーだけどよ……これ何処製だ?こんなにコンパクトで便利な装備、一家に一台どころか一人に一つレベルで流行すると思うが」
「去年タナトに不思議な博士が来てな!『しさくひんのてすたー』?だかなんだかで貰ったラムネを食べてたら凄い感動されて、そのお礼に貰った!」
それを聞いてまた相方のおつむが心配になるも、ツッコむだけ無駄なのは今日一日でさんざん学んだので飲み込む。
「てか、これで上に戻れるならさっさと使えよ!」
「いや、ケンゴがごはん食べ始めたから私も休憩しようと思って……」
そうして、雑談に花を咲かせている間にあっという間に天井にたどり着き、二人とも無事に廊下に戻ってきた。平静を装ってはいるが流石のヘキトも巨大生物と人
ひとりの体重を支え続けたのは応えたようで、その後のんびりと出口へ向かった。
帰ってきた二人がトラムカデの死体を持ってきたことに冒険者一同はドン引きしていた。さらにはヘキトがケンゴとパーティを組むと言うので大騒ぎである。そんな喧騒を気にも留めず、ヘキトだけでなくマキまでもが「焼くと美味いんだコレ」と言って広場のど真ん中で調理し始め、どんどん人が集まっていく。人だかりの中心にいるのはヘキトにマキ、そして普段はそのポジションにいないはずのケンゴ。
肝心のトラムカデはというと、円状に並べられた焼き肉セットの上にそのまま寝かせて丸焼きにされている。黒かった甲殻は熱されると徐々に青みを帯びて、見た目からはどうにも食欲のそそられる感じはしない。
「……これマジで食えってのか?」
「大丈夫!私を信じろ!」
「…………」
何度も先に食べてみろと言われ観念したケンゴは、ヘキトの指差す部分をフォークで切り取って塩を振り、恐る恐る口に運ぶ。
「……………………」
この時ばかりは、タナトのギルドに集う者のすべてがケンゴに注目していた。
「魚っぽい……苦味があるから子どもには向かないけど……うん、美味いなこれ」
がっしりと歯ごたえのある食感に噛むほど深まる旨味、そして主張しすぎない適度な苦さが織りなす絶妙な美味しさに、ケンゴは驚きつつ素直な感想を述べた。彼がこの場で冗談を言うようなタイプではないと知っている者、察した者達が少しずつフォークを持って食べにくる。それでも口に運ぶのを少しためらている彼らを見たヘキトが、お尻の方をごっそり持っていきがっつき始めた。
「ほらみんな!早くしないと無くなっちゃうぞ!」
そこからは騒がしい晩餐会が始まった。彼らが酒や他の料理も楽しんでいると広場に集まる人はどんどん増えていき、トラムカデの丸焼きはあっという間になくなった。タナトの冒険者やギルドの職員たちはノリがいいので、こういったイベントが突発的に起こるのは珍しくない。しかし今夜の集まりはいつもと違う点があるのだ。普段は全く参加せず、自室にこもっていたり遠巻きに眺めているだけのケンゴが、少し困り顔になりつつも中心で大勢と話をしている。調査はどうだった?どんないきさつでヘキトと組んだの?ヘキトは頼れるし面白いヤツだよなぁ。ちょっと面白すぎて振り回されるけどな……
輪の中に放り込まれてみれば、会話は弾んだ。既に誰からも相手にされなくなっただろう、そんな自分が今更こんな……というケンゴの心配事は杞憂に終わったようである。とはいえ流石に疲れているし、普段よりも食べ過ぎた彼は早々とテントに戻って寝袋に入る。
「おーい、ケンゴー?」
呼ばれた気がするが、返事をするよりも眠りに落ちる方が早かった。……が。
「仕方ないなー」
声の主はテントの端を掴み引っ張る。四隅の杭はあっさりと引き抜かれ、ズルズルと引きずられるテントの中でケンゴはもみくちゃになって目を覚ました。
「うおっ、おお、い!何だ⁈おい止めろ!」
「お前は仲間なんだから、堂々とこっちに帰ってきていいんだぞー!」
もちろんヘキトの仕業である。
「だからってお前、日を改めるとかあるだろ!今日はいいってぇ!」
「せっかく今日からコンビでやるんだから、今日から宿で寝泊まりしよう!」
まるでプレゼントを運ぶサンタのようにケンゴを拉致するヘキトを目撃したタナトの人々は、今後の二人はどうなることやらと期待しつつ大笑いで見送った。
第一話ということで、苦手な部類ですがファンタジーの王道を目指して制作しました。次回、次々回にどんな話を投稿するか決まっていますが、それ以降は気分で書いていきます