その4
「消し去った? どうして?」
非難するような口調になっていることに気がつき、ティアはハッと口を押さえました。しかしラフは気にした様子も見せず、軽く首をかたむけるだけでした。
「あたしがルゥフェイにとりつかれたのは、退魔師見習いとして修行していたときだった。まさか自分が、ルゥフェイを退治する立場の自分がそんなことになるなんて、あのときは思ってもみなかったよ。でも今は、どうしてあたしにルゥフェイがとりついたのかよくわかるよ」
「なぜあなたに? 退魔師なんて危険な、自分たちにとって敵のはずなのに、どうしてそんなあなたにルゥフェイがとりついたの?」
「もともとルゥフェイは、涙を盗んで生きているんだから、その相手は誰であってもいいのさ。たとえ自分たちを退治する、退魔師であってもだ。そしてルゥフェイは、温かな涙を流す人間を探している。つまり、温かな気持ちを持った人間のそばに集まるんだ」
ラフは遠くを見るような目で、しばらくなにかを考えているようでしたが、やがてふぅっと小さくため息をつきました。ちらりとティアを見ますが、ティアはぽかんとした表情をしているだけでした。
「どうやらわからなかったみたいだね。……あんた、歌姫になった理由は?」
とうとつにたずねられたので、ティアはわずかに首をかしげました。心の奥にしまった懐かしいものを、探していくように、ティアはじっと目を閉じていましたが、やがて答えました。
「……みんなを、わたしの歌で幸せにしたいから……」
「だろう? あたしもそうだったのさ。今でこそこんなだけど、あのときのあたしは、退魔師となって様々な苦しむ人たちを助けようと考えていた。今にして思えば、それは退魔師が、特にルゥフェイを退治する人間たちは、決して持ってはならない感情だったのさ。……あたしはその気持ちを、温かく、そして雪のように優しい気持ちを盗まれたんだ。……あんた、ルゥフェイにとりつかれたのは、歌を歌う前だったんじゃないのか?」
ラフに聞かれて、ティアの青い目がハッと大きくなりました。ラフは満足そうにうなずいて続けました。
「あたしもそうだったよ。あれはあたしが、初めて退魔師としての仕事に挑む夜だった。あたしが学んだことで、誰かを助けることができるんだ。あのときのあたしはそう思っていたのさ」
「バカなことだよね」と、自分で自分を笑うかのように、ラフはつけくわえました。ティアの目がわずかに細くなります。ラフは大げさなしぐさで肩をあげました。
「そんな怖い顔をしなさんなって。あんたは今、ルゥフェイにとりつかれているんだから、あたしの言葉に怒りを感じるんだよ。本来退魔師っていうのは、ドライな気持ちで臨むべきものなんだ。簡単にいえば、金のためにゴミをそうじする家政婦のようなものさ」
「レインは、ルゥフェイたちはゴミじゃありません!」
「そういうだろうね。あんたの怒りはごもっともだと思うよ。でもさ、それによってあんたの人生は狂おうとしているんだよ? あたしの人生もずいぶんと狂わされた。それにこのまま放っておけば、さらに多くの人間たちの人生が狂わされる。そういう意味では、ゴミよりもっとひどいやつらさ」
「なんてことを!」
いきりたつティアに、ラフが目にも止まらぬ速さで先ほどのお札をはりつけたのです。ビタッとティアのからだが硬直しました。
「とりあえずおとなしくしておいてもらうよ。あぁ、口は動かせるだろう? 口の部分だけ、祝詞を残しておいたから……って、おっと、消えかかっちゃったみたいだね」
ラフはあちゃーとぼさぼさの髪を乱暴にかきながら、先ほどの筆をふところから取り出しました。筆の先をぎゅうっと絞って、消えかかっていた複雑な絵に、そっと筆を走らせたのです。そのとたん……。
「ぷはっ! ……これは、いったい」
「ルゥフェイにとりつかれた人間は、とんでもない力で抵抗するからね。だからあんたの動きを封じさせてもらったのさ」
「うそつき! だましたのね!」
「だました? いやいや、あたしは最初から退治はするっていってるじゃないか。乱暴には退治しないってだけで、退治は当然するよ。それがあたしの、退魔師としての仕事だからね」
『退魔師』という言葉を微妙に強調して、ラフはにやりと顔をゆがめました。
「……さて、それじゃあそろそろ仕事をさせてもらおうか。なに、痛みは感じないよ。むしろすっきりするんじゃないか? ルゥフェイから解放されるわけだからね。……じゃあ行くよ」
ティアにはりつけたお札に、ラフがなにかを書きつけていきました。そして――
その5は本日1/10の19時台に投稿する予定です。