その2
「……それであたしが呼ばれたってわけさ」
顔中におしろいを塗りたくった女の人、退魔師のラフが、肩をすくめてティアに声をかけました。ラフの顔を見たティアは、ぽかんとしていましたが、やがて一言、あきれたようにたずねたのです。
「その顔は、なにかの魔除けですか?」
「あぁ、するどいね、おじょうさん。そうさ。ルゥフェイを退治しようにも、その退魔師がルゥフェイにとりつかれちゃ世話ないからね。この白い粉は、ルゥフェイがきらう成分を含んでいるのさ。オオワライタケを乾燥させて焼いた灰を水にひたして、毒を抜いてさらに乾燥させたものだよ。涙を盗むルゥフェイにとって、笑いっていうやつは一番の大敵だからね」
「では、その粉を使えば、ルゥフェイを退治できるというのですか?」
なぜかティアは、おびえたようにラフにたずねました。ラフはにやりと笑って首をふりました。
「安心しな。そいつはあんたの大事なパートナーだろ? そんな乱暴なやりかたで退治したりはしないさ」
ラフの言葉に、ティアはさらにおびえるようにあとずさりしました。
「どうしてそれを知っているんだ? って顔してるね。あたしはルゥフェイ退治の専門家だよ。それくらい当然知っているさ。ルゥフェイは人間の涙を盗んで生きている。これはこの国に住むやつなら、誰もが知っている話だ。だが、どうしてルゥフェイにとりつかれるのか? これを知っているやつは驚くほど少ない。涙を流したからだというやつもいる。半分正解だ。悲しんでいるからだというやつもいる。これも半分正解だ」
ラフは持ってきた包み紙を開けていき、中から複雑な模様が描かれたお札を取り出しました。さらに、細長い筒から、コップになにか液体をそそいでいきます。わずかににごった液体からは、花の香りがしてきました。
「なら、本当のところはどうしてか? ルゥフェイは人間の涙を盗んで生きているんだが、あるきっかけで、人間にとりついてしまうんだ。そのきっかけってのが、温かい涙だよ」
「温かい、涙?」
ティアが目をまたたかせました。コップの液体をわずかに口にして、ラフはしかめっつらになりながらもうなずきました。
「そうだよ、温かい涙だ。涙は心の温度をうつす。本当に心が冷え切って、悲しみに包まれているのならば、その涙は氷のように冷たいだろう。だが、温かな心の持ち主が流す涙というのは、温かい涙なんだ。ルゥフェイはその温かい涙を探している。……あんたのパートナーも、そういっているだろう?」
図星だったのでしょうか、ティアはさっと顔をふせました。ラフはあははと笑って首をふりました。
「何度もいっているだろう、あたしは乱暴なやりかたで退治しようなどとは思っていないよ」
「でも、レインを、退治しようとしているんでしょう?」
いい終わったあとに、ティアはハッとして口をふさぎました。ラフは興味深そうにティアを見つめました。
「レインっていうんだね、その子。あたしにはもう見えないが、あんたにはしっかり見えているんだろう?」
ティアはぎゅっとくちびるをかみしめましたが、やがて顔をそむけて声を荒げました。
「とにかく、わたしたちには構わないでください! 歌ってはならないというのなら、歌姫の座もいりません。わたしたちを放っておいて」
「そうはいかないよ。残念ながらこの国では、ルゥフェイの存在は禁忌とされているんだ。もちろんルゥフェイにとりつかれていると知られては、無事ですむはずがない。あんたはまだ運がいいほうだ。こうして退魔師を呼んで退治してもらえるんだから。通常はルゥフェイにとりつかれたと知られたら、良くて追放、たいがいはそのままルゥフェイごと殺されてしまうだろう」
ラフにいわれて、ティアはハッと顔をあげました。ラフはおしろいで真っ白になった顔を、能面のように動かさずに、ふところから筆を取り出しました。
「……もしわたしが、殺されてしまったら、レインはどうなってしまうのですか?」
取り出した筆に、先ほどの花の香りがする液体をしみこませて、ラフはお札の絵を少しずつなぞっていきました。筆でなぞられたお札の絵は、フッと白く溶けて消えていきます。丁寧に絵を消しながら、ラフはティアを見ずに答えました。
「ルゥフェイは、あんたのパートナーのレインは、消えてなくなるだろうね」
「……そんな!」
悲痛な声をあげるティアを、ようやくラフはふりかえりました。お札の絵をなぞる筆を止め、それからしっかりとティアを見すえたのです。
「……あたしは退魔師だ。だからその子を退治はするさ。でも、あんたの気持ちもよくわかる」
「わたしの気持ちがわかるですって? そんなはずないわ! あなたは退魔師で、レインの、そしてわたしたちの敵でしょう? そんな人に、わたしたちの気持ちがわかるはずが」
「わかるさ。あたしもかつて、ルゥフェイにとりつかれていたんだから」
その3は本日1/10の17時台に投稿する予定です。