その1
全部でその6まであります。すべて本日中に投稿する予定です(1時間おきに1話ずつ投稿する予定です)。どうぞ最後までお楽しみください。
「どうしてそのような悲しい歌を歌われるのですか?」
ルフト王国の王立舞台の控室で、おつきの者が大臣とともに、ティアを問いただしました。
「建国記念日まで、あと十日を切りました。ティア様も我が国の者たちが、悲しい歌を忌み嫌うことくらいご存じでしょう。まして、王国一の歌姫であるあなた様が、建国記念日という大切な日に、あのような悲しい歌を歌ったとしたら……。とにかくどうぞ、『勇ましきルフトの血』をお歌いになってください」
おつきの者が、大臣の顔色をうかがいながら、必死にティアを説得します。しかしティアはおつきの者の言葉にはまったく無反応のまま、鏡に映る自分の顔を、ぼんやりと見るともなしにながめています。大臣がコホンッとせきばらいしました。
「ティア様は、お生まれはルフト王国ではなく、隣国のアッシェ村でしたな。アッシェ村から我がルフト王国に来られたので、我が国の風習はあまりよくご存じないのでしょう。ティア様、我が国では、祝いごとや祭りの舞台では、決して悲しい歌を歌ってはならないのです。いいえ、それどころか、通常どんなときであっても、悲しい歌を歌うことはご法度なのです」
「……どうして?」
ティアが空気を清めるような、透明な声でたずねました。歌姫といわれる人々の、美しい声色に、大臣はうっとりと顔をほころばせましたが、すぐに真面目な顔になって答えました。
「ティア様も我が国に滞在になって長いのですから、ご存じでしょう、涙を探して盗む魔物、ルゥフェイのことは」
「ルゥフェイ」
「そうです。ルフト王国には、古の時代より、魔物たちが住んでいました。それは魔物というよりは、妖精といったほうがいいのかもしれません。ルゥフェイを見たもの、そしてとりつかれたものの話では、まさに神話や伝説に出てくる、妖精とうりふたつだということですから。しかしこの魔物たちは、我々に害をもたらす恐るべき、そして忌むべきものたちなのです」
熱弁する大臣を、ティアはやはりなにかに心を奪われたかのような、ぼんやりとした目で見あげていました。大臣はそれには気づかず続けました。
「ルゥフェイは、人間たちから涙を盗み、そして悲しみを伝染させます。初代ルフト王がこの地を収めるまで、この地は悲しみに満ちあふれていたと聞きます。ルゥフェイが人々に、涙を流させ続け、まるで家畜にエサをやるように、悲しみを与え続けていたからです。ですが、初代ルフト王はルゥフェイどもをその燃える心で退け、退治したのです。ですから……ティア様、しっかりお聞きください!」
大臣が語気を強めました。おつきの者が「申し訳ございません」と平謝りして、ティアに耳打ちします。
「さぁ、ティア様もあやまって! 大臣様のおかげで、我々はこの建国記念日の公演にこぎつけたのですよ」
「……でも、わたし、楽しい歌なんて歌いたくないわ。涙を探さないと。みんなが涙するような歌を歌わないと、わたし……」
ティアの言葉に、大臣もおつきの者も真っ青になってしまいました。不意にティアが、ぽろりとその青いひとみから、大粒の涙をこぼしたのです。涙は地面に落ちるより早く、フッと消えてなくなりました。
「……ルゥフェイだ、まさか、ティア様が……」
「なんということだ! まさか、歌姫が、ルゥフェイにとりつかれるとは……」
大臣とおつきの者は顔を見合わせ、それから急いで控室から逃げ出すのでした。
その2は16時台に投稿する予定です。