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少し変わった婚約破棄騒動

婚約破棄とか言わせてもらう、だっておれらの仲を正しく分かってくれてないから

作者: 走不 歩

前作の婚約破棄騒動の1年前の話です。王子目線です。




「ゼラ、おれと婚約破棄をしてくれないか?」


 そう赤の公爵令嬢ゼラに言った瞬間、長年仕えていたメイドがカップを床に落とした。


***


 おれとゼラは、おれが生まれた時から婚約者同様だった。正式に婚約者だと決まったのはおれが8歳の時だけど、それでも幼い頃からペア扱いされていたことに変わりはない。


 うちの国の歴史的に見ると、王族がそんな早くから婚約者が決まっているのは珍しいことだ。本来なら婚約者候補が2,3人居て、それを選定する分、婚約者が決まるのはそこまで早くならない。おれとゼラの婚約が早かったのは恐らく先の婚約者決めの影響だと思う。


 王族は、貴族における赤、黄、緑、紫の四つの系統の公爵令嬢から、バランスよく妃を決める筈なのに、おれの母親は黄系統、おれの祖母も黄系統と連続している。先代緑の令嬢は王弟に嫁いでいるから仕方ない。先代紫の令嬢は子を成せない体だった。先代赤の令嬢は色々情報が隠されてる。


 しかし父上が昔、「ゼラ嬢もお前も、本来ならいないんだよな。向こうのゴタゴタが無かったら、血筋的にもタイミング的にも、おれとあの人が結婚しただろうから」と口にしていた


 父上の言葉から推測するに、先代の赤の公爵令嬢がゼラの母親だ。そんで彼女は王妃になる可能性があったと。

 分かっていることだけでも、ゼラの母親の扱いが相当荒れたのは簡単に予想がつく。そして、その果てにおれとゼラの割と早期な婚約があるのも。

 

 過去のゴタゴタを知っているっぽい連中はおれとゼラの組合せを見ると微妙な顔をするのだ。なんというか幼い頃からペア扱いしといて、それはないと思う。


 とはいえど、おれとゼラの相性は偶然にも抜群で、仲良くやっているのだ。



 初めて他の女の子と話したときには、相手のあまりのお喋りに混乱した。王族であるこちらを退屈させないように頑張っているのは分かったから、別に不快では無かったけれど、気を使って貰っていると考えると申し訳なかった。


 また、こちらの話に合わせてくれる親切な子もいたが、これもやっぱり王族のおれの為に、わざわざ聞いてくれるんだなと思ってしまった。おれは割とどうでもいいことを話題にしたりもするのだが、その時も好意的な反応をして(無理に食いついて)くれるのだから、「もっと、素直でいいのにな」と思ってしまうのだ。とはいえ、おれは王族だから相手も悪い印象をもたれないように努力しているのだろうだから仕方ない。そもそもそういう話をするおれ自身に非が無いとは言えないし。


 そして、たまにいるのが、王族であるおれの為に注意や反対意見を言ってくれる子だ。こういう子は正直有難いが、ずっといると行動を見張られているようで辛い。


 ゼラはなんというか適度だった。幼い頃から会っているというのが大きいだろうが、とにかく適度に反応してくれるし、話してくれる、おれが妙な事を言うと注意もしてくれる。そして、それがあまりこちらに気を使っていないものだと分かるし、こちらも気を使わないで済む。素のままでいて、お互い不快にならないのだ。



 しかし、(はた)から見ると、ゼラの無表情さと、おれのニコニコっぷりも相まって彼女が愛想の悪い不敬な女だと思われてしまうのだ。

 おれとゼラが割と楽しく話しているつもりでも、周りからは「殿下が頑張って話題を振っていらっしゃるのに、ゼラ様は相変わらず笑いもしないのね、あれじゃあ話が盛ら上がらないわね」とか言われてしまうのだ。


 そういう話しが出てくると、ゼラの評判が悪くなるのだ。母親のゴタゴタのこともあるせいで元から責められやすくもある。彼女はあまり気にとめていないのか放置しているけれど、どんどん悪い噂が広まっていくのだ。

 おれが「ゼラは良い人だ。仲良いぞ」と周りに主張しても、「殿下はお優しいですね」とかおれが良い子扱いされて終わりになってしまう。


 なんで、おれの言葉を本気で受け取ってくれないのか分からない。「お優しい」って、なんで事実を言っただけなのにおれが褒められるのか分からない。



 たまに彼女が口にする「王妃になれれば、それでいいです」というのも誤解される大きな原因だった。これを聞いた人間は、彼女を権力を望む欲深い女だと思う。

 けれど、違うのだ。彼女は義務を果たせればいいと言っているだけなのだ。赤の公爵令嬢が王族に嫁ぐことは、国にとっても、赤の系統にとってもほぼ義務のようなものだった。

 そして彼女の話を聞く限り母親のことを随分と好意的に語っているから、父上に嫁がなかった彼女への非難の声を抑えるのもおれとの婚約を大人しく受け入れている理由かなと思う。何もともあれ権力には執着していない。


 メイドに一度そう語ったことがあるが、「それもそれで、殿下にとってどうかと……」と返された。なんで? おれは別にいいけどな。



 あと割と、おれとゼラから恋愛的なものを感じられないという理由から仲が悪いと思われる。政略的な婚約なのだから、仲が悪くてもおかしくない上、おれとゼラの会話は盛り上がってないように見えるので、ますます不仲に思われる。


 おれもゼラも、お互いのことを気に入ってはいるが、多分恋愛的に好きではないと思う。物語で聞いた恋の話の登場人物のように一緒に居る時にドキドキしたりとか、遠くに居る時に四六時中相手のことが凄く気になったり、不安になったりしないのだ。一緒に居る時はリラックス出来るし、遠くに居る時は全く思い出さない訳ではないけど、昔からの使用人や父上、母上と同じくらいの頻度だし、不安にもならない。


 砂糖のような甘い言葉はお互い吐く気はまったくないし、スキンシップもあまりする意味を感じない。楽しく会話して、楽しく食事を共にして、楽しく遊べればそれで満足だ。


 しかし、このまま不仲説が定着してしまうと、ゼラの評判が悪くなってしまう。そう思って、試しに協力してもらって、砂糖のような言葉を吐いてみたり、長い間、手をつないだりとかしてみたのだ。

 だけど、別に楽しくなかった。お互い「何言ってんだろう?」って顔をしてた。手を繋ぐのはお互い動きづらくなるし利点がないとやめた。おれらには致命的にそれが合わなかったのだ。


 期待した周りの反応もあまりよくなかったし。ゼラの従兄弟キースの存在も大分ネックだった。


「ボクはゼラ様の為にいる。ボクはゼラ様の為に生まれた。ボクはゼラ様の為に生きる。ボクはゼラ様の為に死ぬ」


 それが彼の信条だ。ここまでいくと流石に行き過ぎだ。彼の激情を前にすれば、どんな愛情も霞んでしまう。お陰で、良好なおれとゼラの関係も、そこまで良く見られない。それどころか、キースのあまりの盲目的な態度に、ゼラがキースを洗脳しているのではとか、ゼラが王族の婚約者としてふさわしくない素行をしているのではと邪推(じゃすい)されてしまっている。


 別にボクはキースがゼラのことを盲目的に慕っていること自体は構わない。個人に対しての愛情が希薄な父上を幼い頃から見てきたおれにとって、誰かに対して強い感情を持つ人物というのは非常に興味深い存在だから。


 だけど、それでゼラの評判が落ちたりするのは納得いかない。見たところゼラは何もしてないのだ。不思議に思ってキース本人にもゼラが好きなのか聞いたことがあるけど、「そこにゼラがいるからです」と滅茶苦茶なこと言われた。理解できなくて父上お聞きしたことがあるけれど「赤系統は愛情とか恋情ぶっ飛んでいる奴がいるから、理屈で考えるな」と返された。妙に苦い顔してたから経験でもあったのかな。



 そんなこんなでおれとゼラの仲の評判や、ゼラの評判は下がる一方だ。おれはそれをなんとかしたかった。

 現状維持でも上手くいかないし、いちゃいちゃは試してみても上手くいかないし、楽しい時間を削られる。それに我に返って思ったが、周りにいちゃいちゃするような仲だと思われても、それはそれで演技をずっとしなくてはならなくなる。おれはありのままの光景を見て、悪く思わないで欲しいだけだ。

 どうすれば、おれがゼラと仲良しなことや、ゼラが良い人だってことをみんなに知ってもらえるのだろう。



 そう考えているときに、ふと思いついたのが婚約破棄茶番だった。



 衝撃的なことというのは頭に残りやすい。またゼラのことを否定的な目線で見ている人は最初からゼラを否定的に見て、肯定的な意見は受け取りづらい思考になっている。だとしたら、最初は否定的な状況と見せかけて、肯定的な意見を刷り込んでいけばいいのだ。


 ゼラに婚約破棄をおれが申し込もうとすることで、衝撃的で意識せざる得ないし、周りはゼラに何か非がないかと疑う。彼女に否定的な意見を持っている人間の興味も惹くだろう。そこで段々とおれの下らない婚約破棄を考えた理由を明かしていくことで、おれへの呆れと同時に冷静に対処するゼラへの評価が上がり、それと共におれの無茶苦茶な話にうまく合わせるゼラを見て仲が悪いとは思わなくなるのでは、という算段だ。


 まあ衝撃的すぎて、おれの評判が馬鹿王子として地の底まで落ちるかもしれないが、その時は全てが終わった後、誤解をまた解こう。


***


「で、でで殿下⁉ 何をいきなりそんなことを‼」

 落としたカップの破壊音も気にせず、そう叫ぶメイドとは反対におれの婚約者は非常に落ち着いていた。


「どうしてそのようなことを?」

 彼女の真っ赤な瞳が探るようにおれを見たのを見逃さない。そこに怒りも悲しみも無い。状況を掴めず茫然としている訳でもない。ただ落ち着いておれの目的を探ろうとしている。


 普通だったら婚約破棄だなんて言葉が出た時点で一触即発となるだろう。こんな方法はゼラにしか使えないよな。


 流石、おれの婚約者(ゼラ)。いきなり試してみたけど、これなら上手くいくんじゃないか?


 婚約破棄茶番。



 読んで下さり、ありがとうございました。

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[一言] すでに熟年円満夫婦の境地なのを周囲が理解しないからこんな茶番を始めたのか
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