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前編


「アルジェント女伯爵。あなたは既婚者でありながら、ディレスト侯爵と不適切な関係にあ

ると聞きました。真ですか。」


アルジェント女伯ことシルヴィアは、聞かなかったことにしたかった。そう思っても、今の状況がそうはさせてくれない。


まず、尋ねる程を装っていても、非難の眼差しをこちらに向けてくるのは、このオウブレスト王国第一王女フィオナ姫。今年、成人したての16歳の王女は成人した証として、ご自慢のストロベリーブロンドを高く結い上げている。シルヴィアより一回り年下の小娘だが、身分が自分より高い彼女の言葉を無視するわけには行かなかった。


次に場所は王宮。王家主催の舞踏会の真っ最中だ。会も中盤、程よく盛り上がっているところで、王女に声をかけられたのは、シルヴィアがダンスを踊り終えた後。

結果として同じようにダンスを終えた紳士淑女に見守られることになってしまった。

次のダンスは始まっているが、いきなり始まった寸劇にその場を離れない人間も多かった。ダンスをしているカップルでさえ、耳をすませているのが良くわかる。気がついていないのは、寸劇を始めた王女だけだ。


「発言をお許しいただけますか。」


何はともあれ、何も言わないという選択肢はなかった。王女の戯言をそのままにしてしまえば、実体のないスキャンダルが国中を駆け巡る。それだけはなんとしても防がなくてはならない。


「許します。」

「ありがとうございます。それで、王女殿下にそのような嘘をお教えしたのは、どちらのものでしょうか。」

「知る必要があるの?」

「はい。そのような不届き者を殿下のそばに侍らせる訳には参りません。また、嘘の題材に使われた側といて、厳重に抗議させていただきます。」

「嘘だというの!私のお友達はそんなことをしないわ‼︎」


やはり王女の『お友達』がきっかけだったようだ。

王族には数人の側近候補が与えられる。幼少の頃から共に過ごすことで信頼関係を作り上げていくことが目的だが、この王女の場合は、王位継承権を持たないのであくまで『お友達』なのだ。

時々開かれる王女のお茶会でおしゃべりするくらいだっと思っていたが、迷惑なことをしてくれる。彼女らの親には厳重に抗議をしなければ。


「それに、会場にいる間ずっと手を握っているじゃないの!」

「エスコート相手ですから。」


実は件のディレスト侯爵、先程からシルヴィアの右手を自らの左手に乗せている。今回、二人はパートナーとして会場に入場し、ダンスも踊った。この場合、パートナーを放置する方が問題である。


「っ!貴女には夫がいるのでしょう!どうして夫を連れてこないの!」

「夫は、領地にて留守居をしております。領主の留守を任せられるのは、夫のみなので。」


シルヴィアに領地を任せられるような親族はおらず、子供達もまだ幼い。領地の都合上、指示を出せる領主一族がいない状態は望ましくないので、王都にはシルヴィア一人で出てくることが多かった。

ここまではシルヴィアは冷静に言い返すことができていた。王女の言葉はどれも明確な証拠があるわけでもないし、子犬が噛み付いてきたくらいにしか思っていなかった。

だが、次の言葉で冷静さを失ってしまったのだ。


「夫婦でやって来る貴族なんていくらでもいるじゃないの。アルジェント伯爵家にはろくな人間がいないのね。」


それを、お前が言うのか。

シルヴィアは、血の気が引く瞬間を、いやでも自覚せざるを得なかった。もし、帯剣をしていたら、王女の首を切り落としていただろう。

王女は知っているはずだ。いや、知らないで済む話ではない。

現に、王女の発言に周囲が一気に静まり返ったのだ。年配の貴族の中には、眉をしかめる者もいる。

当の本人は、自分がどれだけの爆弾を落としたのか理解していない様子で、周囲を不思議そうに見渡している。


「失礼。王女殿下。私めにも発言をお許しいただけますか。」


沈黙の中、割って入ったのは、ディレスト侯爵だ。四十を過ぎたばかりだが騎士団長という肩書きゆえに、貴族には珍しいがっしりとした体格を維持している。白髪が混ざり始めた赤髪は短く、青い瞳はただ静かに王女に向けていた。

同時に、彼は繋いでいたシルヴィアの右手をぎゅっと握った。その感触で、シルヴィアは自分が右手を強く握りしめていたことに気がついた。


「え、ええ。良いわよ。」


その時、王女の様子に劇的な変化が現れた。

化粧でも隠しきれない頬の赤さ、潤んだ両目はディレスト侯爵を直視しようとしては目をそらしと落ち着かない。

王女がディレスト侯爵に懸想をしているという噂が真であると、その場にいた貴族は確信していた。因みにディレスト侯爵は43歳。親子といってもいい年齢差だ。


「ありがとうございます。」


ディレスト侯爵の微笑みは艶やかで、真正面から見てしまった王女が固まってしまった。


「王女殿下。私とアルジェント女伯との間に親愛以上のものはありません。どうか、おかしな噂に耳を傾けず、王女殿下としての責務を果たしていただけることを望みます。」


この時、ディレスト侯爵は始めてシルヴィアから手を放し、騎士独特の拝礼をした。


「……それが、貴方の望みなのですか。」


王女の顔には、先ほどまでの怒りなどの激しい感情はすでに消え失せていた。思い他人に声をかけられて、ようやく冷静さを取り戻したらしい。

とばっちりを食らったシルヴィアから見れば、棒に打たれた犬のようだと評するが。


「そこまでにしなさい。フィオナ。」

「ロラン兄様……。」

「フィオナ。父上と母上がお待ちだ。すぐに向かいなさい。」


若者らしからぬシワを眉間に寄せながらやってきた第一王子ロランは、何よりもこれ以上王家の醜態を晒させないことを優先させることにしたようだ。


「でも。」

「2度は言わない。」

「……はい。」


失礼いたします、とロランに礼を取り広間の奥へと去っていった。


「さぞや不愉快な発言だったことだろう。ディレスト侯爵。特にアルジェント女伯も。」

「お気になさらず。と言いたいところですが王女には自分が何を口にしたか、ちゃんと伝えて差し上げてください。15年前の忠義のものたちに余りにも失礼だ。」


今から15年前、隣国との戦争があった。隣国は国境沿いでオウブレス軍と衝突。それだけでなく、隣国の軍の一部は別ルートからオウブレス国内に侵攻。侵攻先のアルジェント伯爵領は不意打ちの攻撃に晒され、当主と三人の息子と含めた多くの人間が命を落とした。


シルヴィアは隣国に皆殺しにされた一族の最後の生き残りなのだ。


――アルジェント伯爵家にはろくな人間がいないのね。


いるわけがない。15年前爵位を継いだのはわずか13歳のシルヴィアだった。

領主一族だけでなく、主だった臣下も命を落とし、領民達も殺されたり、この地では生きられないと去っていったり。

 当時、爵位を継いだばかりのディレスト侯爵をはじめとする支えてくれた人々がいなければどうなっていたことか。

焼け野原となった領地を、わずかな生き残りとともに立て直し、周囲に嘲られながらも歯を食いしばって生きてきた15年。

王女の発言は、シルヴィアの苦しみの中で大切にしてきた誇りを全否定したも同然だった。


この怒りを、王子が理解することはないだろう。

王位を継ぐ王子として厳しく育てられながらも、両親に愛され庇護されていた彼にはわからない。

それはとても幸運なことだとシルヴィアは思う。


「……今宵の祝いの席を騒がせることになり、誠に申し訳ありません。今回はここで失礼させていただきたく存じます。」

「私めもここで失礼させていただきます。お許し下しませ、殿下。」

「流石に引き止められないな。ではまた後日。」


王子に対して二人で礼を取り、出口に向かって歩き出した。周囲も二人を引き止めることをしない。王女の無神経な発言のおかげで、2人に対する勘ぐりが消えたことがせめてもの救いか。


「災難だったな。」

「アルフォンス様こそ。」


アルフォンス・ディレストは若干、顔色の悪いシルヴィアを見下ろした。


「俺はまだいい。自分の役割を知っているし、それを担う為の覚悟もある。だが、お前は完全に不意打ちだっただろ?」

「あそこまで無知だとは思っていませんでした。」


今夜の舞踏会の趣旨は、隣国との戦争が終結して15周年記念だった。昼間には戦争犠牲者追悼式典が行われ、シルヴィア達はもちろん、王女も参列していていたはずなのに。


「ほどほどに賢くてほどほどにバカがいいと国王夫妻は考えていたからな。まあ、王女の子守役はこれを期に返上させてもらう。あの女そっくりの王女と顔を合わせるのもうんざりしていたし、さすがにこれ以上は限界だろう。来年には隣国に嫁ぐし。」


今頃、国王によって隣国の皇帝と第一王女の結婚が発表されているころだ。

これは講和条約が結ばれた時に決まっていた婚約で、ようやく王女が成人したために公式に発表されたのだ。

来年の今頃には王女はこの国にはいない。

相手の皇帝はすでに跡取りの皇太子もいて、正式な妃としてではなく側室として嫁ぐことになる。

十代の娘にとってはすべからく受け入れられるわけではなかったのだろう。


改ページ




「隣国で問題を起こさなければいいのですが。」

「さすがにそこまで馬鹿じゃないだろう。陛下もさすがに締め上げるはずだからな。」


 もうかかわることはないだろう。という言葉は確かだ。

 王女には素直に隣国に嫁いでもらうために、トラブルのもとになる存在は徹底的に引き離される。

 王女としての役割は、物心つく前から彼女の心身に染み渡っていることだろう。


 さながら、毒のように。


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