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久々の、復讐という名のホラー回です。
時刻は深夜0時。
私以外の家族は皆自室で寝ている時間だ。
私は二階へ伸びる階段を睨みつけ、手に持つ盛り塩を一段目の端に置いた。
いよいよマイ龍人くんの弔い合戦のゴングが鳴ったのだ。
私は小皿を置いてしばらく考える。
足りないだろうか。
いっそ一段ごとに盛り塩を置いたほうがいいのだろうか。
ネットで調べた除霊方法には、お酒や盛り塩、ファブリー○が有効であるとあった。
我が家はリセッシ○派なので、今日手っ取り早く出来る除霊は盛り塩とお酒である。
そしてお酒は父に拒否された(高いものらしい)ので、消去法で塩を使うことにしたのだった。
コンビニで買ったちょっと良い塩を小皿に盛った。
先輩に貰った魔除けの水晶も、念の為にと小皿の横に置く。
この水晶、透明だけれどもくすんだ灰色のもやが中に入っているのでお母さんと一緒に「お化け水晶」とあだ名をつけていた。
「効くかなあ⋯⋯」
私はぼそりとつぶやいた。
頼むぞお化け水晶。
私はリビングのソファを寝床として、枕と毛布を部屋から持ってきた。
さあ来るなら来い。
毛布に包まりスマホで新しい龍人くんを育て直しながら、私は標的が来るのを待った。
⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯来ない。
時計は2時を回っている。
いつもならとっくにあの現象が起こっている筈だ。
毎晩起こってるものではないけれども、初日ということでかなり意気込んでいた私は肩透かしを食らい、ソファーで大きくあくびをした。
+++
────ぉ
耳の奥で低い声が聞こえる。
────⋯⋯かぇ
それは独り言のようにぼそぼそと聞き取りにくい声だった。
────は、し────
胸の奥が締め付けられるような、悲しい嗚咽。
何といっているのだろう。
わたしには聞き取れない。
──────×××て。
まるで電波の弱いラジオの音声のようだった。
ざざ、ざ、と不快な音が混じりながら、言葉はだんだん明瞭になってきた。
───────おね⋯⋯×い、
何を望んでいるんだろう。
わたしに出来ることなどあるのだろうか。
なぜそんなにも、あなたは。
「ころして」
+++
ひどい寝汗だった。
悪夢を見た気がするが、内容は覚えていない。
私は頬に伝う汗を拭おうと左手を上げようとしたが、うまくいかなかった。
「動かない⋯⋯?」
まるで真綿に包まれたように手足が動かず、背中に悪寒が走った。
「え?」
声を出そうにもお腹にうまく力が入らず、かすれた声しか出てこない。
日の出もまだの、何時かも分からない深夜。
焦って身を捩ってみるものの、ガチガチに固められてソファから落ちることさえ叶わなかった。
一瞬で鳥肌が立ち、更に力を込めるがびくともしない。
嫌だ。
助けて。
嫌だ、嫌だいやだいやだ!!
壊れた笛のような音が脳に響いた。
それは私の呼吸音だった。
呼吸は浅く、段々と短いものになる。
は、は、は、は、と息を刻む。
するとお腹の上に何か重いものがのしかかってきた。
私の呼吸のリズムに重なり誰かの吐息が降ってくる。
頬に生温かい空気の揺らぎを感じた。
それはきっと、のしかかっている何かが吐き出したものだ。
重さはお腹から胸、鎖骨、首までやってきて、とうとう湿った柔らかいものが頬を這いずり回り始めた。
ああ、嫌だ!
お願いだから。
何でもするから許して下さい、もう嫌だ、ゆるして、おねがい
わたしを、
+++
妙にお腹が冷えると思ったら、床にうつ伏せになって寝ていた。
起きてきた母が、呆れたような声を出す。
「なぁに、ソファで寝てたんじゃないの? そんな床のはじっこで寝て」
私は首や肩や諸々が痛んだ体を無理矢理起こした。
「っがー! 痛い⋯⋯体がビキッていった!」
「そんなところで寝てるからよ、バカじゃないの。ほら、さっさと着替えてきなさい」
「お母さん辛辣⋯⋯ うう、学校行きたくない」
「若いんだから大丈夫でしょ。それよりお腹冷やしてるんじゃないの、腹巻きでもしていったら?」
「さすがにそれは⋯⋯」
首をごきごきと鳴らし、歩く度に痛む肩をさすりながら洗面所に向かう。
見慣れたはずの自分の顔は、大分やつれていた。
「これってつまり、除霊失敗ってこと?」