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次の週の月曜日、私は新しいスマホを持って登校した。

原因不明だけれどもこちら側の過失ではないということで、最新機種に交換してもらえた。

だがスチプリのデータは駄目だった。死んだ。

課金履歴と共にアカウント復元を申請しても、運営側からはなにも音沙汰がなかったのだ。


私の龍人くんを殺した罪は重い。

いよいよ除霊という名の復讐に本腰を入れなくてはならなくなった。

とりあえず今日の放課後は先輩に助言をもらい、良い塩を購入しようと思う。

お酒は未成年なのでまだ購入できなかった。


「せんぱーい、今日の帰りに買い物に⋯⋯あれ」


いつも私より先に部室にいるはずの先輩の姿はそこになかった。

こちらに背を向け、窓から外の景色を眺めているのは見慣れない女子生徒。

さらさらとした色素の薄い髪を風に揺らす華奢なその人は、振り向くと大きな目をこぼれんばかりに見開いて目を瞬かせた。


「ええと⋯⋯だれですかぁ?」


問いかけたのは、美少女の方だった。

それはこちらの台詞ではないだろうか。

ここは地学部の部室だというのに。


「い、一年の黒澤と申しますが⋯⋯」

「一年生さんなんだぁ。地学部にあなたみたいな子、いたっけぇ」

「この間入部したんです」

「⋯⋯ふうん。地学に興味あるの?」


あなたみたいな子が? というようなニュアンスを漂わせながら問われた私は、胸を張って答えた。


「私は鰐淵先輩を推しに入部しましたから」


目の前の美少女はにわかに目をぎらつかせた。


「⋯⋯へえ、そう。あたし、二年の音無琴乃よ。よろしくねぇ」

「は、はぁ」

「あたしね、鰐淵稜平君に用事あるの。彼、まだ来てない?」

「うーん、今ぐらいにはいつもいるんですけど」

「そぉだよね、稜平ったら何してるんだろ」

「あれ、先輩とお知り合いですか?」

「うーん、聞いてなかった? あたしね、稜平と前付き合ってたの」

「へ!? そうなんですか⁉」

「うん。それでね、返して欲しいものがあるんだけど⋯⋯あの人ったら返してくれなくってぇ。黒澤さんだっけ?」

「はいぃ」


何だろう、何かこの人怖い。

鼻についた高い声とか、妙に間延びした言い方とか。

以前遭遇した宗教勧誘のお姉さん(怖かった)の雰囲気に近い気がした。


「琴乃、その子がとぉっても必要なんだ」

「子ども⁉ お子さんが⋯⋯」

「うふふ、違うよぉ。──チャロアイト、って聞いたことなぁい?」

「チャロ⋯⋯?」

私は首を横に振った。なんだその言葉。


「知らないならいーんだ。また来るよ、ばいばい」


音無先輩は私の横を通り過ぎて扉に手をかけたと思ったら「あ、そうだ」と言って振り向いた。

何事かと思った私と目が合うやいなや、至近距離まで顔を寄せてきた。

化粧品と香水とヘアワックスの匂いが入り混じり、私はむせそうになった。


「黒澤さんのオーラ、凄いねえ。今度詳しく見てあげるよぉ!よかったら占い同好会に来てみてね、占ったげる」


音無先輩はそれだけ言うと、風のように部室を出ていった。

たっぷり一分ほど硬直していると、円先生と鰐淵先輩が並んで入ってきた。


「なんだぁ黒澤。なんか化け物見たような顔してるけど」

「危うく唇持ってかれるとこでしたぁぁぁ‼」

「どんな化け物?」







今日も今日とて作業を進めながら、先程の出来事を二人に話した。

すると円先生は頭を抱えて項垂れた。


「まーた来やがったか⋯⋯あれ、ほんとどうにかなんねぇかな」

「音無先輩ってどんな人なんですか?」

「⋯⋯元地学部」


鰐淵先輩が言いにくそうにそう答えた。


「地学部だったんですかー」


もしかして、山梨さんから聞いたことと関係があるのだろうか。


「まあ、色々あってやめたんたけどな。色々あって」

「色々⋯⋯」

「鰐淵にストーカー行為するわ他の地学部員従えるわ、部活の人間関係粉々にして出ていったな⋯⋯あれだ、サークルクラッシャー」


円先生がため息混じりに説明した。


「いち生徒をこんな目で見るのもいかんと分かってるんだが⋯⋯まあ俺も人間だからなあ。目に余るもんは辟易する。

ちなみにパワーストーンって知ってるか?黒澤。音無が入れ込んでるのはそれだよ。だから鰐淵のコレクションを狙ってる」

「先輩のモトカノって言ってましたよ、音無先輩」

「そんな事実はない」

「そうなんですか?先輩押しに弱いから、音無先輩のゴリ押しで付き合ってた過去があるのかと」

「お前がそれ言うか?」

「えーだってー」

「ったく不健全だよ、私利私欲のために好きだの付き合うだの持ち出す奴ぁ」

「⋯⋯ふん」


半開きの窓からふわっと風が吹いてきた。

くしゃみをしそうになった私はティッシュを出そうとしてポケットに手を入れ、爪に硬い球体が当たったことに気付いた。


「あ、そういや一昨日のイベントでパワーストーンもらいましたよ、アベンチュリン? とかいう奴」


私はポケットから淡い緑色の石がついたストラップを取り出した。

当然ながら未開封である。


「これがか?」

「なにかおかしいんですか?」


鰐淵先輩はおもむろに口を開いた。


「鉱物名はクロム雲母入り珪岩だ。その石には見たところ、雲母のようなものは入っていない。大方緑色に染色した石英じゃないか?」

「クロム雲母⋯⋯なんだか物々しい名前ですねえ」

「クロム雲母が入っている珪岩、というだけだぞ」


鰐淵先輩は、何が分からないのか分からないという顔をしている。


「うーん、まずは珪岩がなにか分かりません! あとついでに雲母もそこまで分かりません!学校の砂場によくあるのは知ってますけど」


先輩と先生は首を捻った。

説明レベルをこれ以上どう下げようかという顔をしている。


「大体の岩石に二酸化ケイ素⋯⋯黒澤だと分かんねぇか? まあいいや、石英が入ってんのは分かるか」

「そうなんですかー、えーっと」

「⋯⋯砂の中によくあるキラキラしたのだよ」

「あ!見たことある!」

「そこからかよ!」


円先生は頭に手を当てた。

鰐淵先輩は一旦手を止めて考え始める。

そんなにか。


先輩は探り探り言葉を探しながら説明を始めた。


「石英は、そこらじゅうの岩石に含まれている二酸化ケイ素という物質が結晶化したものだ。これはいいか」

「なんとか⋯⋯!」

「石英が混じった⋯⋯そうだな。砂でいい。砂が降り積もって地層となる。地層は分かるな?」

「はい!」

「地層が積み重なると、下の地層が厚密現象によって岩石の層となる」


先輩は適当な紙に地層のイラストを描いた。

地層はどんどん重なっていく。

一番下の、石英が含まれた砂の地層は黒く塗りつぶされ、岩石と注釈を入れられた。


「ほうほう。つまり地層がめっちゃ重なって、下にある石英入りの砂の層が余りの重さでカチカチになったってことですね?」

「ああ。その層が地殻変動でマグマの付近に移動した時高熱にさらされると、今までとは違った性質の岩石になる。これを変成岩と言うんだが」

「ふむふむ」

「高熱にさらされたこの岩石の中にある、主な物質はなんだ?」

「石英ですよね?」

「そうだ。その石英も熱で変化し、大きな塊となる。それを珪岩と呼んでいる」

「おお⋯⋯」

「石英が変化する時に不純物が混じることもよくある。お前の言うアベンチュリンも、クロムや雲母が混じった石英の塊だから、クロム雲母入り珪岩というんだ。多くは緑色で、翡翠と間違われてきた。あとはそうだな、雲母の輝きが交じることから和名で砂金水晶ともいう」

「アベンチュリンは、石英じゃなくて水晶なんですか?」


私はこの間渡された魔除けの水晶を思い浮かべてそう言った。

先輩はにやりと笑う。

なにその顔激レア!!⋯⋯あ、スマホ起動する前に戻った。残念すぎる。


「自形結晶を持った石英が水晶だ」

「じけーけっしょー」


頭がそろそろぐるぐるしてきた。そこで円先生が助け舟を出す。


「簡単だよ、大きくて透明で格好いい形をしてりゃ水晶だ」


円先生はつまらなさそうにあくびをした。

鰐淵先輩は先生を睨めつける。


「それは暴論だし、主観的すぎる」

「実際そういう事だろ?鉱物オタクが珍重するものなんて、珍しい形かどうかだし。珪岩やら石英やら水晶やら、めぇんどくせぇんだよなー。元は同じものなのに呼び名がごちゃごちゃで。おまけに宝石名はまた別なんだぜ、こういうの。ルビーとサファイアが同じコランダムって知ってたか? 黒澤」

「珪岩と水晶の差異は見逃していいものじゃないだろう、円は細かいところが雑過ぎる」

「学校では先生と呼べっつったろ」

「今さら円から何を学べばいいんだ?」

「このっ⋯⋯地学部は俺に辛辣って伝統でもあんの? なんだよお前といい黒澤といい、高野といい」


「あれ、先生と先輩って、元々お知り合い⋯⋯?」

「ああ? 言ってなかったか。叔父と甥っ子だよ。俺、こいつの叔父さんな」

「へええ! 何となく似てる感じしますもんねえ」


「「どこがだ!」」


そういうところだと思う。




話題が一段落し、ひたすらにハサミで厚紙を切る作業が続く。

絶え間なく手を動かすが、頭の中は石英と水晶の話でいっぱいだった。

石英のつぶつぶが熱で集まって変化すると珪岩。それは単に熱で融けてまた固まったのとは違うのだろうか。


「珪岩と石英って、何が違うんだろ」

「あー?ああ、さっきのアレか。石英は二酸化ケイ素の結晶で、珪岩は岩石だ」

「その説明が分からないっ⋯⋯‼」

「そう言われてもなあ」

「そもそも結晶って何ですか」

「おまっ⋯⋯授業聞いてるか? ていうか化学でも結晶化についてはやってんじゃないのか」

「いやあ本当に意味分かんなくて」

「いばるないばるな。あれだ、原子とかあるだろ?」

「それぐらいはわかりますよぅ」

「本当か? まあ、そういう物質がだな、規則的に並んだ塊を結晶と呼んでるんだよ。結晶にも色々あるだろ」

「塩とか雪ですか?」

「そう、あれも結晶。それぞれの物質で、原子の配列に特徴がある。その構造の違いで形も大体違ってくる」

「ああ!ケッショーコーゾーの違いですね!こないだ先輩が言ってました」

「お前ら普段どんな会話してんの?」


「ちなみに二酸化ケイ素とやらが水晶とか石英になるまでに、どれくらいの時間がかかるんですか?」


円先生はハサミを手で玩びながら答えた。


「何万年単位だよ。よくある水晶はな、結晶のモトが溶けた地下水が、何万年かかけてゆーっくり冷えると出来る」

「へえ!? すごい⋯⋯悠久のロマンがあふれますねえ」

「まぁなぁ。地学やってると、歴史の話がつい最近に思える。二千年前の火山の噴火なんてついこの間の話だ」

「二千年前がつい最近⋯⋯」

「単位が億だからなぁ。人類誕生よりずっと前の時代を知る学問だぞ」

「壮大な話! そして先生が先生っぽく見えます! 授業でもそんな話すればいいのに、面白いし」

「学習指導要領があんだよ、年間の指導計画ぎりっぎりだし、面白トークしてる余裕ねえの」

「だから先生の授業退屈なんですね!」

「そろそろしばくぞ」


「お前ら作業進めてるか?」


早々に会話を離脱していた先輩は、一人黙々と厚紙に線を引いていた。

そして先生の手は止まっている。


「私はやってますよー。ほら、今日のノルマはあと半分です」

「うぉ⁉ 早!」

「先生がおしゃべりだけしてるからですー」

「いや黒澤のマルチタスク能力⋯⋯」

「オタ活はマルチタスク鍛えられるんですよ」

「お前の特殊能力だろ、これ。⋯⋯待てよ、じゃあ俺のもやっといてくんない?」

「何でですか。この後高野先輩の分も頼まれてるのに」

「実は学年主任に呼ばれてんだよ」

「何やらかしたんですか?」

「生徒側のノリで話すな!先生も色々あんの」

「もー、じゃあやっときますから、後で成績に色つけておいてくださいね」

「馬鹿野郎か! あーホラ、後で鰐淵の小さい頃の写真やる」

「マジですか、先生神‼」

「おい円」

「じゃあなー、そろそろ行くわ」


円先生はそうして部室を出ていった。

あれだから地学部員に雑に扱われるんだ、きっと。

鰐淵先輩は閉まった扉を黒いオーラと共に睨みつける。

遅れて入ってきた長谷部君が石化したのは仕方のないことだった。


更新し忘れていた悲しさ

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