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地方から東京に引っ越して良かったと思う大きな理由の中に、都心へのアクセスの良さがある。
今までならば情報を収集し吟味を重ね、お小遣いとお年玉をはたいて親を説き伏せ、ようやく年に一回遠征出来たイベントにも気軽に週末出向いていける。
これは泣きたいほど嬉しい。
中高生の財政事情や自由時間を鑑みると、地方に住むというのはそれだけで不利なのだ。
ああ、都会バンザイ。
今日という日にスチプリのコラボカフェへ行けるのも、引っ越しのおかげです。
いざ湖袋、淑女ロードの執事カフェへ!!
「私、コラボカフェって初めてなんです!」
「そうなの〜?黒ちゃんの初めてが神田龍人くんに捧げられるんだねえ」
「はい!ドリンク頼みまくって、龍人くんのコースターごっそり持って帰りますよ⋯⋯!」
「私の推しが出たら交換よろしくね」
「もちろんですよう、軍資金もたんまりありますからね」
何せ、今まで交通費に消えていたお年玉が丸々残っているのだ。
今使わずにいつ使う。
私と山梨さんは不敵に笑った。
「だ、大盛況ですねえ⋯⋯」
地下にある執事カフェは見動きが難しいほどに人でひしめいていた。
いつもは普通の執事カフェだが、今だけはスチプリコスチュームの執事さん達がケーキや紅茶をサーブしている。
壁は一面にスチプリのキャラクターのポスターが飾られており、それぞれの推しキャラと撮影しているお嬢様が多かった。
ちなみにお嬢様という呼称は、スチプリのプレイヤーが公爵令嬢で、攻略キャラクターからそう呼ばれることに由来する。
「そう?いつもこんなもんだよ、コラボカフェって」
「この店にいる沢山のお嬢様の中に龍人くん担当がいるかと思うと胸が高鳴ります⋯⋯」
「黒ちゃんは推しの同担拒否しないんだねえ」
「はい‼私はお嬢様として龍人くんを家令にまで育て上げる使命を持ち合わせています」
「立ち位置が斬新⋯⋯恋愛要素もあるゲームなのに」
「ふふふ、推しのことが好きな人が増えれば増えるほど誇らしくなりますよ。私の愛する龍人くんがこんなに素晴らしいと、世の人が認知しているということです」
「愛の形は様々だねえ。あ、そろそろドリンク来たかな?」
「おお、龍人くんコスの執事さんが‼」
黒髪を無造作に散らしたもさっとヘアに、龍人くんのイメージカラーである緑のネクタイ。
中々素敵な出で立ちだ。背がまっすぐなのが惜しい。
「お待たせいたしましたお嬢様。本日のフレーバーティーでございます」
山梨さんの前には鳥深山 玄、私の前には長久保虎太郎のコースターが置かれた。
どちらも推しではない。
「あー、そうそう上手くいかないか」
「十二人いますからねえ」
「それではどうぞごゆっくりお過ごしください」
推しキャライメージのケーキやサンドイッチが配置された三段のティースタンドを、テーブルの上に優雅に置いた龍人コス執事さんは、恭しく一礼をした。
「あれ?これは」
「当カフェにお越しいただいたお嬢様方に、ささやかながらの贈り物でございます」
「わあ、綺麗な色のビーズ!」
「そちらは魔法石を模したストラップでございます。神田龍人カラーはアベンチュリン、未野灯也カラーはローズクォーツ。どうぞお持ちください」
執事さんはそう言って去っていった。
「お客に対する細やかな配慮⋯⋯流石執事!またリピしに来たくなりますなぁ」
山梨さんはによによしながらストラップを眺めた。
「あ、プチケーキにふわっふわなピンク羊さん乗ってるよぉ、可愛い」
「はう!黒豆抹茶マフィンも美味しい⋯⋯紅茶とも合いますねえ」
「やーん幸せえ!」
山梨さんはパシャパシャと写真を撮りまくる。
後で写真分けてもらおう。
「⋯⋯あ、黒ちゃんスマホどうなったの?」
「明日修理しにお店行きますよー」
「ええ⁉じゃあ今までスマホなしで過ごしてたの?」
「三日ぐらいですし、我慢しろって親に言われて」
「厳しいねえ、私は半日スマホないだけでも詰むよ」
「私もそう思ってましたったけど、意外と何とかなりました」
「アカウント復元出来るといいねえ」
「本当に」
はあ、とため息をつきながらマフィンを口にする。
いいもん、三次元にも推しがいるから。
鰐淵先輩がいてくれたからなんとか耐えられた気がする。
私はふと、先程の執事さんを思い出した。
(先輩に龍人くんコスを⋯⋯)
そう思ったがすぐに首を横に振った。
一旦そこに踏み込んでしまえば、鰐淵先輩の人格を否定しかねない人権問題に発展しそうな気がする。
第一、先輩怖いし。
「どうしたの、黒ちゃん」
「いえ⋯⋯不埒なことを考えてしまいまして」
「不埒なこと?」
「先輩に龍人くんコスを、とふと思いましたが秒で否定しました。リアルと混同してはいけません!混ぜるな危険です!」
「え〜、それって部活の先輩?長谷部と同じ地学部だったよねぇ。なになに、龍人くんを差し置いて、三次元に恋人出来ちゃってるの?」
「う⋯⋯そ、そのようなそうでないような微妙なバランスで」
「誰誰⁉ 白状しなさいよ」
「あの⋯⋯二年五組の方でして」
「ほぉほぉ、 どんな顔? イケメン?」
「三次元に降臨した龍人くんと言っても過言ではない容貌をしていらっしゃいます、もちろんイケメンですよ‼」
「三次元龍人くん⋯⋯マジ? 実際にいたら怖くない?」
「どこがですか!猫毛のもっさり無造作ふわふわヘアに、クールな目元!目の下にクマのあるアンニュイな雰囲気!薄い唇を引き結んで気怠げに猫背で歩く姿といったらもう⋯⋯もう! 尊いしか言葉が出てきません⋯⋯‼」
「へ、へぇ⋯⋯」
山梨さんは何故か引いている。解せない。
「それで、何て先輩?」
「はい、鰐淵稜平先輩です!」
「⋯⋯」
山梨さんは気まずそうに目を逸らした。
「どうしたんですか?」
「途中から何となく気付いてた⋯⋯けど、うーん⋯⋯そっか、地学部か。うーん」
「?」
「あのね、黒ちゃん気を悪くしないで欲しいんだけど⋯⋯その、鰐淵先輩で大丈夫?」
「何がですか? 山梨さん、先輩の事知ってるんですか」
「鰐淵先輩に関してちょっと悪い噂を聞いたことあるんだぁ⋯⋯」
「何かやらかしたんですか、先輩」
「直接どうこうって言うより⋯⋯黒ちゃんが信じるか微妙なとこだけど。そのね、鰐淵先輩って」
「?」
「人を呪うんだって」
山梨さんはひと呼吸おいてゆっくりと言葉を発した。
「じゃ⁉ の、呪うって」
「お嬢様方、そろそろお時間でございます」
その時、背後から未野灯也コスの執事さんがやってきた。
「あ、もうそんな時間? やば!物販!まだ行ってない!」
「あああそうでした!山梨さん、この話は一旦おいておきましょう」
「おっけー、このあとでね」
わたわたと席を立ち物販で財布を軽くした私たちは、その後帰りの電車の中で戦利品を見せ合った。
「で、どうして鰐淵先輩がやばいんです?」
私達は電車に揺られながら会話をした。
何とか二人隣同士で座れた。
都会ってこんなに電車が何両もあるのに、何でいつも混んでいるのだろう。
岩手では二両の電車に十数人しか乗らない時間帯もある。一両数人の世界だ、座り放題だ。
「えっとね。詳しく聞いた訳じゃないんだけども、先輩って石が好きなんでしょ?」
私は先日の円先生の言葉を思い浮かべた。
「あ、確かにそう聞きました」
「集めてるコレクションの中で、何かヤバい石があるんだって。前に二年の地学部の先輩たちが何人も怪我や病気したの」
「偶然なのでは⋯⋯」
「でも、四人が一ヶ月以内に不幸になったんだよ? それでね、二年三組に鰐淵先輩くらい石に詳しい人がいるんだけど。その人がどうにか石を清める? 浄化する? って言って鰐淵先輩を説得しようとしたんだけど、断られた上にその先輩も骨折しちゃったって」
「うわあ、物騒ですねえ」
「そんな他人事みたいに」
「だって、私の知ってる鰐淵先輩って人を呪わなそうですもん。いっつも地図とか見てるし」
私は部室で難しそうな地学の本を眺めている先輩を思い浮かべた。
呪うという行為が具体的に何を指すのか分からないけれど、多分あれは人を呪っていない。
「でも、石は集めてるんだよね?」
「円先生はそう言ってましたが⋯⋯ああそう言えば、こないだ水晶貸してもらいました!」
「本当に⁉ ヤバい奴じゃないの?」
「うーん⋯⋯今のところ何ともないですねえ」
霊現象が起こってから貰ったものなので、原因がその水晶とは分からないのである。
「そっかあ⋯⋯じゃあやっぱり噂だったのかな」
「噂ですよ、噂噂!でも、都会っ子でもそういうオカルトな噂が流れるんですねえ。岩手でも、河童が出たとかお地蔵さんが動いたとか、そんな噂が流れたりしますが」
「なんで⁉」
「そういう曰くのある土地柄なんですよう。座敷童子が出る宿とか、有名ですよ」
「そ、それはそれで⋯⋯なんか凄いねえ。民話みたい」
「そんな馬鹿な!ちゃんと令和の世の話です!ちゃんと車も電車も走ってるし、信号機も横断歩道もありますよ」
山梨さんは頭に疑問符を浮かべたような表情をした。
解せない。
地方の一部には、子どもが交通ルールを学ぶという目的で意味もなく車通りの少ない道に信号が設置されています。
筆者のど田舎に関する知識は実体験に基づいております。